第95回体感バトル1000字小説部門

エントリ作品作者文字数
01いつぞやの819
02潔癖くらべウェルチ1000
03嫌いだナキ1000
04メェメェ☆ワォーン土目1000
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ01  いつぞやの     仁


百足が、一匹、這うていた。
あぁ、これはいつぞやに見た百足だ。と思うや否や、百足はザワザワと増えていった。
百足のくせに、千はいるだろうと思った。
気色が悪くて、ついつい、ひぃと声を上げた。
上げると同時に、これは夢だなと核心した。

百足はザワザワと増え続け、やがて人の形を成した。
あぁ、これはいつぞやに見た人の形だと思うや否や、百足は祖母の形になった。

祖母の百足は、否、百足の祖母は。
私に向かって何度も呟く。
「優しい子、優しい子、あなたは本当に優しい子」
違うのよ。違うのよ。
私は、百足に向かってそう呟く。
違うのよ。違うのよ。私はあなたを殺したのよ。

いつぞやの百足に会ったのは、祖母が死んだ日だった。
私の部屋に百足が出た。
気色が悪くて、ひぃと声を上げ、私は百足を叩いて殺した。
殺した百足を捨てようと、庭に出ると、祖母が死んでいた。
なぜ同じ家にいて、気が付かなかったのだろうか。

「優しい子、優しい子」
百足の祖母は呟き続ける。
違うのよ、違うのよ。
私も呟き続ける。
これは夢だとわかっているのに、私は必死に呟き続ける。
百足はザワザワと私の周りを這いだした。
手足を絡め捕られ、口を塞がれる。
百足の足がチクチクする。
私は違うと言えなくなった。

「優しい子、優しい子」
百足は飽きずに続ける。

私は、痴呆症の祖母を疎く思っていた。
私をお母さんと呼び、泣きじゃくる祖母。ヒステリーを起こす祖母。
自分が良い人でありたいと願う私に、そうさせてくれない祖母。
「優しいね、優しいね、お母さんは優しいね」
そう繰り返す祖母。
元気な時は、達者な声で「あんたが孫の中で一番優しい子だ」と言っていたのに。
優しいのは誰? 私? お母さん?

祖母が死んだ時、私はホッとしたのだ。
死体を前に、ホッとしたのだ。

百足は呟く。
「優しいね、優しいね」

いったい、誰が優しいの?

違うのよ。違うのよ。私は違うのよ。


最後に、百足は祖母になった。

「大丈夫。あんたは優しい子」


そこで目が覚めた。

涙が一筋、枕に落ちた。







エントリ02  潔癖くらべ     ウェルチ


 世の中には綺麗好きな人というのがいらっしゃいますね。
 これはもう、大変に結構なものです。
 片付けをきちっとして、床に新聞が読みかけで転がっているなんて事はない。
 掃除機をかけて、拭き掃除もやっているから、埃はおろか汚れもない。台所はピカピカで、風呂場にはカビの黒ずみはない。
 そういう風に過ごしたいものです。
 ですがまあ、度が過ぎてしまうと、少々様子が変わって来てしまうようで。

「こんにちは、あんたが綺麗好きの金太さんかい?」
「あんたは?」
「おれぁ、火消しの寅吉ってんだ。仲間内じゃ綺麗好きで通ってるんだが、あんたに比べたら泥田の中でのたくる泥鰌みてぇなもんだ、なんて言うヤツがいやがってね。一つ、綺麗好き比べをしてやろうと、こう思った訳だ」
「藪から棒に面倒な話だね。そういう話を聞くと汗が出るんだ、汗が出たらまた風呂屋へ行かなきゃならない」
「へへっ、風呂屋を嫌がるたぁ、あんたも底が知れるな。おれぁ、朝にひとっ風呂浴びて、中食のついでにひとっ風呂、それから帰る前にまた風呂に入って、家に帰ったら井戸で行水をしてるぜ」
「そうかい。それは楽だな」
「何だと?」
「あたしは、汗が出る度、便所に行く度に湯屋へ行くよ。お陰で、喰うに困るし、のぼせて今も頭がグラグラしてるんだ」
「な!? へ、へぇ、いやぁ、おれも今月は稼ぎが今一つで、減らすしかなかったんだ、風呂を」
「そうだろう、そうでなければ、そんなに汚くしていて耐えられる訳がない……ふぅ。ああ、頭が重い。そこの茶を取ってくれないか、そう、缶の」
「ほら、よ」
「ふぅ、ああ、生き返った」
「おいおいおいおい、綺麗好きが聞いて呆れるぜ、よくもまあ、直接缶に口を付けられたもんだな? はははっ、缶なんてのは工場から出た後は、誰が触ったかも分からない、不潔の塊みたいなもんだ。そんなものを紙で一拭きした位で舐めるなんてな!」
「ん? 気付かなかったのかい?」
「え、何――」
「缶が濡れていたろう、あれは消毒薬だ。あらゆる菌、ウィルスを破壊するように、蛋白質の全てを分解する力があるんだ」
「ぬぉ、ぬおおおお! おれの手が、手がなくなって行く!」
「こらこら、床に垂らすなよ、汚れるだろう? どんなに綺麗にした手と言っても、尻を拭いたり汚れた物に触れてるんだ。それが溶けた汁なんてとんでもないよ!」
「だ、大丈夫だ、畜生め、トホホ……こんな事もあろうかと、今日は尻を拭いてねえ」







エントリ03  嫌いだ     ナキ


嫌いだ。
俺はたった今から彼女のことが嫌いになった。そう彼女の全部が。

嫌いだ。
すぐ怒るところも。すぐ束縛してくるところも。すぐ泣くところも。すぐ不安がるところも。

嫌いだ。
怒った顔も。泣いた顔も。
嬉しそうな顔も、はにかんだ笑顔も、その時にできる笑窪も。
くるくる変わる表情全てが嫌いだ。

嫌いだ。
すぐ人を心配するところも。お人好しなところも。お節介なところも。元気な姿も。

「ごめん…。」
「……。」

息が出来ない。酸素をなかなか取り入れられない。口の奥の喉の手前に薄い膜が張ったような気分だ。俺の鼓動は速く煩くなっていく。酸素が足りない所為か頭が朦朧としてきた。携帯を持つ手が震えているのは気のせいか。

「ごめん…。」

彼女がもう一度謝った。何か言おうとして口を開けたけど、何も言葉が出てこない。
大体、ごめんって言われて俺は何て言えばいいんだよ…?
もういっそ電話を切ってしまおうか。そう思ったときだった。

「あなたは悪くない。」

ありきたりな台詞を彼女が電話の向こうで呟いた。
その瞬間俺は携帯を壁に投げつけた。ガンッという音に驚いた彼女がヒッと短く悲鳴をあげる。俺は肩で息をしながら携帯を睨みつけた。
やめてくれ。俺をそんな言葉で納得させようとしないでくれ。安っぽいドラマで、陳腐な漫画で幾度となく使われてきたような台詞を俺に投げかけるなよ。
拾い上げた携帯に噛み付くように俺は怒鳴りつけた。

「俺は悪くないって何だよ!?キレイゴト言ってんなよ!じゃあお前は本気で自分だけが悪いと思ってんのか!?ふざけんな!嘘つくなよ!」

暫くの沈黙の後

「…そうだね。ごめん。確かに私だけが悪いわけじゃないと思う。」

さっきの今にも消えそうな声とは一変して、凛とした態度で彼女は言い放った。

嫌いだ。
お前なんか嫌いだ。
やけにはっきりものを言うところも、案外しっかりしているところも、実は強いところも。

大嫌いだ。
だから縋りついてなんかやらない。俺はまだ好きだなんて言ってやらない。別れたくないなんて口が裂けても言ってやるもんかよ。

「他に好きな人ができた。別れてほしい。」
「…お前なんかもう知らない。勝手に他の奴と幸せになれば。」

携帯を持つ手はもう震えてはいない。「ありがとう。」と彼女の柔らかい声が耳に届く。
切れた電話を見ながら俺は大きく息を吐いた。



あいつなんか嫌いだ。
だから今鼻の奥がつんとするのも、視界がぼやけているのもきっと、
きっと気のせいだ。







エントリ04  メェメェ☆ワォーン     土目



天然でユルフワの亜麻色髪。
フレーム無しの眼鏡越しに見えるどんぐり眼は
さっきから一定のリズムで右から左へと文字と踊り続けている。
そんなお人形のような彼女を眺め続けるだけでも俺は十分満足なのだが
一心に本と戯れる彼女を眺めているとちょっかいを出さずに入られなくなる。
やはり俺も男の子だ。

「そんなに面白い?」

急に声をかけられた彼女は電気を流されたみたいにビクつくと
俺しか居ないというのに目だけで辺りをキョロキョロと見回す。
動きがまるっきり小動物だ。

「え、あの、その」

「邪魔してゴメン、続きをどうぞ」

あぁもう可愛いなぁ
なんて思っていることはおくびにも出さず笑顔で言うと
彼女は頭に?をいくつも浮かべながらおずおずと本に目を戻していく。
声をかけたせいで気になってしまったのだろうか
ちらちらとこちらを覗き見てくる
本に集中できなくなってしまったようだ。
目を合わせると彼女は慌てて本の陰に隠れてしまう。

「なん…で、しょうか?」

その一言を言うのにどれだけの勇気を費やしたであろう

「何って何が?」

あぁ俺って意地悪だな
自分でそんな事を思いながら口元のニヤつきを隠す。
彼女は今にも泣きそうなほど困り果てた顔になった。

 何か用ですか?
 何で私の顔見るんですか?
 人の顔見るのは失礼じゃありませんか?

いくらでも返す言葉はあると思うのだが、本の世界の住人は口が達者でないらしい。

「本…読まないんですか?」

そこを来たかと思いつつも
せっかく図書館まで来たのだしたまには読書も悪くないかと気まぐれが囁く

「オススメは?」

彼女は少し考えるように遠くを見て、積まれた本を数冊俺に渡した。

”赤ずきん”
”三匹の小ブタ”
”あらしのよるに”

ひらがなが多い。どれも童話、というか絵本だ。
そんなに本を読まないように見えるだろうか。
まぁ、たまには童心に帰るのも悪くないかとも思う。ページも少ないし。



「ふぅ…」

絵本と言えど3冊ともなると流石にボリュームがあるな。
読み終えて一息ついていると。
ちょうど彼女も一冊読み終えた所だった。

「面白かったですか?」

「うん、小さい頃に読んでたつもりだったけど、端々が新鮮だったよ」

「私も面白かったです」

「そっか、それはよかった」

我ながら変な会話だ、きっと本の世界に引き込まれたに違いない。
自然と二人とも笑っている。

「また来るからオススメ探しておいてくれるかな?」

「今度は違うのを探しておきます」

今度は本を読みに来ようと思った。