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第1回小説参加作品/エントリー10
条文多
kaibutsukun_00@yahoo.co.jp
文字数1986


姉26歳・僕17歳

 食卓の真ん中に大きな皿があって、レタスと、鳥の唐揚げが申し訳なさそうに乗っている。これがおそらく明日の弁当にも入るのだろう。テレビでは吉本の新人がスピード感のある漫才を展開していて、ことあるごとに僕はゲラゲラと笑っていた。手酌でビールを飲んでいる父も同じタイミングで笑う。珍しい。父が声をあげて笑ったことなぞ、ここ2〜3年記憶にない。いや、もっとか。いつだったか、父は「大人はガキみたく馬鹿笑いはしないものよ」なぞと言っていた。自分も人生を折り返す頃にはそうなっているのだろうか?

 僕の向かいの席は、今日は空いていた。そこには時々姉が座り、時々誰も座らなかった。姉は市内の大きな病院でレントゲン助手をしていて、歳は僕の9つ上の26歳だ。もう充分に大人な姉は、無断で外食することも、外泊することも親から認められていた。僕は違う。門限を1分でも過ぎれば携帯が鳴る。姉にあって僕にない権利。僕だけにある義務。大人と子供。信任と不信任。9年の差とは、つまりそういうことだ。僕はそれが慢性的にうっとうしかった。

 9年の差について、クラスの友人は「それは多分、アレだな。お前完全にミスってできた子供だよ。避妊ミス。作る気なかったのにできた子供」と躊躇なく言ってみせた。子供は1人で充分だった我が両親は、9年もの間律儀に避妊し続けていたが、ある日ミスって僕ができたらしい。
「そんなふうに考えたことなかったわ。ま、どーでもいいけど」
広い湖に小石をポチャンと投げ入れたような、微かな動揺があった。微小だが、確実で、拡大する動揺。
「お前の体には多分、半分も愛情入ってないなぁ。つまり、あれだよ、バファリン以下だよ」
もちろんその友達は冗談でそう言ったのだ。仲が良いからこそ言える冗談。けれど、それ以降しばらく、僕はその友達を避けるようになった。心底、腹が立ったのだ。

 テレビがCMになると、私はしばらく前から空になっていた茶碗を隣の母に差し出して「少しだけちょうだい」と言った。母はCMが終わらないうちにおかわりを持ってきて僕に手渡した。抜群に、完璧に、僕の求めた量だった。流石である。そう思ったときだった。

「あぁ、そういえばね、今日お姉ちゃん結婚したからね」

 僕は何が、どこから聞こえたのか、しばし混乱した。あるいは何も聞こえてなんかいなかったのかもしれないとも思った。けれど、母と父の視線で、先ほどの奇妙なセリフが確かに存在したのだということがわかった。僕は17年の人生の中で一度も聞いたことがないそのセリフをどう処理したものかと混乱した。混乱。認知。混乱。それで出た答えが、「あぁ、そうなんだ」だった。間の抜けたその答えが自分でも可笑しかった。

 母が話したのはその最初の切出しのみで、そこからは父がバトンを握った。相手は病院で患者として知り合った男性だということ(ドラマみたいだ)、その人はUCCに勤めていること、名字が高井になること(今は高田だ。あまり変わらない)、お腹の中に赤ちゃんがいること(やれやれ)、当面、式は予定してなくて今日籍だけ入れて来たことなど、愉快そうに聞かされた。僕は、その時初めて父の前に並ぶビール瓶がいつもより1本多いことに気がついた。大いに不満だった。

 僕は姉が誰かと付き合っていたことさえも知らなかった(まぁ、ちょくちょく帰って来ない姉を見て気付かなかった僕も僕だ。鈍感すぎた)。「いい人よ」父も母もそう言う。実は1年も前から2人は付き合っていて、そのことを知らないのは僕だけだった。後にわかったことだが、そのことは隣家の山成のおばちゃんでさえ知っていた。これは一体なんだろう?

 なんで実の弟が姉の結婚を入籍後に聞かされるのだろう?確かにうちの家族では色恋の話題が暗黙のタブーになっていたし、歳の離れすぎた姉弟はあまり仲が良い方ではなかった。けど、姉の結婚が事後報告なんて聞いたことないぞ。ずっと僕だけ蚊帳の外にいたらしい。友達の言葉が過ぎった。「お前の体には・・・・」

 一通り話を聞き終えると、僕はソファに身を埋めて漫才の続きを見た。勝手に結婚してどっかに行けばいい、そう思った。無感覚。自分の体が何ひとつ機能していないようだった。莫大な抽象を捉えているようでもあったし、何も考えていないようでもあった。姉の結婚とはつまり、家族が減ることなのか?増えることなのか?どちらとも言える、のだろう。けれど自分の中には喪失感しかなかった。イライラして、癪だった。

 いきなり後から父の笑い声が聞こえた。慌ててテレビにピントを合わせて、何の意味も持たない笑い声を搾り出したが、それはどこか人を馬鹿にする笑いのようだった。僕は居心地が悪くなり、すっと立って自分の部屋へと逃げた。父の笑い声が背中に張り付いていた。




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