ピアス
「香澄!今日の放課後付き合ってくんない?」
休み時間、智佳は私の席に来て媚びるように笑った。またか、と内心思いながら、私
は聞こえなかったように数学の予習を続ける。もうすぐ高校入試だというのに、智佳
からの誘いはいっこうに減らなかった。智佳は机を覗き込み、ふうん、と言うとわた
しの教科書をパッと取り上げた。
「また勉強?バカみたいに毎日毎日、よくやってられんねー?こんなの」
「ちょっと…返してよ!」
「ねぇ付き合ってくれんの?くれないの?」
取り返そうとする私の手をするりとかわしながら、智佳はいきなり恐い顔して問い詰
めた。そこらの不良も裸足で逃げ出すくらいのだ。
「…明日数学のテストだよ?」
「はぁ?いいじゃん別にそんなの!どうせ香澄できてんだから。何?友達より自分
の勉強が大事とか言うわけ?」
「そういうわけじゃないけど…」
それきり黙りこんでしまった私を見て、智佳はわざとらしくため息ついた。
「…じゃあ一時間でいいから。今日帰ったらすぐ中央公園ね。」
そう言い捨てて智佳は自分の席に戻っていった。
その日の放課後、私は言われた通り中央公園に来た。私は智佳の誘いは絶対に断れ
ない、と思っていた。なぜだかはわからない。どうせいつも大した用事ではないし、
待たせておいて智佳が来ない、なんて日も少なからずあったのだが…。
「遅い…」
冷たい風に身震いし、白い息がこぼれる。智佳は今日も来ないつもりだろうか。
「ごめん香澄!待った?」
いいかげん帰ろうと立ち上がった背中に智佳の声が届いた。私は、いいよ、と笑っ
た。
「今日どうしても話したいことがあったんだ。あのね」
こうやってふたりでブランコに乗って話すようになったのは、小学4年の時からだ。
その日、はじめは他愛無い話をしてたのだが、智佳が、うちの両親離婚するの、と突
然切り出した。私が驚いて何もいえないでいると、
「私お父さんについていくんだ。」
と、光のように笑った。
「…すみ、香澄!聞いてる?」
「あっごめん!ボーっとしてた。」
智佳の怪訝な声にあわてて我にかえる。智佳はさして気にする様子もなく、話を続け
た。
「でね、今度の人は絶対本当だと思うんだよね。30才でトラック運転手なの。す
っごく大事にしてくれるし、内緒だけど、卒業したら一緒に住もうって約束した
の。」
嬉しそうに話す智佳の顔を、私はただ見つめていた。言いたいことは山ほどあった
のに、喉から出ない。ただ、予感がした。智佳が傷つくような、根拠のない予感が
…。
次の日、智佳は学校に来なかった。その次の日も、またその次の日も…。しばらく
して、私は智佳が30才トラック運転手の彼氏と別れたといううわさを聞いた。
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