とある日の深夜。 私達は病室を抜け出すと、見つからない様に階段を上りだした。 最後のわがままってやつだ。 そう思って私達は普段は出入りを禁止されている屋上の扉をヘアピンでこじ開けた。 屋上は予想していた通りとても綺麗な星空で満ち溢れており、 これからあそこの一つになるのかと思うと悪くないように思えた。 「高いね…。」 相方が目をつぶって呟く、星までの距離は高いなんてものではない。 それともこれから落ちる高さのことだろうか。 たかだか4〜5階立ての高さで何を言っているのか。 「それが辞世の句?」 これが最後の言葉だったら味気なさすぎて笑えてくる。 「いや違うけどさ。」 と言いながら相方は笑っている。 どうでもいい会話ですら笑える、 コレが最後の心境というものなのだろうか。 それとも自分達は普段から大した事でなくとも笑えていたのだろうか。 後者の様な気がする。 「わっ、怖っ、やっぱそのつもりでも怖いモンは怖いな。」 端っこの出っ張りに乗ると下を覗き込んで当たり前のことを言っている。 ちょっとはしゃいで見えるのは気のせいだろうか。 「怖くない方がおかしいよ、あたしだって足ガクガクだもん。」 「それじゃぁ、どっちでも一緒か。」 「うん、お生憎様。頑張ってね。」 「あぁ…。」 茶化してやったつもりなのに真剣な顔をされてしまった。 もう、終わらせるつもりなんだろう。 「…愛してる。」 「え?」 「辞世の句。」 こいつの急に話を戻す癖はきっと死んでも変わらないんだろう。 嬉しいような悲しいような。 「あぁー。って句になってないじゃん。」 「字余りってことで、で返しの句は?」 「…私もだよ。字余り。」 我ながらバカをやっているなぁと思う。 でもきっと私達は最後の最後でなければこの言葉を言わなかっただろう。 それは言えなかったでもあり、言いたくなかったでもある。 ややこしいから考えるのはやめだ。 「手、繋げたらよかったのにな。」 閉じて開いてをくり返す右手は震えている。 できることならすぐにでも握ってあげたいところだ。 なので代わりに私は言ってのける。 自分も同じことを考えていた、何て言わずに。 何を今更といった風に。 「私は繋いでるつもりだよ? いつでも。」 「それも、そうかな。」 「それもそう、だよ。」 ギュッと握り締めた手は自分の手の温度を確かめるようだった。 「それじゃ、せーので行こうか。」 「うん。わかった。」 「「せーの。」」 とある日の深夜。 一つの影が病院の屋上を舞った。
恋は、狂おしいほどいい。 あ、雪だ――。空を見上げると同時に、ふっと彼のことを思い出した。 全く、何をやっているんだろう。手にぶら提げた華やかな紙袋と、寂れた真っ暗な歩道を等間隔で照らすこれまた寂れた街灯のミスマッチは、なかなかない。 雪なんて、この辺りはもうたくさんだ。ただでさえ歩くのに難儀しているというのに。私はもはや髪の毛に積もった雪を乱暴に手で払うと、ぎゅ、ぎゅとブーツの底で雪を踏みしめながら、慎重に歩みを進めた。 ――こんな日に喧嘩なんてするんじゃなかった。 電話での些細な諍いから、意地を張って、結局こんな遅い時間まで家の中で悶々としていた。本当は一刻でも早く会って渡したかったのに。 雪で紙袋の型が崩れ始めたころ、私はようやく彼の職場に着いた。彼の職場の他の人は、皆奥さんや恋人がいるから、こんな日にあえて残業するのは恋人と喧嘩した彼くらいだ。 ドアを開けると、やっぱり彼が一人でデスクに座っていて、そして、私の顔を見ると、とても驚いたように目を見開いた。 「どうしたの?」 がたっと大げさに椅子から立ちあがって、彼はこちらへとかけてきた。 「日付が変わる前に、渡しておかないといけないものがあって」 私はすっかりくたびれた紙袋を、ハンカチを片手に驚いたままの表情の彼に差し出した。 「今日は、バレンタインだから」 「…ありがとう」 もっと、複雑な表情を浮かべると思っていたのに、彼は私の予想をはるかに超える満面の笑顔でそれを受け取った。 「…言っとくけど、ちゃんと本命なんだからね」 「うん」 「…三倍返しだからね」 「うん」 「こんな雪降るなか歩いてきたんだから、帰りはちゃんと送ってよ」 「もちろん」 「…なによ?」 世界で一番大事なものを扱うみたいに、ハンカチで優しく私の頭を拭いている彼は、にこにこ笑っている。私が訝しがって聞くと、彼はその笑顔を隠さないで言った。 「たまには喧嘩もいいものだね」 「もう二度とごめんだわ」 心底嫌そうな顔で言ってみたものの、実は私も彼と同じことを思った。 恋は、狂おしいほど、いい。だって、彼に恋する私の感覚がもう既に狂っているんだから。 Happy Valentine"s Day?
「うーむ……」 閉店後、店長は、回転寿司のベルトコンベアを磨きながら唸る。 「どうしたんです、店長?」 副店長がバックヤードの床をデッキブラシで洗いながら声をかける。 「仕事の事を考えてるんだよ」 「はあ?」 「寿司って、回し続けると乾くじゃん?」 「当たり前じゃないですか。それで、うちだってほとんど回さなくなって、客の注文で握ってばっかりになった訳で」 「そう」 消毒液をかけられたベルトコンベアは、しっとりと光っている。 「なるほど、廃棄も減って利益率が高くなった。だがしかし、だな」 「はあ」 「そうなると、このベルトコンベアがあまりに不憫な気がして来たんだ。営業中なのに電源を切られ、ピタリと静止しているこのベルトコンベアがな」 「でも回せば乾くんだから仕方ないじゃないですか」 「有効利用、何とか有効利用を……」 「よし!」 「……トラ肉?」 「これで素敵なギイが出来るに違いない!」 「……店長。よしんば、ギイになったとしても、ですよ」 「なんだ」 「二百五十一枚もパンケーキが出来てしまったらどうするんです?」 「そりゃあ、回すのさ」 「回しますか」 「回すともさ」
貴女に手紙を、ずっと送りたかったのです。 貴女は五月蝿く思うかも知れませんがね。 貴女に出会ったのは、寒い冬の季節でした。 寒いので、温まろう・温まろうとする私でしたのに、 貴女はあえて自分に厳しく、極寒であろうとしていましたね。 人を寄せ付けず、人に寄り付かず。 貴女は、一人でいる事を愛そうとしていましたね。 そんな貴女に、私は大変惹きつけられたものでした。 でもね。 貴女は上手く出来ていませんでしたよ。 貴女はいつも、自分を認めてくれる「誰か」を捜し求めていたでしょう。 求めずには、居られなかったのでしょうね。 だって、貴女には、存在価値が無いのですから。 貴女が居なくても、世界は滞りなく回り、流れ、一直線に進んでいくと気付いたのでしょう? 貴女は知ってしまった。 時間は流れ、止まったモノは風化して行くことに。 貴女は世界に絶望し、そして貴女にも絶望したのですね。 ねぇ、貴女はどうして「誰か」に希望を持ってしまったの? 万年床のように湿って生暖かい、暗い場所に丸まりながら、 「誰か」は貴女に気付くと、そう思っているのかしら? 全く、貴女は阿呆です。 貴女は、まだ存在しているのでしょう? 風化する、止まったモノではないでしょう。 何に、そんなに脅えているの? 理解を求めるのに、返って来ない事に脅えているのなら、それは検討違いです。 他人を理解出来る他人がいるとお思いなのかしら。 貴女が「誰か」に選ぼうとした人々は、男も女も、どちらでもある人もいたけれど、 貴女はその人々を理解したかしら? 何かと比べて、不安と嫉妬に勝手に脅えて 選抜から外していったのでしょ。 意外とお布団は、しがみついていれば誰にも剥がせないものなのです。 壁より性質が悪いのです。 話に聞く「敏腕お母ちゃん」が子供の布団を引っぺがすのは、子供にも起きる意思があるからですよ。 ねぇ貴女。 貴女の絶望は、どんな色をしているのですか。 私の見た絶望は、万年床の色でした。 貴女は違うのかも知れません。 さて、お説教が過ぎたやも。 私が貴女に手紙を送りたかったのはですね 絶望は消えませんとお伝えしたかったのです。 この先、貴女は 「理解」される事も無く 「本当に愛される」事も無く 「認められ」たとしても、すぐに風化してしまいます。 世は絶望に満ち満ちています。 貴女は何色で絶望を塗りつぶしますか? きっと「誰か」の色では無理ですよ。 私は、答えを知りたい。 この手紙が、貴女に届くことを願っています。