第105回体感バトル1000字小説部門

エントリ作品作者文字数
01ありがとう死神よ。りりん995
02らくらく変換T中井658
03理知的な野獣土目1000
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ01  ありがとう死神よ。     りりん


 妻は癌を患っていた。幾度かの手術にもう妻の体力は限界に近かった。手術はもう無理だと、医者に言われた。妻が日に日に衰えていくのがわかった。
 そんなある日、私が見舞いに行くと、
「――今日、死神が来たの」青白い顔に浮かぶ桃色の唇を震わせながら妻は言った。
 訝しげな顔をする私に、
「私の命はあと三日なのよ」と妻は弱々しく言った。
 私は、何も言わずに妻を抱きしめた。しばらくそのまま無言で、お互いの温もりを確かめ合うように……
 その日は、病院で妻と出会った頃の思い出を語り明かした。
 次の日、「流れ星が見たい」と妻が言うので、朝一番に退院して今はもう誰も住まない妻の故郷に帰る事にした。私が運転する車で揺られるあいだ、妻は具合が悪いにも係わらず、顔色変えず耐えていたのであろう。途中休んでは運転して、休んでは運転して、妻の故郷につく頃には日も暮れかかっていた。
 夜の帳が下りた後、小川の辺の茂みに二人で座って、空を見上げると都会では見られない洗練された星々が見えた。
「折角の流れ星が涙で見えない」と妻は言った。私は、ハンカチでそっと妻の目頭を押さえた。
「明日は、何がしたい?」私は、妻に問う。
「明日は、貴方の笑顔を見ていたい」妻は、答えた。
 次の日、私は出来るだけ笑顔でいた。妻と料理を作ったり、テレビを見たりして笑顔を絶やさないようにした。
 夜寝床に着くと、私は妻と手を繋いで寝ることにした。
 「明日は、何がしたい?」私は、妻に問う。
「明日も、このまま手を離さないで下さい」妻は、答えた。
 ――そして次の日、私と手を繋いだまま妻は逝った。
「ありがとう。あなた」
 私は、妻が笑顔のまま目を閉じていくのを見守った。そしてしばらくそのままでいた。
 いつしか妻の手からは温もりが無くなっていた。私は、固くなって動かない妻の手を離すと独り呟いた。
 「――死神よ」静寂の中、黒い影の形をしたものが現れた。
 「私にはもう思い残すことは無い」
 「お前の命は、あと一日ある……」
 「いいんだ、死神よ。私にはもう思い残すことは無い。妻があんなに良い笑顔で天国へ逝ったのだから」
 「……」影は何も答えない。
 「私は、お前に感謝している。妻よりも一日でも遅く私を迎えに来てくれたのだから」
 
 私の所にも、死の宣告を告げる使者が来ようとは思いもしなかった。
 しかし、私は妻の死さえ看取ればそれでいい。 
 ありがとう死神よ。


※作者付記:始めまして!






エントリ02  らくらく変換     T中井


「うぃー、戻りましたー」
 スーツに付いた雨粒をハンカチで拭きながら、オフィスに田代が戻って来る。
「お疲れー、田代。ちょっとPC借りてっぞ」
 同僚の渡辺は、田代のデスクでパソコンに向かっている。
「なんだ渡辺、自分のはどうした?」
 渡辺のパソコンは、猫のキャラクタが真っ暗な画面を走り回るスクリーンセーバーが表示されている。
 田代は、マウスを軽く机で滑らせ、スクリーンセーバーを止める。と、モニタにはデフラグの実行画面が現れた。
「ああ……なるほど」
「あっ、またかよ」
 田代のパソコンを操作をしながら、渡辺は舌打ちする。
「どうした?」
「なあ田代」
 手をキーボードに載せたままで、渡辺は田代の方に顔を向ける。
「お前のPCの辞書登録って何なの? 『あ』で『ありがとうございました』とか、『こ』で『今後とも海原商事のお引き立てをよろしくお願い致します』とか」
「入力の手間が省けるだろ」
「日本語入力がマイクロソフトIMEだから、文節区切り間違えて頻繁に変換されんだよ」
「何にどれが当たってるか覚えれば速いんだって」
「どの辺の文字に当たってんだ?」
「ん? 全部だよ」
「やり過ぎだろ、常識的に考えて……んじゃ、例えば『じ』は?」
「『時節柄、風邪等流行っておりますが、お身体にお気を付けてお過ごし下さい』」
「『ろ』は?」
「『老人保健施設やまもみじ2F フロアリーダー 山根様』」
「『に』は?」
「『荷物の発送完了しました、三日以内には到着の予定です』」
「ふうん……そうだ、『ん』はどうなんだ?」
「『ンジャメナ』」
「一生に何回使うんだそれ」







エントリ03  理知的な野獣     土目


んー。
いい天気だ。
小鳥もさえずってるし。
透き通る風は心地よい。
歩く山道はふかふかとしているし。
卸したての靴ともいい具合だ。
本当に着てよかった。

一時間後…

ゼェゼェ。
雲行きが怪しい。
鳥、っていうか鳥か? あのギャーギャーうるせぇの。
風っつーかもはや暴風? 嵐? だし。
山道、いや獣道はぐずぐずで今にも足を取られそうだし。
もちろん靴はぐちょぐちょのドロドロだ。

なんだよもう。
来なきゃよかったよ。
家で布団に包まってねてればよかったよ。

コレで熊とかにでもであった日にゃあ

『ガサガサ』



『のっしのっし』

ほらもう! 来たよ! 最悪だよ! 終わったよ!
せめて今もってるのがただの杖じゃなくてドラゴンスレイヤーとかだったら立ち向かう気にもなるのに!

「まちたまえ。」

恐怖のあまり幻聴が聞こえたようだ。

「この通り私は人語が理解できる。できればその杖を収めてくれまいか?」

何だこの熊? 流暢な日本語使ってきやがった。

「驚かせてすまない、だがこちらも身の危険を感じたのでね。」

「いや危険なのは俺のほうだろ。」

「何を言うかこれほど紳士的に構えた熊を相手にして」

相手が熊な時点で危険すぎるだろ。

「っつーか涎だらだらで言われても説得力にかけるんですけれど。」

「おっと失礼、発情期なモノでね。」

別の危険が一つ増えちまった。
寒さとは別の振るえが出てきやがった。

「安心してくれていい。異種間交配には学術的な興味しかない。」

もうやめてくれよ! ていうかお前メスなの? それともどっちでもいける熊なの?

「というか君が悪いんだぞ。私がわざわざこんな山道を外れた所でマーキングしてるというのに。」

うん、語りながら木の皮爪で剥ぐのはただの威嚇としか思えない。

「いい加減その物騒なものをこちらに向けるのをやめてくれないか。」

「お前が後ろ向いたら考えてやるよ。」

「そうやって後ろからブスリ! というわけだね。」

「杖でブスリは一般人には無理だよ! 俺は家に帰りたいだけだよ!」

「あぁ、なんだ迷子か、だったらあの高い木を目指して真直ぐ行けば山道に出るよ。」

「本当か!恩に着るぞ!」

こんな非常識生物の目の前にいるのゴメンだ。さっさと行こう。



「何でついて来るんだよ。」

「君のケツを眺めていたら何と言うかこう、込みあがってきてね。」

俺は全速力で走ったが野生の熊にかなうはずもなかった。
そして所詮は野生の熊。いくら理知的であろうとその本能にかなうはずもなかった。