気が付くと、真夜中の路地裏で、私はいきなり5人の男たちに囲まれていた。蛍光灯の街灯が照らし出した彼等の姿は、皆、軍隊の司令官のような服装であった。しかし、彼らの顔を見ることは出来なかった。なぜなら、彼等は、皆、顔の前に扇風機を構え、私に風を送っていたのだ。その扇風機は、本来、床に置いて使うような普通の家庭用のサイズのものだった。だが、電源が見当たらないので、恐らくは、最近、出てきた充電式の物と思われる。 「ジョン・F・ケネディ、敵艦の右舷に付け、主砲よーいっ!」 私の正面の男が重々しく口を開いた。 「了解。ジョン・F・ケネディ、敵艦の右舷に向け、微速前進っ!」 わたしの右斜め前の男は、そう言うと、ゆっくり私の右側に近づいてきた。気味が悪いし、なんかムカついたので、そいつの右足に私の右足を引っ掛けてやった。すると、そいつはあっさり転び、言った。 「右舷後方被弾っ、沈んでいきます。提督に栄光あれ」 「くそぅ、バカなっ。なぜ、こんなに易々とやられるんだ」 正面の男が心底悔しそうに言った。 「こちらの作戦が漏れているのでは? はっ、さてはこの中にスパイが……」 私の左後ろの男が、なぜか、棒読みで言った。 「なにぃ? スパイが? さては貴様かーっ」 正面の男はそう叫ぶと、私の左斜め前の男に跳び蹴りを食らわせた。 「ち、違います。ぐわーっ!」 左斜め前の男は、一撃であっさりとノックダウンされた。 「ふっふっふっ、この時を待っていたぞっ! クーデターだ。さぁ、カーネル・サンダース、提督を攻撃しろ!」 私の左後ろの男が、今度は、興奮して言った。しかし、カーネル・サンダースと思しき私の右後ろの男が攻撃したのは、私の左後ろの男だった。 「くそぅ! 貴様、二重スパイだったのか」 悔しがる左後ろの男。 「よくやった!」 喜ぶ提督と思しき正面の男。 「しかし、貴様も道連れだ」 「提督に栄光あれ」 反逆者とカーネル・サンダースは相討ちで果てた。 何だか良く分からん内に、敵は提督らしき男1人を残すのみとなった。 「なぜ、私を襲った? お前らは何だ?」 私は尋ねた。 「分からずとも良い。それは、後の歴史が決めること。そもそも……」 提督の話が長くなりそうな予感のした私は、ツカツカと提督に歩み寄り、提督の扇風機のスイッチを切った。 「すっ、スクリューがーっ!」 と断末魔の声を残して、提督は崩れ落ちた。 (終わり)
※作者付記:ある漫画のタイトルを思い出させますが、実は、その漫画が流行ったときに描いたもののリメイクです。でも、2次でもパロディでもなく、内容はその漫画とは無関係です。(あっちは潜水艦だしね……)
まだ日が落ちていない。この時刻になると、毎日それを意外に思う。 午後七時というのは、一日のうちで一番夏を感じる時間かも知れない。 古ぼけたマンションには同じ形をした窓が並んでいて、 ぽつぽつと灯がまばらに点いている。私の住処もあの窓の一つのはずだ。越してまだ間がないせいか、こうやって前を通りかかっても、咄嗟にどれが自分の部屋かわからない。私はふと足を止め、自分の部屋の窓を探してみることにした。 三〇六、三〇六・・・三階の左端から六つ目の窓は――― それを見つけた途端、私は背筋に寒気が走るのを感じた。灯の消えた窓の向こうから、青褪めた女がこちらを見ている。私は女から目を逸らさないように、視界の隅でもう一度窓を数え直した。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ目。間違いない。私の部屋だ。残念ながら私には、家で待っていてくれる女はいない。合鍵を渡すような女もいない。ついでに管理人も女性ではない。かといって、ストーカーに狙われるような魅力が私にあるとも思えない。一体あの女は――― 「おかあさん!」 突然足元で甲高い声がして、私は再び肝を潰した。振り返ると、私の後ろで子供が手を振っている。窓の女に呼びかけているのだと理解するまでに、数秒かかった。ああ、そうか。そういえばこのマンションは、縁起を担いで四のつく番号を抜いているんだった。私の部屋は、左から五番目だ。私は苦笑いして、エントランスへ向かった。 コツ、コツと靴音を響かせて、自宅への階段を上る。三階に辿り着き、廊下へ出る。三〇九号室側から、私の住む三〇六号室へ、廊下を歩く。ふと先刻のことを思い出し、私は自分のドアを通り過ぎ、反対側の端まで歩いてみることにした。 三〇六、三〇五。三〇四号室がとんで、三〇三、三〇二、三〇一、一番端が三〇〇号室。 寒気を覚えて、私は自室のドアを見た。それじゃあ、さっき見たあの窓は――
多分、ずっと前から決まっていた。 「本当に俺とでいいの?」 彼は私のことをじっと見つめて、そう聞いた。とても小さな声だったけれど、私の耳にはよく響いた。 「どうしてそんなこと言うんですか?」 私は彼を見上げて、逆にそう尋ねた。尋ねたけれど、実は私は彼の気持ちも理解できていた。 彼の心の中にはたくさんの蟠りや、躊躇いや、迷いがある。それは、そういうものがないのが不自然なくらい当然のことだと思う。 年の差、身分の差、そういうものはしばしばマンガやドラマや小説などでは取り上げられるし、盛り上がるものでもある。それでも、実際に自分の身に降りかかるとなると、その主人公みたいに受け止めるのは難しい。 「先生」 私の言葉は、二人だけの部屋にやけに大きく響いた。 「…もしも、一ミリでも後悔する可能性があるなら、私と付き合うのはやめておいたほうがいいと思います」 何も言わない彼に、私はそう言った。言ってから、私は自分の言葉がとても硬質で冷たいことに気付いた。 「俺は…いつか君が後悔すると思うよ」 こちらにまで不安が伝わってくる声だった。こんな声を聞いたのは、初めてだった。それでも、それくらい私と付き合うことを真摯に考えてくれているのだと思うと、不謹慎だけれど、嬉しくもあった。 「それはないですよ」 私ははっきりと即答することが出来た。そして、彼が「どうして?」と尋ねるより早く、口を開いた。 「だって、先生のこと生徒のときからずっと…もう何年も前から好きだったの、知っているでしょう? 出会ってから今まで一度だって忘れたことがない先生と一緒になれるのに、どうして後悔するんですか?」 言っていると、自然と笑顔がこぼれていた。今までの彼との思い出が全部頭の中から蘇ってきて、そうすると、たくさん泣いたことよりも、一緒に笑いあったことばかりが浮かんだ。 「かなわないなぁ、本当」 彼は本当に困ったように笑って、そして、儀式みたいにゆっくりと、私の手に触れた。温かい手が、私の手を包み込んだ。 「今更分かったんですか?」 今まで彼に触れられることなんてほとんどなかった。ドキドキしているのが悟られないように、私は少し強気に言って笑った。彼は私の言葉に、緩やかに首を横に振っただけだった。 「好きだよ」 「私も好きですよ、先生」 にっこり笑い合ったとき、やっぱり私は確信した。 ずっと前から、私たちはこうなる運命だったんだ――と。
※作者付記:第54回の「愛している」と第89回「Another Story」と併せて読んでいただけると幸いです。(54回のは作者が久遠ではなく月弥となっていますが、同一人物です;)
「おおい、寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処やぶら小路のぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助はどこにいる?」 「あっ、あれ? 寿限無(以下略)は、あんたが連れて来たんじゃないの? あたしは知らないよ」 「俺は寿限無(以下略)はお前が連れて来たとばっかり――え? じゃあ寿限無(以下略)は、どこにいるんだ?」 「寿限無(以下略)は、家を出る時にはいたよね?」 「もちろんだ。お前が、寿限無(以下略)にシートベルトかけてたじゃねえか。寿限無(以下略)のヤツ、今日に限って大人しくベルトかけられててよ。いつもああなら、寿限無(以下略)を躾る必要もないんだが」 「そうだよね、寿限無(以下略)、確かに乗ってたよね……あ、それじゃあ、ひょっとして、あんた」 「おい、そうだよ。だとしたら、寿限無(以下略)ってまだ車の中じゃないか!」 「そうね、寿限無(以下略)は車の中よ」 「そうだよ、お前、寿限無(以下略)を、車に忘れて来てるよ!」 「いけない、こんな炎天下じゃ、寿限無(以下略)が大変!」 「寿限無(以下略)! 寿限無(以下略)! 今行くぞー」 「――パチンコ屋に入店した後、車内で子供を放置していた事を思い出してすぐに駆け付けたけれど、間に合わなかった、と?」 「はい、そうなんでさぁ、お巡りさん、へへへ」 「はい、まったくもって、不可抗力で、ええ、ええ」