いつからなのか、分からない。なぜなのかも、分からない。とにかく俺は、このベルトコンベアの前に立ち、流れてきた何だか分からない機械に、何だか分からない部品をはめ込んでいた。不思議なことに、いくら続けても部品が尽きることもなく、何かを食べたという記憶も、トイレに行った覚えもない。俺が出来ることと言えば、部品をはめ込んだ後、次が来る前のちょっとの隙に、ちょっと右を見たり、ちょっと左を見たりすることだけ。そして、その結果分かったのは、右にも俺と同じようにズラッと人が並び、左にも俺と同じようにズラッと人が並んでいて、みんな同じように作業しているということだった。 なんとなく、このままじゃいけないような気がするが、何が出来るだろう? その時、閃いたのが伝言ゲームだ。隣の奴になら、話しかけられそうだ。えーっと、まずは、右の奴にしよう。 「おい、聞こえるか?」 「なんだ?」 「何人いるか、数えないか?」 「へっ?」 「だから、俺たち、ズラッと果てしなく並んでいるように見えるけど、実際何人いるか、数えないか?」 「そんなことして何になる?」 「何にもならないかも知れないけど、まず、情報を収集しよう。……あっ、その前に、何か知っていることがあるなら教えてくれ」 「えっ、……そう言や何も無いな」 「だから、人数だけでも数えようぜ」 「でも、どうやって?」 「だから、伝言ゲームだよ。お前が右の奴に人数を数えようって持ちかけて、お前の右の奴が更に右の奴にそれを伝える。そして、端っこまで行ったら1から番号をかける。お前の番号が俺から右に居る人数だってことだ」 「お前、頭良いなー。よし、早速やろう」 「ああ、俺は左の奴にも頼んでみる」 俺は、そう言って勇んで左の奴に声をかける。 「今、右の奴にも頼んだんだけど……」 それと同時に、左の奴が話しかけてくる。 「今、左の奴に頼まれたんだけど……」 そして、俺たちは目をパチクリしてポカーンと口を開けて見つめ合う。 だって、左の奴が右の奴に瓜二つなんだもの。 「おっ、お前、まさか、そんなことないと思うけど、俺の右にいるのもお前か?」 「いや、そんなはずは……」 「でも、ちょうど今、俺も右の奴に話を持ちかけたところで……」 「いや、俺も話を、持ちかけられたところで……」 底知れぬ不安の中で、あることが閃き、即、行動した。 「バナナ、卓球、24735」 右の奴にそう叫ぶと、左の奴に尋ねた。 「今、左の奴なんて言った?」 「バナナ……、卓球……、24735……」 なんて顔してるんだ、こいつ、見たこともない表情だ。 でも、こいつも、今、俺の顔に、それを見ているんだろうな。
「暑いね」 「そうだな」 「アイス、食べたい」 「そうだな」 ふわり、微笑みながら私を見る綺麗な黒曜石。 笑みを浮かべることによって細められた瞳は私と同じ黒。 だけど、彼以上に綺麗な黒を私は見たことがない。 「デート、したい」 「そうだな」 「手、繋ぎたい」 「そうだな」 「ちゅー、したい」 「そうだな」 「でも、ダメなんだよね」 「……あぁ」 そこで初めて、彼の相槌が変わった。 笑顔が困ったような苦笑に変わった。 黒曜石の瞳が、濁った色に変わった。 「…好き、なんだけどなぁ」 「俺もだよ」 「…デート、してないのに」 「ごめん、ドタキャンして」 「プレゼント、くれるんじゃなかった?」 「潰れてダメになっちゃったな」 そっと私の頭に伸ばされる彼の手。 その手は青白くて、生気を感じられない。 伸ばされた彼の手は、私の頭を、 「…やっぱり、ダメか」 するりと、呆気なく通り過ぎた。 手を握ったり開いたりを繰り返す見る彼。 私もそんな彼の手を握ろうと手を伸ばしたけど、やっぱり宙を掴むだけ。 「…ごめんな、約束守れなくて」 「ほんと馬鹿だよ、…子供庇って死ぬなんて」 「あの子、お前に似てたんだよ」 気付いたら、庇ってたんだ。 そう言って笑う彼は確かに私の目の前に居るのに。 同じ場所に居るのに、私達はもう相容れない存在なのだ。 「もう、帰って来ないんでしょ?」 「そうだな、もう帰って来れないだろうな」 「私、その内新しい彼氏出来るよ」 「そうだな」 「結婚もするし」 「うん」 「子供だって生まれる」 「お前の子供なら可愛いだろうな」 「それでも、」 「うん?」 「あんたのこと、忘れてやんないから」 「…うん」 困ったような、呆れたような笑い顔。 だけど私、知ってるの。 あんたが嬉しい時とか照れてる時にする癖。 ほら、今も左手で自分の頭掻いてるし。 「…じゃあね」 「おう」 「私のこと好きなら、」 「ん?」 「来世で首洗って待ってなさいよ」 「…あぁ」 追いかけてやるから。 そう言えばにかっと太陽のように笑う。 私はこの先、恋愛もするし結婚もするし出産もするだろう。 それで人生全うして自分の子供や孫に見守られて死ぬんだ。 でも、それが終わったら全速力で生まれ変わってあいつに会いに行くんだ。 それで、今度こそデートして、ちゅーして、プレゼント貰うんだ。 「おやすみ、…またね」 空に上っていく光の粒を見て呟く。 私は長生きするから、飽きずにちゃんと待ってなさいよね。
昔、あるところにアヒルの夫婦が住んでいました。 アヒルは卵を七つ生んで、大事に大事に温めました。一ヶ月近く経ったある日、卵は一斉に孵りました。 お日さまみたいに黄色く可愛らしい雛が六羽、それから、くすんだ醜い灰色の雛が一羽。 「まあまあ、可愛い!」 「本当だ、可愛いねぇ」 どんな姿であっても、自分の子供を可愛いと思わない親がいる訳がありません。黄色い雛たちは、両親が灰色の子も同じように可愛がっているのを見ていますから、いじめる事なんてちっともありませんでした。 そして、時は流れ、雛たちの生毛は大人の羽根になりました。 「ねえ、ハイイロちゃん」 黄色かった子が、灰色だった子に言います。 「あなた、白鳥じゃない?」 「え?」 灰色だった子は、水に映る自分の姿を見ました。長い首、大きな翼、真っ白な羽毛。 「あ、何かそうみたいだね」 白鳥は笑いました。 「そうだったんだー」 「思い出してみると、ちょっとづつ違う事あったかもね」 「その翼、すごく飛べそうだね」 アヒル達は、口々に白鳥を褒めました。 「おやおや、白鳥だったんだね」 「気付かなかったわ」 夫婦のアヒルは笑いました。 そんなある日、南へ渡る白鳥の群がやって来ました。 「君、白鳥だね、一緒に来なよ」 群の一羽が、アヒルと暮らす白鳥に声をかけます。 アヒルと暮らす白鳥は、群の白鳥をじぃっと見てから、首を傾げました。 「どうして?」 「どうしてって、君は白鳥じゃないか。一生こんな池で暮らす気かい」 「その気だって言ったら?」 「冗談を言ってるのかい? 折角白鳥の生活が出来るっていうのに!」 「白鳥の生活ってどんななんだい」 「素晴らしいものさ。狼や蛇が来たって飛べば大丈夫だ。冬は暖かい南へ飛んで行けるし、夏には北に戻って涼しく過ごせる。そしてどんな時も、周りにいるのは美しい白鳥たちだ」 「ここは狼や蛇は来ないし、冬も夏も耐えられない程じゃなくてエサも一応はある、水面にどんな顔が映ろうと僕は僕だよ」 「本当の幸せを知らないんだな! 君はすっかり堕落して、アヒルに成り果ててる! 勝手にするが良いさ!」 群のアヒルは飛び去りました。 「……全く未練がないワケじゃ、ないよ」 遠くになっていく群を見つめながら、白鳥は呟きました。 「でも両方が手に入れられないなら、どっちかを捨てるしかないだろう?」 白鳥は水面をすぅっと進みます。 波紋が池一杯に広がって行って、消えました。