第14回体感1000字バトル

エントリ
作品作者文字数
生身の人間孔望璃1015
"夕暮れに#弘丸492
残高ゼロ弥夏和沙611
いらっしゃいませNATTY1000
柔らかい殻タイラ1000
神のいない国沖樫久野1091
おじいちゃんちのしごと三浦1000
終焉マコト嬢1004
神かくし乳製品999
10幻想即興文電庵1074
11黒髪タガキミツキ1107
12祝辞撫意599
13心の宿黒猫恵太959
14病室神代高広1000
15UFO発見!御田井万我950
16ピンク色のあめ・ブルーの日〜忘れられない記憶〜smirai@1000
17スマイルwillow655
18嫌う人Arkx1000
19彼の肖像、彼女の虚像閑流1164
20月夜花HI1000
21朝日坊島見人1063



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エントリ1 生身の人間 孔望璃


カチ・・カチ・・カチ・・カチ・・・


 止まらない時計の音が、室内に響き渡る。本来は微かな音だが、今の私にはなによりも大きな音だ。
「くそ。」
額の汗を拭いながら、思わず私は呟いた。・・なぜこんな事になったのだろう。

 犯人から電話があった。簡単な内容だった。
「爆発物を仕掛けた。」
要するに、これだけだ。そしてご丁寧に犯人は、爆弾の場所をキッチリ教えてくれた。あり難い事に、タイムリミットまで・・。通常こういう時、機械で爆弾の入った箱ごと冷却して解体・爆破をする。その方が絶対的に安全なのだ。・・だが、この頭の弱い犯人は1つだけ条件を言ってきた。
「冷却はせず、人で解体するんだ。」
私だって、こんな要求に従いたくはない。生身の人間なのだから。でも・・。分かるだろう?。今はどちらに選択権があるのかぐらい・・。

 とりあえず私は、木箱を慎重に開けた。蓋の閉会時には爆発しないと、犯人が言ってきたのだ。どこまでもあり難い奴である。・・箱の中には、夢一杯の物体がところ狭しと詰まっていた。ここだけの話しだ。私は一瞬、本気で帰ろうと思った。さっき言っただろう?。生身の人間だって・・。

 箱の中に入っていたのは、ざっと次の通りだ。

『タイマー』
『小さな木箱』
『様々な色の配線』
『それらに結合しているプラスチック爆弾』

はっきり言ってしまうと、こんなものを解体できるのは犯人しかいない。だってそうだろう?。人には1回ぐらいミスはあるさ。でも、こいつはそれすら許しちゃくれない。私にどうしろって言うんだ。さっきから何度も言っているじゃないか!。私は、生身の、人間です、と・・。

 そんな事を思いながら、私は小さな木箱を見つめていた。箱の中にまた箱?。面白いじゃないか。私はドライバーで、慎重に箱を開け始めた。爆弾処理は、どこかで危険を冒さなくちゃいけない。ここで運が悪ければドカン。晴れて2階級昇進の出来上がりだ。

 木箱は爆発する事なく、代わりに私に起爆信管の配線を見せてくれた。要するに、この『赤・青』のどちらかを切ると生還。どちらかで殉職が決まるというわけだ。分かり易い展開だ。

 さぁ、どちらにするか・・。確率2分の1。こんなもの、考えたって分かるものじゃない。もし考えて分かるなら、私は果てしなく考える。でも無駄だ。私は神ではなく、生身の人間なのだから・・。だったら、人らしく直感でいった方が良い。

 
 私は、『青』の配線を、思い切りよく切ってみた・・・。
一応、この作品はループしてます。終わりに行ったらまた始まりからというようにです。



エントリ2 "夕暮れに# 弘丸


 いつもの通りを歩いていると、アスファルトの上に枯葉が落ちていた。今年は冷夏の為か、夏を感じない日々だった。しかし、今日は格別に暑かった。腕時計をふと見る。
"六時十三分だ。#
 汗は相変わらず流れ、滲むように僕をむしばむ。しょうがないから、タバコに火を点ける。旨いものだ、歩きタバコをしながら、空を見上げた。関東の空にしては珍しく空が明るい。空が澄んでいる。いつもの濁った赤と薄紫の空ではなく、赤は赤で紫は紫なんだ。見上げた顔をそのまま夕日に向けた。
 日はしっかりとくっきりと、自分自身を主張しながら、沈みかけている。まるでこんなに快晴の日はもうこないと、訴えているように見えた。東を見た、まさに古人の歌った。
"月は東に日は西に。#
 と、思わず心の中でつぶやいてしまった。朝見たテレビでは、月と火星が近づくそうだ。残念だまだ火星が確認出来ない。なぜか、気が焦った。大切なものをなくすような気持ちになる。足取りを速めて、家路に急ぐ、誰もいないのに早く家に帰りたくなった。
 僕は家の窓からのんびりと、月と火星を見たいのだ。ほんの少し自分の中の子供が騒いでいる。不思議だが足取りは軽くなった。



エントリ3 残高ゼロ 弥夏和沙


部屋中に音楽が流れている。目覚まし代わりのやつだ。

もぞもぞと布団の中で動いてみる。

二度寝はしなかったものの、まどろむ。

時々曲に会わせて口ずさみ、歌詞が思い出せなくて挫折。

「(この曲は13トラックだから…8時30分)」

1ヶ月も同じCDをかけていれば覚えてしまう。逆算だって楽勝。

1限まではあと30分。

ここから学校まで10分。ダッシュで6分。

準備は2分。まだ余裕。

ごろごろと寝返りを打つ。このまま布団から出たくない。

頭の中は寝ることでいっぱい。

「(このまま目を閉じればいける)」

うっすらと開けて、部屋の中を微かに見ていた瞳だけが最後の砦。

それを打ち砕く、甘い誘惑は少しの行動。

だけど、今日の1限はすでに残り一度しか休めない。

一人暮しゆえ、倒れても誰も見つけてくれない。

もしも運悪く、この時間に倒れでもしたら、「またサボりか」と言われて、発見が遅くなるかもしれない。

「(…というのは冗談だけど)」

風邪でも引くかもしれないから、保険はかけておいたほうがいいし、貯金もあるにこしたことはない。

残り15分。


「(しかたがない)」


もぞりと起きて、身支度。

学校と部屋を行き来するだけのかばんを持っていざ出発。

玄関の鍵を占めると、隣の住人も出かけるところらしかった。

こちらを発見して声を掛けてくる。同じ学校のはずだが、急がないのだろうか?

「おはよ」

「はよっス」

短く返事。隣人はかばんも持っていない。

「…あの、学校は?」

「今日は日曜日だよ?」



「…え?」



エントリ4 いらっしゃいませ NATTY


 誰にでも苦手な言葉はあると思う。聞くだけで過去の嫌な思い出が蘇る言葉。自分の欠点を一言で表す言葉。そのような陰のイメージは一度こびりつくと離れない。ぼくにもそんな言葉がある。「いらっしゃいませ」だ。いらっしゃいませって、言葉が苦手だ。どうして買う可能性の薄い人にまで声をかけるのか。お客さんが来そうにもない店で元気良くいらっしゃいませ、と言っている姿がとても痛々しく写り、何とかしてあげたい気持ちで一杯になる。そして、それを横目に過ぎ去る自分にとても罪悪感も覚える。

 こんな気持ちになったのも、高校生の頃のある出来事がきっかけ。ある土曜日。学校が終わり、塾に向かう途中。道端に一人でお弁当を売っているおばあちゃんがいた。他には誰もいなく、一人だけで切り盛りして、がんばっているおばあちゃん。売っている物は、お弁当。一人で作ってきたのか、少し不恰好な詰め方をしていたけど、着色料独特の鮮やかな色がなく、遠足のお弁当を思いだすような、家庭的な、安心という愛情が詰まった内容だった。午後2時。昼時は過ぎたというのに、まだお弁当はたくさん残っている。それでも一生懸命おばあちゃんは「いらっしゃいませ」って呼びかけている。ぼくは近くまで行き、話しかけてみた。
 「弁当うまそうだね」
 素直な言葉が口を出た。
 「これはね、昔おじいさんが大好きだったメニューなんだよ。この卵焼きのこげ具合が好きでね。毎日食べてたんだよ。おじいさんがいなくなっても、作る癖はついてるから、こうして毎日作っては売りに来てるんだよ」
 そう言うと、ちらっとお弁当の山を懐かしそうな目で見た。胸がチクッとした。人の死を体験していないぼくには痛すぎる話だった。夫のために毎日一生懸命作ってきた、愛情が詰まったお弁当。夫がいなくなって、その愛情を注ぐ相手が欲しかったのかもしれない。
 財布からそっと500円玉を出して、一つお弁当を買った。おばあちゃんは小銭のあまり入っていないタッパーにお金を入れ、お弁当を一つ渡してくれた。
 「ありがとうね、また来てね」
 しかし、それっきりおばあちゃんのお弁当は買っていない。

 いらっしゃいませ、という言葉を聞くたびに、あのおばあちゃんが思いだされる。一生懸命呼びかけている人、どんな気持ちで呼びかけているのかなあ。買えなくてごめんなさい。でもその言葉は心に響いています。だから、あまり一生懸命にならないで…。



エントリ5 柔らかい殻 タイラ


僕の周りを覆う柔らかい殻。その中で僕は目を見開く。もぞもぞと小さく体を動かす。うん異常無し。
薄い殻の外から透過して差し込む光は明るい。気温も適度だ。要するにその殻の中は居心地がいいのである。体育座りのような形でその殻に収まった僕は、まさに胎児のよう。あぁでも胎児の周りに殻はないか。こんなに居心地が良いんじゃ、羊水ってのも立場が無いね。
そっと目を瞑る。もう出るのは諦めよう。出たところでろくな世界じゃないんだ。
同じクラスの山岡は登校拒否で、もう半年弱会ってない。あいつもある日、殻から出られなくなったんだろうか。それなら判る気がする。だってこの中は本当に居心地がいい。殻を割るのに飽々しちゃうんだろうね。今まで真面目に殻突き破ってた自分が馬鹿みたいだ。外に出るのは怖いし億劫。モラトリアムってヤツかな。そんな高尚なもんじゃないか。
外が何にも見えないのがまた良い。差し込むのは光だけでさ。ゲーテ気取りの僕。つまりは希望か。ちょっと発想が陳腐かな。この殻をつけたまま転がっていけたらどんなにか良いだろう。ころころ。坂道では加速。何にも見えないし見られない。
あぁでも、榎木さんの顔が見えないのは辛いなぁ。僕、初めて薔薇色の頬なんてのを見たんだ。ほんとに。殻から出るとき、最初に見るのが榎木さんだったらなぁ。まさに世界は薔薇色。
僕は彼女の後をついていく。刷り込みってヤツだから仕方ないね。今は何て言うんだっけ、スニーカー?まぁそんな俗世のことなんてどうでも良い。僕はこの殻から出られないんだから。
見えない力でも働いているのか、僕はきっぱりと閉じ込められている。とてもじゃないがあらがえない。僕は殻の柔らかさに身を委ねた。
ひょっとするとこれは、核シェルターってヤツじゃないか。あぁついに世界は終わりか。なら、僕と榎木さんでアダムとイブになろう。
おや、あぁ足音だ。判ってるんだ僕。これは強制連行の音。これから外に連れ出される僕。僕だけ逃れようったってそうはいかない仕組みらしいや。そら、お迎えだ。ジーザス!
さよなら僕の殻。きっとまたすぐ戻ってきてやる。
ドアの開く音。聞き慣れた声。



「タケフミ、もう昼になるわよ。日曜だからっていつまでも寝て…ほら!」

バサリという音と共に、僕を覆っていたタオルケットがはがされる。

雛鳥の殻は母鳥によって割られた。

至極判りやすいなと思いつつ、僕は洗面所に向かった。
『柔らかい殻』という題材は、『文字書きさんに100のお題』より借用したものです。



エントリ6 神のいない国 沖樫久野


 神に見放された国がある。空は暗黒に覆われ、大地はひび割れた。絶え間なく続く大小の地震は津波を呼び起こし、町を瓦礫の山へと変えていく。
 いつ終わるとも知れない恐怖に、人々の心は絶望で埋め尽くされていった。災害で多くの命が失われ、生き残った者達は暴走を始める……地獄さながらの光景が、日常となっていた。
 
 廃墟と化した町を歩く影があった。影は人気のない瓦礫の中を、ゆっくりと移動する。時々何かを探すかのように首をめぐらせ、動かせそうな物はどかしながら進む。
「この辺りのはずだけど……」
 呟く声は若い男のものだ。
 『異変』が起こってから数ヶ月が経つ現在も、太陽は姿を現さない。昼も夜もない闇の中、周囲を照らすのは男が持つ懐中電灯の頼りない灯りだけだった。拾い物だが、これがあるだけでも幸運だと思う。もっとも、わずかな灯りでも遠くまで届いてしまうので襲われる危険も増すのだが。探し物には丁度いいので背に腹は変えられない。
 再び辺りを見回したとき、見覚えのあるレンガ造りの建物が目に入った。既に半分以上が崩れてしまっているが間違いない。男はそこを目指して歩き始めた。

「見つけた……」
 建物の前で男は呟いた。そこは以前訪れたことのある酒場だった。かつての洒落た雰囲気を失ったそれを、男は無言で見つめた。中へ踏み込む。
 外観のわりに、内部はそれほど荒れていなかった。カウンターも小さなステージも、破損した様子はない。それが否応なしに、男の記憶を呼び覚ます。

 まだ神を信じていた頃。仕事で町を訪れた男は、ふらりと酒場へ立ち寄った。レンガ造りの建物に惹かれたのだ。カウンターで飲んでいると、美しい歌声が耳に飛び込んできた。ステージへ目をやると、一人の女が歌っていた。
 その美しさに心を奪われた。歌い終わり立ち去ろうとした女を、男は呼び止めた。それが始まりだった。
 その後も逢瀬を続けた二人だが、別れはすぐに訪れた。仕事が一段落した男は町を出ることになり、女は町に残ると言ったのだ。
「私はここで歌い続けるから、必ず会いに来て」
 約束の証に、二人は互いの写真を持つことにした。
「これでいつでも側にいられるでしょう?」

 それからずっと男は写真を持っている。いずれはあの町で共に暮らすつもりでいた。だが半年ほどして『異変』が始まった。混乱の中、女の無事を確かめるため男は旅立ったが、未だ女の生死は知れないままだった。
 男はステージの中央に立つ。女がしていたように。ふと正面の壁に貼り付けられた物が目に入り、愕然とした。
 壁に貼られた己の写真。赤黒い手形が付いているそれの下には、白骨化した女の残骸があった。



エントリ7 おじいちゃんちのしごと 三浦


 景子は畦道に並べられた鼠を裏返していた。
 気が遠くなるほど離れたところから自力で母の実家まで来たというのに、歓迎されるどころかいきなり仕事を手伝わされているのである。
 これじゃあ夏休みが台無しだと多感な時期にいる景子はショックを隠せなかったが、鼠を裏返すというこの仕事はやっているとだんだんはまってしまってもうすっかり熱中していた。
 始めはうつ伏せのままの鼠がどうして逃げてしまわないのか不思議でならなかったが、やっているうちにだんだんわかってきた。
 鼠たちは裏返されたいのだ。
 今まさに裏返している鼠から目線を外してこれから裏返す鼠の方を見やると、すべての鼠が景子のことをじーっと見ているのである。
 か、かわいい。
 小動物の視線の虜になってしまった景子は、ああもうどうして早くここに来なかったんだろうと心の中で嬉しい悲鳴を上げていた。
 そうなると、裏返す一匹一匹に愛着が湧いてくる。名前までつけてしまう。
 ねずお。
 リチャード。
 アンリニコフ。
 インスピレーションでばしばし決めていく。自分でも驚いたが、つけた後も一匹一匹すぐに名前が出てくるのである。ハリー。珠子。ヨネ。シェリル。どんどん出てくる。
 「景子、終わったか」
 景子が裏返した鼠に何か消毒液のようなものを引っかけながらついてきたおじいちゃんのその声と共に、景子の楽しい手伝いは終わりを告げた。
 またやりたいな、と呟いた景子に、おじいちゃんはがははと笑って「なんぼでもやらせてやる」と言った。
 とても嬉しそうだった。
 「ほんと? うれしーい」
 景子も嬉しかった。
 学校が始まったら友達にどんなふうに話そうかと考え始めた景子の耳に、かちり、というこの場所にはふさわしくない音が聞こえた。
 「え……」
 燃えていた。
 「なにしたの、おじいちゃん」
 鼠が。
 健吾が。
 エリザベスが。
 ラスミーニコフが。
 言葉を失った景子がどうしようもなく目で答えを求めると、おじいちゃんはすごく優しく笑って、畦道の遠くを指差した。
 「ほら、炎がずーっと続いてるだろう。きれいだよなあ。夏が始まったなあ」
 一言一言、それがすごく幸せな響きで、景子は、ただ茫然と鼠が燃えている様を見ていることしかできなかった。
 それは、とても美しかった。

 二学期のある日、おじいちゃんから鼠の灰でつくった炭が送られてきた。
 景子は、それに名前をつけようとして、何も浮かばなかった。



エントリ8 終焉 マコト嬢


 隣の奴は言った。「ねえ、君の胞子は何色?」
毒キノコみたいな色だ。死んでしまいたいほど恥ずかしいんだ。
胞子が飛ばないように気配を消そうと努力した。汗をかく。
「君の胞子はきれいだね」
なんで見えるんだなんて聞けない。そもそも奴等は声を出さない。読唇術みたいだ。

どこからともなく声が響く。
「お前、まさか主人公が自分だと思ってないか?」
「お前、まさか主人公が自分だと思ってないか?」


誰かが囁く。
「お前の隣の奴、やばいぞ。」
「おい、お前の隣のやつ死んでるぞ。」
「死体だ。それ屍だ。宇田警の前に縛っておかないと。」
「とにかくお前の隣のやつは危ないぞ。」
「精神鑑定だ。曝せよ、そいつの髪を掴んで引きずりまわせよ」

でも良く見てみなよ。

「なんだ、ただの鏡じゃないか。」

楽勝。いつだって楽勝さ。でも、脇役争いは激しい。 

12時間後にはもうここには誰もいない。
何にも考えてないからな、先のことなんて。
ただ心配なのは、やばいと思ってた隣の奴が、22年間毎日見てるよく知ってる顔してたってことだけだ。
それ、見えるんだろうね。目をつぶってもさ。
でも雨が降らないからだめだ。「今年は不作じゃ」と、初老の男。
「ねえなんで雨降らないの?」
誰もがうつむいてしまう。
「ねえなんで雨降らないの?」

知ってるけど言わせたいんだけなんだ。
知ってるよ。言ってやろうか?晴れてしまっているからだよ毎日。それだけのこと。

「御想像にお任せ致します。」なんてその初老は言うが。

速く走ればまだ宇田川警察に間に合う。

「耕さないんだから雨降っても意味ないよ。」
みんな黙ってた。自分も読唇術を心得たらこいつらの頭の中が今よりちょっとは分かるだろうさ。

でもギャルが叫んでしまった。
「それは嘘だ!」
だから奴達は泣いた。
胞子が一斉に飛んでしまった。
そして全部枯れた。
ギャルは銃殺された。

宇田警に行っておまわりさんに言わないと。こいつら全員おかしい。
初老の男「ああおかしいさ。お前を筆頭にな。」

「リーダーに君臨した気分はどうだ?」
ああ、銃殺されて世界中のバカ共に見せしめたいよ、この姿を。

リーサルウェポンは配線が切れた。
赤と青を間違ったから、もう何をしても宇田警に通報される。

統率する者は紙一重でなくては。
「何と何の?ねえ、何と何の?」
それは、初老の唇。

「君だよ」
「人を指差したらだめだって昔お母さんが言ってたぞ。貴様、偽者だな。」

そうだ。良かった。雨だ。「これで今年も豊作さ。」



エントリ9 神かくし 乳製品


 神奈川県足柄郡には古くから多くの怪異譚が伝わっている。無論,近年においても不思議な話は後を絶たない。

 十年前,足柄上郡大山町から一人の少女が姿を消した。名を宣子といい,年は九歳。近所でも評判の可愛い子で,誰からも愛されていた。その宣子が失踪したという事で,警察や消防団が多数動員されて捜索が行われた。しかし必死の捜索も実らず,行方は杳として知れなかった。そのうち何の進展もないまま数年の月日が流れ,人々ももう生きてはいまいと口々に噂するようになった。この地には神隠しの伝説も多く,なかには真剣にその可能性を語る老人もいた。

 一昨年,大山町は大変な風水害に見舞われた。秋の入りから雨が続いて酒井川の水位が上がっていたところに,大きな台風が直撃したのである。ついに上流で堤防が決壊し,町中が氾濫に飲まれた。田畑はことごとく押し流され,家屋にしても被害を免れたものは少なかった。しかしこれだけの被害を出しながら,奇跡的にも,死者行方不明者は一人も出なかったのである。住民の話を総合すると,これには以下の子細があった。
 決壊の一時間前,つまり午後七時頃,住民の多くが半鐘の音を聞いた。彼らはすぐに役場前の火の見櫓の半鐘だと気が付いたのだが,はて,鳴らし方が尋常でない。何事かと戸外に出て役場前に急ぐと,すでに駆けつけた役場の人間が櫓を見上げている。見れば確かに人がいて激しく半鐘を打ち鳴らしているのだが,下からの呼びかけに答えることもなく,さらによく見れば子供のようでもある。下手に説得して飛び降りられても事だということで,警察の到着を待つことになった。しかし打ち鳴らされる鐘の音はますます強く,ますます乱れて,鬼気迫るほどである。なんだか不吉じゃないか。人々がそう思い始めたとき,サイレンを響かせてパトカーが走り込んできた。
「お前ら逃げねえか。堤が破れんぞ!」
車を飛び降りた巡査が大声で叫んだ。その声に弾かれたように,群衆がなだれを打って高台へと走り出した。屋内にいた人達もこの騒ぎに気づいて避難の列に加わった。三十分後,ついに住民全員が避難を終えた。町を振り返ると真っ暗闇でなにも見えない。その中からただ半鐘の音だけが,なおちぎれちぎれに聞こえていたという。
 事件後,少なからぬ人々が櫓にいたのは宣子だったと証言した。しかし暗い夜の事であったから本当の所は誰にも分からない。真相はいまだ闇の中である。



エントリ10 幻想即興文 電庵


シトシトと降る雨が、音となって彼女の鼓膜を震わす。
雨は小降りながらも朝の早くから止む事が無い。
雨は地に生える草に当たり、綺麗に咲く花に当たり、森の木々の葉一枚一枚に当たる。
そして硬い石に当たり、草の土台となる土に当たり、雨の侵略を妨げる屋根に当たる。
それらの音はみんな少しずつ違って、しかし、それを聞き取る術が彼女には無い。
今、雨の音が小さく家の中へ入ってくるだけで、それ以外の音は小さく燃える暖炉の火がパチッと音を立てるだけである。
降りしきる雨しか聞こえぬ今この世界で彼女はただ部屋の白い壁を呆然と、しかし柔らかく微笑みながら見つめている。
部屋には赤茶いレンガで積まれた暖炉があり、人が3人程座れそうな何の装飾も無い革張りのソファがあり、赤と白と茶がデタラメに交じったような絨毯があった。
そして暖炉の前方には背筋を伸ばして腰掛ける彼女と、彼女が腰掛けている4脚の茶色い椅子があるだけであった。
煙突から入る雨で暖炉の火は今にも消えそうである。
しかし彼女は柔らかく微笑みながら呆然と白い壁を見つめているだけである。
ただ、雨の音がひたすらに続く。
そして、時折暖炉の弾ける音が響くのであった。
彼女は、その輝く銀の髪を腰の辺りまでに伸ばし、金の瞳を白い壁のただ一点に釘付ける。
彼女は、真っ白な肌をして、シミも皺も一つも無かった。
ただ、その容姿は美しく、その顔には柔らかな微笑みを浮かべている。
しかしその微笑みは悲しげで、憂いげで、儚げで、そして幸せな微笑みであった。
彼女は、その真っ白な肌よりも白い、地味で、しかし気品を感じさせるドレスを着ていた。
その白い肌とドレスが暖炉の光を軽く反射して、肌とドレスを淡いオレンジに染め上げる。
両手は膝の所で組み、至極上品に座っている。
そして、その両手と膝の間からは青い花と赤い花が、それぞれ頭だけ覗いていた。
彼女はそのまま、身じろぎもせず白い壁のただ一点を柔らかく微笑みながら見つめていた。
彼女が生きているのか、死んでいるのかは分からなかった。
未来は無く、過去も無く、ただ今があるだけである。
ただ、雨は地に生える草に当たり、綺麗に咲く花に当たり、森の木々の一本一本に当たる。
そして石に当たり、土に当たり、屋根に当たる。
シトシトと降る雨が、音となって彼女の鼓膜を震わす。
降りしきる雨しか聞こえぬこの世界で彼女はただ部屋の白い壁を呆然と、しかし柔らかく微笑みながら見つめている。
そして、その両手と膝の間からは青い花と赤い花が覗いている。
未来は無く、過去も無く、彼女にとってはただ今があるだけなのである。
この、蒼い地球の中で。



エントリ11 黒髪 タガキミツキ


 卒業してから一年がたった頃、大学時代の友人から電話をした。
 彼女とは同じサークルで、仲が良かった仲間の一人である。
 僕は明るい彼女を好きだった。
 そんな彼女も僕を好きだった。
 卒業式の日に、彼女は僕に言った。
「私ね、あっちゃんのこと、好きなの」
 だけど僕は、彼女の気持ちどころか自分自身の気持ちにすら、応えることはしなかった。
 出来なかった…と言った方が正しいのかもしれない。
 彼女との長い「仲間」としての生活を、想い出として残しておきたかったのだ。
 いつか来るかもしれない別れがとても恐かった。
 勇気を出して告白した彼女に、僕は勇気を出すことが出来なかった。
「…ありがとう」
 僕が言えたのは、その一言だけだった。
「今までありがとう」
 そんな僕に彼女も言った。
 僕を見上げた彼女の笑顔とストレートヘアは、今でも鮮明に脳に焼き付いている。

 艶のある黒髪が、彼女の自慢だった。
「よく傷まないよなぁ」
 その頃、脱色してせいで傷んでいた髪を持っていた僕は、彼女の髪をひとつまみした。
「手入れしてるからね」
「蒸しタオルとトリートメント?」
「その通り〜」
 そんな会話をした次の日から、彼女は髪を上げた。
 夏だから、涼しく見せるためだろうと思っていた。
 しかし、それは「あっちゃんを好きだっていう気持ちを押さえる為に、自分に気合を入れたの」ということだったらしい。
 それを知ったのは、やはり卒業式だった。
 自分の勇気の無さに、きっと人生で一番後悔したときだっただろう。

 就職して一年間、僕は必死に仕事を覚えた。
 友人と連絡をとることはもちろん、学生時代のことを思い出す余裕すらないくらいだった。
 それは他の仲間もそうだったらしい。
 今になって、やっとぼちぼち連絡をとり始めた頃だ。
 その連絡を、今、彼女にしているのだ。
「久しぶり、元気?」
 相変わらず明るく、だけど柔らかい声が受話器の向こうから聞こえた。
「元気だよ。そっちは?」
「元気よ、一年で結構太っちゃったよ」
「とか言って、そんなに変わってないんだろ?」
「さぁ、どうでしょう?あっちゃんは痩せてない?ストレスためると痩せるタイプでしょ」
「…さぁ、どうだろう?」
「また人の口マネするんだからぁ」
 電話は不思議だ。
 こんな短い会話だけで、学生時代に戻った気になれる。
「仕事落ち着いた?」
「まぁ、ね」
「大学の時みたいにさ、今度飲みに行こうよ」
「…そうだな」
 僕は一瞬ドキッとした。
 卒業以来、初めて彼女に会うことになる。
 会いたい。
 素直にそう思ったからだ。
「ねぇ、あっちゃん」
「…ん?」
「私…、まだ髪を下ろせないんだよ…」

 僕はそのとき、一年前と同じ後悔をしないことを誓った。



エントリ12 祝辞 撫意


 あの、新郎、新婦のお二人、おめでとうございます。
 えと、それからご来賓の皆様、おめでとうございます。
 僭越ながら、私、御挨拶させていただきます。
 私、新郎の友達なんですけど、この場を借りて、お話したいことがあるんです。
 そんな静まらないで下さい・・・。話しにくくなっちゃいます。
 新婦さんごめんなさい。・・・私言わずにいられない。だって彼は何も気づかないまま幸せになってゆく。
 でもそれは祝福したい。
 だって私もあなたの事気に入ってる。そう認めてる。彼にふさわしいと。
 だからずっと友達でしかなかった私の気持ち・・・。伝えるぐらい罪にはならないでしょう?
 言ってはダメなのかな。

 あなたが好きです。

 ずっと好きだったけど言い出せなかった。
 気づいてくれなかった。
 でもそれは仕方の無い事。
 こんなに素敵な彼女がいれば、私なんかね・・・。
 ごめんなさい。
 愚痴をこぼすつもりは無かったけど。
 ちょっとぐらいいいですよね。
 びっくりした?
 新婦さん。
 私の大好きな彼をモノにしたんだから。
 幸せになってくださいね。
 ふう。
 これ以上しゃべると湿っぽくなっちゃいます。
 末永くお幸せに。
 本日はおめでとうございました。

 ・・・そんなに盛り下がらないでくださいね。ちょっと引いちゃいました?皆さんごめんなさいね。


「・・・えーと・・・新郎の大学時代のご友人で、えーと、ヤマダカズオ様でした。・・・えーと、ありがとうございました。」



エントリ13 心の宿 黒猫恵太


 朝起きて私はいつもこう呟く。
「もう朝か・・・」
私には夢の世界が存在するらしい。
だだ世界が違うだけで、あとは何も現実世界と変わらない世界。
私がそこにたどり着いたのは今年の春だった。
そこには私ともう一人・・・彼がいた。
「遅かったね。」
彼はいつも私よりそこにいるのが早くていつも笑って私を向かえてくれた。
「また私遅かったのね・・・」
そして二人だけの会話が始まる。話題はこれといってないけれど私は・・いや私達は二人でいるだけで幸せだった。それだけが一日の楽しみでもあった。

 ある日私達はまた夢の世界にいた。
「夢から覚めなければいいのに・・・私はあなたとずっといたい。」
心からそう思っていた。彼がいるから今の私はいる。
「きっとずっと一緒にいたら君は疲れてしまうよ。」
そんなことないのに・・・彼は私の事好きじゃないのかな・・・

 数日後、彼は夢の世界に現れなくなった。
私は一人で毎日彼を待っていた。でも彼は来ない。
そうしているうちに月日はたって彼に会ってから一年が通り過ぎた。
私は彼がいることを期待してまた眠りにつく・・・・
やっぱり彼はいなかった。
「ん・・・?」
そこには一通の手紙があった。


 ずっと顔を出さないでいてごめん。
 今まで黙っていたけど僕は君が大切に世話してくれていた犬のハルです。
 捨てられていた僕を家族のように暖かく接してくれてた君をいつしか僕は好きに なっていました。
 でも僕は犬だから・・・君は人間だから・・・
 僕がいくら君に問い掛けても何も伝わらなくて・・・
 とてもつらかった
 でもこうして君と夢の世界で会うことができてよかった。
 話もできて、触れ合うこともできて毎日幸せだったよ。
 ありがとう。
 そして、さようなら・・・
 僕はもう寿命みたいです。
 君という存在が僕の存在理由でした。


「ハル・・?」
私はすぐにその手紙を理解できなかった。
確かにハルは私が飼っていた犬で去年の秋にこの世を去った。
そういえば・・・彼が夢の世界に来なくなったのはその頃かもしれない。
手紙にはまだ続きがあった・・・


 誕生日おめでとう。
 君の好きな桜を・・・


その瞬間あたり一面に桜の花が舞った。
「すごい!!」
私の目からは自然に涙が溢れていた。
その舞う桜が私にはハルに見えた。
明日ハルのお墓に行こう。
私はそこで彼に語りかけてみようと思う。



エントリ14 病室 神代高広


 非常灯を剥ぎ取って僕は真っ先に走り出した。廊下は薄暗く、僕は脇の担架やごみ箱を蹴飛ばしながら彼女の病室へと向かった。
 彼女はベッドの上に寝ていた。僕は医者を突き飛ばして彼女の元へ駆け寄ると、耳元で彼女に呼びかけた。
「おい……おい!」
 何度も呼ぶが、彼女からの返事はなかった。ただ平坦な電子音が病室を埋め尽くしていた。
 脇にいた医師が目を逸らして僕に言った。
「残念ですが、もう……」


 彼女に話しかけるのが僕の日課だった。盲目の彼女は僕が話しかけることで、どこにでも行くことができた。二人で寄り添い、満天の星空を見た。
「君には向こうの天秤座が見える?」
「ええ、よく見えるわ」
 今日も僕は彼女に話しかける。彼女は嬉しそうに答えてくれる。その彼女の横顔に僕は完全に惚けていた。


 目を開けると、僕はベッドの上にいるのがわかる。でもそれは虚像であり、僕が感じ取れるのはシーツの感触だけである。
 僕は彼女が死んだ夜、両目に穴を開けた。それが僕の彼女に対する誓いだった。現にそれ以来、僕らは一時も離れたことはない。
 僕らは永遠の時間を手に入れたのだった。


 窓から潮の香りを含んだ風が吹いている。瞼の裏から病室が消え、彼女と海を見ている光景に切り替わる。
 突然大きな風が吹いた。遠くから病室のカーテンの揺れる音がした。見ると、彼女は僕のシャツを引っぱって青空を指差していた。
 僕は彼女の手を握るのをためらった。その間にも彼女はふわふわ浮いて空へと還っていく。僕は恐る恐る彼女の手に触れた。触れた瞬間、彼女はすうっと消えてしまった。


 目を開けると暗闇が広がっていた。
「ねえ、起きた?」
 ……どうやら僕は夢を見ていたようだ。弘美と話している間に眠ってしまったらしい。
 僕はさっきの話の続きを始めた。
「ねえ、君には向こうの天秤座が見える?」
「ええ、とってもきれい」
 弘美はこの病院の看護婦で、彼女が死んだ後、いつも僕の側にいてくれた。いつしか弘美と話すときが僕の中で一番楽しい時間になっていた。


 窓から風が吹くと、埃が舞い散って部屋が霞がかって見えた。霞が消えると、誰もいない古ぼけた病室が浮かび上がった。
 弘美はしわがれた手で僕の右手を握ると、僕を窓際へと運んだ。
 僕らは抱き合ったまま、コンクリートの地面へ落ちていった。蝉の音が途絶え、瞼の裏に澄んだ青空が見えた。涙が溢れ、青空が滲んでいく。
 僕らは土に還っていった。



エントリ15 UFO発見! 御田井万我


「宇宙人だっ!」
 転がるように駆け込んできた太一はそう言った。
 部屋でゲームをしていた麓と鈴は取り合わなかった。
 太一はテレビのチャンネルを変えた。
 二人は抗議をした。だか、それもすぐに止んだ。
 テレビには夜空が映っていた。そして、月ほどの明るさを持った飛行物体が数機浮遊しているではないか。画面には「生中継」とテロップが出ている。
 アナウンサーはやや興奮した口調で伝えている。
『これはヤラセではありません。政府もUFOであると認めています』
「バカバカしい」
 と、鈴は爪を切りながら言った。
「あっ!!」
 麓が叫んだ。
「びっくりしたぁ。深爪するでしょ。気をつけてよォ」
「%%%」
「ちょっと、謝んなさいよ?」
「見ろ」
「どうせ、ヤラセよ」
「いいから、ここをよく見るんだ」
 そこには、小さなタワーが映っている。二本の支柱からできているタワー%%%。
 それはまるで%%%。
「サルマタワー!?」
「そうだ!」
 太一が窓へ走ってカーテンを開けた。
 そこにはサルマタワーがあった。
 UFOが来ているのはこの町だったのだ。
 途端、テレビの番組が変わった。女がラーメンを食べてニコリと笑っている。CMだ。
 麓はリモコンを手にした。

「ダメよッ!」
 制止したのは鈴だった。
「私達はNHKの受信料を払ってないわ」
「いいじゃねえか!」
「だめだってば!」

 二人が言い争っている時、太一は窓の外に身を乗り出していた。
「おーい。ここだよォ!」
と、UFOに向かって手を振っているではないか。
 鈴は太一に飛びかかって、
「おバカッ!やめなさいよッ!」
 と、太一を窓から引き離した。
 その隙に、麓がNHKに変えた。
「キャーッ!!無賃視聴よ!!」
 麓はテレビの画面に釘付けで、鈴の金切り声にも動じなかった。
 そこには、降下して来るUFOが映っていたのだ。しかも、このボロアパートに向かって。鈴は固まっている麓からリモコンを取り上げるとテレビを消した。
「なにすんだよ!」
「ダメよ!」
 すると、再び太一が手を振りはじめた。
「だからやめろって!」
 部屋の中は三つ巴の醜い争いが繰り広げられていた。
 それを見つめる一対の瞳があった。
「とんでもない下等生物達だ。まだまだ、我々と交渉をする段階ではないな」
 それは、UFOに乗り込んで、宇宙へと帰っていった。



エントリ16 ピンク色のあめ・ブルーの日〜忘れられない記憶〜 smirai@


ことのはじまりは雨の日。目立たないあの子があんなに輝いて見えたのは。−ひどい雨が降りだした。サッカー部のある一人が調理部のセミロングでおとなしい女の子の笑い声に目をやった。その子はこちらにきずいたのか、にこっと微笑むと、家庭科室へと向かった。そのとき、男の子の胸になにか光ったものがパチンとはじけた。それから次の日男の子は思い切ったようにその子に話しかけたのだ。緊張のあまり声が震え、女の子に笑われてしまい、黙り込んでしまった。女の子はまるで気になんてしてないわ、というように「ハイ。これあげる。幸せのあめよ。」と鈴を転がしたような声でそう言った。男の子はさっきまでの緊張を忘れて『幸せのあめ・・?』と聞き返した。女の子は「うん。でもね。このあめはあなたにしか効き目がないの。だから人にはあげないで。」と小さく答えるとどこかへ行ってしまった。それからというもの2人は毎日のように会話を交わした。そのたびに女の子は「はい。部活がんばってね。」とピンクのあめをくれるのだった。男の子は「ありがと。じゃ。」といって受け取りはするのだが、甘いものがキライなので、ほんの軽い気持ちでいつも他の部員に実(文字化け)あげ、約束を破っていた。しかしそのあめのおいしいことに部員のなかでいつも取り合いになっている。そこで度々男の子は「あめ、四つほしいな。」などいって女の子からたくさんもらっていた。自分で食べていると嘘をついて。−付き合いが始まって三ヶ月。バレンタインの日に女の子は男の子にピンクのあめをいくつかビンに詰め、持っていった。渡そうとちかよると一人の先客があり、ブルーのあめの入った袋をわたしていた。それはいいのだが、2人の言葉に驚いてしまった。「これ受け取って!」「ありがとう。でも甘いものはキライなんだ。ごめんね。」「どうして?いつもピンクのあめをもらっているじゃない。」「あー。あれ他の部員の人気だからさ。こっちもはっきりいって迷惑なんだよ。」・・ガッシャーン!ビンが女の子の手から滑り落ちあめが周りに散らばった。男の子は、「・・ごめん。あれ嘘だよ。」と必死になだめたが、「ひどい・・」といいのこして、その日以来女の子は姿を現さなくなった。・・ときどきその子を思い出しては自分を責めた。なんてひどいことをしたのだろう。そして今でも聞こえてくる(文字化け)幸せのピンク色のあめよ・・・



エントリ17 スマイル willow


秋晴れだ。
和子は空を見上げた。
赤と白のボーダーのTシャツに黒のハーフパンツ。さすがに日が落ちると少し肌寒い。
レトリーバーのベスの散歩は和子の日課だった。
もう10年になるだろうか。
ベスが初めて家に来たときはまだ高校生だった娘も三年前に結婚し、去年母親になった。
ベスももう若くはない。きっと人間に置き換えると自分と同じくらいになるのだろうと思った。

いつものように川沿いを歩いていると大学生らしき集団が楽しそうに歩いていた。
これからみんなで遊びにでも行くのだろうか。

和子はふと、自分が大学生の頃を思い出した。
都心からすこし離れた、有名ではないがありがちな名前の大学だった。
スミレ、という名前の男子学生がいた。独特の雰囲気を持つ男の子だった。
初対面の相手には「女性かと思いました」って言われるんだと言って彼は笑った。
和子はスミレの笑顔が好きだった。
スミレが笑うたびにそこだけ明るくなったようで、和子はそれを見るたびに胸がいっぱいになった。

ある雨の日、学校から駅までスミレと二人で歩いたことがあった。
いつもみんなの中で笑っているスミレとは少し違って見えた。
スミレの腕時計は文字盤がきれいな菫色をしていた。

スミレって、花の名前から取ったと思ってるだろ?
スミレは変わらない笑顔で言った。

そうじゃないんだ。SMILEなんだ。
和子の方を見ずにそうつぶやいた。
文字盤が雨に濡れていた。


信号が青になった。角を曲がれば家に着く。
そういえば今日は夫の帰りが早い日だ。食事の準備をしなくては、と遅いベスを引っ張った。



エントリ18 嫌う人 Arkx


「君は、感情というものについてどう思うね」
 そんな質問をされたのは、とあるカウンターバーだった。
 その時、私は会社をサボって、街をぶらついた末にその店に入った。派遣先の契約期間が終わり、次の派遣先が見つからない隙間のような時間だった。
 派遣会社の事務所にいても、何もやることなどない。誰だって、逃げたくなる。
 しかし、やってみれば分かると思うが、明確な目的もなく都会の街をぶらつくのは、なかなかに骨の折れる作業だ。
「私が知る限り」
 と、その男は言った。人民服のような色の汚いトレンチコートを着ていた。
「この問題に関して、明確な答えを出した作家は神林長平だけだ」
 知らない名前だ。
「本当だよ?ル・グィンもティプトリーもヴォネガットも、書いた事はある。けれども、明確な答えを出したのは彼だけだ。彼の小説は荒唐無稽で子供向けだが、明確な答えを出す。という点だけは優れている」
 彼は一息で、自分のズブウォッカを干した。
 つられて私も杯を空けた。そんなに呑んでいないが、何杯呑んだか、なぜか記憶がない。
 男の喋る意味不明な言葉だけ、コーヒーに垂らしたミルクのように、ぐるぐると回っていた。
「君は、誰か好きな人はいるかね?」
「いえ、いませんね」
「嫌いな人はいるかね?」
「ええ。それなりに」
 男は、人なつっこい目を細めた。どんぐりのような目だった、と微かに覚えている。
「人を嫌うというのは、一つの資格だと言うことを知ってるかね?」
「なぜです?」
「勿論。それは人は一人じゃ生きていけないからだよ。良く聞く言葉だろう?
 だけど、本当は逆さ。
 本当は、『一人で生きていける人間は人間じゃない』んだよ。どういう事か分かるかい?
 人を嫌いになるという事は、人間じゃなくなると言うことだ。
 嫌える、というのは資格なんだよ。そうじゃないかい?」
 そうですね。と答えた気がする。意識がはっきりしない。脳に、何かが注入されて、何かを考えようとする度に、それが混ざっていくような感じがした。ぐるぐると。ぐるぐると。
 気がつくと、男は居なくなっていた。
 何処に行ったか、バーテンダーに尋ねてみた。
 彼は、鼠が水車を一回りさせた程度のエネルギーを使って、微かに顎を振った。
 時計を捜したが見つからなかった。腕時計を見たがつけてきていなかった。
 帰ろう。
 だが、出口がすでになくなっていると言うことに気付いたのは、その時になってからだった。



エントリ19 彼の肖像、彼女の虚像 閑流


 愛を分かち合うのが何故いけないことなの?
黒めがちの目がこちらを覗き込む。何も言えなくなるのはきっと
見透かされているだろう心の中を口に出すまいと固く誓うから。
口に出した瞬間その目から大粒の涙がこぼれ落ちてくることが
分かっているからこそ、悪戯を見つかった子供のようにきまりの
悪い顔で黙り込む。その顔が笑みを誘うことを期待している。

「ずるいなあ、またそうやって誤魔化して」
「誤魔化してなんかないよ」

 いい答えが見つからないんだ。
背中越しに伝わってくる体温はあたたかくやさしい。大きくて
骨張った手が頭を撫でる。それ以上何も言わず笑顔でこっちを
見ていてくれる。きっと考えていることなんか全部お見通しで
呟きはすぐに耳に届く。困ったような顔で微笑まれたらどうしよう
もない。途端に後悔してしまうからどうしたらいいか分からなくて見つめる。

「なにか顔についてる」
「…ついてない」

*

あかるくて清潔な朝の空気が呼び起こすものは静かな目覚めだけ。
うっすらと光が流れていくさまを落ちぎみの瞼で感じ取る。
時々朝が来ることをものすごく悲しく受け止める。夜の静寂を切り裂いて
喉の奥から絞り出した泣き声を思い返してまた少し泣けると思った。

「ああ、起きたね」
「…どこ行ってたの」
「お湯沸かしに。コーヒー飲むだろ」
「やだ」
「飲まないの」
「違う。」
「なにか悪いこと言ったかな」


「居なくなったかと思った。びっくりした。」


手を伸ばしたらなにも掴まるものがなくて自分の片腕を掴んだ。頼りなくて
泣いた。隣にあるもう1人分のスペースを恨んだ。いつもあると保証されてる
わけじゃない、でも気が付けば必ずあるこの空白を自分ひとりじゃ埋められないと泣いた。

「ちゃんと居る。逃げたりしないよ」
「…それじゃまるで追っかけてるみたいじゃないかぁ」

*

眼鏡のレンズ越しに一歩距離を置いて周りを見ていると、ごくまれに
相手が自分の前に引いている一本のラインに気が付く。それについての
否定要素よりも、そのラインを越えてすぐ近くまで踏み込んできている
人間がいることをひどく幸福だと思った。
キャパシティなんて広げたくなければ最初からそう広くは作られてないんだ。
とくに精神面においては。

「結局は、そうなのよねえ」
「何が」

「わたしはなんでもわかってしまうんだ。あなたのことについては」


同じようなものを好む感覚。同じようなものに嫌悪する感覚。
許されないことでもなく、抗うべきことでもない。そこには何があるわけでも
ないけれど、ただこの価値観が偶然でなく必然であっただろうことをひたすらに信じたい。

そんなことを考えていたら不意に唇を落とされた。
「非常識め」
「どっちがよ」


報復行為にキスの雨。どうかどうか、拒まないで、と


*

ささやかなself-portrait
『あなたの一部に、なりたいと願った』


好きだよ。好きだよ。ほんとうに好きだよ。



エントリ20 月夜花 HI


 それはとても高いところにあった。
 手は届かない。
 こんなに近くに見えるのに、果てしなく遠い。
 そう、まるで月のよう。天に煌めく真の月。
 手をのばす。指の隙間から月光がもれる。

 広い平野が広がる。
 月の光に照らされた、春の緑が周囲を覆い、風に揺れる木々の声が唯一の音として聞こえてくる。
 森の中にあるこの空間、まるで現世から切り抜かれた異世界。神々しく照らされた、いっぱいのたんぽぽ達が月下で踊る。

 手をのばしても届かないと知っていた。
 いくら頑張っても、変わらないのに……
 少しでも近くに行きたくて……
 いっぱいに手をのばしていた。
 月は綺麗な満月だった。
 風が髪を撫でる。少女はたんぽぽに倒れた。
 再び手をのばす。月はまだそこにある。

 あの人はいつもそこにいた。
 私の働くお屋敷の、3階のあの人の部屋。
 窓は一つ。中はよく見えない。
 いつもそこの窓から外を眺めていた彼……
 最初は私も気にしていなかった。
 でも、いつしか毎日あの人を見ていた自分がいた。
 あるとき、あの人は私に話し掛けてくれた。彼も、私を見ていたらしい。
 出会いはただそれだけ。
 それからは毎日窓越しで話をした。

 幸せだった。毎日のその小さな出会いが……
 その瞬間は、永遠に続かないとわかっていたのに……

 彼は明日、どこか遠くの街に行ってしまう。
 その街の貴族の娘と結婚するために。

 それを知ったその日、
 私は彼に会いに行かなかった。
 わかっていたのに……わかっていたのに……
 悲しくて涙が止まらなくて……心が痛くて……

 ワタシはどうしたらいいの?

 彼と私。
 越えることのできない身分の壁がある。
 でも、私は彼を好きになってしまった。
 どうしようもない……人を好きになるのにきまりなんてないんだから。

 ワタシは……どうしたいの?

 そうなりたいと願うのは簡単、でも……
 そうなるにはしなくちゃならないコトがたくさんある。

 けどワタシは……
 この気持ちを大切にしたい。だって……
 こんなにココロがいたいんだもん。
 この気持ちに、嘘はつけないから……

 彼に……
 私の……
 この想いを……

 うん!

 少女は声を上げ手を握り締めた。
 月が零れ、光が少女を照らす。
 そこには笑顔があった。

 この気持ち、明日伝えよう。
 あなたが好きです、って。

 また……たんぽぽ畑に風が吹く。
 ゆらゆらと揺れるたんぽぽたち……
 それはまるで歌っているかのように。



エントリ21 朝日 坊島見人


だりぃ。
十五で吸いはじめた煙草を、灰皿でもみ消しながら思った。
立ちのぼる煙は一瞬勢いを増し、すぐに消えた。
灰皿のなかには6本のフィルタ−と灰。
それを掴んで中身をごみ箱に捨てる。
そのままベットに寝ころんだ。
枕元のコンポを見る。

午前4時12分。   
 
徹夜・・・か。
どっちにしろ関係ない。
学校に行かなくなって二週間が過ぎている。
理由はこれといってない。
疲れた、だけで。
もう親も何言わなくなり、担任も何度か家を尋ねてきたけど、
行く意思が無いと知ると、「後で苦労するのはお前だからな。」といって帰ってしまった。

それ以来家から出ていない。
徹夜して、明け方に寝る。昼に起きて、適当に飯を喰って、ゴロゴロして時間を潰す。

そんな一日が繰り返し、繰り返し。
変わったことと言えば、煙草を吸う量が増えた事ぐらいだ。
携帯にはクラスの奴からメ−ルが何件か入っていたが、最近は携帯さえ見ていなかった。

不思議と今日はあまり眠くない。いつもはこの時間にはもう寝ている。
机の上の煙草を取り、一本出して火を付ける。
深く息を吸い込み、煙を肺に押しやる。
口にくわえたまま、天井を見上げた。

・・今何もしなくて生きていられるんだから、それでいいじゃねえか。

靄を吐き出して、思った。


体を起こし、テレビを点ける。
適当なニュ−スで止めて、また寝ころんだ。
「・・・今日の日の出は、4時39分ごろ、日の入りは・・・。」
ニュ−スの画面が変わって、釣りのコ−ナ−になってから電源を切った。

日の出・・・、もうすぐじゃねぇか。
そういえば、さっきより部屋が明るい気がする。
うすく埃をかぶったコンポは4時30分を表示している。
煙草をくわえたまま、カ−テンを少し開けて外を覗いた。

すこし冷たい風が頬に当たる。
丁度、朝日が昇りだしている時だった。
昇る朝日まで遮るものは何もなく、少し霞んだ緑が広がっている。
ゆっくりと、明るくなっていく様を、ずっと見ていた。
くわえた煙草の灰が、窓から地面に落ちた。

朝日はそれさえも照らしている。
いつのまにかフィルターだけになった煙草を外に捨てる。

そのまま、朝日が全部見えるまで、じっとしていた。
前によく見た朝の太陽になるまで、窓は閉めなかった。

窓を閉めて、また煙草に手を伸ばす。
が、途中で手を引っ込めた。

・・・少し、控えるか。
時刻は5時少し前。
今から二時間だけ寝て、それから久しぶりに、学校に行こうと思った。
―、起きれるか、問題だけどな。
一人で少し笑うと、布団を被った。
カ−テンの隙間から、朝日が差し込んでいる。




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