第15回体感1000字バトル

エントリ
作品作者文字数
STAND ALONEU2984
反吐とノイズと男と女border1000
薔薇の湖ユウキ 
boy & girl真田由良1012
残酷な会話・・孔望璃1039
僕のプロフィール箱根八里1000
ぽんむよ〜ん三浦919
鍵開けの達人jon1008
人魚の目natsucoo799
10ダンボとシド・ヴィシャス桜樹鉄太1711
11勝負パンティーと女子高生御田井937
12心無顔試子925
13愛のある人竹空879

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  • エントリ1 STAND ALONE U2


    その男は一人佇んでいた。
    彼にはもう何もなかった。
    たくさんの大切なものを失ってきた。
    恋人や肉親、友人や同僚さえ今の彼にはいなかった。
    愛情というものが何なのかさえ忘れてしまっていた。

    裏切りの渦巻く世界。
    彼はそこで生きていた。
    ただ生きていた。
    誰も信用できず、誰からも信用されない世界。
    近づくものはみんな敵だった。
    騙さなければ、騙される、失われていく価値観。
    彼はいつからかマシンとなっていた。
    感情はなかった。
    いや感情をただ押し殺していただけなのか。
    感情があっては生きていくことはできなかった。
    感情がなければ楽だった。
    いつからか笑顔を作ることができなくなっていた。
    何のために生きている?
    俺はなぜここにいる?
    生きる意味も目的も遥か昔になくなってしまっているというのに。

    守るべきものが昔はあった。
    守るべきと信じて疑わなかった世界が確かにそこにあった。
    しかし守るべき世界は欺瞞に満ちていた。救いようがなかった。
    救う気も起きなくなっていた。
    この不条理で吐気がするくらい薄汚れた世界。

    彼が真の世界の姿を知った時、もう手遅れだった。
    壊れ行く彼を誰も止めることはできなかった。
    彼の心にできた闇。
    それはこの世を写した鏡。
    覗き込んだ者は吸い込まれ新たな闇となった。

    破壊した。
    目の前にあるものすべてを破壊した。
    破壊することしかできなかった。
    創ることは彼にはできなかった。
    創ることが怖かった。
    創ったものが壊れるのが怖かった。
    自分が壊してきたもののようになるのが怖かった。
    心が痛かった。
    痛い?俺にそんな感情はない。
    そう感じる度に心の中で叫んだ。
    すべてを破壊する。
    彼の心は加速した。

    彼は独り佇んでいた。
    なぜ生きてきた。
    なぜ。
    自分は弱かった。
    でも弱い自分を認めたくなかった。
    強くありたかった。
    でもなれなかった。
    ただそれだけだった。

    彼の前にボタンがあった。
    ただそれを押すだけでよかった。
    簡単なことだった。
    今までのどんなことより簡単だった。
    子供でもそのボタンは押すことができた。
    でも彼は押せなかった。
    手が震えた。
    急に忘れかけた感情が蘇った。
    怖い。
    途轍もなく怖い。
    昔感じた温もりをもう一度だけ感じたかった。
    一瞬だけでよかった。
    祈る自分がいた。

    彼は一人だった。
    一人でそっと佇むだけだった。
    1秒という時間が永遠のようだった。
    その一瞬を、彼は生きた。
    その決断が唯一生きた証だった。
    STAND ALONE
    GOOD BYE MY WORLD



    エントリ2 反吐とノイズと男と女 border


     また反吐だ。今日ってか、ここんとこずっと反吐だ。
     食道がヒリヒリ、鼻腔に酸っぱい匂いがずっと蟠っていて、ふんふん鼻を鳴らせば固体液体入り交じったカスが噴き出してくるし、ググググガッと吸い込めば固体液体入り交じったカスが喉に下りてくる。酸味の。

     ライヴやって打ち上げて帰宅。
     この全く進歩的、あるいは革新的というコトバから最もかけ離れているのではないか、この国の中で? と思われて仕方がないド田舎の閑村。あるのは閉鎖。あるのは閉塞。
     どうせ聴くヤツなんかいない、閉塞してんだから。それなのに農家が税金対策で開いた生演奏可能な一杯飲み屋の、舞台すらなくて、だから冷たいコンクリの床に這い蹲るようにして、反吐を吐き散らしつつ、吐き散らされる反吐のことさえ気にかけない閉塞民を前にドラム缶をひっぱたき、ストリングスの欠損したエレキギターを踏みつけてグリグリやって音を出し、、額にマイクを押し付けてゴチゴチぶつけて流血、顔面を鮮血に染め、ひたすらに反吐声で喚き散らして、挙げ句の果てにチケットが売れなかったからと言って閉鎖農民にショバ代2万円をふんだくられ、まぁいつもの事だと思いながらもメンバー全員荒れに荒れて閉塞酒場で合成アルコールを燗もつけずにガバ飲み。ぐらぐら帰宅した途端に、部屋に充満する糞尿の匂い。
     だからまた反吐。

     女。糞尿垂れ流して失神痙攣。股間で真っ黒いヴァイブレーターが淫口を支点にぐねんぐねんと蠢いて。後ろ手に手錠。足を閉じられないようにデッキブラシの柄に開脚したまま固定されて。猿轡して。ま、俺がやったんだけどね。20時間くらい前から放置しておいたんだけどね。
     床が臭くて、汚物でいっぱい。
     指先で触れたら生暖かくて、嗅いでみたら、また反吐。打ち上げで喰った臓物料理がもったいないじゃねぇかって、女の腹を蹴飛ばすと、ぐぐぅと唸って目を覚ましそうになった。俺は女の髪を撫でて子守歌を唄う。

     立ち上がってゆらゆらと揺れながら、痙攣する女の性器を眺めている。糞まみれ。バイヴレーター。
     脳がズキンと脈打って、目の前が真っ赤になって、ヴァイブレーターを引き抜いた俺は、女に覆い被さって輝ける糞尿の海原で合体。滴。
     音がする。まだ違う。今日の喚き声ではまだ遠い。もっともっと反吐を吐かなければならん。女の顔を殴るとボキッ! 或いはドガッ! という音がする。打楽器のように。
     俺の反吐が女の顔に。



    エントリ3 薔薇の湖 ユウキ


    真っ赤な体、黒い羽根のはえた悪魔は囁く。
    「薔薇だよ。真っ赤な薔薇の湖だよ。」
    少女が独り、湖に歩み寄る。

    そこは、薔薇の湖。
    その湖の水を浴びたものは、誰でも美しくなれるという、真っ赤な薔薇の湖。
    真っ黒な長い髪、色白の肌の少女は服を脱ぎ湖に足を入れる。

    瞬間、少女の足に激痛が走る。
    水面は美しい真っ赤な薔薇の花。
    けれどその下には棘の道。
    真っ赤な体、黒い羽根のはえた悪魔は囁く。
    「傷みを超えてこそ、真の美しさ。苦しみを超えてこそ、真の美しさ。」
    その言葉に促されるよう、少女は湖に全身をつける。
    悲痛の叫びを上げながら。
    無数の棘に刺されながら。

    ふと気が付くと水面に、白さの混じった赤い薔薇。
    よくよく見れば水面には、元々白い薔薇ばかり。
    真っ赤に見えるその訳は、美を追求した女たち。
    その女たちの流した鮮血。
    女たちの鮮血で真っ赤に染まった、白い薔薇。

    傷みに絶えかねた少女は、湖のそばに横たわる。
    少女の白い肌に刺さる無数の棘。
    そこから溢れ出る、真っ赤な鮮血。
    少女の肌を赤く染め上げる。
    「どう?私美しくなれるの?」
    傷の痛みに耐えながら、悪魔に問う。

    「そんなに、血まみれの自分が美しいと思うかい?それに、大量に出血してるんだ、美しくなったところで、すぐに死んでしまうさ。」
    その言葉を聞くか聞かないか、少女は息を引き取った。
    真っ赤な薔薇の湖。美しさを追求する女たちの鮮血で染まった、真っ赤な薔薇の湖。

    その湖は、悪魔の湖。
    真っ赤な鮮血に染まった少女の裸体をみて悪魔は言う。
    「所詮、美しさというものは、一人一人感じ方が違うものさ。アンタがどんな風になりたかったかはしらないが、俺の目から見れば、鮮血で染まったアンタはこの上なく美しいぜ。」
    そういうと、悪魔は鋭くとがった牙を見せて笑った。
    真っ赤な体、黒い羽根のはえた悪魔。


    彼もまた、自分の美を追求するものの独りだった。



    エントリ4 boy & girl 真田由良


    「あなたには赤いお洋服がよく似合うわね。」

    昔から母に散々言われてきた言葉も聞き飽きた中学3年生の春。
    私は僕になった。
    世間から妙だと思える言葉使いも服装も『僕』にとっては当たり前の事。
    唯一嫌な事はあまり友達が出来なかったこと。

    それでもまぁ、理解してくれる友達が一人いればいいんだけど・・。

    「お前、本当に男なの?」
    「あぁ、そうだよ」
    「冗談だろ?」
    「いや、本気だよ」
    「世間とかの風辺りスゴイぜー」
    「関係ない、僕は最初から男なんだから」
    「見た目はどっからどうみても女だぞ」
    「男に見えろ」
    「無理言うなよ」
    「ゴメン・・・・」

    僕には、妹が一人いる。
    あぁ・・弟と言った方が賢明かな。
    僕達、兄弟もとい姉妹は稀に見る双子の、性同一性障害てヤツ。
    弟は僕を『お兄ちゃん』と呼ぶ。
    僕は弟を『君づけ』
    それが、日常なんだ。

    母は「あなたは赤いお洋服がよく似合う女の子なのよ!」 と言い
    父は「お前を男に育てた覚えは無い」 と言う。

    僕は「赤より黒が好き、女の子にも育てられた覚えは無い」 と言う。

    「お前、これからどうすんだよ?」
    「いや、普通に過ごすんじゃないか?」
    「すでに、お前はチガウだろ?」
    「何が?僕が、見た目は女の子なのに男の子になりきっている所?」
    「まぁ・・そんなとこ」
    「考えてみろよ?僕は最初から・・生まれた時から男なんだ。それを、物心つくころからスカートはかされ、リボンつけられ・・そっちの方が異常じゃないか?僕は、自分を男だと思ってるし他人からも男の子として見られていると思っているん
    だ。それを、横から『お前は女だ』とか言われたら普通、言った相手を殴るぜ?」
    「んまぁ・・それもそうだな」
    「それに、自分の存在がこの世に女としてしかないと言われたら自分が何故こんな所にいるのか疑いたくなるよ」

    「・・・・意味わかんねぇって」

    僕は赤い服も嫌いだし、甘いものも嫌い、プリクラだってきらいだし、ショッピングに行くなんてもってのほか。
    そんな事するくらいなら、家であぐらかいて寝てますって感じ。

    「まぁ、よくわからないけど、頑張れよ」
    「ありがとう」

    口では強がっている僕だけど、心の中は『本当にこれでいいのか?』疑いっぱなし。
    人生楽じゃないなぁ・・。
    でも、一つでも心の中によりどころがあれば、僕は僕として生きてゆける。
    今、ココで言おう。

    我が親友よ。

    君のお陰で僕は僕として、一生懸命胸を張って生きてゆける。

    本当にありがとう。

    そして最後に・・・

    これからもずっとよろしく。



    エントリ5 残酷な会話・・ 孔望璃


    赤ん坊の首を絞めるのは簡単だった。抵抗らしい抵抗も出来ず、私の子はやがて呼吸をしなくなった。

    「あなた・・。行きましょう。」

    妻が子供の死に様を確認した後、私にそう言った。これから子供を山の中に捨てに行くのである。「酷い親だ・・」「人間じゃない」。・・世間からは、そう言われるだろう。だが、私達には金が無かった。全ては会社の倒産が不運の始まりである。失業保険もみるみる減っていき、妻は様々な不安と共に育児ノイローゼに陥る始末。子供もこれからどんどんと金がかかってくる。・・私達に、選択支は無かった。

    「ああ・・。そうだな。」

    車を飛ばして3時間。人気の無い山の中に、冷たくなった我が子を投げ捨てた。仕方が無い。仕方が無いんだ・・。自分にそう言い聞かせ、私達は山を後にした。



    ・・2年後。私は無事に就職を果たしていた。妻もあれから随分と立ち直り、元気な姿を取り戻している。そして、妻は2人目の子供を出産した。いや、これは・・。この子は、『1人目』の子供・・。

    「今度こそ、ちゃんと育てよう。」

    妻と私は笑っている赤ん坊を見て、固く心にそう決めた。


    ・・が、幸せの生活もそう長くは続かなかった。所詮は人殺しの2人。幸せになるなど、虫の良すぎる話だったのかもしれない。不況の風をまともに受けて、会社はまたも倒産。私と妻と、もう2歳になる子供の3人が、路頭に迷う事になった。呪われている・・。自分の不運を、私は深く嘆いた。

    「・・あなた・・・。」

    貯金が無くなりかけた頃。妻がそう私に語りかけてきた。言いたい事は、良く分かっていた。

    (大丈夫。バレはしないさ。あの子だって、全くバレなかったじゃないか。今度も・・。きっと、大丈夫さ。)

    私の心に、どす黒い感情が湧き上がってくる。普通じゃない・・。そんな事は、自分でも十分過ぎるほど分かっていた。が、もう赤ん坊を殺した時点で普通では無いのだ。1人も2人も変わらない・・。私達は深夜、寝ている我が子に音もなく近づいた。

    静かに、2歳の我が子の首にそっと手をかける・・。何の疑いもなく眠っている子を前にして、私はこれからの行動に強い罪悪感を覚えていた。力を入れれば、恐らく1分と経たずに死んでいく命。

    (仕方が無い・・。仕方が無いんだ!)

    ・・深い静寂の後、私は一気に指先に力を入れようとした。が、その瞬間。寝ているはずの我が子の口から、恐ろしい言葉が飛び出した。

    「また殺すの?」

    その言葉を聞いた・・。聞いてしまった私と妻は一時間後・・。我が子をおいて、自らの命を絶った。



    エントリ6 僕のプロフィール 箱根八里


     小学校を3年で中退した後、居酒屋の裏で残飯をあさっていると、
    黒いタンクトップ姿の、筋肉ムキムキのお兄さんに話し掛けられました。
    「ぼうや、腹いっぱいごちそうしてやるよ。」
    僕は、二つ返事でそのお兄さんについていきました。
    「何食べたい?」「ハンバーガー!」
    「わかったマック行こう、その前にちょっと僕の仕事を手伝ってくれないかな?」
    「何の仕事?」「くればわかるよ。」
    そのお兄さんは僕を汚い雑居ビルの一室に連れていきました。
    お兄さんの後について部屋に入ると、そこには人の形に凹んだベッドと、ビデオカメラが一つあるだけでした。
    「ぼうや、そこに横になって。」「うん。」
    少し汗の匂いのするそのベッドに横になったとたん、僕はズボンをパンツごと脱がされました。
    そして僕のお尻の穴にお兄さんの逞しい物が…
    「ズボッ」という感触と、ビデオカメラが「ジーッ」っと静かに回る音が今でも思い出されます。
    その後、お兄さんはマックのチーズバーガーをお腹いっぱいおごってくれました。
    おいしかったなあ…。
     それ以来、お兄さんは僕の人生の良きパートナーです。
    二人で共同出資で始めた鴬谷のSMクラブも、今ではすっかり軌道に乗っています。
    一週間前の開店50周年イベントでは、お客さんが3人も来て、超盛り上がりました!!
    毎日出勤前に、駅前の生ジュース屋「久本」で青汁を一気飲みして気合いを入れています。
    カウンターのウメちゃんの笑顔を見るのが僕の毎日の日課です。
    ウメちゃんは「今年で85才なのよ、数え年で」って言ってるけど、どう見ても70代にしか見えないんです。
    その、照れたような仕草がまたかわいいっ(はあと)
    なんでも、72才の時にAVに出たことがあるんだって!若いのに気合い入ってるなあ!
     こんな僕にも、将来の夢があります。それは…お笑い芸人。
    てへ、言っちゃった!照れるなあ…
    相方はもちろんお兄さん。ちょくちょくオーディションも受けるんですよ!
    ただ、僕らの笑いは、ちょっと一般人にはレベルが高すぎるみたい。
    どこの会場に行ってもネタを始めると、審査員が僕らに土下座するんですよね。しかも、泣きながら。
    舞台の上でギャグを言ったりどつきあったりしながら、さり気なく(液状の)ウンコを漏らす芸なんて、
    今までにないでしょ?新しいと思うんだけどなぁ…
    そんな僕は今年で96才!青春真っ盛り!
    いつか僕らとブラウン管であえる日まで!
    みんな!(死なないで)待っててねっ!



    エントリ7 ぽんむよ〜ん 三浦


     ミヨちゃんはいつものようにママの横に座って保育園までドライブしました。
     今日のママはいつもより怒っています。さっきパパの電話があってから、ため息ばかりついてぶつぶつ言っています。
     パパと会える日がだんだん少なくなっていることや、お母さんが怒鳴ったり、疲れた顔をしているところを見たりすると、ミヨちゃんは体がぎゅーっと小さくなります。とても苦しくて、嫌な気持ちになります。
     けど、この頃ミヨちゃんは平気です。叩くとつい笑ってしまうような音を出す、丸っこいブタさんのお人形を持っているからです。
     このブタさんは、優しく叩くと小さく鳴きます。おしおきするみたいに強く叩くと、おもしろい声が大きくなります。
     あんまりたくさん叩いたり強く叩いたりするとママに怒られるので、ミヨちゃんはまだおもいっきり叩いたことがありません。
     今度の日曜日、ミヨちゃんはパパと二人でおっきな公園に行きます。そこでならおもいっきり叩いてもいいよとパパに言われたので、ミヨちゃんは、早く日曜日にならないかなあ、と今からすごく楽しみにしています。
     きっと、そこにいるみんながおかしくて楽しくて、まるで友達になったみたいに一緒に大笑いしちゃうんだろうな。
     窓から動く外を覗くと、パパが仕事をする時の格好をしている人達がたくさんいました。みんなママが仕事から帰ってきた時みたいに疲れた顔をしています。
     ミヨちゃんはブタさんを軽くぽんぽんと叩きました。けど、外の人達には聞こえないみたいです。
     残念だなあと思っていると、突然ママがすごい声で怒鳴りました。

     ぽんむよお〜ん

     びっくりしました。
     夢でしか聞いたことのないような大きなブタさんの声です。
     一瞬、目の前が真っ暗になったので、ミヨちゃんは本当に夢を見ていたのかと思いました。
     けど違いました。
     遠くでたくさんの人達の笑い声が聞こえます。
     ミヨちゃんも笑いました。
     とっても楽しくて、もう何があっても悲しくなんかなったりしないくらいでした。
     なんだかすごく安心して、ミヨちゃんは眠くなってしまいました。横を見ると、ママもおんなじみたいでした。
     ミヨちゃんは、保育園に着くまで、ちょっと眠ることにしました。
     おやすみなさい。



    エントリ8 鍵開けの達人 jon


    なんで部屋の鍵が開いている?!

    最近空き巣に入られたばかり!!
    鍵も新しくしたのに!鍵の掛け忘れなんて有り得ない!
    大家さんか!いや、まだ合鍵を渡していない!

    瞬時に達夫の頭はパニックに陥った。

    おそるおそる部屋に入る。
    なんで鍵が開いてるんだ?
    出る前に心配で何度も戻って確かめたのに!
    鍵だって破られないように一番高い奴を買ったんだぞ!ドアだって壊れてないぞ!窓か!?最近よくあるもんな!あれ?締まったままだ!
    どこも開いてないぞ?じゃあどうやって!?

    達夫は冷静に回りを見渡す。
    何も荒らされた形跡はなかった。現金も通帳ももとのままだ。
    飲みかけの缶ビールがテーブルに置いてある。

    ソファに座って、出たときの状況を思い出す。
    心配性の達夫は三度も鍵を確認しに戻った。窓も締まっていた。
    説明の付かない状況、不安を掻き消すように達夫は飲みかけのビールを飲み干す!

     『ぶっ!!』 達夫はビールを吐き出した。(俺は酒は飲めないんだった!)

    達夫は身の毛がよだつ思いがした。ふと気付くと寝室から寝息が聞こえている。
    達夫は身動きが取れなくなった。
    額には汗。足は震え、声も出ない。ただ頭に浮かぶのは、なんで?どうして?
    達夫は声を絞った。

    『だ、だ、だれだ?なんで?』寝息は止まらない。

    達夫は勇気を振り絞って寝室を覗いた。
    今達夫の背中を叩こうものなら確実に失神するだろう。
    ベッドには綺麗な足が見えた。よくよく聞くと寝息は女のようだった。

    『お、おい』達夫は声を掛ける。
    『う〜ん…』ベッドで寝ていたのは若い女だった。

    恰好はというと下着にティシャツ、いかにも酔い潰れて寝てしまったというような。達夫はあっけに取られてしまった。

    女は立ち上がって達夫のほうへ歩み寄ってきた。グラマラスな体型に長い髪、淫らな姿、達夫はいろんな意味で身動きが出来なかった。
    女は達夫の横を、静かにとおり過ぎた。ふわっと香水の香りを漂わせて…。
    女はそのままドアの方へ歩いていく…

    達夫は我にかえって、女を追い掛けてその肩を掴んだ。
    『てめえ、ここでなにしてる!それにどうやって…』

    言い切る前に女は達夫を振り返って微笑を返した。
    達夫はその美しさに固まってしまった。

    女はひょいと手を払いドアから出て行った。
    不思議と追い掛ける気はしなかった。
    その晩は疲れて寝てしまった。

    翌朝、やりきれない気持ちの達夫はしらみつぶしに鍵師を呼んで、

    「鍵開け」を依頼した。

    しかし何度やってもその鍵は開かなかったのだった。



    エントリ9 人魚の目 natsucoo


    「人魚の目って見た事ある? 
             ビロード色したガラスでできてるんだって!」

    …これは大きな大きな、ただ大きな海の上に浮かぶ、小さな小さな、ただ小さな街に住んでる女の子から聞いたお話…

     ―私はある日、人魚になろうって、思った。
          人魚は自由…
    海の中はここと違って、静かで…穏やかで…、頭のなかを、からっぽにしてくれる。   
      ここはいらないものが多すぎる。

    わたしは一生懸命 空の神様に叫んだ!

    「ここのいらないもの全て、あなたに捧げます!」

    わたしは続けて 海の神様に叫んだ!

    「だからお願い!海のものをあたしにちょうだい!!」

        …太陽はこっち見て笑ってる。
    だけど、わたしはそんな事。って気にせず、祈った。

       月がこの世界をぐるり くるり 旅してる間中、ずーっと。


    この世界のスピードを空に託して、私は人魚になりたいの。

       人魚の目は私を見てる。
    火星が地球に近付くかのごとく、人魚の目はだんだんブルーに代わってく。
    ビー玉投げた、みたいな。そんな人魚の目を見てた。


    …私、人魚。

    海はわたしと友達で、海がわたしと同化する。

    魚は虹色きらきら揺れて、見上げると水面。
    なんとも言えない奇跡の色を奏でてた。
    水草はわたしに、セイ・ハロー
    わたしは水草に、セイ・グッバイ!!

    海の中の星たちはいつになく笑ってる。

    ふらふら浮遊するクラゲを横目に私は進む。
    泳ぐ泳ぐ、波を斬って、誰よりも早く、ウロコすばやく。
    笑うと気泡がわたしから溢れ、わたしの体はくすぐったい。
    …見回すとブルー。ビロード色した海のブルー。
    私は人魚の目を持った。

    このままこの目を潰さないで。

    空のスピードにわたしは勝てない。

    海のなかを飛ぶ蝶は、どこか悲し気で、
    わたしは悲しい。

    飛行機見えた!!―  

    女の子は人魚になった。
    遥か遠く、この僕の向こう側を見つめ。

    人魚の目を持つ女の子。

    「…ねえ、知ってる?女の子の目はみんな、人魚の目、だって!」



    エントリ10 ダンボとシド・ヴィシャス 桜樹鉄太


    「例えば。」

     そう言ってダンボは小さく呼吸をし、カウンターの奥の壁に貼られたシド・ヴィシャスのポスターに目をやる。もっと正確に言うと、そのポスターの中で繰り広げられているであろう「世界」に。
     ダンボはその「世界」に見とれながら、こっちの世界にある、スコッチウィスキーのロックが入ったグラスを手探りで見つけ、それをそっと口に運ぶ。

     やがて、ダンボはこう続ける。

    「例えば、オイラが今とは全く違う種類の人生――ある岐路において、全く異なる道を選んでいたとしたら、あるいは今よりもっと彩られた人生だったのかもしれない。もっと素敵な仲間と出会えたのかもしれない。もっと大それた未来を夢みていたのかもしれない。
    でもまあ、そんなことは、世界中の誰にもわからないのだけれど。」


     シド・ヴィシャスはあっちの「世界」の中で、ベッドに座り葉巻を吸っている。葉巻の先から一筋の白い煙が立つ。彼の脇には、ビニールに包まれた草とマッチの箱が無造作に置かれている。
     全てが淡いグレーに包まれている世界。
     彼は葉巻を吸いながら一体何を想っているのだろう。その一筋の煙の先に何を見ているのだろう。淡いグレーの「世界」は、彼に何を望んでいるのだろう。
     しかし、そんなことは、こっちの世界中の誰にもわからない。


    「でも決して悪くはない。今のオイラってのも……うん、全然悪くない。たぶん、そう思えることって、うんと大切なんだと思うな。人生を歩んでいかなきゃならないオイラたちにとって。」

     そう言い終えると、ダンボは視線を戻し、手に持ったグラスをそっと彼女のグラスに当てる。
     二つのグラスが奏でる、ささやかな音色と弱々しい響き。
    「カラン。」と、氷が切なく音を立てた。



    エントリ11 勝負パンティーと女子高生 御田井


    鈴「ぎぎぎ、くやしいィ!!」
     銭湯からの帰り道に鈴はひったくりにあった。不幸中の幸いで怪我こそはなかったが、バッグと共にパンティを奪われたそうである。それもシルクでできた勝負パンティだ。購入価格は一万円也。
     鈴はニューハーフだが、まだブツはある。それが女性モノのパンティを身につけるのはいささか不可思議に思える。だって、股部における男女の差違は決定的ではないか。
     まあ、そんなことはさておき、犯人は思わぬオマケに喜んでいるに違いない。

     アパートの一同は同情した。もちろん、犯人に対してである。

    太一「よォし。敵討ちじゃ!」
     そう言いだしたのは、下宿屋一の元気者である太一である。。
     そして、その提案にみんなは賛成した。
     ここ一ヶ月間、ひったくりが多発していた。犯人は夜中に一人歩きをする女性のみを狙っている。背後から近づいて、声を掛けて振り向いた瞬間にバックをひったくっていく。犯行はエスカレートしており、警察はあてにならない。
    麓「となったら、おとり捜査でおびきだすしかないな」
    太一「そうは言ってもこのアパートには女らしい女はおらんで」
     麓は腕を組みながら言った。
    麓「確かに。ここはあわれな女子禁制の下宿屋だからな」
     と、その時、
    声「あたしがいるじゃない〜」
     一同が声の方を向くとそこには黒いハイソックスが見えた。
     そして極端に短いスカート。
     開かれた胸のボタン。その正体は?

    鈴「ばっちゃん!」
     それは御年八十歳になる下宿屋の大家だった。
     太一は口を押さえてトイレに走った。
     麓は鈴を見た。とっくに気絶している。うらやましい。
    麓「ばばば、ばっちゃん。ひったくりの前にあんたが犯罪だ」
    大家「なにを言う! 家賃の滞納の方が犯罪やろ!」
     大家のばあちゃんは、なまめかしいポーズを取りながら、
    大家「よぉーく見たら結構いけるやろ?」
     と、麓に投げキッスをした。彼の記憶はそこまでしか残っていない。

     結局、一同は滞納家賃三ヶ月分と引き替えに、大家のコスプレおとり捜査に協力した。
     哀れなひったくり犯は現れてしまった。そして、「女子高生」の正体を知るなり気絶した。そこをアパートのみんなに取り押さえられ御用となった。
     犯人は、先日盗んだパンティが鈴のモノだと知って心の傷を一層深めたという。



    エントリ12 心無顔 試子


    白いレースのカーテンの
    優しい光の中で、
    妻が、誰かと抱き合っているのは解った。
    白いシーツの中の2人は、
    愛し合っているにしては
    静かだった。

    『怒り』よりも『オドロキ』。
    この世には、見てはイケナイものって
    ホントにあるんだな。
    心が反応を拒否する。

    最近見た、妻の夕食時の横顔が
    頭の中でグルグルする。
    心の無い顔? ・・いや、そうではなくて・・。
    視点と見ているモノとは違うコトを
    認めたくない自分。
    何かを、知らない振りしてる自分。

    1番、近くに居る人が、
    1番、遠い人。
    抱きたいと思いながら、
    抱けない人。多分、永遠に。
    それでも、愛していると思っていた。
    妻の元に帰れば、
    どんなことからも浄化された。
    自分は、妻の傍に行けば、
    妻の世界の中で、
    何もかもから休息することができた。

    音を立てずにドアを閉めた。
    誰だろう? 相手は。男?

    ここに居るのは、耐えられないな。
    「自分の家なのに、外に逃げるなんてな。」
    と、苦笑いしている自分。まさか余裕?

    公園のベンチで、タバコに火を付けた。
    誰だったんだ? 相手は? 女?
    空が高い。
    自分は1人なんだろうか?
    突然、
    妻の肌のぬくもりが全身に走る。目を閉じる。
    手が震えているかもしれない。
    喉の奥が熱い。
    タバコが不味い。

    マイナスマイナスマイナスマイナス
    気持ちのベクトルがマイナス。
    二次方程式だったら、
    y軸の最低値ってトコか・・?
    何なんだ? 量れるのか? そんな事。

    「ただいま」
    そう言って、玄関から妻に声をかける。
    「おかえり」
    キッチンから、いつもの声。
    心のない顔の妻は夕食の皿を並べる。
    その目は、どこを見ている?

    「さっき、見たんでしょう?
    あの時、どこに行ってしまったの?」
    静かにテーブルを拭きながら、妻が話している。

    「ああ、見た。
    何か、家に居るのが耐えられなくて。
    あれは誰?」
    「あなたの知らない人。」
    「誰?」
    「優しい人。男の人より優しく愛してくれる人。」
    「?」
    「私を抱いてくれる人。」
    「抱かれてないとダメなの?」
    「ダメになりそうな時があるでしょう?」
    「・・・うん。」
    「でも、あなたを愛してるの。」
    「知ってるよ。」
    「許してね。」
    「許すよ。
    でも、もう見たくないんだ。」
    「解った。ごめんね。
    もう見ることは、絶対に無いから。」
    「愛してるよ。」
    「知ってるわ。」


    愛してる。



    エントリ13 愛のある人 竹空


     わからないけど、たぶん人間は愛のある人間とそうでない人間に分かれると思う。おれはたぶん後者だ。どこか冷たくて残酷なこと考えている時がある。だれにでもあるんだろうか。いや、愛のある人間はきっとそうじゃない。どうしたらなれるんだろう。どうしたら心の底から自分以外の人間のことを大切に想えるんだろうか。
     なかなか発車しない電車、タイミングが悪くちょうど座れなかった。窓にはおれがうすく映っている。自分ごしにとなりの電車を見ていた。となりの電車には女の人が同じように立っていて、おれのことを見ていた。眼があった。なぜかそらすことができず、ずっと見ていた。彼女も同じことを想っていたかもしれない。ふと彼女の薄い唇が開いて、もちろん声は聞こえないが、「あ い し て る の」とつぶやいたような気がした。初めて味わう自分の中のこの感覚、同時に電車が動き出した。ゆっくり彼女とおれは逆方向に進み始める。離れていく。たぶん二度と会えない。顔の向きを変えずに彼女を眼だけで追う。視界から消えていく。
     一方、彼女は。今日も疲れたなあ。何、あの男。かっこつけた顔しちゃって私のこと見てる。まだ見てる。「な に み て る の」(思わず声出ちゃった)あいつまだ見てる。あっ、やっと電車動き出した。気持ち悪かったー。

     2年後。あの時一瞬だけ聞いた曲が何か気になって、だれの曲なんだろう、また聞きたい、って潜在的に思っていることあるでしょう。たぶん彼女はおれにとってそんな存在だったんだと思う。こうしてまた同じ電車で出会ったのは不思議だ。今度は同じ方向。でもあの時の電車のあの彼女だとは気がつかなかった。
     おれは座っていて、彼女はおれの前に立ってつり革をつかんだ。目の前には彼女の丸いおなか。大きくて滑らかで綺麗。おれは何の躊躇もなく「どうぞ」と席をゆずった。彼女は「どうもすいません。」と頭を下げ、ゆっくりと座った。おなかをさすりながら少しだけ微笑んでいるように見えた。顔をあげると窓にはおれが映っている。自分ごしに妻のことを想った。妻も妊娠している。
     少しだけ、近づけただろうか。