浮遊生活
午前二時で、ふたりとも酔っていて、月が出ていた。
本当は、月はほんの少し欠けていたのだが、幾分乱視気味な俺の目には満月と同じだった。随分と長いこと俺たちはふたりとも無言で、それを見上げながら歩いていた。
「コンナコトナンノイミモナイ」
唐突に、酔っ払いの笑い声で呟かれたあいつの言葉は、最初、ただ音でしかなかった。俺がそれを言葉として認識することができたのは、暫らくたってからで、だから、必然的に会話というには長すぎる間が開いてしまっていたが、目を月からあいつの顔に移して、「ああ」とだけ俺は答えた。言いたかった言葉は別にあった様な気もしたが、それを考えるのも面倒だし、そんな必要があるとも思えなかったからだ。
その時、あいつの笑顔が少し歪んで見えたので、やはり別の言葉を言ったほうが良かったのだということに気づいたのだが、結局、その言葉を見つけることはできなかった。だから、そんなふうに見えたのは多分この乱視の目の為だろうと、ばかばかしい言い訳を自分にしてから、少しあわてて別の話題を探した。
ある朝目覚めるとあいつはいなくて、テーブルの上には俺宛の手紙があった。
手紙には、ここを出て行くのが俺のせいではなく、別に不幸ではなく、多分誰のことも愛していない、と書かれていた。
最後に、さようならとあった。
金があって、ハイになる方法があって、セックスする相手だっている。なかなか快適な生活だ。理解しがたいことだが、あいつはそれに耐えられなくなったらしい。
最初に感じたのは、自分が何も感じていないということで、それから、あいつが出て行ったことではなく、こんなくだらない手紙を残していったことが、少し腹立たしかった。
酷い話だ。
だけどはじめから俺はそんな人間で、あいつだって似たようなものだったから、俺たちは上手くやってこられたし、これからだって上手く人生をやり過ごせると思っていた。
あいつはそうじゃなかったのか?
あいつが、ただ俺から去って行っただけならいいと思った。だけど、多分違うのだろう。
その夜、月は本当の満月になっていたが、俺にはどうだっていいことで、見上げると目の奥が痛んで、滲んで見えた。乱視のせいだと、ばかばかしい言い訳をしながら、あいつに言いたかった言葉を考えたが、やはり見つけることはできなかった。
それから、俺にはもうその必要は失われてしまったことに気づいて目を伏せた。
|