Entry1
秘密の日記
さらし ゆびお
緊張で・・・体は上気して、もう私はうっすらと汗をかいていた.
目の前の若い男は、もう我慢できないという感じで私を目の前にして荒い息を弾ませている.
無理もない・・・私はもう、黒のTバックの下着1枚.この下着は私のトレードマーク.ここ一番のときには、必ずこの下着と決めているの。
でも、そんな私もさすがに今日は緊張しているみたい。なぜって?だって、こんなことするのもう1年ぶりだから。本当に久しぶり・・・この舞台を離れて1年あまり、でも
やっぱりわかった。大好きなの。
私がこの若い男をリードしながら上手くやらなくちゃ、だって私は、プロなんだから。
カメラは容赦無く私の体に穴が開くほどズームアップにしている。周りにいる沢山の人達の視線が、私に絡みついて来る。はずかしい・・・。
『いけない。そんな事を考えちゃ。今は、眼の目の若い男に集中するのよ。
私の行為が沢山の人の目に曝されるのは、幸せな事.』
突然、男は私に覆い被さって来た。熱い息が耳元に掛かる。
そして、すぐに私のTバックに男の手が伸びてきた。
『駄目よ.そんな簡単にこの下着は取らせないわ。リードするのは私。』私は、心の中で、そう叫ぶと、男の股間辺りに手を伸ばした.男の下着のなかに指を滑らせると私は力を入れ、そしてその力を抜いて体を横にした.
「・・・あっ・・・」情けない声を小さくあげたかと思うと、男は仰向けになって空虚な天井を見つめた。一瞬の事だった.
男のその顔には、驚きとそして喜びにも似た表情が浮かんでいる.
私は、その瞬間忘れていたものを取り戻せた幸せを体一杯に感じていた.
うん、大丈夫。私はもっと、他の男も相手に出来る。そう、これから毎日。だって私は、プロなんだから、そう、私はプロ中のプロ。
私の行為を見て喜ぶ人が沢山いるんだから。こうしている事で、私は一番輝いていられるのだから・・・
私は、その時の日記を読み直すとそっとページを閉じた。
忘れていた感覚が、またこの日記を読んで蘇ってきた。
そうだ、この時の気持を持ってまた私は頑張ればいいんだ。
またできる。わたしならきっとできる。
こうして、貴乃花は新たな気持で初場所に向かうのであった。
Entry2
鬼
如月冬雅
細く、しなやかで
女特有のキレイな指が、
オレの喉に食い込む
「喰うの?」
「さぁ?」
そういった女の顔は、
ほんとうに「何も分からない」という顔をしていた
「じゃぁ離してくんない?ケッコー痛いんだよね」
「ダメ」
そういった女の顔は、
少し寂しそうな顔をしていた
「何がしたいの?」
「さぁ?」
埒があかないな・・・
「あんたさぁ、何がしたいわけ?何、オレが『別れたい』って言ったのが原因なワケ?」
そういった瞬間、女の力がまた強くなった
マンガの効果音でよく見る「ギリッ」という音が聞こえた気がした
「悪いけどさ、オレ人間とつき合ってるつもりだったんだよね」
女の顔が苦痛にゆがむ
「なのにいきなり『私実は鬼なの』とか言ってくれちゃってさ・・・」
その時の少し肌寒い女の家を思い出す
「騙してたんだろ?今までさ・・・ま、ひっかかったオレも悪かったってか?」
少し皮肉ったような笑みを作れば、女の瞳に涙が浮かんだ
「『鬼の目にも涙』ってか・・・?」
そうして鼻で笑えば、首に絡みついた指が本気で食い込んで来た。
「鬼なんてな・・・気持ち悪いんだよっ!」
そう叫べば、
長く鋭い女の爪が、赤い赤いビロードを作り出した。
「・・・・・・・」
女の目に溜まった涙が一筋、流れ落ちた・・・
コレでいいんだ
オレはオマエを愛することが出来ないから
決して・・・
皮肉なもんだよな・・・
人生もよ・・・
end_
Entry3
日常と非日常
燠疾
コンビニで缶コーヒーを買ってエレベーターに乗る
ゆっくりとした加速度が全身を包む
二階へ到着した箱はとりあえず仕事を終えた
小さな部屋の中には見慣れた仲間がいて何かの作業を熱心にしている
「何してんの?」
買ったばかりのコーヒーを開けながら訊く
「うん、ちょっとね。こっちの方がいいかなと思って」
「あっそう。ずいぶん頑張ってるみたいだけど成果は?」
「だいぶイイ感じ。無駄な事はしたくないからね」
「無駄??」
「なんか扱いづらくて」
「別に変わんないんじゃない? 無駄とか考えてもしょうがないし」
「どういうこと?」
少し考えてから煙草に火をつけた
「そもそも無駄ってどういう概念なんだろうか」
「無駄は無駄だよ」
「無駄ってどうでもいい事なのかな? 意味のある無駄っていうのはどう?」
「意味がないから無駄って言うんだろ」
「その意味がないっていうのはどんな境界条件を定めて言っているかによると思う」
「キョウカイジョウケン???」
「つまりどの範囲で物事を考えるかっていうことだよ」
「範囲も何も全部だよ」
「全部ってこの世界、宇宙ぜんぶ?」
「もちろん」
残り少なくなったコーヒーの缶は灰皿に化けていた
灰を落とす時、カンカンと乾いた音がする
「じゃあ時間軸の境界条件は?」
「時間軸っていうと過去とか未来とか?」
「そう、それだよ」
「それももちろん全部」
「なるほど。でもそんな特異点のない境界条件において無駄じゃないことを探すほうが困難だと思うけどね」
「なんで?」
「だってその広大な観点から一人の人間を対象として考えれば、ただ生まれて死ぬだけだよ。必ず死ぬんだから生きている事自体が無駄じゃないのかな」
「そんなこと言ったってな・・・」
「地球だっていつかは無くなるし、宇宙だって無くなるらしい。全ては無駄だよ」
「そりゃ屁理屈ってもんだ」
「そうだよ。だから境界条件をもっと狭くしないと意味は生まれてこない」
「というと?」
「今ここでしていた事が自分の一生、、これでもまだ広いか。自分の送るべき生活の中で役に立つと考えればそれは無駄じゃない。というかそれが意味のある無駄なんじゃない?」
「・・・なるほどね。わかったような気がする」
最後の煙を吐き出して、短くなった煙草を空缶の中に落とす
ジュッ、っと短い音をたてて火種は熱と光を失った
「っていうかいつもそんなこと考えてんの?」
「これが本当の無駄ってやつさ」
Entry4
パレット
椿
初めて君に逢った時、君の事黒いとおもったんだ。理由はうまくいえないけれど。
僕と君は特に仲が良い訳ではなかったけれど、1度だけ2人きりで会話をしたね。
「お前って、なんか灰色ってかんじだな。俺さ灰色ってきらいなんだ。」
その時、僕がなんて返したかなんて覚えてないけれど今でもその言葉は忘れられない。
中学3年生の夏休み、君のお母さんが交通事故でなくなった。それから君は1度も学校へは顔をださなかったし、僕も君と会うことは無かった。高校生になって君の事も忘れかけてた時、病院であった君は真っ白だった。声をかけた僕に向けた視線はなにもうつしてはいなかった。
「空がとても青いね。」
ただ、それだけの言葉…。きみのこころは壊れてしまったのだとかんじた。
君のお父さんと話したんだ。お母さんに言った「死んでしまえ。」って言葉。その日、君のお母さんは交通事故で亡くなった。それが理由、正直言うと君がそんなことで壊れてしまうなんて意外だったかな。でも、今思うんだ。君は白か黒しかなれない不器用な人間だったんだって…。
それから2年が経った8月11日君は死んだ。
その日は君のお母さんの命日だった。花に包まれた君は白かった。
病院であったときとは違った白。あの時の白は水で流されてしまっていた。なにも持たない白。終わりを告げる白。
それから僕はたくさんの人とであってたくさんの色を観てたくさんの色を感じてたくさんの色をもらった。でも、時々感じてしまうんだ君のように白色になりたいと。でも、それは絶対にしないよ。好きな色も嫌いな色もたくさんたくさん集めて今度こそ君にわけてあげるよ。君は文句言うと思うけれど…。無理矢理にでもあげるからね。
「灰色は嫌いっていったじゃんか。」
Entry5
ウェイト・ウーマン
如月ワダイ
ジャ〜。
「ふぅ、スッキリした」
そう、いつもならこうなるはずだった。なのに、今回に限ってそうなはらなかったのだ。今まで生きてきて一番大事なこの局面で!
27年間生きてきてこんな幸せな時間はない。なんと、ついに、憧れの君に声をかけてもらえた。しかも、今はその相手とデート中。うん、うん、待つ女は辛かったが、何でも貫けば幸せはやってくるものだと感じていたのに。こんなアクシデントが待っていたなんて……ついていない。
私はさっきまでお手洗いのボックスの中にいた。そして用をたし流す。そう、ここまではいつもと変わらない。なのに何故だ!? 流れたのはそのモノとトイレットペーパー、そして私。
っておい、おかしいだろそれは! 普通じゃありえん。でもこれが現実なんだよなぁ。だってさぁ、実際に流れてるんだよ。
あ、言っておくけど、別に便器の上に立っていたわけじゃないからね。それだけは言っておかないと、私ってばかなり変な子ってイメージがついちゃうじゃん。そんな誤解は嫌だ。いたって普通のどこにでもいるような、か弱い女の子なんだから。そう、か弱いの。線が細くて人見知りが強く頼りない感じの女の子(みんな、それは妄想だと言うけれどね)。
とまぁ前書きは置いといて(ちょっとしゃべりすぎちゃった、てへっ)、この状況を何とかしなくては。だって、まだ流され中だもの。私は今こんなことをしている場合じゃないのよ。一刻も早く戻って憧れの君の元へ帰りたいのに。それに、あまり長いと、大だと思われるのも癪だし。初めてのデートの途中に大に行って中々帰ってこない女ってどうよ? そりゃ引くって。だから急がなきゃならないのよ!!
だけどっ、どうすりゃ良いの? こんな時の解決法なんて見当もつかない。今まで一度も体験したことないし、体験談を読んだこともない。ただ、流れてはいるけどモノは近くにないし、水の中にいるのに息も出来る。まぁ、だから死ぬことはないんだけどさ。
って安心している場合じゃないわ。帰るのよ彼の元へ! でもちょっと待って……そうよ、私は待つ女。待って待って、彼との幸せを手に入れたんだったわ。だったら今回も。でも、彼が大だと思ってしまう……ううん、急いだって解決方法はないんだもの、背に腹はかえられないわ。
よ〜し、こうなったら待つわよ! 待って待って幸せを手に入れるわ!! 見てなさい、女は強いんだからっ。
Entry6
通勤レーサー
吉岡龍二
午前6時30分。
なんの前触れもなく襲い掛かる目覚まし時計の劇音と共に目が覚めた。
眠い目をこすり、横たわったままベッドから右手を伸ばす。ノーフレームのメガネが指先にあたり、もう片方の手と共にすばやく掛ける。やっと視界がはっきりしてきた。すぐさま作業服を着込み洗面所に掛け込む。
2分間の始業点検をすますと、まだ拭き取り足りない顔のまま外へ出た。
7時00分。いつもと全く同じ時間に車に乗りこみキーを差し込んだ。鈍いエンジン音と共に車体が静かに振動し始めた。
レースの始まりである。
今日のレースの所要時間は約40分。アイドリングを済まし公道に出た。
500mほど先の一つ目の信号はこの時間は赤のはずであり、一度停止して青信号がスタートの合図となる。
信号の200m手前で案の定信号が赤になりスピードを落としゆっくり停止した。
左の胸ポケットから、つぶれかけたマイルドセブンのケースを取りだし、右手の薬指でケースの底を押し1cm程飛び出た1本をやや左側の前歯で引き抜く。
視線を軽く右に移す。
横断歩道の青が点滅を始めた。
緊張の瞬間がやってきた。裏腹に点滅の音楽が緊張のかけらもなく、気が緩みかける。 取り出したジッポーで煙草に火をつけた。
横断歩道の信号が赤に変った!アクセルを徐々に踏み込む。2秒後、ブレーキを放す。
前方の信号が変った。
青!
アクセル全開!レース開始だ。
視線が前後左右に忙しく移動する。ステアリングを握る手に軽い汗が感じられる。
今日はいつになく参加台数が少ない様だ。この分だと多少早くレースが早く終わるかも知れない。このところ5レース連続で制してるので、今日もほぼ間違いないだろう。
前方に7、いや8台、後方に3台。
12台中9番目を走行中であるが、このくらいの順位が腕の見せ所である。
抜くポイントは数カ所あるが、1kmほど先のスタンドを過ぎたあたりから2車線になる。まずはそこに神経を集中させる。
視線をルームミラー越しに後方へ向けた。
すぐ後ろはスポーツタイプの車なので侮れない、要注意だ。
すぐ前の軽自動車は問題ないが、3台前の窓ガラスに黒のスモークを貼ったベンツが異様な警戒心を掻き立てる。
この種の車を抜く時は細心の注意を払わなければならないのである。
決して、威圧する事無くスマートに、「失礼しまーす。」くらいの気持ちが重要である。
2車線に入った!
前方の8台が10数台に増えている。周回遅れに追いついたか。ステアリングを握る手に力が加わる。
4,5台が一斉に右車線に移動する。同時にアクセルを踏み込み右車線にハンドルをきった。
2台を抜き去り、後方に視線をやる。さらに左車線に戻り、追いついた前のバンをも抜き去った。
順位を上げたことに薄笑いを浮かべ、前方に迫ってくるベンツに注意を払った。
どんな人物が乗っているか確かめたいが中の様子が見えない。
医者か、それとも何処かの重役クラスか、そんな訳がない。
その手の人達がスモークなど貼るわけが無い。
やはり、その筋の・・・・
しまった!
余計な事を考えている隙を付かれ、後ろを走っていたスポーツタイプが右車線を通り過ぎていった。躊躇せずスポーツタイプの後ろに付きベンツの右横に並びかけた。その瞬間前方の信号が黄色から赤に変った。
スポーツタイプはそのまま走り去ってしまったが結局赤信号につかまってしまったのだ。
おとなりは紛れも無くべ、ベンツである。
微動だにせず真っ直ぐ前方を直視した。いたずらに視線を送りたくは無い。
スモークの向こうからこちらを見ているかもしれない。
信号が青になったら全開でぶっちぎるか、それともスロースタートで期をうかがうか、あれこれ考えが脳裏をよぎる。
その時である。突然、携帯電話の振動が左胸を襲った。
すかさず取りだしボタンを押し電話を耳に当てた。
「おとうさん?」
緊張感のない声が耳に入ってきた。
妻である。この忙しいレースの最中に。
「今日仕事なの?今度の日曜日は休みって言ってたでしょ。」
「へっ?・・・日曜日・・なの?」
あっけなく第6戦はリタイヤとなったのである。
Entry7
穀潰ロマンスティック〜懲役四十六億年編〜
須藤あき
参考書を買った書店を出たらそれはもうどえらい吹雪で、おもちゃのピストル(380円税込)を買いに向かうのが阿呆らしくなった。
(肩外れるくらいのホンモノが欲しい…)
むしろ吹雪と云うより雪虫のテポドンが破裂したようなそらを無駄に仰いで、自分のこめかみが撃ち抜かれる様を想像する。
(…だめじゃん。)
ブラウン管の向こう側に横たわる艶気無い死体がせいぜいだ。
所謂ボキャ貧。寒。
諦めて、着きたくも無い帰路に着く。
喚く踏切、その割りに電車は通らない。ここは駅横。
景気良く轟音がつんざき、熱いモノが頬を掠め、雪虫に暴れる蛇が数本落ちる。
「よぉ、クロル。」
線路の向こうに黒いジャガー、その運転席からニタニタの鼻持ちならないサイケ野郎がこちらを視姦していた。
「カルキ…。」
餓鬼か。
「…今度は何?どう云うつもり?殺す気?」
「馬鹿め、お前を殺るには理由がありすぎるだろうが。」
車窓から伸びた触手に喰われた。
黒いジャガーは急発進、快速エアポート104便の前をゆく。
消毒液野郎は先の筒状の鉄塊を乱暴に投げてよこした。
「欲しいんだろう? 好きに使えよ。」
まるで林檎みたいな奴だ。その代わり腐って蛆の湧いた。
奴は私を殴る、蹴る、吊るす、犯す、挙句放置する。
脱がせるだけに飽き足らず、着せもする。安そうなセーラー服とか袴とか。
まぁ寝間着以外も着る物は買って来るし、(ビクトリアメイデンとかばっかだけど)メシも食わせて貰ってるし。(一日一膳)
何より、アタシが居なきゃ生きてけないんだろう。この林檎。
アタシに言わせりゃこんな腐れ消毒液野郎、只のゴシック趣味のロリコン変態犯罪者の餓鬼。
ま、変態って点では主導権を握っていると云うエクスタシィの為こいつを生かしてるアタシも一緒だが。
「…交通法違反、銃刀法違反、拉致監禁罪…しめて何年の足しかしらね。」
「二束三文にもならねぇ。」
2010年、懲役四十六億年の旅。
Entry8
無題
土屋雅人
冬休みのある日、僕はつとむくんちに遊びに行った。つとむくんは遊戯王のカードをぼくよりも50枚くらい多くもってる。「デザートドラゴン」の変身カードが最強だ。「アクアバリア」で水不適正を防御してくる。僕のカードはだいたいいつも全キャラがやられてしまう。
ピンポンを押したら、つとむくんのママが出てきた。「あら、いらっしゃい。よく来たわね。」「ちょっと待っててね。」つとむくんのママは階段の下からつとむくんを何度も呼んだ。二階からは「いま『とりでのボス』と戦ってんだよー!!」というつとむくんの怒鳴り声が聞こえてきた。ママは困ったような顔をして、「ごめんねー、どうぞあがってちょうだい。」と言ってくれた。
つとむくんが、終わったら下に行くと言うから、僕は下のへやで待つことになった。僕は大きなテーブルについて、座った。つとむくんのママは、せっせとはだしで動いて、僕にショートケーキとオレンジジュースを出してくれた。僕に「どうぞ」と言うとき、くちびるをひっぱってにこーっとした。つとむくんのママのくちびるはトマトジュースみたいに赤く、犬の鼻みたいに光っていた。つとむくんのママはへやを出ていった。
僕はストローでジュースをのみながらテレビを見た。テレビには、スーツを着た男のひとと女のひとが立っていた。お互いがお互いを見ていた。そしたら男のひとと女のひとがくっついて抱き合った。女のひとが顔をあげたら男のひとが上から女のひとにくちびるをあわせた。女のひとはなんとか言って下から男のひとのくちびるをまんなかにあわせて押し戻した。男のひとと女のひとは頭をゆっくりゆらしながらくちびるとくちびるをずらしてあわせていた。女のひとのくちびるが握った風船みたいにパンパンになったり、鼻とくちびるがぴったりくっついていっしょになってつぶされたりしていた。女のひとはまつげが濡れていて、息ができないような顔をしていた。
「あー、せっくすしてる!!せっくすしてる!!」ドアが開いていて、うしろにつとむくんとつとむくんのママが立っていた。つとむくんがテレビにゆびを指して言ったのを、つとむくんのママがつとむくんのほっぺをぴしゃっと叩いた。つとむくんはわーわー言って泣きはじめ、ほっぺを叩いたつとむくんのママはごめんねと言いながらつとむくんを胸に抱いた。つとむくんのまりのようなほっぺは桃みたいな赤にぐんぐん染まっていった。
Entry9
adress
Taka-Oka
LOve POp
Fontによって左右され。
わけがわからない説。
あたらしいFEELIn.g.
いつもぼくは、なにいってんだかわからないといわれる。
いつもぼくのは、ひとりにしかとどかない。
ぶんしょうが、なってないし、さっぱりわかりずらい。
いみが、わからない。
ことばあそび。
でざいんが わるい かんじと かたかなのあそび。
さあノートの走り書きは、ここまで終わり。
小説という、エッセイより桝目なへび。
今日ぼくは、携帯電話を換えた。
理由は、千三百円だったからだ。
電話は声だけでやりとりできるから、小説はその中じゃ唄えないや。
と思ったのはそのせい。
メールは消耗品みたいにスレッドな感じだからさ、文字であっても短歌みたいで。
薄い紙に書かれた印字。
小説ってぼくにとっては、紙。
あなたのは?
イスに座らないで小説をつくる、主人公の映画をみたことがある。
十八歳の女の子は、主人公に声で文章を伝えた。
主人公はその声をキーで打つ。
すべてをタイピングしてから、会話のカギ括弧で作られる部分を削除した。
ナッシング。
小説は何もない砂漠の様に、音の砂に消えた。
小説は、でも一秒の映画のフィルムの絵となって、色彩に換わったり。
片岡義男の赤い文庫本のカバー。
サーフィンの上で大泣きする女の子の様に、彼のはぼくの映像になったり。
文字になったり、ぼくの心の中にはなく、めの中に住む小説は遥か。
ごめんあなた。
ぼくのなかに いくつスリットが挟まってる?
小説は書けない。
Entry10
繋がる
オキタ君
透き通るような日曜の午後、窓の外を11月がゆっくり通り過ぎていくのを見ていた。日曜になれば一緒にいるはずのクマとカラスは朝早くから出かけてしまっていて、僕は一人だった。日曜日を一人で過ごすのは久しぶりだった。最後に一人だったのはいつだろう?そんなことを考えコーヒーを飲みながら本を読んだ。
午後、僕は散歩に出かけた。あてもなく歩いては立ち止まり、初冬の風とまだ冷め切ってはいない陽を感じていた。外に出ることすら久しぶりで自分が立って歩いていることさえ不思議だった。携帯電話が僕に着信を知らせる。カラスだった。「急な話だけど、僕達はもう戻らない。」「どうして?」「君には悪いんだけど時期がきたってことかな。繋がったんだ。また元に戻る。」夕日を背後に感じながら僕はしばらく黙っていた。「寂しくなるね。君達には本当に帰るところはあるのかい?」「じゃなきゃ帰らないよ。」「また会えるかな?」「きっとまたどこかで会うさ。」
初夏僕は会社を辞めた。長年続けてきた雑誌への執筆も止めた。最初は心配する友人達からの誘いも次第に遠くなっていった。これといって理由はなかった。ただ少し疲れただけだと自分で言い聞かせた。残ったものは当てもなく貯めた貯金、ただそれだけだった。湿っぽい梅雨が明け、近所の子供達が虫取り網を手にはしゃぎだす、季節は変わっていった。
晴天が続き全国各地で今年一番の暑さを記録する、そんな一週間が過ぎ二人は僕を訪ねてきた。ドアを開けると身長50センチぐらいの黒いクマと、灰色のカラスが立っていた。「こんにちは。」「はじめまして。」カラスは僕を見上げて、クマは俯いていた。「急な話なんだけど、しばらく厄介になって平気かな?」「しばらくってどれくらい?」「まだ何とも言えないけど、闇が闇へ移動するまでかな。」僕はしばらく考えた。彼らはとても小さかったし、好感が持てた。僕のアパートに入れることに特に問題は感じなかった。「いいとも。僕は今仕事もしていないから好きなだけいてかまわないよ。」そんな風にして僕らの生活が始まった。クマは無口で、カラスはよく喋った。僕は毎朝彼らに起こされ朝食を作り見送った。二人はそれぞれに仕事を抱えていて忙しそうだった。留守中僕は部屋に散らばった羽根や毛を掃き集め、それが終わると台所に座り一日中本を読んだ。夕方になると近所で買い物を済ませ、夕食を作りながら帰りを待った。クマはよく食べよく眠った。時々怪我をして帰ってくることもあった。カラスは夜になると「戦(いくさ)」について話した。自分がどれだけ【以降、文字化け(インフォメーションまでご連絡ください】
秋になった。クマが怪我をすることが多くなり、カラスが帰ってこない日が増えた。僕は二人にコートを買った。「そんなことしてくれなくていいよ。」「だってそろそろ冬だよ。寒いじゃないか。」「ありがとう。」二人は少しだけうれしそうだった。
11月のある朝、目が覚めると2着のコートはハンガーにかかったままになっていた。書き置きもなく僕は心配になった。朝にも関わらず、外では木枯らしが吹き、分厚く曇った空は不吉な夜の気配を漂わせていた。深夜近くになり二人は帰ってきた。「何も言わずにでかけるなんてひどいじゃないか。」「すまないとは思ったけど、もうすこしで繋がるんだ。」「繋がる?」「そう闇と闇が。」「繋がるとどうなるの?」「今に君にもわかるさ。」
「さようなら」僕は電話を切った。一瞬を生きている。仕事は他の人より手際よく、そして丁寧だった。無茶な主張をすることもない僕は優秀な社員だったに違いない。責任を任され、部下の面倒も見た。それだけだった。今も昔も。僕の積み重ねてきた一瞬は山の様に積もった過去となり穴の中に放り込まれた。僕は夕日を見ていた。これから訪れる一瞬をどう受け止めていけばいいのだろうか?そんなことを考えるのも止めた。
Entry11
満員シートの法則
杉山香織
『満員シートの法則』
土曜出勤は歩きやすい。平日の中目黒駅発の日比谷線を待つ列もなく、ホームは先発の印でも示すようにぽつりぽつりと人が立っていた。
九時発の電車が到着しても、やはり十人掛けのシートにわたしは一人ぽつりと座り、しばらく呆けながら発車するのを待っていた。
土曜なんてこんなもんか
週五日の仕事から、各週の仕事に代わったわたしは、月に二度土曜出勤をすることになった。今日ははじめての土曜出社だったが、土曜出勤も悪くないか、とラッシュのことだけ考えて思った。
頭の後ろで東横線が到着すると、にわかに騒がしい人の気配がした。
気配は東横線の電車の乗車口からそのままぞろぞろと、開いたままになっている日比谷線の乗車口に乗り込んであっという間に席は埋まった。
土曜でも働く人はこんなにいる。
なんとなく感慨深い。
わたしの真向かいには、黒いコートの襟を立てて、白いマフラーをしたキャリアらしい女が座っていた。
発車ぎりぎりになってすっぴんの若い女が一人駆けこんできた。向かいの閉めきりの乗車口で彼女が一息着くと発車のベルが鳴った。
電車が動き出すとすっぴん女はハート型の持ち手の白いバックの中から、キティちゃんがプリントされた、ハート型の折りたたみミラーをだして、ラメ入りの口紅をぬった。
恵比寿でキャリアの女が席を立った。
すっぴん女は、ラッキーとばかりに開いた席に座り、ゴールドのアイライナーを取り出すと、ミラーを見ながら目じりに素早くひきマスカラも付け、次の広尾で急ぎ早に降りていった。早技だった。
さて、わたしの向いの席はいま、ぽつりと空いている。
他はみな詰まっているのに、誰も座ろうとしない。
わたしは辺りを見まわす。
立っているのは、男ばかり。
みんなコートを着ているから、一人分の席では足りないのか?
空いた席の隣りに座っている男はけっこうな体格で少し肥満が入っている。
向いの席は、立ちんぼはいるのに空席のまま、六本木を過ぎて行った。
神谷町で乗車口が開くと、作業着姿の六十くらいのおばあさんがなんの迷いもなく、向いの席に座った。眉をしかめて週刊誌を読み始める。なんの窮屈も感じていないらしい。
キャリア女、すっぴん女、そして今座っている作業着のおばあちゃん。
共通するのは、みな細身。
わたしはぴんときて、シート満員の法則をみつけた。
満員シートの法則。
始発に乗った人の体系は、後から乗車する人のシートの使用に影響する。
しかし、この法則は、人の乗り降りが極めて緩やかであるときにだけ成立する。
電車は日比谷駅に近づき、乗客の半分がここで席を立ち、乗車口に集まった。
日比谷線は、千代田線、有楽町線、都営三田線と三つの線の乗換えができる。
シートはがら空きとなり、満員シートの法則は、またリセットされる。
Entry12
ライダー
匿名8号
広い道路をヒタハシル独りのライダー。相棒の750ccを愛でる様に、国道か高速道路か、普通道路か他の何かしらかの上を走り行くライダー。ライダーの目の前には日本の、いかにも日本的な山々が連なっている。これ以上ない青空。日の光を受け、山々はさらに輝きを増す。ライダーの脇を心地よい風が通り抜ける。ライダーは風になる。
周りの景色が変わり、そこはすっかり夜になる。空をうっすらと灰色の雲が漂う。そして、美しい満月が姿を現す。月光がライダーを照らす。夜風が実に心地よい。そしてライダーはそこに、生きていること、自然があることへの喜びを見出す。 そしてライダーは言う。
「嗚呼、素晴らしき哉我が人生。」
ライダーは走る。辺り一面にエンジンの爆音を響かせながら・・・・・。
風を切り裂き、また、やさしく撫でながら男は行く。ライダーは時にはこだわらない。場所にもこだわらない。ただそこに、走る道と相棒があればいい。苦悩や憂鬱をバラバラに砕いて散らすように、体中の眠っている血を
「今だ」と叩き起こすように。
ライダーは優しく相棒に語りかける。
「調子はどうだ?」 「無理はするな」 「もっととばそう」
ライダーはガソリンスタンドの兄ちゃんとの会話も忘れはしない。
「ありがとう」 「このマシンを見てくれ!すごいだろう。」
もしかしたらこのライダーは、普段は普通の男かもしれない。郊外に一軒家を建て、妻や子供達と仲良く暮らしているかもしれない。通勤ラッシュに苦しむ、スーツの似合う勤続20年の営業サラリーマンかも知れない。 『ライダーは普通の人間かも知れない』
しかし今は違う。ライダーとなれば全くの別人になる。生まれ変わるのだ。
それがライダーの持つ力!それこそがライダー!!
今日もライダーは走る。熱い魂をちらすように。と。そういう夢。
Entry13
必殺『トラウマ』克服法
斎藤彰慶
「石黒、おまえ『トラウマ』って知ってるか?」
居酒屋からの帰り道に大島が言った。暑い日だったので冷たいビールをのみにでかけていたのだ。
「ああ、昔、嫌な思いをしたことが後々影響を及ぼすっていう、あれのことだろ」
俺は曖昧にそう答えた。
「うん、もう少し正確に言うと、衝撃的な体験が心の中に残っていて、本人はすっかり忘れていても、何かの拍子で突然恐怖が蘇えったり、後々精神的に不安定になったりする、まあ、精神病の一種らしいな」
「詳しいな、小さいときの注射なんかもそれなんだろうな。実際、死ぬほど怖かったからな。でも、だからどうしたっていうんだよ」
「うん、俺たちの横にイチャイチャした二人連れがいただろう。ああいうのが俺のトラウマになってるんだ。実はな、幼稚園の頃、ミキちゃんっていうかわいい子と仲良かったんだけど、新しく引っ越してきた陽介っていう奴に獲られちゃってな、寂しくて、悔しくて、幼心に相当なショックを受けたんだよ」
俺は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。そう言われてみれば、大島はなかなかのいい男なのに、女の子を前にすると急に臆病な負け犬になってしまうのだ。
「だけど、そんなことじゃいつまで経っても彼女はできないぜ」
「うん、だから俺も、そのトラウマを克服するためにいろいろ考えて、ある方法を思いついたんだよ。復讐の意味もこめてな」
「おいおい、恐ろしいこと言うなよ、復讐ってどういうことだよ」
「うん、それは俺の部屋に帰ったら詳しく話してやるよ。冷たいビール飲んだせいで腹が痛くなってきた。急ごう」
俺たちは暗くなった道を大島のアパートへと向かった。途中にある小さな公園を突っ切ると近道になる。
「おい、ちょっと待て。あそこにいるカップル、キスしてるぞ。ようし、石黒、見てろよ」
そう言うと、大島はそのカップルのほうに向かって歩き出した。カップルは大島に気づかないのか、無視しているのか、濃厚なキスを続けている。俺はこれから起きそうなあらゆる事態を想像して固まっていた。犯罪者になるのだけは御免だ。
『ブ、ブブウゥゥ・・・ビッ』
強烈な屁だった。最後の『ビッ』は、実が少し出ている音だ。これにはさすがのカップルも目をむいて驚いている。将来、キスをするたびに『トラウマ』となって残るに違いない。しかし、これが大島の言う、復讐を込めたトラウマ克服法なのだろうか。ただの嫌がらせとしか思えないのだが。
Entry14
オーラの世界
文コアナ
「俺、オーラが見える。」
古道具屋のオヤジが言う。
「誰かが死んだとき言うだろ。そういえばあいつ影が薄かったな。って。あれ、本当だよ。本当に死んだヤツのオーラって思い出せば薄いんだよな。」
いつもの日曜日。缶チューハイ二本をぶら下げて私は彼の店に遊びに来ている。
一本を彼に、もう一本は私。小さく乾杯したあとに彼はボソッと言った。
「うそ。何でそういう事を早く言わないん。」
・・・私はものすごくドキドキした。ズキズキした。
私はよく平気でうそをつく。その話しはドンドン真実になっていき、自分でもびっくりするぐらいうまい話しが出来上がるのだ。
でも、相手はオーラが見える男。と、言うことは私のうその話しにもこの男は気づいていたのかもしれない。
いままで彼と話した事を思い出そう・・・
としても、うそはやっぱりうそ。だからなかなか思い出せない。
私は少しびくつきながら聞いてみた。
「じゃあ、私のオーラも見えてるって事よね。」
彼は静かに笑ってうなづいた。そして風が流れるように言う。
「見えてる。」
私は彼に反発と、自分のうそを守るために、自分を正当化するために話し出す。
「さっきの死んだヤツの話しだけど、あれ本当?だって、んん・・・、例えば太陽ね。太陽って自分の頭の上にあると時ってあんまり意識しないじゃん。この世界に存在する色をそのまま私の目に届けてくれるでしょ。赤は赤に見えるし、青も青。持つ色を鮮明に浮き彫りにして。でも消えるとき、私の足元までオレンジに染めて、人間が作り出した色の上にベッタリと覆い被さって、太陽の存在を消える瞬間に私の目に焼き付けてく。太陽をオーラにたとえるならよ、死ぬまぎわ、消えてしまう少しの間に自分の存在を残していくためにオーラは強く出るんじゃないんかな。」
彼は相変わらず静かに二回うなづく。
「でもな、赤を赤に映し出す事の方が力がいると思わないか。本当の色を届けてくれる。真実の姿を俺の目に届けてくれるんだ。そのことが本当の太陽の存在を主張してるときだと思うよ。オレンジに染めてしまうときは偽りの色。どっちが正解とかじゃないけどな、でも俺達は人間だろ。やっぱり元気に生きてるときにいいオーラは出るんだよ。
本当の自分を届けよう、伝えようとしてる時にきれいな物が見える。
それが俺の本当だ。」
そういうと彼はいじわるそうに私を見て笑った。
Entry15
湖の夢
悠
その日、加奈子は湖の夢を見ました。
夜で、空は遠くまで透き通っていました。湖の上にはお屋敷が、大きくて平たいお船のように建っていました。加奈子はお屋敷の廊下を歩きます。加奈子はお母さまに会わなければいけないのです。廊下には天井がなく、綺麗なお月様の光が、白い床に、加奈子の影を映しました。他に人の姿はありません。等間隔に蝋燭の明かりがありましたので、怖いということはなかったのですが、加奈子はただ、寂しいと思いました。ちゃぷり、と、時々水音がして、音といえばそれ限りでした。
「加奈子さま」
湖面から呼ぶ声があるので覗きこむと、そこには小さな青い魚がいて、加奈子を見つめていました。
「加奈子さま、お母さまに早くお逢いにならないといけません。お母さまはもうじき死んでしまわれます」
「分かっているわ。分かっているわ」
加奈子はそう返事をすると、早足で廊下をかけました。そのように時間がないとは知らなかったのです。進むにつれ、空気が冷たくなっていくように思われました。どうか死なないでください。わたくしはお母さまにお会いしたいのです。わたくしは寂しいのです。加奈子はそう繰り返しながら走りました。
そうして、やっとの思いでお部屋にたどり着きました。そこは小さな畳のお部屋で、蝋燭の橙色の光が満ちていました。お母さまは布団から起き、静かに本を読んでおいででした。
「お母さま、加奈子はお母さまが死んでしまっていると思っていました。本当に死んでしまっていると思っていました」
お母さまは微笑んで、加奈子の手を取りました。その手はとても温かく、加奈子にはそれが、懐かしくてしょうがないのでした。
「わたくしは死んでいます。わたくしはいかなければ」
「お母さま、置いていかないでください」
お母さまは、それでも、いかなければいけないのです、と云い、加奈子をきつく抱きしめました。
「加奈子は大丈夫です。加奈子は強い子です。お母さまは心配していません」
そう云いました。加奈子は悲しくなって泣きました。そうして、こんなことはやめてほしいと思いました。ああ、本当に、こんなことはやめてほしいのに。
しかし、お母さまは去っていくのであり、それは加奈子にはどうしようもないことでした。けれども、この夢でだけは泣いてもいいと思いました。加奈子はいつまでも泣き続けました。
そのような夢を、加奈子はもう二度と見ることはありませんでした
Entry16
心内葬儀
you
ここに二つの死体と一つの棺がある。
ソレらと一人の少女が、慈しみ合うように対峙している。
他の景色はいやらしく霞がかり、目前に何があるのかすら判然としない。黒い霧を収縮し、沈殿させたかのようなその有り様は、生きるという衝動を何処かに置き忘れてしまったかのように退廃的。酷く、胸が痛む。そんな中、少女と死体と棺だけが鮮やかな輪郭を伴って視界に映っていた。その瞬間、その場所ではソレのみに意味がある。そんな事を云わんばかりの存在感を持っていた。
少女は二つの死体を前にしても、臆することもなく、驚愕するでもなく佇んでいる。悲しくは無いのだろう。少女は泣いていない。その表情も悲愴なものとは程遠く、いたって自然なものだった。この異常な状況の中、少女の表情が自然なのは逆に異常に見える。
やがて少女は二つの死体を棺に納め始めた。けれども、どう足掻いても棺には一つの死体しか入らない。少女は始めてその表情を崩し、幾らか思案気な顔をする。死体を横に立てて納めた。二つの死体は入ったが、蓋が閉まらない。少女は更に考察する。そして日の沈む頃、少女は名案を思い付いた。少女は嬉々とした表情で、二つの死体を真っ二つに引き裂き始める。血と、贓物と、骨と・・・・。死体は少女の為すがままに蹂躙され、長く見つめているとまるで、死体が少女にそうされる事を望んでいるのかと錯覚させる。死体に決定権などないというに。
少女は二つの死体を分解し終え、醜悪な肉片が四片出来上がる。
少女は満足げに片方の死体の右側を、そしてもう一方の死体の左側をそれぞれ棺に納めた。棺の蓋は当然のように閉まり、少女はソレを地中深くに埋める。その上に墓石を置き、華を丁寧に添えた。
静謐な空間の中に、一つの墓が出来上がる。少女があれだけ苦労して作り上げたその墓は、けれども忽然と其処に姿を現したかのような不自然さを孕んでいる。
少女は瞳を涙に濡らし、出来たばかりの墓石の前に座り込む。手を合わせ、そこで初めて悲愴な表情を見せる。顔をくしゃくしゃに歪ませ、声を押し殺そうともせずに、ただ泣く。少女の泣き声は空へと手を伸ばし、何かを掴み取ろうと虚空を掻き毟る。手応えは無い。
鳥の鳴き声が夜闇に響く頃、少女は立ち上がり墓石の前から去っていく。その顔にはある種、満足感のようなものさえ浮かんでいる。少女は脇目も振らずに歩く。墓石の傍らに放置された肉片には、目もくれず。
Entry17
あのこどこのこ
織袈裟あたる
朝、靴箱にリボンつきの黄色い箱を見つけた。思わず、靴箱のふたを閉める。
「……」
きょろきょろ。
見回しても誰もおらず、今日だけは無駄に朝の早い自分に感謝した。箱へ手を伸ばす。
「おっは」
いきなり現れた友達に肝を冷やしつつ、リボンつきの黄色い箱をなんとか奥に隠して、教室へ向かう。
今日は皆朝が早い。いつもはひとりだけの教室が、違うクラスのようだ。
(ホントに違ってたりして……?)
確認してみるが、ドアの上には3−Bの文字が確かにあった。
女の子同士でなにやら話し合っている集団。すでにいくつかの箱が突っ込まれた机。寝たふりをしながら女子の会話に全神経を集中している男ども。
「……ふぅ」
毎年のことながら、この光景には心が痛む。なにがと言うことはないが、「切ない絵」である。
「……ねぇ」
女の子の声。振り返ると、そこには3−Bの委員長が立っていた。
ザワっザワっ。
教室の空気が刃物になって皮膚を刺してくる。女子の好奇の目と、男子の嫉妬の目。
「なに?」
平静を装うつもりが、声がうわずった。
「あのね、ちょっと……」
教室の空気が刃物になって皮膚を刺してくる。女子の好奇の目と、男子の嫉妬の目。息を飲んで、彼女の言葉を待つ。
「職員室に、プリント取りに行くの。手伝って」
「あ、うん」
わかっていた。そうじゃないかと言う気がしていた。
(バレバレだっつうの)
口実だ。連れ出して、箱を渡して、押し倒して。というハラに違いない。
「じゃ、これ持って」
と、委員長は教員から受け取ったプリントの束を渡してきた。しかも、かなりの量だ。
「あ、うん」
事務的だ。すこぶる事務的な彼女。立ち止まる気配も見せず、教室へ帰っていく。
教室に入るや、またしても空気が刺さってきた。女子の好奇の目は陶酔に変わり、男子の嫉妬の目は憎悪に変わっている。
(裏まれ損?)
嘆息。何も無いのか。今日はこのまま終わるのか。明日……? いや、バカな。今日で無ければ意味は無い。
(いや、意味が無くは無い。この際いつでもいい)
「あ、ちょっといい?」
休み時間。またしても委員長が声をかけてきた。
「え?」
「あの、さっき……いい忘れてたんだけど」
ザワザワ。
「なに?」
「三限終わったらもう一回プリント配るからって、先生が」
「あ、うん」
帰って朝見つけた黄色い箱を開けた。委員長の名前が封筒に書かれていた。明日はまたいつものように一番乗りで学校へ行く。
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