第7回体感1000字小説バトル
 投票〆切り3月末日/参加した人は投票よろしくね!
  INDEX
 エントリ 作者 作品名 文字数 得票数 ★ 
 1 コーゾー  ロボットを買いに  1014   
 2 BER  アリ  736   
 3 Taka-Ok  3D-Internet の旅。  1614   
 4 ヒロユキ  雪景色  882   
 5 朝霧  空色の塵  1000   
 6 洗面ライダーV3  駅前〜よしおとサブ〜  1000   
 7 竹空  何も聞こえない状態  574   
 8 韮補  The Sky is The Limit  1000   
 9 だぎー  雪光  1000   
 10 ミツバ  189  720   
 11 模造人間P  きみのポワゾン  1000   
 12 シュート  自転車A  995   
 13 mk  大好きなあなたへ。  1000   
 14 箱根八里  たけしの挑戦状  1079   
 15 春一番  大人になりたい  0   
 16 日陰 碧  命の天秤  1473   
 17 なかむらきみのすけ  「俺達にとっては多分意味のない、その言葉そのもの」  819   
 18 ミサト@  ナルシスト・モデル  962   
 19 ヒヨリ  雪と、寝たふりと空耳と  1377   
 20 山本高志  携帯電話の悲哀  1453   
 21 満峰貴久  悪魔3連発  1000   
 22 秋来治樹  許し〜請うその心  1000   
 23 文コアナ  漂う不  670   
 24 みずたま  疼き  983   
 25 3月兎  新月の散歩道  1000   
 26 フラワー・ヘッド  俺とキリコB〜情死編〜  1000   
 27 mora  高飛び込み  1000   
 28 ジン=イザヨイ  十字架  490   
 29 長谷川貴也  親指と嵐  1142   
 30 如月ワダイ  憂鬱な猫〜ミミズ編〜  991   

訂正、修正等の通知は掲示板では見逃す怖れがあります。必ずメールでお知らせください。
「インディ−ズ、行かせてください有頂天」。ボタンを押して投票ページに行こう!! 読者のひと押しで作者は歓喜悶え間違いなし!!
感想はたった一言「えかった!」「いい!」「面白い!」「天才だ!」「悶えた!」など簡単でオーケー。末尾に!をつけるのがコツなのです。
その回の作品参加作者は必ず投票。QBOOKSの〈人〉としての基本です。文句言わない!

バトル結果ここからご覧ください。




Entry1
ロボットを買いに
コーゾー

秋晴れの日曜日――
何もかもが、つまらなかった。
学校の宿題やら、ピアノの練習やら、やらなきゃならないことは沢山ある。
いや、所詮はやらなきゃならないと誰かが勝手に決めたことだ。
その誰かさんは、今出かけている。やる気など起こる訳がない。
テレビをつけてみる。
日曜日の昼過ぎに、面白い番組などやっていない。
マンガを読んでみる。
既に5回ぐらい読み直した内容だ。
部屋の床に横になり、ぼんやりと天井の木目を見つめる。

そうだ、ロボットを買おう。

確か、秋葉原で売ってたはずだ。
僕はお年玉の残りを、机の引出しの奥から引き摺り出し、出かけることにした。
電車が秋葉原に到着すると、改札を通るのももどかしく、一目散に店へと向かう。
最初に見つかった店員に声をかけた。
「あのう、ロボットが欲しいんです。」
「どんなものをお探しですか?」
「とにかく凄いのを。」
「それならこれなんかどうでしょう?」
店員が指差す先にロボットがあった。

――身長57メートル。
――体重550トン。
――100万馬力。

僕の理想のロボットだ。
「これにします。いくらですか?」
「7800円です。」
「7800円? もうちょっと負けて欲しいなあ。」
お年玉の残りで十分足りる額だったが、念のため値切ってみた。
「お客さん、こんないい品、他の店じゃ置いてませんよ。」
確かに店員の言う通りだ。彼は続ける。
「あったとしてもこの倍くらいはしますって。現品1台限り、早いもん勝ちです。」
「うーん、じゃ、買います。」
僕はお金を払い、ロボットを持ち帰ることにした。
配達もできるが、送料を払うのがもったいなかったのだ。
必死の思いでロボットを抱えて電車に乗り、家に帰り着いた時には、僕はへとへとだった。
でも、僕は一早く動かしたい気持ちで一杯だったので、早速包装を解き、ロボットを段ボール箱から出した。
新しい塗装の匂いがする。
コックピットへと潜り込み、スイッチを入れると、心地良い振動と共に、ロボットが動き出した。
レバーを引くとロボットがゆっくりと立ち上がる。
ロボットの頭が屋根を突き破り、その拍子に、僕の家はバラバラに壊れてしまった。
完全に立ち上がったロボットのコックピットの中で、僕はモニターの画面越しに地上を見回した。
そして僕は――

破壊の限りを尽くした。
殺戮の限りを尽くした。
瓦礫となった街をビームで焼き払った。

そう、これが僕のやりたかったことなんだ。

                             おしまい


Entry2
アリ
BER

子供の頃、僕は虫が好きだった。
たいがいの男の子はそうであるように、夏にはカブト虫を捕まえ、鈴虫をかごに入れて鳴き声を楽しみ、春にはテフテフを追い回した。
今でもあの頃の情景が目に浮かぶ。
もう今は舗装された、田圃や小川。思い出しただけで、もう戻れないあの一瞬だけの記憶に涙することもある。
僕は虫が好きだったが、虫を殺すのも好きだった。
カマキリの首をちょんぎったり、丸虫を逆に曲げて潰してみたり。ただ、好奇心から虫を何匹も殺した。
特にアリは沢山殺した。
アリは沢山いるからね。
行列に足を押し付ければそれだけで、何十とゆう数のアリがもがいて死んでいく。
まぁ、子供ほど残酷な生き物はないというが、、今から思えばいっぱい殺したなぁ。

長いアリの行列を見ていた。
このアリんこたち。天国での生まれ変わりルーレットで惜しくも抽選漏れにてアリなんかになってしまったんだろうな。
あと、ダーツの矢がもう2ミリほど左なら、反町君に生まれ変わっていたかもしれないのに。
そう思いながらアリを見ていると、一匹のアリの存在に気づいた。
そのアリは触覚をしきりに動かしてはいるが、じっと動かず、僕の方をみていた。
一体コイツ、何を考えているんだろう・・・。
僕を睨みつけて、恨んでいるのだろうか。
それとも、天国のルーレットで、僕と、アリと人間の権利を奪いあった奴なのかもしれない。
コイツは敗者でアリになってしまったんだ。
僕は人間。そう。あのダーツのほんの少しの差で僕はお前を簡単に殺せる立場になってしまったんだよ。
そのアリはしばらく僕を見つめてたが、やがて行列の中へと帰っていった。
あきらめたんだろうな。きっと。
仕方がないじゃないか。君はアリなんだもの。
その後、僕はそのアリの巣に水を流し込んだ。
涼しい夏の思い出。


Entry3
3D-Internet の旅。
Taka-Ok

「ねえ?WARPしようよ」アーケードを歩く僕は、さっきの電車の車窓にあったCMを思い出した。「たみ?ワープしようよ」みらいは電話の中で言う。

僕はみらいを見つけた。アーケードの屋根の下から、みらいの歩いてくる曇り空が見える方へ歩く僕を、みらいは見つけた。

「たみ?待った?」「ワープしてたから」「あるの?」「3D」「どこ?」「CMんとこ」「CM?」「いいから行くぞ」

3mを選んだ。Gっつのcameraと光。
WARPROOM。internet3D。2012年1/12日Open。このショップ、3Din3Dは彼女も僕も初めて。

スタッフから受け取った携帯を持って、向こう側と日本語で喋る。「もしもし?」

「ヘルプの時だけお使い下さい」「どうやるんですか?」

「携帯を通さずお話されますと、その内容がスイッチとなりますので、光によって構成される像とお話される事ができますし、オンラインの複数の3Dの中から選ばれたURLの光はコピーですので本物ではありませんが、お客様ご自身の光はOnLineによってMixできます、その場合も・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なんか言ってる?」「とりあえず簡単だよ、3Dなだけだから」「たみ、ごめんトイレ行って来る」

とりあえずONするか。

「ひまぁぁああ/URL」
とっさに一言いってみた。

おおっ。
僕は心の中で言った。
まあ、飛ばないんだけど。
風景だけが出た。たみの居る場所がコピーになった

「変わった」みらいが入って来た。

「どこだ?これ」「自分でわかんじゃん、なんて言ったのか」「ひまぁあああ」「バカじゃん」「だよなぁ」「で何処なのここ」「わかんね」「部屋じゃない?人居ないね」「生物設定はしてないから」「音楽なってる」「なんか、そのまんま、ひまぁああ!っぽいな」「もーいいよ、あたし決めていい?」「いいよ」
「/ゆーあーるって最後に付けて言えよ」

「ひまあ/URL」

「変わった?・・・

・・・・おんなじじゃん」

「あそぶなよ」

検索そんなにないんだろうな、URLをひまってしてるやつ。
僕は携帯をかけて、聞いた。
「URLは来るの分かりました、後これだけですか?文字ってないんですよねぇ?
確か8個の立方体の部屋の各々の角のカメラで構成分かるんで、今の僕達の部屋もネットにアップできるはずなんですけど、どれですか?」

「ありがとうございます、生物設定をオンにされて、小説モードにされますとお2人の動き等がアップされます。その場合は・・・・・」

「ワープできねえのかよ、書いてあったよ電車に」「そんなのできるわけないでしょお馬鹿じゃないの?」「いいからちゃんとしたの出そうよ、もらえるやつ」

コピーのコピーを繰り返して、ネットがダウンしない状態で、お互いが同じその目的でコネクトする。それをトライするサーファーが増えている。もちろん人間はワープなどできない、けど部屋の物を持てた、とか部屋の電気を消せた、とか等々、その当事者達は主張しているって記事が、雑誌や従来のネットで流れてきている。

「あるわけねえよなぁ」

後10分で区切りだ。とりあえずわかんねえな。

「たみ!もう終わり?出る?」「・・・飯食おうか」

みらいは3Dで何処行きたかったんかな・・・

僕は歩きながら考えた。

オンラインで、もの凄く早くなればお互いの空間を共有して文字がゼロ1でデジタルで、声がデジタルで復元される様に、8個角で立方体のデザインをLANして、カメラで3Dで同じソフトWARPで構成を同期させてまず、生物設定オフでURLだけこっちに出しておく。コネクト先の利用者が生物設定オンで僕のURLを出してから、こっちを生物設定オンにする、すると相手側にはコピーのコピーが出てくるから・・・・・・

「あぁあわかんね」

「なぁに?」

デマだよあれ!電車のあの雑誌の、WARPソフトの宣伝、むかつくよ、意味が良く分かんねえし、3Din3Dあの店もいまいちだった。


Entry4
雪景色
ヒロユキ

外は雪景色、僕は学校へ行く電車に乗っていた。雪はしんしんと降っている。空はどんより雲っていた。雪は当分やむ様子も無い。静かにしかし確かに降っていた。 ゴトン,ゴトン,電車は静かな町を震わせ響かせ走った。限りなく走った気がした。いつからだっただろう。外を見ると見知らぬ町にきていた。電車を間違えただろうか?いや違う確かに僕はいつもと同じ電車に乗ったのだ。ふっと辺りを見回すと誰もいない車掌さんさえもいない。電車の中は僕一人だった。単線をどんより暗い雪景色の中僕一人を乗せて電車は走った。ゴトン,ゴトン、電車は止まる様子もない。                                    ここはどこなのだろう。こんな事,こんな所現実的にはありえない。そうかここは心の世界。自分の心の中なのだ。ならば僕はどこに向かって走っているのだろう。僕は電車の先に行って前を見た。だがレールは田舎の畑に白く降り積もった雪の中を果てしなく伸びていてどこに行くのか分からない。当たり前だ先が見えるはずも無い。これは僕の心の中なのだから。僕は訳も無く電車の汽笛を鳴らしていた。訳も無く,?                                (僕は現実世界が嫌で逃げてきたのだろうか?そうすると、誰にも頼ることができない僕は辛い人間だ。こんな暗闇に入ってくるほどに)
 遠くを見ると何軒も家があった。どの家も白く降ってくる雪の中に暖かそうに建っている。僕を招いていた。僕は窓ガラスに張り付いた。電車から降りたい。だけど窓ガラスを通り抜けれるはずも無かった。電車が僕を妨げていた。外は雪と一緒に醜く冷たい風が吹いていた。出れるはずも無いこんな風に僕は耐えれないもの。そうこの電車は僕を守る砦だったのだ。薄汚れていて汚い電車。このまま僕はどこに行くのだろうか?18歳という年齢が世界を押しつぶしていた。         ゴトン,ゴトン、外を見るといつもの町だった。電車は日常を走っていた。そこには都合のよい神様いない。どうしようもない白くむなしい悲しみが絶え間なく降っていた。 


Entry5
空色の塵
朝霧

世界なんてたいそれた物じゃなくて、世界にたった一人の大切な者を守りたかった。
でも、その大切な者が随分前に失ってしまっていたら。
僕は、自分の命をとして何を守ればいい?

昔、大切な者を守れなかった。
その懺悔感から、世界を救うと言われるヒーローになった。
真っ黒な夜空に向かい、宛てのない溜息を吐き出す。
苦味を帯び毒見を含んだ空気は、世界の終わりを如実に語っていた。
進んで名乗り出た物の張り合いのない任務内容にいい加減うんざりしていたその時だった。

ある朝、なかなか明るくならない空に不審を覚え、外に出た。
底の知れない真っ暗闇の空から、塵が降ってきた。
半分透き通っているそれは、僅かに薄青色をしていた。
−こんな時期に、雪?
手に乗せて、繁々とみると綺麗な空色をしていて、空の破片かと思った。
異常な位に、降り積もる塵はミステリアスな雰囲気を漂わせていた。
暫く、呆然としていると目の前に小鳥が落ちた。
慌てて近寄り、手に乗せてまじまじと見てみると息は途絶え死んでいる。
不運だったのだと自分に言い聞かせていると、バサバサ空から降ってくる。
再度、辺りを見回し愕然とした。
この塵は、確実に害がある。
遅すぎる自分の認識能力に唇を噛み締め、気づけば走り出していた。
ポケットに手を滑り込ませ、政府に連絡をと携帯を手にとる。
短縮アドレスの1番に、電話をかけて暫く待つ。
繋がらない。
何度繰り返しても同じで、途方にくれる。

「・・・一人じゃ、何もできないくせに」

自分の不甲斐なさに、歯軋りをする。
その間にも、空からは鳥達が落ちてくる。
何も守り抜けないくせに、何がヒーローだ。
手元の壁を叩きつけ、自分に罵声を浴びせていた。

「また、何も守れないじゃないかよ」

次第に、涙が溢れ頬を伝い落ちる。
昔と何も変わらない。
ヒーローになっても昔と同じじゃないか。
無言のまま、壁を叩きつけていた。

「幸人」

ふと、後から自分を呼ぶ声がする。
振り返ると、昔死に別れた彼女が悲しそうに笑っていた。
掛けたい言葉が沢山あるのに、でてこない。
目を擦りながら、彼女を見ているとすっと手が伸びてきて顔を包むように覆う。

「大丈夫。幸人ならできるから」

ね?

彼女は微かに笑う。
軽く背を押される感触に一歩前に踏み出し、後を振り返るともう誰もいなくなっていた。
だけど、背中に残る感触は確かな物だった。
空色の塵は灰色になり地面を覆う。

−僕がやらなくちゃ。

空を睨み上げながら、僕は走り始めた。


Entry6
駅前〜よしおとサブ〜
洗面ライダーV3

「あ〜、おわった〜。部活」   「いや〜、今日はきつかったな。」
「そうだよ、なんだよあの監督よ〜。ちょうしのんじゃね〜ゆぉ」
「ながさわっつたか・・・。あとでしめとくか・・・。」
「・・・・・・・・」    「・・・・・・・・・・・・・・・」
 「いや、でも最近ヨお」        「ん?」 
「なんか政治とか大変そうだよな」     「ああ・・・・・・」
  「・・・・・・・・・・」      「・・・・・・・・・・・・」     「まあよ、あの、なんだ。あのむねお・・・だっけ?」
             「ああ、坂田みたいの」
「あの、なんだ。あれ、その〜、あの・・・高齢化の荒波を感じるよな」                「そうか」
「ああ。お前、あれだぜ、お前、その、いろいろあるぜこれから」
 「なんだ、やれ民営化だ、やれゆとり教育だの・・・・なあ」 
               「そうだな」
  「絶対評価の壁を感じるよな」     「ああ、もろにな」
「まあ、俺たちが大人になるころにゃあな。そりゃあ、なにかな・・」                 「んだな・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」   「・・・・・・・・・」
「・・・・・お前、あの、例の彼女とはどうなんだ?」「ああ、別れたよ」
   「わきゃれとわああ!!!???なにゃをかんがえでんだ?」 
             「いや、だってさ・・」
      「お前、おんまえ〜〜!もうほんとにおまえはもう〜!」                「な、なにが」
「おめはほんとに・・・もう・・そう簡単に・・お前は・・・もてるな」 
  「俺なんか、もう・・・イイサ」     「そうか(笑い」
       久しぶりだ。サブの笑った顔を見たのは・・。  
   「しかし、この夕焼けからすると・・・明日は雨だな」
「夕焼けの次の日は晴れなんだよ」「そんな馬鹿な。雨だァ」
  「適当だな。」 「適当とは何を!俺は常に世界の平和についてかなりの角度から考えてだなぁ・・・」
             「あ、電車きた!」
        「お、まじ?」   「ほら、急げ!」
  「やべ!定期学校に忘れてきた!」  「おい!切符かえよ!!」
  「ちょ、ちょっとまて!!」   「あ〜〜、乗り遅れるって〜!!」
     ・・・・・・・・・夏の空に夕焼け・・・・・・


Entry7
何も聞こえない状態
竹空

 何も聞こえない状態とはなかなかあり得ない。夜中ふと起きて目が覚めても冷蔵庫の音や外を走る車の音が聞こえてきてしまう。眠ってる間も大きな音で目が覚めるんだからやっぱりちょっとは聞こえてるんだろう。地球上にそんな静かな場所はないんだろうから、たぶん気絶するとか自分の方の理由で聞こえなくなることくらいしかないのだろう。
 いったばっかりか。一番前で地下鉄を無意識に待っている。やっときた。不快な音が近づいてくる。轟音が通り過ぎる時には目をつぶる。そんな時だった。目の内側が一瞬白くなった。何も聞こえない。目を開けると止まるはずの電車は暗闇にすっと消えていった。
 あたりを見渡すとだれもいなくて恐ろしく静かだった。足下にあっただれも拾わない空のペットボトルもそのまま。電車の来る気配は全くないので仕方なく階段を下りて改札に向かった。尻のうしろに手が伸びた。こんな時でも定期券はとおすのか、と入れようとしたすぐ左側に、無表情の駅員が立っていた。
 「ここを出れば二度と入れない。ここにいても電車はいつ来るかわからないが、来れば乗れる。どうするか。君の選択が切符のかわりだ。」
 無表情なやつだな。「で、電車はどこまで行くんですか。」
 「いけるとこまで」
 俺はとりあえず電車を待った。じっと見ていた足下のペットボトルが突然後ろに吹き飛んだ。
 きたぞ。よろめくな。


Entry8
The Sky is The Limit
韮補

「病んでるなァ……」
 真白い天井に手を伸ばしたまま、真白い天井を見つめた侭。
 ありったけの感慨を込めて呟けば、彼女は不審なものでも見るような目で振り返る。
「漸く自覚症状出た?」
 窓枠に手をかけたままの言葉は、心配より、哀れみと呆れの強い声。
 それはここへ来てから聞き慣れた。
「残念ながらそっちじゃないよ」
 寝転んだまま、彼女が眺めていた窓の外をチラと見る。狭い中庭に、ありふれた緑。手術着の数人の患者。子供達。
 いつもと変わらないのに何が面白いのかと思う。
 いや、もしかしたら何かがあったのかもしれない。自分があっさり見限ってしまったアルミの縁の向こうには、何かが。

「こう、さ」
 真白い天井に手を伸ばした侭、真白い天井を見つめた侭。
「届かないって判ってるから、手を伸ばす自分とか。
 内心、届いてもらっちゃ困るって思ってたりするのに」
 気がついたら知らないうちに、触れたいと思っていた。

「確かに病気ね、それは」
 いつもと同じ切り捨て方に苦笑して。

 そう、病気なのだ、多分。
 届かない天井に手を伸ばしてしまうのも、
 出られない筈の表へ出たいと思うのも、
 向こう岸の家族に会いたいと願うのも、
 それもこれも全部、きっと。

 だから、これもそうなのだ。

「好きです」
 真白い天井に手を伸ばした侭、真白い天井を見つめた侭。

「それで?」
 常と寸分違わぬ声が返って微笑して。促される先には何一つ準備してはいない。
 判っているから。
 届く筈がないと。

「それだけだよ」
 このベッド以外には何もない部屋には、それ以上の言葉はあてがわれない。
 消毒薬臭いと大好評の部屋には、これ以上、人間じみた台詞は吐けない。
 伸ばした侭の手は近く、天井は願った通り遠い。
 それでいい。
「病気ね」
 呟く彼女は見えないけれど、きっと常と寸分違わぬ無表情。

 急に取られた天井へ伸ばした侭の手は、取った手の向くままに彼女に着いて。
「だから早くその病気治しなさい」
 驚いたのは、その予想と違う言動で。

 手のひらに柔らかい感触と、

 さっき言って、
 手のひらに触れて、

「そしたら」

 今離れた口に乗る言葉と。

「続きは私が用意しといてあげる」

 また来る、とそれだけ言い残していった彼女を呆然と見送って、それで。

「……こりゃァ、病んでばかりもいられないな」
 アルミの縁の外、青い天井に、ありったけの感慨を込めて呟いた。

 留まるところがない、
 青天井が待ってる。


Entry9
雪光
だぎー

毎年、可奈が欲しがる誕生日プレゼントには殆ど高価な物は無かった。

病室の窓から1本だけ見える柿の木の枝は凍り付いたように白く、まるでグラニュー糖を振り掛けたお菓子のようだった。枝は病室内を覗き込むように向いている。

陸は廊下で看護師に遊んでもらっていた様子だったが、駆け足で戻ると可奈の編んだマフラーを私に差し出して、ポケットから蜜柑を取り出し可奈の腹の上に放り出した。

「こら、陸!やめなさい」
案の定、可奈は気付いて目を覚ました。その窪んだ目の縁が、28歳の身体を蝕む氷のような現実の避け難さを如実に私に語りかけてきた。
「・・陸。・・・だめでしょ。」
彼女の衰えしわがれ始めた声に応じて、陸は普段の倍くらいの大声で
「ママぁ!みかん食べなさい」
「こら、陸!」

先週ICUに入ってから陸の大声で周囲の患者に気を遣う苦労は減ったが、その分一日20分だけの面会時間になり陸も母を欲する行動も幾分露骨になってきたようだ。
容態が良化する気配は一向に示さなかった。

「だって、元気ないとね、先生に叱られちゃうんだよ」
「・・ママ、幼稚園行ってないから先生いないの。大丈夫よ」

面会時間中ずっと纏わり付いていた陸に気が散って、聞くべきことをすっかり忘れていた。自宅に着くと私は可奈に頼まれた物を探すべく、スポーツ用腕時計のカタログを眺め始める。色は私が勝手に決めて買うことにした。

その2日後に、可奈は死んだ。
宣告されていたものよりも1ヶ月早かった。

呼吸器を取り外す看護師の腕時計を眺めていた。悔やみの文句を語る主治医も、カーテンに映る柿の枝の影も、深夜の病室にひしめく人々に気付かず眠る陸の姿も、全てがやけに鮮明に見える。息子には決して涙は見せないと誓っていたのだ。

朝、陸に荷物を手渡された。翌日渡す予定だった誕生日プレゼントの腕時計を見つけたようで、外のリボンが解かれていた。
「陸、あのな。・・ママ、死んじゃったんだよ」
「・・しんじゃったんだ・・」
案外の答え過ぎて私は動揺した。早朝に駆けつけた父や母も、その陸の言葉には絶句していた。

現実を直視させるには、あまりにも幼過ぎる・・・・・

カーテンが開き、窓から白い光が差し込む。雪が降っていたのだ。
隣のナースセンターからの扉が開き、忙しない物音が室内に響く。
静寂に包まれた瞬間に、彼は可奈の傍にいた。

「ママ、いつまで寝てんのさぁ。朝だよ!」

柿の枝は、いつしか全く見えなくなっていた。


Entry10
189
ミツバ

外は夜。

真っ黒で柔らかい空が街を覆っている。遠くでキキー、というブレーキの音と、がしゃんという音が聞こえた。
けれどそんなの素晴らしくどうでもいいことだ。

「ターコ」

親指みたいに太いフライドポテトに塩をかけながら目の前の男が言った。油でべとべとの指。それをペロリとなめる仕草は私の吐き気を誘う。食欲がないのは、煙草と、寝不足と、乾いたコンタクトレンズのせい。ビタミンの錠剤やゼリーだけで暮らしてみようと試したけど、どうしてもアンチョビたっぷりのピザが食べたくなって断念した。一ヶ月前のことだ。

「ピザなんて嫌いなのにな」

なんか言った?口をもごもごさせながら彼は言った。私は何も、と言ってから、テーブルの端に置かれていた紙で何か折ろうと思い、けど、やってみても何も作れなかった。手順を覚えていないのだ。ちゃんと作れるのは紙飛行機くらい。それにしたって素晴らしく飛びそうにない飛行機だ。まあ、大衆向けレストランで紙飛行機を飛ばしたって甲斐もないけれど。

「ちょっとかしてみろよ」

そう言ってパパパ、ときれいな鶴を折ってしまった。私は悔しくてむっつりした。なんとなく腹は立つけど、私の折ったヘロヘロの飛行機より全然飛びそうなよくできた折鶴だった。尖った羽根を一生懸命にはばたいて。よくできました、ごほうびは彼の食べ残しのポテトのかけらですよ。くそくらえ。

「あいつ、遅れるってさ」

私は折鶴ひとつ折れないからって悔しくて泣いたりはしない。お腹が空いて空気は冷たくても夜が優しく包んでくれる。夜が私に愛想をつかしたときは紙飛行機にメッセージを書いて飛ばせばいいだけのことだ。

「事故ったって」

ぐだぐだ考えるのが嫌になって、煙草に手が伸びた。

私はもうすぐ19になる。


Entry11
きみのポワゾン
模造人間P

 ふりかえる小さな蜥蜴の愛らしさ……歌うようにアヤカが言った。なんだいそれ? 蜥蜴は美しくふりかえり、時計の針は薄すらあかりをいそしむ。白秋の詩よ。気味が悪いな。見返り美人みたいで可愛いと思うわ。アヤカは薄桃色の舌を突き出してちろちろと動かす。やめなよ気持ち悪い。蜥蜴もキスをするのかな。アヤカの舌が入りこむ。洞窟を手探りするように口のなかであちこち動きまわる。ちろちろ……二つに割れた舌の先がまるで内視鏡のように洞窟の闇奥へと伸びていく。アヤカのモニターはなにを視ているのか。

 ナニかを呑みこんだ蛙はみるみる黒ずんで固まっていく。見開いた眼が血走り瞳孔は真赤に充血している。やがて身動きしなくなった蛙の口がゆっくりと開く。口は内部からこじ開けられている。ぬっとナニかが現れて、やがて胃液にまみれた全体が抜け出る。ナニかは、振り向きもせず、ゆったりと森奥へと消えていく。

 なんともグロテスクだな。あなたに似てるわね。それはどうも。二人はベッドに寝転び顎を枕にあててテレビをみている。朝のワイドショーからみつづけ、今は夜の八時から始まった動物アワーをみている。クーラーの冷気が裸に心地よい。今夜、鰐が食べれるわ。アヤカは枕元に食べこぼしたパン屑を払いながら言った。ああ、あれか。刺身にでもするのかな。背の半分ほど水に浸かり半円に円まっていた金盥の鰐。行きつけの店の親爺が食べにこいと言っていた。煮込みにするんですって。俺は遠慮する。わたし食べてみたいな。再び薄い舌がちろちろと入りこむ。絡まれた舌が真赤に染まっていくような気がして慌てて抜く。どうしたの? いや、なんでもない。パンだけじゃお腹すいたでしょ。ちょっと待っててね。キッチンに立った裸のアヤカをみながら煙草を喫む。ちくりちくりと、ほかに女ができたことを咎めている……アヤカ特有のさり気なさを装いながら。だから一日中、こうやってベッドにつきあっている。けれどそのあざとさが通じるようなアヤカではない。具体的に責めてこないのがなによりの証拠だった。

 ベッドに胡座をかいてホワイトシチューを食べる。具がほとんど蕩けて原形がない。よく煮込んであるからおいしいでしょ。食材には苦労したのよ。きみは食べないの? わたし? わたしはいいの。あなたのためにつくったんだから。そう……ところで、これなんのシチュー? 可愛いは、おいしい……わたしにふりむいてね。


Entry12
自転車A
シュート

 ペダルを漕ぐ。初冬の凛とした風が僕の肉体(からだ)を洗っていく。
「ブロロロロー……」
巨大なトラックが僕を追い越していく。何を運んでいるのかは知る由も無いが、僕にかすかな恐怖感を与えていったのは事実だ。
 ペダルを漕ぐ。排気ガスが僕の精神(こころ)を汚していく。いや、元々汚れきってるから、精神の底に溜まっていく……とした方が正しいのか。
 ペダルを漕ぐ。随分と高い所まで登ってきたようだ。僕の心は深く沈んだままだが。街があんなに小さく見える。ちっぽけな僕には丁度良いのかも知れない。そう思うと笑いが出てきた。精神はあれから泣きっぱなしなのに。表情なんて無責任なものだ。僕の気も知らないで、誰に構わず笑いかけている。
「こいつを殺してやったらみんなどう思うんだろう……」
表情(ボク)は笑っている。
「君の事がずっと好きだったんだ!」
表情(ボク)は笑っている。
「今は孤独(ひとり)になりたいんだ。あっちに行っててくれ!!」
表情(ボク)は笑っている。
「死にたい死にたい死にたい死にた死に死に死死死死……」
表情(ボク)は笑っている。
 一旦休憩しよう。ペットボトルを取り出して一気に飲み干す。渇いた僕の喉が潤っていく。僕の心を潤すことなく、ただ通過していく。タオルを取り出して汗を拭っていく。目の前を覆った時、拭ったのは汗か涙か……。
 ペダルを漕ぐ。頂上は見えない。本当に頂上はあるんだろうか。僕の人生に。あるとしてもそこまで登る事ができるのだろうか。死ぬまでの間に。
 ペダルを漕……げない。坂が急になってきた。しばらく自転車を押していこう。歩いた方が楽じゃないか。一歩一歩がやけに軽い。
「ブロロロロー……」
一台。
「ブロロロロー……」
二台。
「ブロロロロー……」
「ブロロロロー……」
「ブロロロロー……」
次々と追い抜かれていく。僕の歩みはそんなものなのか。みんなが僕を追い抜いていく。
 坂が緩やかになってきた。再び自転車に乗る。楽な方に楽な方に逃げる僕を止める術はあるのだろうか。自転車を乗り捨てようか。いや、こいつには世話になった。これからもずっと世話になるだろう。仮初めの技術や知識を頼るしかないのだ。才能の無い僕は。
 やっと頂上が見えてきた。あそこまで登りきれば後は坂を降っていくだけ。何の力もいらない。ただ重力に身を委ねるだけ。ただ世間に流されていくだけ。そして、永遠に続く下り坂を堕ちていくだけ……。


Entry13
大好きなあなたへ。
mk

毎日がとても楽しい。
仕事に行くとあなたに会えるから。
4月に人事異動があって、あなたのいるこの職場に配属された。

毎朝ちょっとだけ早く出勤すると机を拭いてるあなたが見れる。
パソコンの埃を払っている姿も素敵。
カウンターとかソファに雑巾をかけているのもセクシー。

まるで初めて恋をした中学生の時のようにあなたの姿を目で追って
あなたの苗字にトキメク。
なんか調子狂うよなあ。

しなやかに引き締まった肉食動物のようなカラダ。
あなたはとても見た目が美しいオトコだと思う。
他の人が出勤する頃には何にも僕はしてませんよって顔して
お礼を言われるのを恥ずかしがってるトコロも好き。

勤務時間が始まれば、誰よりも厳しく責任のある仕事振り。
そうだ、最初はその仕事する姿に惹かれたんだ。

「これ教えてください」
「あ、これですね、ここをこうして・・・・」

マウスを握るあなたの大きな手を見ていたら、触れられる事を想像する。
意外と日焼けしてるんだ。
私の胸はとても白いから、あなたの手に包まれたら綺麗なコントラストができる。
だめだめそんな事考えてちゃ。仕事、仕事。
ホントはあなたに質問する前にちゃんと調べてたんだ。
あなたの側であなたの声を聞きたかっただけ。

あなた意識してから私は変わった。
見た目がそれなりに美しい事はちゃんと自覚してるんだけど。
朝、ランジェリーを選ぶ時からあなたを意識してるんだ。

朝食を食べて、シャワーを浴びて、コロンを纏う。
近づかないとわかんないくらいほんの少しだけ。
そして、シルクのストッキングをガーターベルトでとめる。

ルービンシュタインの弾くショパンを聴きながら慎重にメイクを施す。
あなたが私を見るのは横顔だから、正面だけじゃなく横顔をチェック。
グロスを選ぶポイントは美味しいかどうか。
キラキラしてるところ見せたいからジュエリーも少し。
今日も完璧に支度が整った。

私の毎日がこんなにハッピーなのは、あなたがこの世に存在するから。
見つめているだけで蕩けちゃうのに触れ合ったらどうなっちゃうんだろう。

今日も頑張ってるあなたを見ると嬉しくなる。
でも頑張ってるあなたがため息をつくと哀しくなる。
何にもしてあげらんないから。

今日も終業時間後に、足がむくんでブーツが上がらないフリして
あなたと帰る時間をあわせてみた。

「今日帰りヒマだったらメシでもどう?」
「あ、はい。ぜひ!」

やった!どうしよう?!
まずは読み方のわかんない名前聞かなくちゃ。


Entry14
たけしの挑戦状
箱根八里

「オレの人生はこのまま終わるのか?なにかやらなければ……」
 財布を探る。持ち金ゼロ。仕方がないので生まれて始めてカツアゲというものをした。
 道に歩いているサラリーマンを3人殴ると、持ち金は4200円に増えた。警官も襲おうとしたが、殴り返されたのでやめた。その足で横町の居酒屋に行き、手当りしだいに酒を注文。4杯目で意識がなくなる。
 気がつくと自宅にいた。今では見る影もなくなった妻が話しかけてくる。
「あんた!どこで飲んできたの!安月給のくせに家に給料入れないで……」
「離婚しようぜ」
「慰謝料をもらうよ」
 妻はあっさりと離婚に応じた。オレは財布の中に入っていた280円をすべて妻に手渡した。
 もう一度自宅に入ると「ここはあんたの家じゃないよ」と言われた。そうだ、オレは離婚したのだ。
 給料をもらいに会社に行く。手取り20万。ついでに辞表を出してみる。50万退職金が出た。机を整理していると、同僚の机の中からへそくりが。10万円もある。有り難くいただいておこう。
 銀行に行ってみる。残高5万円。ローンを申し出たが、断られる。その足でこの前行った横町の居酒屋でイモ焼酎を注文。3杯飲んだところでカラオケでも歌いたい気分になってきた。
 十八番「雨の新開地」を入力。
「あ〜なた〜のた〜めな〜ら〜ど〜こまでもぉ〜」
 フルコーラス歌う。客から「いいぞ、ニイチャン!」の声。よし、もう一回歌おう。
「あ〜なた〜のた〜めな〜ら〜ど〜こまでもぉ〜」
「いいぞ!ニイチャン!」
 うはは、も、もう一回だけ歌っちゃおうかな〜。
「あ〜なた〜のた〜めな〜ら〜ど〜こまでもぉ〜」
「うるせェぞごるァ!いいかげんにしやがれ!」
 たちまち店の奥からヤクザが4人あらわれた。今までのオレだったら逃げていただろう。が、オレは酒の勢いも手伝ってか、出てきたヤクザを全員殴り殺してしまった。
(警察来るかな…)
 しかし、警察の代わりにあらわれたのは、一人の爺さんだった。
「ふぉっふぉっふぉ、そこの若いの、この紙をしんぜよう。」
 爺さんは、手に持った一枚の紙をオレに渡すと、どこへともなく去って行った。
 もらった紙を試しに5分水につけてみる。すると……
「宝の地図!?」
 ある南の島に金銀財宝が隠されているというのだ。オレは宝の地図を片手に空港に向かった。
 飛行機の中で、オレはスチュワーデスにセクハラしながら、億万長者になった自分を思い描いていた。
「わっはっはっはっはは!もう人生怖いものなしだぜ!」
 ドーン!
 目的地に着く直前、オレの乗っていた飛行機が何者かによって爆破された。
 なにがいけなかったのだろう……


Entry15
大人になりたい
春一番

 知る由も無かったと言えば、それで終わりなのだが、私にとってそれはただの、言い訳でしかありません。
 両手を握り締めて十年前、さかのぼれば私は六歳。君はと言えば四歳で、お互いまだまだ幼かったのです。泣き、喚き、ケンカをして、でもそれで良かったと思うんです、私は。だってそうやって、子供は大人になれると信じていたから。
一杯泣いて、一杯怒って、色々な気持ち知って。
 両手を一杯広げて十年後、私は十六歳。水泳部であの日と変わらず笑ってる。
君は十四歳。柔道部にも大分慣れ、背丈もかなり伸びたよね。力だってもう、敵わない。
 でも私は、最後のプライドで君に対して怒りをぶちまける。それなのに君は、笑うじゃないか。馬鹿だね、私は余計に腹を立てて、手を上げてしまった。
 君は何も言わない。私はそのまま部屋を出て、ドアごしに泣いた。どんなに泣いても、怒っても、もうあの日のように大きくはならない。何故だろう?何でだろう?
 部屋から鼻をすする音がした。君だ。そして、母の声が出てきた。
「またお姉ちゃんにやられたの?」
君は言った。
「俺、もう少しでやり返しそうだった。」
「やり返さなかったの?どうして、いつもやられっぱなしなの?」
「馬鹿言うなよ。俺の方が体はでかいんだ。」
「でも、やられっぱなしで悔しくないの?あなたは。」
「お姉ちゃん殴ったら、俺はもっと後悔するから。」
君はいつの間にか泣いていた。
そして私も。
私は手を握り締めていた。それは強く。
「ごめんね、早くお姉ちゃんも大人になるからね」
君の成長を、知る由も無かったと言えばそれで終わりなのだが、私にとってそれはただの、言い訳でしかありません。だから私は大人になりたい。 


Entry16
命の天秤
日陰 碧

『年々、平均寿命が高くなっている我が国では
 同時に少子化も進んでおり、高齢化社会として
 様々な問題が…』

感情のないアナウンサーが伝えるニュース。
自分の国の心配かと思いきや、次に伝えたのは他の国の状況やらなにやら。

 ___どいつもこいつも、しけた面。

僕は、また街を歩いた。
ニュースは、電気屋のテレビで見たものだった。
道行く人はみな、俯き加減だった。

街を歩く。

ただ、歩く。

別に、目的意識がないわけではなくて。
足取りははっきりしているさ。
少なくとも、嫌々会社や学校に行く人間たちとは違ってね。

「…ここ」

視線は、真横の少し古い建物。
白い塗装が汚れている。

みんなどこか、暗くて陰湿な空気が漂っていた。
まぁ、脳天気で明るい空気が漂っていたら
ここは病院じゃないだろうが。

大きな病院だった。
エレベーターのボタンを押して、扉が開くと
大急ぎで来たように、担架で人が運ばれていった。
その人は辛そうだった。
囲う人たちは焦っているようだった。

階段から上って、病室が並ぶ廊下は静まり返っていた。
また僕が立ち止まったのは、一つの病室の前だった。
一人の女性が、ベッドに横たわっていた。

誰もいない個室。
花も、見舞いの品もない。

まだ若い。
若いどころか、まだ少し幼さが残っている。
16歳ぐらいかな。

僕は、そ、と額にふれた。

「…逝くのかい?」

少女は一瞬微笑んだ。

「未練とか、ないの?」

少女は未練なんかないと言った。
一人でいる場所が変わるだけだと言った。

「そう、…お疲れさま」

僕は、少女の額に口付けて
少女だった抜け殻に踵を返した。

そこをあとにして
僕はまた歩いた。

今度は、同じような病院の前で足が止まった。

「…ここでいいかな」

さっきの場所とはうって変わって。
産婦人科だった。

そこに入った。
中は割ときれいだった。
まぁ、当然といえば当然かな。

いすに座る女の人たちは、お腹が大きい人そうでない人に関わらず
どこか美しく、華やかで、幸せそうに見えた。
そうでない人もいた。
不安そうな眼差しと、どうでも良さそうに雑誌を読む女の人。

そんな人たちを後目に、僕は廊下を歩いた。
生まれたばかりの子供たちがいた。
ガラス張りの壁に張り付くように見ている人たちもいた。
幸せそうに見えた。

「…強く、そして幸あるように」

僕は小さくつぶやいた。
でも、誰にも聞こえていなかった。
この言葉は、あの子たちに言ったことだから。
そして、あの子にも。
 ___大丈夫、今度は一人じゃないから。

どこかの部屋で、子供の産声が聞こえた。

僕は誰もいない、静かな公園に来ていた。

「うん?」

その子は聞いてきた。

「小さいのに、よく運命なんて言葉知っているね」

最近の子供番組は、教科書よりも難しいかもしれない。

「君がそう思うのなら、そうかもしれないね。
 でもね、忘れちゃいけないよ。
 すべてを運命だと、こじつけていたら
 すべての行動に意味も理由もなくなってしまうからね」

それは、生きていないと同じ事になってしまうから。

「うん、君と同い年ぐらいの子もいたよ」

確か、あの病院の女の子を送る前に。
6歳ぐらいの子だった。

「最近は、子供の方が多いみたいだ。
 不思議だね、昔は若い人たちなんて、滅多にいなかったのに」

時代が変わってしまったと言えばそれまでだけれど。
死亡率が低くなり、出生率も低くなる。

「…人が死ななきゃ、人は生まれないんだよ」

病院にいた人たちだって
病気に苦しむとはいえ、まだ生きているんだからね。

「さぁ、行こう。
 君を送ってあげる」

その小さな子を、また何処かの産婦人科に送った。

人は、僕を『死神』といい

人は、僕を『コウノトリ』という。

僕は命を紡ぐ者。


Entry17
「俺達にとっては多分意味のない、その言葉そのもの」
なかむらきみのすけ

「俺達にとっては多分意味のない、その言葉そのもの」

彼女がこう叫んだ。
「思ったとおり、あんたのせいで私は不幸なのよ!」
俺は彼女の隣でゆっくりとタバコを吹かしている。
しかし、女は酷いことを言うものだ。
おれの知っている限り、それは全ての女にあてはまる。
言い切られた言葉は凶器そのものだ。
気の弱い男ならばいたたまれなくなってここにはいられまい。
俺はタバコをもう一度ゆっくりと吹かした。
「そんなこと言わないで、まあ少し落ち着けよ。」
俺は彼女の言葉を思い出す。
思ったとおりだって?
一体全体俺が何をしたというんだ。
俺は女の言葉をいたって冷静にかわす事ができる。
しかしそれは思った以上に大変で、
並大抵の戦いじゃない。
わかるだろ?
もう終わりか・・・と何度も思ったが、
俺は踏みとどまってきた。
いよいよ殺し文句が出ることもあったが。
それでも控えめなやつにしてきたつもりだ。
何故かなんて考える事もあったかもしれない。
しかし、彼女にだっていい所はあるさ。
そうして俺を切り刻んできた数々の凶器を思い出し、
再び頭の中に住み着かないように追い出すことにした。
彼女の言葉。
どのあたりまで彼女は言葉を理解しているだろう?
彼女の口を飛び出して俺を破裂させる。
いたって単純にいつも通り、
彼女の脳味噌で反射して俺になげつけられる言葉達。
答えなど、俺が決めてやる。
それ自体はたぶん、
ほとんど意味のないことだ。
俺にとっても、彼女にとっても、
もうたいしたことじゃなくなっているのさ。

さて彼女のヒステリーもそろそろ収まったようだ。
俺達はいくらか気心の知れた仲だろ。
機嫌をなおしてまた仲良くしようじゃないか。
おまえのおかげでおれの懐も随分と大きくなったものだ。
俺はおれに満足しているのだけかもしれないが。

しかし、なにごとにも終わりがあるの。
わかるだろ?
俺とおまえにだって。
どちらもあまり、歓迎はしないがな。
俺はまたタバコを吹かして、
風向きが変わるのをまたなけりゃならない。
まあ、それまでは。


Entry18
ナルシスト・モデル
ミサト@

 私が今一番欲しいものはわからないけど、とりあえずなんとなく手に入れなかったらきっと3週間ほど後悔するだろうと思われるものはひとつあった。
年下の男の子の第2ボタンが欲しいだなんて、我侭だってことわかってる。
彼のボタンは今までに貰ったどの先輩の第2ボタンよりもくすんでいなくて、綺麗なんだろうってことだって容易に想像ついた。
「欲しぃな〜」
「言えばいいじゃん?」
「ありえないでしょ?」
友達はどうでもいいと言った風に返事をして、雑誌を読むのをやめたりしないし、それでも卒業まであと22日だって言う事実も勿論変わらないし、モヤモヤするのは私の心ばかりなんだよね。面倒くさい。
「いいんだ。ただちょっと可愛いだけだから」
フと彼が廊下で私に声をかけてくれたときのことを思い出す。私の顔を見て「あっ」と言って「どこかで見たことある」って呟いたんだよね。キミは私の昔の友達の弟の友達だから、きっとそこら辺でお会いしたんでしょう。

 そんなだけで、心に少し残ってるだけで、特別に想ってる訳じゃないんだよ。
硝子は曇ってて外の様子は見えない。ただ少し、灰色の空が滲んでいた。

 たった3週間くらい、我慢しようじゃないか。
キミのボタンなんてなくても私たくさん持ってるし、適当だし。
ただほんの少しだけ、胸が痛いのは、たぶんそう言うことなんだよね?
痛いのを痛いのを我慢して私、もう少しだけ大人になれるんだ。

 何か隣の友達に言おうと思って口を開いても、言うことを忘れてしまって半開きの口はみっともない。
そんな私にも気付かないで友達は雑誌の読者投稿ページの恋ばなを読んでる。

「でもさ〜ボタンとか貰ってもそのうちどれが誰のかわかんなくなんじゃん?意味ないよね〜」
何気なく私にそう言った友達の顔は本当に普通で、他意はないってことがよくわかるけど、その分少し切なかった。
卒業式の第2ボタン一つでこんなに悩む私は馬鹿かな?

本当に、少し切ないけど、ここでアンタに反論してもどうしようもないし、彼から使い古されていないボタンを貰ってもどうしようもないのは事実だし。

自己満足なんて、可愛いな〜と自分で自分を励ますと、やっぱりちょっとモヤモヤして、「世知辛い」などと可愛げもなく大人びた言葉を口に出してしまった。
特に気にした風もない友達は、ただ雑誌のモデルと自分を重ねるばかり。


Entry19
雪と、寝たふりと空耳と
ヒヨリ

 ちりちりと懐かしい音がしたので、夜の間に雪が降ったと判った。起きて外を確かめたくなったが、彼は我慢して寝たふりを続けた。

 彼はこの家に来たばかりの頃、毎朝の様に悪夢に魘されて起きていた。悩んだ末、追い出されるのを覚悟でパパ・レジィに打ち明けると、奥で遊んでいたザザが−−それ迄人見知りをして彼に近寄ろうとしなかったちいさなザザが、おもちゃを放り出して駆けてきて、彼の手を取って言ったのだ。大丈夫、大丈夫だよ、明日からは、怖い夢を見る前に私が起こしてあげるから、と。
 以来今日迄、ちいさなザザは彼の目覚まし係を立派に努めている。……ただ惜しい事に、彼女の起床時間は、彼のそれより大分遅かった。故に彼は、毎朝7時−−ザザが部屋に飛び込んでくるその時間まで、幸せな寝たふりを強いられることになったのだ。

 7時1分。遅いな。折角の雪の朝なのに。

 あれは、この地方には珍しく、雪の多い冬だった。初めての雪に大喜びのザザは、早々と彼を叩き起こして庭へと連れ出した。空は快晴で、世界は見渡す限りの白銀で−−眩しさと静けさの中、二人で手を繋いで庭中を歩き、至る処にビー玉を落として廻った。色取々のビー玉は朝陽を浴びて輝きながら、まだ柔らかい雪の中へ次々と吸い込まれていく。「何してんのさ?」振り向くと、慣れない雪掻きに奮闘するパパの姿を背景に、自分の背丈より大きなスコップを抱えたイレリが立っていた。「ひみつ!」満面の笑顔で叫んだザザに、短気な兄はぺしゃりと雪玉をぶつけた。たちまち始まった微笑ましくも壮絶な雪合戦は、ザザの嘘泣きとママ・トーヤの「朝御飯よ」の声でやっと終結を見、そして雪の中のビー玉は−−ビー玉は、どうなったんだっけ?

 7時5分。どうしたんだろう、ザザは。

 ああ、そうだった。雪解けと同時に、ビー玉たちは無事ザザの宝箱に戻ったのだ−−どうしても見つからなかった、唯一つを除いて。よりによってそれは、ザザの一番お気に入りの青いビー玉だった。膨れっ面で涙を浮かべるザザの顔を覗き込んで、彼は言った−−また雪が降れば見つかるよ、雪の中ではあんなに綺麗に光っていただろう?
 途端にザザは笑顔になった。
 −−そうだよね、ちりちり……って、音が聴こえるくらい、綺麗だったもんね!

 大丈夫、一人じゃないよ、とザザは言った。
 そう。ザザがいれば、雪も悪夢も怖くない。

 7時10分。パタパタパタ、ザザが廊下を駆けてくる。鳥の羽音の様に軽やかに。
 良かった。何だか、随分待った気がするよ。

 『ぉ は…ゥ、ち……さァ ナ、ざ ざ…』

 夜明けと共に巣に戻った老梟は、羽根を畳むとゆっくりと首を巡らし、部屋の片隅の『彼』に目を向けた。

 彼は、いつものようにそこにいた。
 崩れかけた壁に背を預けて座り、僅かに首を傾けて、埃を被ってそこにいた。

 色素の抜けた髪にも、緩く閉じられた瞼にも、白く干涸らびた唇にも、無造作に投げ出された手足にも、埃は均しく積もっていた。
 灰白色の雪のように。

 無人の廃墟にも朝は訪れる。
 破れたカーテンの隙間から差す淡い光が、彼の右手−−幾本かの指は欠けていて、錆びたコードの先が覗いている−−の中にあるものを、ぼんやりと浮かび上がらせる。

 ひび割れた、小さな青いガラス玉。

 老梟は眼を細め、頭を振って眠りにつく。

 ちりちりと、光の音だけが響く、雪の朝。


Entry20
携帯電話の悲哀
山本高志

 この世の全てのモノには、それにまつわる喜びと哀しみが必ず存在する。例えば、歯ブラシには歯ブラシに纏わる喜びがあるし、靴べらには靴べらに纏わる哀しみがある。だから世の中には挙げれば切りのないほどの喜びと哀しみが溢れている。
 携帯電話に纏わる哀しい話をしよう。携帯電話には着信履歴というものがある。たとえ用事があって出られない時でも、誰から掛かってきたかが、電話番号さえ知っていれば一目瞭然である。だから留守番電話にメッセージが残ってなくても、その番号に掛け直せば良い。
 ある日彼がアルバイトが終わって携帯電話を見てみると、着信履歴に番号が入っている。その番号に見覚えがあった。三ヶ月前に別れた彼女のものであった。まだ彼女のことが好きだった。別れた原因さえ判らなかった。
 今さら電話を掛けても仕方ない。そんな思いが浮かんでくる。掛け直すことに躊躇いがあった。でも、もし遣り直したいという電話だったら・・・。その期待が電話を掛けさせた。
 発信音が、緊張している心臓の鼓動と同じように響いてくる。十回目の発信音で切ろうとした九回目。聞き覚えのある声が受話器から聞こえてきた。
 「もしもし…。」
 相手も携帯電話であったから、勿論誰から掛かってきたのかは判るはずだ。誰だか判っていて、電話に出ているのだろう。そう考えるのは至極、当然のことである。
 「誰?」
 彼女は、そう言った。自分からさっき掛けているのに・・・。戸惑いを感じながらも名字を名乗った。
 「えっ、判んない。」
 本当に気付いていないのか、わざとそういう態度を取っているのか、分からない。苛立ちを覚えながらフルネームで答えた。
 「何か用なの?」
 素っ気ない態度で、自分が電話を掛けた素振りも見せない。
 「着信履歴にあなたの番号が入っていたんだ。」
 「何時頃?」
 さっき見た着信履歴を思い出してみる。
 「九時半頃かな。」
 電話の向こうからは何も応えて来ない。聞こえるのは沈黙だけだった。なぜか気まずい雰囲気が漂った。まるで甲子園球場の一塁側スタンドにただ独り座る巨人ファンのように居心地の悪い気がした。自分が取り返しのつかない失敗をしてしまった不安に駆られた。
 「もしかしたら間違って掛けたかもしれない。」
 ようやく出てきた彼女の言葉は混乱を招いた。いったい誰と間違えたというのだ。頭の回線が無理やり入れ替えられてしまったような気がしてきた。上手く自分の考えと現実が繋げなかった。
 「そうなんだ…。判った。」
 何も判ってはいなかった。だが、電話は既に切ってしまった。彼女は何か言いたかったのかもしれない。それは聞かれることなく、繋がりは断たれてしまった。
 彼女は遣り直すつもりで電話したのかもしれない。でも結局、相手は出なかった。出たくないから出ないのだと彼女は考えた。それなのに、いきなり向こうから電話が掛かってきた。
 彼女は驚いて、動揺してしまって、思っていたことを素直に言えなくなってしまった。そして、誤解されたまま電話を切られてしまった。気持ちを伝えたかったのに、何一つ言う間もなく電話は沈黙してしまった。
 もし、彼女が電話した時に出ていれば、二人は上手く遣り直せたかもしれない。
電話に出られなくても着信履歴がなかったら、電話は掛け直されることはなく、彼女は勇気を出して、もう一度電話をすることが出来たかもしれない。
 でも、二人は遣り直せなかった。何がいけなかったのだろう。誰が悪い訳でもない。誰にもどうしようもなかったのだ。
 そんな哀しいお話です。


Entry21
悪魔3連発
満峰貴久

T
 突然、男の目の前に悪魔が現れた。
「呼んだのはおまえか?」悪魔は、腕組みをしてそう言った。
「な、なんですか、あなたは、私はあなたなんかを呼んだ覚えはありませんが」
「なに?」悪魔はすごい形相で男をにらんだ。しかし、男の部屋をギロッと一瞥すると「気をつけろ」と言ってあっさり消えてしまった。
 男は抜けそうになった腰をさすり、まだ激しく鼓動している胸を抑え、悪魔に悟られないことを願って、心の中で叫んだ。
「目やになんかつけて、寝ぼけんな」

U
 突然、男の目の前に悪魔が現れた。
「呼んだのはおまえか?」悪魔は、腕組みをしてそう言った。
「な、なんですか、あなたは、私はあなたなんかを呼んだ覚えはありませんが」
「気にするな、これは人前に出たときにするお約束の挨拶だ。実は、他所で仕事をしていたのだが、その依頼主が途中で死んでしまってな。聞いてやる願い事が一つ残ってしまったのだ。たまたま近くにいたお前の生年月日が一緒だったのでここに来たのだ。これはサービスだから心配するな。帳尻を合わせておかないと帰ってから色々うるさいのだよ。魂はもう手に入ったからお前には何の危険もない。さあ、最後の願い事を言うがよい」
「困ったなあ、いきなりそう言われても、心の準備もなしに」
「早くしろ、せっかく手に入れた魂の鮮度が落ちてしまう」
「わ、わかりました。それでは、富と財宝が欲しいのですが」
「よーし、わかった。じゃ、ここの三つ目が空欄になっているだろ、ここに判子を押して」そう言うと悪魔は契約書のようなものを突き出した。
 言われるままに判子を押すと、白煙とともに悪魔は消えた。

 なにも起こらなかった。富も財宝もなにも現れなかった。男はしばらく考えた。
「まさか、願い事を聞くだけって事じゃないだろうな。叶えてやるとは一言も言ってなかったし、そんなうまい話、あるわけないよな。でも、あの間抜けな悪魔、今頃怒られているだろうな。私の押した判子と、前に押してあった判子の名前、全然違ってたから」

V
 突然、男の目の前に悪魔が現れた。
「呼んだのはおまえか?」悪魔は、腕組みをしてそう言った。
「な、なんですか、あなたは、私はあなたなんかを呼んだ覚えはありませんが」
「なに」と言って悪魔は懐から取り出した手帳を見ると、「あ、すまん、間違えた」と言って消えてしまった。
入れ替わるようにして現れた死神は、無言のまま『カシュッ』と大鎌で男の首を刈った。


Entry22
許し〜請うその心
秋来治樹

 僕は個用シェルターにいる。
 保存人間だ。

 この世界が過去なのか未来なのかわからない。けれど僕にとっては現在だ。
 そしてこの現在は、考えが統一された世界だった。
 まるで気の合いすぎる双子のように。
 でも皆が皆同じなワケじゃなく、稀に、本当にごく稀に「自分の考え」を持つ者が生まれる。
 そしてそれが認められた時、そいつは保存される。
 世界は統一を好いているわけではなかった。
 証拠に、「考え」が異なる人間を嫌い、排除するわけではなく逆に、そいつの考え、そいつ自身を「保存」するんだ。
 何かのためになるように。

「―――依捺、食事よ」
「ありがとう、明」
 言って、扉を開ける。
 丁度肩辺りで二つに結った髪。薄い一枚着はココの使用人独特の服だ。
「やっぱり、ドアを開ける前に言うのね。『普通』は人の姿を確認してから言わない?」
「面倒だよ、明」
「それに何度も人の名前を呼応したりしないわ」
 白いプレートにのせられた食事は彼女の手に持たれたまま。
 思わず腹の虫が鳴りそうになり、腹部に手を当てる。
「あら、ごめんなさい。私ったら…」
「いいよ。いつもありがとう、これからもよろしく、明」
「う〜ん、これからの事なんてわからないわよ」
 はい、と手渡され、彼女に背を向ける。
 扉は「外」にいる人が閉めるルールだ。
「用が済んだからってさっさとそっぽ向かないでよぉ。ま、いーけどね」
 いーならいいじゃないか。
 言葉にはせずに、扉の閉まる音と、食事が積まれたワゴンが通り過ぎる音を聞いた。
 また、部屋が静寂に包まれた。
 
 カチコチ
 カチコチ
 カチコチ
 静寂の中に古時計の秒針の音が良く響く。
 僕はこの音が好きだ。
 仄かに残るさっきの食事の匂い。プレートは部屋のシューターで戻すことになっていた。
 また何もない部屋。いつもと同じ。
 でもこの部屋のどこかにはカメラが取り付けてあるはず。僕の意を抜くどこかに必ず。
 そういえば、僕が「統一された考え」になったらどうなるんだろう。

『依捺は”否”なのよ』
『だてそうじゃない?』
『考えが違うもの』
 煩い。

「出せよっ!! 出してくれっっ!!」
 いくら扉を叩いても開かない。いつもならすぐ開くのに。
「出せ!! もういやだっっ!!」
 響く声。五月蝿い音。痛む手。
「出せよ!!」
 カチコチカチコチ
「出してくれ・・・・」
 カチコチカチコチ

 個用シェルターにいる僕は、保存人間だ。
 例え、壊れていようとも。


Entry23
漂う不
文コアナ

「過去に戻れるとしたら、あなたは何処にいきたいですか?」
そう、鏡に映る自分に話しかけて女は突然笑い出した。

このところよく眠れないせいか肌は荒れ放題、目の下のクマをなでながらつぶやいてしまった一言。私からの無意識の問いかけ。
私の口から出てしまった意味のないどうしようもない言葉に笑いがもれる。でも。
でも、ずうっと心にいるこの不安感。
ダイエットしているのに今日のお昼に食べたカツ丼。友達から届いたメールを三日間もほったらかしにしていること。無理を言って直してもらったカメラのお礼をまだしていないこと。全部が原因のような、全部が関係ないような。
鏡に映る私を見ながらいつもの場所に手を伸ばして・・・ああ、タバコが無くなりそう。人差し指をケースの中に突っ込んでみると、いつの間にか最後の一本。時計を見るともう夜の12時はまわっていて、もう自動販売機は閉じてしまった。
なんとなく不安の原因をみつけてほっとして、でもタバコの諦めはつかないままソファに深く沈んで、最後の一本に火をつけた。指の間から漂う煙を見ていて、違うと感じた。
この不安感はもっと別の所から来ている。「私は何処に行きたいですか?」
過去には戻りたいとは思わないけれど、確実に存在する過去に安心を感じる。もう、過ぎた時間に不安は存在しないのかもしれない。

女はソファに横になりタバコを吸っている。不安を追いかけ不安になり、でも女は不安と寄り添っていることに一番の安心を感じているように見えた。最後のタバコを丁寧に指が熱くなるまで短く吸い、灰皿に押し付けて話し掛ける。「私は何処に行きたいですか?」


Entry24
疼き
みずたま

 「暑い。」
 ミカが言った。
 「っついねー…。」
 あたしも呟くようにそう言った。
 
 校舎にもたれかかるように座って、あたしは空を見上げる。
 これでもかというくらいの日差しだ。
 汗がじっとりと肌を湿らせる。
 額の汗を手の平で押さえながら、そっとミカの方に目をやった。
 ミカは唇をちょっと開いて、ぼんやりとどこかを見ている。
 その頬は少し上気して赤らみ、しっとりとした肌は艶がある。
 ミカの長い髪が汗で首にからみついているのを見ると、あたしは体の奥の疼きに 気づく。
 
 「ね、夏休みどっか行く?」
 ミカが言った。
 あたしはミカの制服のリボンの先にある膨らみをそっと見つめながら、
 「ん〜いまのとこなんも予定ないよ。」
 何食わぬ顔で言った。
 触れたい。
 膨らみの下、ほっそりとしたウエストからスカートへのライン。
 スカートの裾から覗く膝。
 やわらかそうなふくらはぎ。
 前髪を掻き上げるようにしてあたしはじっくりと視線をはこぶ。
 
 「私も予定なし。あ〜あ、彼氏でもいればなぁ。」
 そう言いながらミカが少し脚をひろげた。
 あたしはスカートの奥にある彼女の体を想像しながら、
 「そだねぇ。寂しいねぇ。」と囁いた。
 
 事実だ。
 好きな人のそばにいるのに、触れられない。
 こんな寂しいことがあるか。
 ミカが好きだ。
 彼女の胸の膨らみ、それに手を伸ばして唇で触れたい。
 そこからくびれたラインにそって舌を運んでみたい。
 つま先からふくらはぎ、太股の付け根までそっと指でなぞりたい。
 体の奥からあふれ出る感情を抱きしめながら、あたしは目を閉じた。

 「ね、休みになったらさ、一緒に海に行こう。」
 ミカが言った。
 あたしがそっと目を開けると、ミカがこっちを見ていた。
 あたしはふっと笑って、
 「いいよ。行こっか。」
 とミカに言った。
 「よし。じゃ、いまから買い物いこ。水着でも見に行かない?」
 ミカはニコッと笑って、少し伺いがちにこっちを見ている。

 ミカはかわいい。
 そばにいたい。
 イヤだと言われたって離れるものか。
 
 「いいよ。行こう。」
 そう言いながら、あたしは立ち上がり、ミカと歩き出す。

 あたしの気持ちを知ったらミカはどう思うだろう。
 ミカを愛している。抱きたい。
 いや、むしろもう気づかれているのかもしれない。
 そうだったらいいのに。
 あたしはいつか、ミカを抱くだろう。


Entry25
新月の散歩道
3月兎

 新月の深夜は、いつも決まって外に出る。
 行く場所があるのだ。
 マンションを出て細い路地を入ると、年季の入った小さな商店がある。表に並ぶ色々な自動販売機は見栄え良く、電飾もカラフルだ。その角に押し込まれるように小さく古ぼけた自動販売機がある。種類も少なく、商品部分だけがひっそりと明るいそれは、随分と旧式で今でも百円ワンコインで買える物が並んでいる。
 無造作につかんで出てきた百円玉を投入口に入れた。
「イラッシャイマセ」
「おう、来てやったぞ」
 無機質な合成音声にオレは答える。
 買った飲料はその場で口をあける。ちびちびと飲みながら、オレは一人喋るのだ。
「いまどきの若者は分からんな。上司に平気でタメ口をきく。仕事を頼んだだけなのに『ありえない〜』だとさ。何しに会社に来ているんだと思わんか?」
 当然ながら返答はない。でも、だから来るのだ。
「始業時間ぎりぎりに滑り込んでも平気だし、仕事が残っていても平気で定時に帰る。大体部長にイヤミ言われて、嫌な思いは課長のオレ止まりで、あいつらは少し文句を言われたらふてくされて仕事を放り投げるんだ。金貰ってんならその分くらい働けよ」
 初めてこの旧式の自動販売機を見つけたときに、なんとなく懐かしい気分になった。学生時代にはコインを入れると「イラッシャイマセ」と言う自動販売機が出始めた頃だった。真中にある「当たり」ランプはもう配線が切れたままなのだろう。見つけてから点灯するのを見たことがない。
 今でこそ珍しいが大学当時を思い出させる懐かしい代物だ。昔の仲間との再開。そんな一時の幻をくれるのだ。ほのかな郷愁と仲間意識が芽生えたのは、毎日の疲れを蓄積させていたからなのだろうか。
 一方的に言いたい事を言って黙って聞いてくれる相手としてはうってつけの存在だ。
 中間管理職の辛さをひとしきり愚痴ると帰宅する。
 その間せいぜい十分くらいだろうか。
 もう、三年くらい続いている。
 新月の晩は街灯の明かりだけが夜道を照らす。
 人目が気になるオレとしては、灯りはより少ない方が好ましい。
 見られたからといって困るものではないが、見学者大歓迎という光景ではないからだ。
「じゃ、またな」
 答えてくれるはずもない相手に挨拶すると家路につく。
 復路はいつも、翌日からも頑張ろう、という気分になっているから不思議だ。
 妻も子も知らないオレだけの秘密の散歩。
 これが結構、お気に入りなのだ。


Entry26
俺とキリコB〜情死編〜
フラワー・ヘッド

 今俺はデパートの屋上で血を吐いて倒れているのに・・・。
なぜこんな記憶を思い出すのだろうか、それはわからない。
はっ、まさか。
死ぬ前に、過去の記憶が走馬灯のように駆け巡ると聞いたことがあるが。
そ、その現象なのか。俺は死ぬのか、そ、そんな〜。
ん?それにしても、この記憶。昨日じゃねえか・・・。

 昼下がり、俺は大学構内にある公園のベンチでタバコを吹かしていた。
今日は火曜日、午後から講義は無いし、ポカポカ陽気だし、ああ平和だな〜。
そんなことを思いながら、俺はぼんやりと空を眺めていた。

 しばらくして、何気なく足元を見た。
すると、変てこなコンクリート片があるのに気付く。
なんだこりゃ?
しかもよく見ると何か文字らしきものが彫ってある。

 コノシタニ タカラ アル

はあ?
宝?馬鹿馬鹿しい、小学生じゃあるまいしな〜。
そう思いながらも俺は、コンクリートを足で蹴りあげた。
するとそこに、ダンゴ虫の背中を一生懸命磨いている「小さいジジイ」がいた。
俺がしばらく見つめていると、
「こりゃ!ダンゴ虫様が眩しいと言っておられるじゃろうがあああ!!!!」と、甲高くかすれた声でジジイが怒鳴った。
「何だ、ジジイかよ。うるせえな。何が宝だ。「小さいババア」ならレアなのに。」
俺はそう吐き捨ててその場を去ろうとした。
「おいっ!何かで暗くして行かんか!!それが礼儀じゃろうが、若僧!!」
と、ジジイは怒り心頭で叫んだ。
俺は耳障りな声と偉そうなジジイの態度に苛立ち、
「うるせえ!自分でやれよ!」と大声で叫び返した。

すると、ジジイはニッと笑い、
「そうかい、残念だね。あたしゃ、小さいババアだよ。ついこないだ成ったから、素人にはよく小さいジジイと間違われるけどねえ。」
「何!?」
俺は足を止め、その場にかがみ込みダンゴ虫を指で弾き「小さい?」を手の平に置いた。
「どうだい、ババアだろ?」
「う、うそだろ?」
「本物じゃよ、ほら、よ〜くここを見てみい、ほら!ほら!ほらあ!ほらあああ!!」
「・・・ほ、本物だ。」

 俺は小さい「ババア」に平謝りした。すると、ババアは
「分かればええんじゃ。まあ、あんたの顔はあたし好みじゃから特別にこれを。」
と言って、
小さいババアの「白髪」と「入れ歯」にサインをしてプレゼントしてくれた。
そして、俺は小さいババアを携帯のカメラで写し、笑顔で別れた。

・・・う、意識が薄れていく。
キリコにババアを、一目見せたかった・・・。

ガクッ

終了


Entry27
高飛び込み
mora

 わたしはスタート台に立った。
 スウィムウェアを身にまとい、頭部にはキャップとゴーグル。わたしのスタートにふさわしい。そう考えたとき、意識せずともこころの奥底のほうから「ふふ」と笑いがこみ上げてきた。わたしがこれまで積み上げてきた苦しい練習は、実はすべてこの日のためのものだったのではないか。いや、練習だけではない。わたしの人生のすべてが、この「スタート」のための伏線であったようにも思える。
 わたしはもう一度コースを見渡した。今日はいつものプールとはわけが違う。まず、競技者はわたし一人だけであるということ。そして、観客はわたしの存在には気づいていないだろうということ。最後に、この点が大事であるのだが、ゴールに万が一たどり着けなかったときの苦痛を考えると、このスタート台から飛び込もうというわたしの決意がゆるいでしまうということだ。
 そう、わたしのいまから挑戦する競技とは、「飛び込み」である。中学校のときから水泳に打ち込んできたわたしは、飛び込み中のあの重力からの開放感に病みつきになり、嫌なことをすべて破壊してくれる水面との衝突を愛していた。台が高くなるのに比例して、その「開放感」と、「破壊」は大きくなっていった。
 思えば、この台の高さは私の成長とともにあった。社会人プロとして今日まで頑張ってこれたのも、わたしが台を愛していたからこそだ。だからこそ、ライバルに負けたとき、わたしはライバルに踏まれた台を嫉妬した。わたしにはもう限界であった。だからこそ、今日はおそらく誰も踏まないであろうジャンプ台を、自分で用意したのだ。
 パン
 わたしは自分の決意をあらたにするために、両手で自らの頬をいささか強めにひっぱたいた。この痛さがわたしに「生きているんだ」ということを実感させた。そうだ。飛ぶんだ。わたしは固定された台の先につま先をかけた。つま先の向こう側にゴールが見えた。いつもの室内プールではなく野外であるため、風がわたしにはやく飛べとせかしていた。両手をそろえてつま先に添え、それに伴ってわたしの体は前のめりになった。
 「おい、いたぞ。」
 背中の向こうから声が聞こえる。観客が来たようだ。ちょうどいい。わたしの最後の飛び込みを見ていてくれ。
 「馬鹿なことはやめるんだ」
 もう遅い。わたしはこれから果てしない「開放」の旅に出て、究極の「破壊」を体験するのだ。
 「飛び降り自殺なんてやめるんだ」


Entry28
十字架
ジン=イザヨイ

 今日も私はナイフをとって、手の平に刻んでいた。十字架のあとを。
「また、やってるの?」
後ろからユキが声をかけてきた。昼休み、私が屋上に来て刻んでいるとよく来る子だ。
「うん、神に対する冒涜。」
神聖だと崇められている十字架を赤い血で汚すことで、何か優越感を味わうことができた。
「へぇ、馬鹿らし。」
この子はいつもこんな感じだ。
「神なんていても能無しよ。こんなにも傷ついてる奴がいるのに・・・。」
そう言ってユキの方をチラッと見た。ユキは昔人を殺めたことがあると言ってた。もっとも、正当防衛になったらしいが。
 しばらくし、ユキの声が聞こえた。
「あのさ、霧香。現実は現実なの。」
「えっ?」
何のことかわからずに、私は手から目を離しユキを探した。そして、ユキはいた。が、一瞬にして消えた。
「ユキ!」
何が起こったのかわからないけど、なぜかその場に走っていた。けれども、ユキは見当たらない。騒ぎ声がする。見る。赤い血とグチャグチャになった何かが見えた。ヒト?ユキ?何も考えられない。涙さえでてこない。
 ただ、私は手に刻まれた十字架をむしょうにつぶしたくって、ないふでなんべんもむしんにきりつづけてた。


Entry29
親指と嵐
長谷川貴也

ある海で、水死体であがった男性がいた。それが今回の物語の主人公ある。
男の子の水死体は、なぜか笑顔で苦しんだ様子がなく。
親指と人差し指を重ねながら死んでおり、警察もこの意味をわかる者は誰もいなかった…。
         
その男の子は、友達と3人でサーフィングをしようと、海に出ていた。
男の子は毎日のように友達と海や遊びで家には帰っていなかった、親はそのことでずっと心配をしていた。

その晩も、男の子は家にかえったものの親父とはいっさい口をきかないで自分の部屋から出ていった。
親父は一言「ただいま、ぐらい言いなさい」っと言った。しかし、男の子はそれを無視した。
母親はそれを見て、玄関まで行った。
 「明日は帰ってくるの?ご飯はいるの?」
男の子は、無視をした。まったく親はうざいとしか思ってない。
そして、男の子は靴を履いてなにも言わずに玄関を後にした。

朝方になり、友人と三人で海に出た。
昼ぐらいになると。友人の一人が具合が悪くなり、もう一人の友人と共に海からあがり、男の子一人で海に居た。

その時は、調度嵐が来ており、サーファーにとっては都合のよい波になっていた。
しかし、浜辺では「遊泳禁止」が出され、サーファーは次々に海を出ていた。

男の子もそれに気づいたが、これぐらいならいつもの事だと自分の自信に任せて心配はしていなかった。
それが死への道だともこの時は気づかなかった。

嵐はあっという間に、海を荒くした。
人をごみのようにするほどに凄まじい海に変わっていた。

男の子がやばいと思った時には遅かった。
男の子はこの時すでに、死の覚悟を決めていた、自分はもう死ぬのであると思うとなぜか妙に怖くはなかった。
それよりも、こんな時に限って自分がうざいとまで思った、親の顔が浮かんできた。
「親父にただいまって言いそびれたなぁ〜。ごめんな」
「お母さん、俺やっぱ明日帰れそうもないや。飯は食えない。ごめんな」

彼は、最後にそれを伝えたくて。親指と人差し指を重ねた。
親指と人差し指か…。小学生みたいだな…っと笑いながら。目を閉じて彼は暗闇の海に沈んでいった。

すると、暗闇から声が聞こえた。それは友達の声だった…
頭がぼーっとしていたが、はっきり友達の声だった。

男の子はゆっくりと目を開けると、目の前には信号が見えていた。そこは車の中だった。
「おい、海についたぞ!起きろよ!」
友達が男の子を起こすところだった。
(そっか、俺夢見てたんだ)
「今日はいい波だし最高のサーファーびよりだぜ!」
友達はウキウキしながらそう言った。
男の子は、5分ぐらいずっと黙りこんでいた。そして。
「俺、やっぱ!家に帰るわ!」「親父とおふくろにただいまって言わなきゃ!」

男の子の水死体は、すぐに親のもとに帰り、親はただ、涙を流していた。


Entry30
憂鬱な猫〜ミミズ編〜
如月ワダイ

「ふぁ〜あ」
 こりもせず毎日やってくる朝に挨拶するかのように大きなあくびをした。何も変わらない一日が始まるのだ。そう思うと朝だというのに太陽が放つ光を光と感じず、夜より深い闇が広がっているように見え気分は沈んでいく。
「にゃ〜ご」
 足元で転がっていた唯一の光が目を覚ます。
「おはよ、リツ」
 私はリツに顔を近づけた。だがリツには聞えていないのか、後ろ足で耳の後ろをかいている。それが彼の日課なのだろう。
 リツが相手をしてくれないので仕方なくベットから下りて着替えをすることにする。別にパジャマのまま外に出ても何の問題もないと思うのだが、世間はそれを許してくれないから仕方がない。
「にゃ〜ご」
 足元までやってきたリツが擦り寄ってくる。だがそれを毎日繰り返している私には、リツに元気がないことに気づく。いつもならもっとパワフルなのだ。だが今日はねっとりおしとやか。
「どうしたの?」
「……この街を出て行かなければならないんだ」
 突然リツがしゃべりだす。だが私にとってはそんなことお茶碗に入っている米粒を数えるより意味がない。重要なのは彼がこの街から出て行くということだ。
「どうしてっ!?」
 着替えを途中で止めリツの両肩に手を置き、体を揺する。
「声が聞えたから……僕を呼ぶ声が」
 だが私の顔を見ないで窓の外を見つめながら呟くように言う。
「私の声じゃダメなの? ここにいてほしいって言う声じゃ……」
「……」
 リツは無言のまま首を振る。もはや私の目にはリツはただの猫ではなくなっていた。否、初めから猫としてなど見ていなかったのかもしれない。だから彼が話をしても驚かなかったのだ。
「……わかった、私も行くっ!」
「えっ?」
「ついていくわ」
「でも、ここでの生活は? 僕はもともと別の所からやってきた流れ者だから捨てるものは少ないけど、君は家族や友人たちを捨てられるのかい?」
「何が大事かは自分で決められるわ」
 私は真っ直ぐに迷いのない瞳をリツに向ける。リツは観念したのか笑みを見せた。
「一緒に行こう……」
 そう言ってリツが私に抱きつく。―幸福の瞬間……
 プチッ
 そんな音が聞え私の視界は消えた。

 そうこれは死ぬ間際にミミズが見た儚い一瞬の幻。実際はミミズが猫に踏まれて死んでしまったと言う日常茶飯事。だが、ミミズも夢を見たのだ、人になった夢を……。そして今日もまた憂鬱な瞳をした猫は日常の中へ消えていく。


QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆作品の著作権は各作者に帰属します。掲載記事に関する編集編纂はQBOOKSのQ書房が優先します。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。
◆スタッフ/マニエリストQ・3104・厚篠孝介・三月・羽那沖権八