第9回体感1000字小説バトル
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 エントリ 作者 作品名 文字数 得票なるか! ★ 
 1 順平  人間動物視症候群  文字数不明記   
 2 野中翼  絶対数感  1044   
 3 貴田 由  夏の部屋  1000   
 4 英(はなぶさ)一郎  眠れない夜  1004   
 5 綺瞳  存在理由  1000   
 6 渡辺雅人  ある男の最後  638   
 7 泰楽 淳  ロシア人形  679   
 8 朝倉さくら  夢見ル青年  1000   
 9 朝倉瀬南  恋をしましょう!  649   
 10 志崎洋  12時すぎのシンデレラ  999   
 11 嶺門律人  天才画家  1103   
 12 中里奈央  妻の生霊  906   
 13 ・・・  ・・・  1000   
 14 フラワー・ヘッド  シリーズ男〜動じない〜  1000   
 15 ハイペリオン  この日の食卓  1000   
 16 ゆえ  宇宙人とシェイクスピア  1181   
 17 XIU  ひづめのあと  1081   
 18 sion  青い影  932   
 19 keiji  勇気の種  1300   
 20 李 鴛妃  ナイフ  1000   

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バトル結果ここからご覧ください。




Entry1
人間動物視症候群
順平

山本一恵(17)自殺事件、関係者たちの調書より


滝本恵美(18)の証言
「ええ、やっぱり山本さんは一人ぼっちでした。私、声をかけようと何度も思ったんですけどやっぱり怖くてゥゥ:ぢ」

西沢敬子(17)の証言
「なに?あたしが悪いって言ってるわけ?大体あんた警察じゃないでしょ、何でアタシに尋問なんか――ああ、そう。山本の親に頼まれたの?記者?じゃあなに、あたしのことも書くわけ?言っとくけど、ヘンなこと書いたらメイヨキソンで訴えるからね!」

相葉満(18)の証言
「え?……僕が西沢さんたちにいじめを受けてたって誰に聞いたんです?家、ウソじゃないですけどもう二年も前のことですよ?自殺した山本さんとは話したことなかったし。知りませんよ、何で自殺したかなんて!」


西沢敬子の証言
「なに?相葉の奴とも話したの?いいわよ、あいつがなんて言ったかなんて教えてくれなくても。どうせろくな事言わなかったでしょ?知ってる?あいつ中学の頃山本をストーカーしてたんだよ?」

相葉満の証言
「え?西沢さんがそんなこと言ってたんですか?してませんよ!ストーカーなんて変質者じゃあるまいし。西沢さんの方ですよ、山本さんをストーカーしたのは。誰か言いませんでした?あの女、同性愛者なんですよ?」

滝本恵美の証言
「ええ、西沢さんが同性愛者だって言うのは聞いた事があります。でも山本さんが相手とは考えられませんよ。こういう言い方はあれだけど、死んだ山本さんブタでしたから」

相葉満の証言
「ええ、ブタでしたね。いや、ほらよくいる太ったとか肥満体とかそういう事じゃないんですよ。山本さんより太った人間なら他にもいましたし。ブタなんですよ、山本さんは」

滝本恵美の証言
「え?ええ、ブタでしょ?相場君もそう言ったんですよね?だって肌の色はピンクで鼻は潰れてて声を出すとブヒーなんて言うんですよ?豚以外ありえないじゃないですか」

西沢敬子の証言
「え、ブタ?山本がブタって言ったの?病院に見てもらったほうがいいんじゃない?そりゃ、あいつは気に食わなかったけどさ、ブタに見えるなんて事はなかったけど。え?他の連中、皆山本のことブタだって言ったの?へえ、変なの」

滝本恵美の証言
「でも、山本だなんて変ですよね。ブタなのに名前があるなんて。皆不思議がってましたもん。そういや山本さんのお父さんも言ってましたよ?娘の死体をブタとすり替えた奴がいるって」


Entry2
絶対数感
野中翼

 ある朝、起きると全てが数字で理解できるようになった。
 全ての人、物、思想さえも数字に置き換えられるのだ。
 例えば「人間」は549、「犬」は1099、「腹が減った」は929。どうしてそうなるのか、理屈は全く分からない。でも、それらについて思うと自然とそういう数字が頭の中に浮かぶのだ。
 音楽家の中には絶対音感という特殊な能力を持った人々がいる。どんな音も音階に置き換えられる。人の会話さえもドレミに聞こえるらしい。この能力もそれに似ている。絶対数感とでも名づけようか。
 当初はとにかく愉快だった。苦手だった数学の問題が考えるまでもなく解けるのだ。なにしろこっちは数字でないものでさえ数字に見えるのだ。数字だけで書かれた方程式や因数分解など馬鹿らしいぐらい簡単だ。
 だが、そのうちこの才能には利よりも害の方が大きいことに気づく。
 僕は同級生の女子に恋をした。彼女は49322。この際、本名の方は関係ない。僕は402130。この二つの数を割って見るとわかると思うが、割り切れないのだ。それもただ割り切れないのではない、答えは無理数になる。理想は整数として答えが出ることである。特に41、72、123がよい。日本語に直せば「恋」「愛」「相思相愛」になる。分数でも1/9などは「円満」を意味するので嬉しい。
 しかし、無理数は救い難い。文字通り、二つの間には「無理」という関係しか成り立たないのだ。
 僕は友人にこのことについて相談した。友人は僕の奇妙な才能を信じることはなく、恋はやってみなければ分からないじゃないかと言った。
 残念ながらこの理屈は同じ絶対数感の持ち主にしか分からないらしい。
 僕は独り悩み続けるしかなかった。毎日、彼女に教室で会う度に49322という数がちらつく。そして自分の数字と比べて絶望感に浸る。一層のこと玉砕覚悟で恋を打ち明けようかとも思ったが、結果は目に見えているのでなかなか実行できない。

 そのうち僕は学校へ行くのもおっくうになってきた。何日か学校を休んだ。布団から出ることもなく、病人のように過ごした。そしてひたすら自分の能力を恨んだ。
 寝込んでから三日目の朝、突然絶対数感が消えた。理由はよく分からない。だが数日もすると僕は普通の生活に戻った。絶対数感のことも忘れて、やっぱりあの子に告白しようと思うようになった。
 所詮、数など理屈に過ぎないのだ。

 しかしある朝、起きると全てが色で理解できるようになった。絶対色感だ。それによると僕と彼女の色は相関関係にあって…。
と。


Entry3
夏の部屋
貴田 由

「君、土屋くんと同じ部活なんだって?」
 耀子が僕を真面目な表情のままのぞき見た。僕が頷くと耀子は顔色を変えず肩をすくめる。美術室は蒸し暑く、僕ら以外に生徒の姿はない。
 土屋は頭が弱かった。小学校レベルの問題も判らない、いわゆる馬鹿に等しい。
中学校には“はばたき学級”なんてクラスがあり、土屋もそこに所属する生徒だ。だから、彼の座るべき机と椅子は僕の隣に放置されたままだ。
“はばたき学級”では、通常の授業が行われることはまずない。大抵、読書や映画鑑賞で一日が終わる。よってその学級の生徒はいつも手ぶらで登校する。一度は体験してみたいものだ。
 土屋と僕は美術部で、最低一日に一度は顔を合わすことになる。しかし僕と彼は、一度も言葉を交わしたことはなかった。昨日までは。

「返せよう、返せよう。」
 土屋は涙と鼻水を垂らして、僕の使っていた絵の具道具を引ったくった。僕は始め何が何だか判らず、土屋が引っ掻いて付いた傷を必死に押さえていた。落ち着いて考えてみると、どうやら僕は土屋の絵の具を使っていたようだ。土屋は大事そうに絵の具道具を抱えると、逃げるようにして美術室を出ていった。
 それから誰も彼の姿を見た者はいない。土屋は絵の具道具を抱えたまま、姿を消してしまったのだった。

 耀子は僕の手の甲に付いた傷を見、あらかさまに顔をしかめた。
「その傷、土屋くんにやられたんでしょう? 先生にチクらないの?」
 僕は慌てて首を横に振り、否定する。僕は大人を楯にすることを最も嫌う人間なのだ。僕の問題は僕だけの問題なのだから。
「君、もしかして土屋くんを庇ってる?」
 その質問に僕は苦笑した。どうだろう、と言う僕の返答に、耀子は首を傾げるばかりだ。僕は改めて自分の甲を見下ろし、慎重に傷の表面を撫でた。瘡蓋の部分が妙に心地良い。
 耀子は考えることに飽きたのか、美術室の窓を開け放し、校庭の方を眺め始めた。耀子の、肩までのストレートヘアーが微風に揺れる。日差しが彼女に注ぎ、仄かに眩しい。
「きっとしばらくすれば、のこのこ戻って来るに違いないわ、土屋くん。」
 彼女は僕に背を向けたまま、歌うように呟いた。僕は耀子の踊る髪を眺めながら、そうだね、と適当な返事を返した。いつの間にか僕は、自ら微笑をたたえていることに気付く。
もう既に土屋が死んでいること。ましてや、彼を殺した犯人が僕だということなど、きっと、耀子は知らないのだから。


Entry4
眠れない夜
英(はなぶさ)一郎

誰だって、眠れない時に考え事をすることは多いものだ。

「家族のこと」「仕事のこと」いろいろあるが、
お酒を飲んで帰った夜には、かならず考えることは決まっている。

それは、「過去のこと」。
人は未来のことだけを考えて過去を振り返らないで生きていくのは、なかなかできることではない。
今の自分に不満がある訳ではないが、やはり、これまでのことを振り返ってみる。
「昔の彼女」「勉強しなかったこと」「野球の試合で敗退したこと」など。
タイムマシンがあれば、帰って過去をやり直したくなる。

よし、やり直そう。じゃあ、いつの時代に戻りたい?
小学校、中学校、高校、独身時代。
その時の記憶は?、その時代に流行っていたものは?とか、
忘れていることが多く、これ以上想像ができないし、
過去に自然に戻れるタイミングは、入学とか就職とかの区切りにすれば、
うまくいく。
なんて無意味なことも考えてみる。

まてよ、競馬の当り馬券を覚えていたら億万長者になるんじゃないか。
もしそうなれば、確定申告はしたほうが良いのか、
正直に申告するか、しないか、など余計なことも考える。

大学試験の問題を覚えていれば、東大に入れるし、
「バブル崩壊」を予知したら、経済学者になれるんではないか?など、

話はどんどん大きくなっていく。

野球が得意だったら、野茂より先にメジャーリーグへ行き活躍し、
今ごろ「メジャーへの先駆者」になって、活躍してる筈なのに。

もう「過去のこと」なんて、どうでもよくなっている自分がいる。

これじゃあ、現実逃避の妄想魔だ。

目が冴えてきた。
「タバコでも吸って落ち着くとするか。」
夜は長いし、ベッドから起きだした。
「ああそうだ。帰りに買ってくるのを忘れたんだ」
ショックである。
眠れなし、散歩がてら近所のコンビニまで買いに行くことにする。

コンビニに入ってみると、いつもの様に閑散としている。
深夜3時をまわると、店員も奥に入ったまま出てこない。
24時間営業で採算はとれるのか?

余計なお世話である。

そういえば、コンビニはいつからあるんだろうか、また疑問が湧いてくる。
確かセブンイレブンが始まりだったような。おぼろげである。
むしょうに知りたくなった。乗りかかった船なので、インターネットで調べてみるか。
何が乗りかかった船のか、わかったもんじゃない。
道すがら、新聞配達のバイクとすれ違った。

「やばい、明日も会社だ」

明日ではなくて今日なんだが、また眠れない夜を過ごすてしまった。


Entry5
存在理由
綺瞳

 今日俺は、階段の上から落ちてきた人を受け止める、と言う荒技をやってのけた。若干二十歳、初めての経験。落ちてきたのは同年代の女の子で、足下を見るとピンヒールブーツ。たぶん、踏み外しでもしたんだろう。俺が悲鳴で振り向かなかったら、二人で階段落ちだったぞ。あ、ちょっとぽっちゃりした子で、かなり支えるのが辛かったのは内緒ね。
 「……大丈夫?」
 「す、すみません……」
 肩の上で、女の子が素直に謝る。俺はそっと女の子を降ろすと、遅れて吹き出してきた冷や汗を拭った。人生ってホント怖い。
 女の子は何度もお礼を言いながら改札口へ。ふと見ると、またよろけている。いつか死ぬから履くな。そう思っても、やっぱ女の子ってああなんだろうなぁ。俺には分からない。
 しっかし面白い。こんな出会いもある訳だ。
 ……だけど、人生って……と心底思ったのは、それから数日後。
 俺はその日バイトもなくて、ただゴロゴロとテレビを観ていた。一応ニュースを観てるけど、見てるだけ。
 もうそろそろ寝るかなー……なんて思ってたら、ふぅっと電気が消えた。停電か、それとも何かの拍子でブレーカーが落ちたか。仕方ねぇなぁ、とか呟きながら身を起こしたら、ちょうど目の前に青白く光る足が見えて……───え、足?
 「足!?」
 何だ! 俺は霊感なんてねぇぞ!?
 怖いとかそう言う感情は全然なくて、ただただ驚くばっかりの俺が顔を上げると、女の子が俺を見て泣いていた。ちょっと目を下ろせば、その白い腹に強烈な赤。ぽろぽろと涙を流す彼女に、俺は思わず「どうした?」なんて聞いてしまった。女の子はその俺の言葉を聞いて、頭を下げた。
 〈ごめんなさい、死んじゃって〉
 そう言って、即刻薄れていく女の子。すっとテレビの中に吸い込まれるように彼女が消えた瞬間、部屋の明かりがついた。……何だったんだ?
 つーか、謝られるような事したっけかなー。俺が首を傾げてると、テレビの中で流れ続けていたニュースが別のニュースになった。女の子の顔写真が……出て。
 「あ」
 俺がこの間助けた女の子。階段から落ちてきた女の子。
 そんでもって……今、出てきた女の子だと言う事に気が付く。
 何があった、と耳を傾ければ、「殺害された竹井美代子さん……」とのお言葉。よく見たら、太めだけど可愛い子だった。助けたのに……。
 ……死んじゃったのか。
 生きてるって何だろうなんて、ガラにもなく考えた夜だった。


Entry6
ある男の最後
渡辺雅人

満月が真冬の澄んだ空気によって一層輝き、白い息が呼吸をする度に暗闇へ溢れ、せっかくの満月を覆ってしまう。
雪に埋もれた足元から四方に広がる雪原には、己の孤独を際立たせるように人の歩いた形跡がなく、気温は零度を下回り、幾重にも着込んだ肉体から白い湯気が薄っすら揺らいでいた。男の歩いた背後には、深い雪の穴が暗闇から続いており、積もる雪の多さとここまで来る為に男がどれだけ苦労したかが容易に理解出来た。
男は突然、深い雪の中に腰を下ろすと、上着から霜焼けた手でタバコを一本取りだし、ライターで使い火を付けた。
男がタバコを吸うたびに、小さな炎が美しく輝き、そして弱々しくなった。
煙とも呼吸ともつかない白い息を吐き出し、霜焼けた手は痛々しかった。
その表情からは何も窺い知る事は出来ない。男の顔に刻まれた深い皺だけが、男の苦悩と年月を静かに語っていた。
男は上着の内ポケットから黄ばんだ手紙を封筒のまま取り出すと、タバコに当て火を付けた。
手紙は最初なかなか燃えなかったが、一度火が付くと、何の躊躇いも見せずに激しく燃え上がり灰となった。
それを黙って男は見つめ、手元に火が届きそうになってようやく手紙を手から離し
、灰燼となったそれは雪の元で漂った。
男は手紙の名残を飽きずに眺め続け、何時しか肉体から沸いていた白い湯気も無くなり、小さく、小刻みに震えていた。
肉体から体温が奪われ、心から体温が奪われ、そんな感じで男は広大な雪原の中でただ一人小さく丸く座り込み、瞑想しているかのように孤独であった。


Entry7
ロシア人形
泰楽 淳

「でけた」
 と、ジェイが言った。
 ジェイはマッチを擦る。
 ジェイはタバコをパーカーのポケットから取り出して、その軸の先端に炎を押しつける。 ジェイがくわえたタバコの先端に溶鉱炉色の火が灯る。
 時刻は草木も眠る本日未明午前二時。
 ジェイは電話をかける。
プップップップッ……
「はいもしもし、なに?」
 エイが電話に出た。
 ジェイは言った。
「もしもし、エイか? ジェイだ。たった今一本あがったんだ。読んでもらえるか?」
「……」
 エイは考えている。
 エイは考えるのをやめてジェイに言った。
「最近仕事が忙しいんだよ、週末の会にはいつも通り集まれる。ケイもくるってさ」
「いや、そういう先の話じゃなくて、今読んでもらいたいんだ、メールで今送る」
「長さは?」
「二枚半」
「短いな」
「千字小説に投稿するもんでね」
 以上のごとくエイとジェイは互いに言ったり聞いたりのやりとりを何通か交わした。
 ジェイはエイにメールを送り、エイはジェイのメールを受信した。
「読んだ?」
「読んだ」
「感想は?」
「よくわかんない、つか、これを書いたおまえの狙いがわかんない」
「説明する」
「そう願いたい」
ジェイの説明 仮定の1
 創作によって得られる利益の最大は、一品を完成させた直後の充実感たること。
ジェイの説明 仮定の2
 創作成果物は、かかる充実感を日を経た後に追体験するための道具として存在し、意味を持つこと。
ジェイの説明 仮定1、2より導かれる結論
 この小説の狙いは、この小説を書くことにある。
エイは言った。
「ラッキョウの皮みたいな理屈だね」
ジェイはオチをつけた。
「そう、ちょうどこの小説の構成のようにね」


Entry8
夢見ル青年
朝倉さくら

世の中には。
幸せを与えられた人と、不幸せを与えられた人との両方がいる。
天ははっきりとそうやって区別した。
たしかにそうやって作った。
なのに人はどういうわけだか、
それを信じたがらず、幸せは誰にも訪れると言う。
分からない。
どうして。

「ねえ、神様の駄作なのかな。おれたちって」

坂。
この坂道は、あの坂道だよ。
覚えてる?
ペダルをめいっぱい踏んで、加速した。
自転車の後ろでおまえは声も立てないで、
おれから吹っ飛ばされないように、しがみついた。


幸せ。

不幸せ。


今、背中にいるおまえは、とてもくつろいでいる。
さっき、靴の片方が落ちた。
拾わなかった。
おれはいったん立ち止まると、おまえのからだをかつぎ直す。
「いずれ、終わるんだ。命は消えて、からだも消える」
おまえの手はさっきから、振り子のように、おれの胸の前を撫でている。
髪のにおいは、太陽だ。
しっとりと降る、太陽。
この坂を下って、どこへ行くつもりなんだろう。
考えてなかった。


星屑が見えてくる。
「あの汽車に、乗ろう」
おれはおまえをかついだままで、レトロな汽車に乗り込んだ。
内部はセピアの世界だった。
汽車は生き物のように体内を揺らしている。
ガタンゴトン、
ガタンゴトン、
ガタンゴトン。
星屑の線路の上を、三日月へ向かって。
おれはおまえを向かいの席に座らせて、その表情をじっと眺めている。
しろい唇には、まだ少し、赤みがあった。
朝になれば、きっとまた、色付くんだ。
絶対だ。
それまではまだ、星屑の汽車。
乗っていよう。


終点だった。


おれはおまえをかついで、また歩き出した。
「天国に行って、神様に会ったら、きくんだ。
おれは、幸せにつくられてたのか、不幸せにつくられていたのかって」
その時ちょうど、おまえのもう片方の靴が脱げて、落ちた。
濃紺の足元へ落ちて、落ちて落ちて。
おれは無視して、虹色のみずたまりを飛び越えた。
水晶の森を通り、
硝子の蝶を横目に、
砂で造られた城のそばを過ぎた。


おれはそこでようやく、現実に引き戻された。
瞬きをすると、世界は消え去った。
夢は消え去り、現実がそこにあるだけだった。
人はおれを、殺人鬼を見るような目で見ていた。
まるで、死人を背負った男を見るように、見ていた。

馬車が近付いてくる。
だけどきっとこれは、夢なんだろう。
まだなかば、夢だ。
なぜなら馬の蹄の音は、近付くにつれ、
パトカーのサイレンへとかわっていったから。


「ねえ、神様の駄作なのかな、おれたちは。…ねえ」


Entry9
恋をしましょう!
朝倉瀬南

私はもうすぐ死にます。

どうやって?自殺です。
ガスの栓を開き部屋中にガソリンを撒き散らし、
玄関のドアへ裸電球のスタンドをひもでくくり付け
ドアが開けられるとスタンドが倒れガソリンに引火、爆発する仕組み。

ドアを開けるのはもちろんあの男・・・
あの男は私という女が居ながら平然と裏切った。
派手好きなあの男にはこれくらい派手な死に方がお似合いだ。
絶対に許せない!
そう、絶対に・・・
貴方には悪いけど最後までちゃんと償ってもらうわよ・・・
どうして男と言う生き物は一人の女性では満足できないんだろう?
この際そんな事はもうどうでもよいのだ!
だって私はもうすぐ・・・

「ピンポーン」

来た!よいよ始まる。
心の準備はもう出来ている、いつでも・・・

「・・・!」

「聞いてるかぁ?俺だけど、
 留守番電話さっき聞いたよ。
 顔合わしたら喧嘩になるからそのまま聞いてくれよ。
 さっき部屋にいた子なんだけど・・
 妹だからねっ!
 絶対誤解してるだろう?」

「え?」

恥ずかしい!

私はそう思いとっさにドアを開いた瞬間!

「しまった!!」
「カシャーン!」

あれ?爆発しない・・・
玄関口には無言で平然とたたずむ彼の姿があった。
何故?私はその場で腰を抜かした。
その後、判明したのだが、
ガソリンと思って撒いたのは水で、
ガスは安全装置が働き開いていなかった・・

そもそも彼の妹を浮気相手と間違えるほどの私に
そんな派手な死に方など出来るはずが無かった。
「よかったぁ・・・
 また貴方と恋が出来る!
 本当によかったよぉ!」

私はその日、同じ男にもう一度恋をしました。

END


Entry10
12時すぎのシンデレラ
志崎洋

「おばあちゃん、この前のお話、ほら、かぼちゃの馬車でお城に行ってさ……」
「ああ、シンデレラのお話かい」
「あのね、不思議なことがあるの、魔法は12時を過ぎたらもとに戻ったんでしょ」
「そう、その通りじゃ」
「そこが、不思議なのよ」
「どうしてだい?」
「だって、ガラスの靴はもとに戻らなかったじゃない」
「アハハッそうじゃな。実はな、ガラスの靴は魔法使いのおばあさんが自分のふところから出して、シンデレラに履かせたのじゃ、わかったじゃろ」
「なあんだ、そうか……。ちょっと待って!」
 おばあさんは、ぎくりとした。
「なぜ、おばあさんは、ガラスの靴だけ魔法を使わずに自分のふところから出したんだろう?ねえ、おばあちゃん不思議よねえ」
「ささっ、もう帰った、帰った。その話は、終わりだよ」
「ええっ、つまんないの。私もシンデレラみたいなお姫様になりたいなあ」
 女の子はなごり惜しそうに帰っていった。
「まったく近頃の子はしょうがないねえ、お姫様になりたいなんて。お姫様なんて、そりゃあ、つまらないもんさ……」
 おばあさんは、そう独り言をつぶやくと静かにゆり椅子に腰を下ろした。そして、古いタンスの中から色の変わった古びた手紙を取り出すと、それを読み出した。
 おばあさん、お元気ですか。私があの家での生活に疲れ果て、家を出ようとした時に出会ったんですよね。びっくりしました。いきなり魔法を使って素敵なドレスを私に着させてくれたんですもの。あの夜のお城の舞踏会はとても楽しかったわ。でも、おばあさんからお借りしたガラスの靴、少し私には大きかったみたい。急いで階段をおりたものだから、途中で脱げてしまって……。
 あれから私は遠くの町まで逃げて、やっと住むところも見つかりました。私は今とても幸せです。相変わらず貧乏ですけれど、自由で気ままな生活を送っています。おばあさんもお体に気をつけて、いつまでもお元気で。
                           シンデレラより
 おばあさんは手紙を読み終えると、また独り言をつぶやいた。
「あれから魔法をかけてシンデレラになりすまし、うまく事は運びよった。なにせ私の靴じゃからな、足にぴったりするはずじゃ……そして、あこがれのお姫様になれたのじゃが……、毎日がパーティやら晩餐会やらで自由で気ままな生活などありゃしない。いやつまらなかった……本当にシンデレラがうらやましいのう……」


Entry11
天才画家
嶺門律人

 彼は天才画家だ。
 幼少の頃より天賦の才を発揮し、最年少で某有名な賞を獲得し、鳴り物入りで芸術の世界に身を投じた。
 欧州に度重なる留学、また、そこで認められた名声。
 彼は莫大な金と、絵に対する絶大な信頼と、強大な説得力を持っていた。
 ──彼の絵筆は真実を描き、彼の絵筆以外のものは全てが空虚に見える。
 そう、評価された。
 何を描いても評価され、批判することは、その世界で生きるものにとって不可能だった。
 世界中の金持ちが彼の新作を待ち望んでいた。ステータスになるからだ。
 そして、ある、新作発表の場。
 天才画家氏は、その新作を誰にも見せなかった。
 どのようなものなのか、誰も知らなかった。
 さらにその新作の製作風景も誰も見たことがなかった。
 一夜で描き上げた、などとまことしやかな噂まで囁かれていた。
 いよいよ、製作発表イベントの開催の運びになった。
 大げさな装飾を施されたホールの正面はステージが据えられていて、ステージは、待つ者を興奮させる為か、赤いカーテンで隠されていた。
 主催者がマイクを前にし、わざとらしくしわぶきをして会場を沈黙させる。
「レディス・エン・ジェントルメン!」
 古めかしい文句を主催者はマイクに向かってがなり立てた。
「今日はかの天才画家氏の新作発表です! どうぞ、拍手でお迎えください!」
 呼び込まれた天才画家は、普段のラフな出で立ちとは打って変わって、モーニングを着ていた。平時はぼさぼさの白髪も丁寧に後ろに撫で付けられている。
 天才画家氏はステージの前に立ち、お辞儀をした。彼がステージに上がらないのは主役が彼でないことをあらわしている。
 天才画家氏は背後のカーテンに手を伸ばして、もう片方の手に用意してあったマイクを口に近づけた。
「これが私の新作です」
 彼はカーテンを思い切り引いた。
 ステージ上には……。
 絵はなかった。
 茶色いイーゼルだけが会場を見ていた。
 おかげで会場はどよめきもなく、黙った。何かのトラブルだと思ったらしかった。
「新作である『空虚』です」
 天才画家はそう云った。
 会場は慌ててどよめきをあげた。もうちょっと下品な人間が会場にいたら指笛でも吹いただろう。天才の新作は素晴らしいと、皆が口々に賞賛した。
 誰かがその新作を売ってくれ、と叫んだ。悲痛の叫びにも聞こえた。主催者側も、そのように天才画家氏に話をつけていた。
 やがてオークションのような態勢が出来上がり、コールされる値段は釣り上がっていった。
 『空虚』は空前絶後の金額で落札された。
 天才画家氏は浮かない顔で落札者と握手を交わし、そのまま会場を出た。
 天才画家氏は以来、一枚の絵も描かなくなったという。


Entry12
妻の生霊
中里奈央

 私、なんだか変なの。

 朝からずっと元気のなかった妻が、唐突に言い出す。

 あなたが帰ってこない夜は、魂が体から抜け出すみたいなの。

 うつむいたままで、男と視線を合わせようともせずに、弱々しい声で妻は続ける。

 あなたを待って眠れない夜を過ごしているうちに、私の魂が、魂だけが、あなたのところに行ってしまうようになったの。

 いつになく静かな口調が、男の中にじわじわと不安を呼び起こす。

 最初は夢だと思ったのよ。でも、ほら見て。この髪の毛。

 妻の華奢な手が、一本の髪の毛を男の目の前に差し出した。それは手のひらを斜めに横切る鋭い傷のように、男をぞっとさせる。

 これは、あの人の髪の毛じゃない? あの人の髪は、これぐらいの長さで明るい茶色なんじゃない?

 男は女の髪を思い浮かべた。何度も愛撫した髪……。明るい茶色の柔らかな髪……。

 昨夜も私、あなたのそばにいたのよ。あの人と抱き合って眠っているあなたを見るのは、とっても辛かった。枕元にこの髪の毛が落ちていたから、私、思わず拾い上げたの。目が覚めたら、こんなふうに私の指に絡み付いて……。夢なんかじゃないって解ったの。

 静かな恐怖に包まれて、男は何も言うことができない。

 私、きっと生霊になりかけてるのね。あなたのこともあの人のことも、決して恨んでるつもりはないのよ。それなのに、私の中で苦しみがどんどん膨らんで、心と体を引き裂いていくの。

 妻が顔を上げて、男を真正面から見つめた。怒りも嫉妬も感じられない、ただ愛情をたたえた瞳には悲しみが溢れている。

 私が生霊になったら、きっと毎晩、あなたとあの人の枕元に立つわ。そして、ベッドの上のあなたたちを見つめながら、朝まで泣き続けるわ。そんなこと、したくないのよ。でも、自分の意志ではどうしようもないの。あなたを思う気持ちがそうさせるんだもの。

 思わず、もう彼女には会わないと男に言わせたのは愛だろうか、それとも恐怖……。

 見知らぬ女を抱くように、ためらいがちに自分を引き寄せる夫に体を預けながら、妻はさりげなく一本の髪の毛を床に捨て、足の裏で踏みにじる。

 朝帰りした夫の背広の肩にまとわりついていた、憎い女の髪の毛を……。


Entry13
・・・
・・・

手の平 手の甲 指先 鉄琴 普通 紙 

春になると水にひろがる舗装の端に 積もる小さな草 花弁じゃない桃色のそれ。
僕は 毎日そこに居る土色に一日だけ 写された。
昨晩は帽子を捕った。
まだ雨に濡れた葉の揺れる風音と一緒に僕も、黄色く照らされたとして。

後ろの扉が開く。 
椅子に座って本を眺めていたら、詩集を僕の机に置いた。あなたは只、ある本の真似をし続けて、絵本を印刷している仕事をしているでしょう?後ろの部屋で。

鉄琴の練習をする椅子に座っている僕を見て、あなたは笑った?そう鉄琴は立って
するから僕を・・・

昨日以下の事を 今日の春の日に放り投げて僕の事も僕以下の事も 雑ぜて。

舗道の脇の線路が葉と幹で凹凸ができている。どうやって描こう。公衆電話まで太陽に照らされながら歩こう、あなたに電話して描き方を教わらなければ電車が線路の上に来てしまうね。でも「早く歩かなくていいよ、絵の具じゃなくて雨で描けば」ってあなたは言うだろうから、電話しない。

足が臭い。ごみが綺麗だ。
「なにがいいたいの?」

「雨降ってこないね・・」
昨日降ったから。今日以上降らないから。

キスした?
手の平

僕は道端に落ちて散らばった花弁を押した。道路に押し花をするとき踏み切りの音が鉄琴に変わった。靴じゃなく本当に手の平を舗道にくっつける事はしない。
 
寒い。

なんで?

あなたは同じとこしか踏まないから。蜜柑の匂いがした 弁当箱を開けてお茶を呑んで二人で座ってお尻が濡れるのにいい。全部、一人芝居。

高円寺から下を見るために、そのために僕は駅に来て、人と張り紙を見た。春の舗道はもう、雨の押し花をはがしたから。もっと上の方、沢山の屋根。車窓。立っていると、鉄琴の音の様に緩む 音。屋根と窓。高円寺の上にいるから、桜は僕より以下にある。僕は靴の底の高さを忘れた。

時計っていう苗字が気になった。建物の中に入ると、大きなガラス窓の中にコップが丸まっていて、何時もの僕も大勢の通行人の雑踏、丸まって動く。
僕の苗字も時計が良かったけど。

「・・・さん」

呼ばれて振り返る人違い。東京の風呂敷、大きな銭湯の煙突を見たら、調布を思い出した、玉の湯に思い出はないけれど、柏餅の柏の葉。

酒を呑まないで。すべて今日以下の記憶が一日位なくなる様に。体と手の甲を合わせて あなたと僕は上野で今知り合った。乾いて 水よりも酔わないための鉄琴の音。
春の雨。線路と舗道。屋根と窓。僕以下時。


Entry14
シリーズ男〜動じない〜
フラワー・ヘッド

席の後ろで笑い声がする。嘲笑的クスクスが数回、また数回。
別に背後霊がいるわけではない。
ちょうど席の後ろが、女子の溜まり場なのだ。
俺がちらっと振り返ると、数人の女子が頬と口元を緩め、
笑いを必死にこらえているではないか。
ああ、何か貼られたんだろうな。そういや、さっき寝ているときに
ぽんと肩と背中を叩かれたっけ。
まあ、いいか。このくらいで俺は動じない。
俺は動じない男だからな…俺は自分に言い聞かせた。

とは言うものの、背後から見られている感覚は嫌なものだ。
俺はすっと席を立ち、窓際の壁に背をもたれた。
カサカサっと壁に紙が擦れる音がする。
やはり何かが貼られているんだろう。
だが俺は上着を脱がなかった。
向こうで女子が俺のことをじっと観察している。

はっはっは。普通の男なら、上着を脱いで確かめるのだ。
そして、背中に貼られた紙に何が書いているのかをチェックして、
好きとか書いてあったら女子の機嫌をとり、
そうでなかったら軽く怒ってみたりするのである。
だがな、いいか。もう一度言うが、俺は動じない。
俺は動じない男だ…俺は自分に再度言い聞かせた。

とは言うものの、背中に貼られたままというのも嫌なものだ。
そう思っていると、例の女子らが教室から出て行った。
チャーンス!
俺はふーっと一回深呼吸をして、教室を見渡した。
俺を見ている生徒がいないことを確認すると、
上着を脱いで、
貼られた紙をはがして丸め、
再び上着を着て、丸めた紙を上着のポケットに押し込んだ。

わずか5秒、男の戦い。

しばらくして、俺はチャイムの音と共に、再び席に着いた。
俺はそっとポケットから紙を取り出し、
緊張のあまり汗ばんだ両手で紙を広げた。

そこには極太マジックで、
「昨日のウンコ」と書かれていた。
俺は紙を手に取り、怒りに震えた。
ウンコならまだしも、「昨日の」と限定している。
どんなウンコなんだ?
どんなウンコなんだ?
一体、どんなウンコなんだ!
「昨日の」って一体どんなウンコなんだあ〜♪♪♪

怒涛の思いは、
春先のほのかな香り立つ巻き糞の如く天昇し、
道端の無造作な一品が乾燥して毛が残った如く地に果てた。

放課後…

ねえ、昨日のウンコってどんなだったの?
女子らはアッケカラカンと答えた。
「おめーみてーなの。」
ふふ、まあいいか。このくらいで俺は動じない。
俺は動じない男だからな…俺は自分に言い聞かせた。

とは言うものの、
女子らの口元が血の海地獄になってしまったことを
ここに反省する。


Entry15
この日の食卓
ハイペリオン

「微笑んでるのに悲しいの?」天は爽涼。陽は津津と息吹を注ぐ。燕が狂うたように空を疾った。
「飲む?」銀の水筒、鈍く照り返す。筒口の水滴が微かに震え、残像の尾を引いて甲板に打ち弾けた。少年。風を掴むように手をかざす。
「怖くないといいね。」男。ちと苦い麦茶をすすり、手すりに両肘を置く。細かな飛沫が、髪にふれて砕け、さらに微小な粒子となって大気に散る。船は遠ざかる。二つの人影が陽炎の如く揺れた。
「船室に戻るぞ。」少年は首を横に振る。
「もう少し当たってる。」逆風は次第に速度を増し、前髪をさらうようにして凪いだ。

「今の人似てるね。」後部座席。呟いた少女は、窓ガラスに丸を描いた。運転は先の男の義姉であった人。信号が切り替わり、発進する。短な人差し指は、円上端から爪で短い法線を小刻み、左右に小さな楕円を加えた。
「薄いなあ。」口をやや開き、ほう・・と息をかけ描き続けた。目に鼻に口、首の根元まで。輪郭はすでに淡くて見えない。
「あれが小学校よ。」女は、溶けた雪のような声で静かに言う。
「お母さんもここを?」褐色の校舎。校庭に四人の子ども。緑。突風に砂埃が舞わされた時は、既に見えなくなっていた。

一つ、二つ・・蛍の灯色のライトが燈る。良く焼けた夕空に刻々漆黒の幕が降とされる。父と子。昨日発った時と何も変わらぬマンションの一室。ただ床に置かれた荷物の数が、寂寥を漂わす。
「お湯が沸いたと思う。」少年は火を止めた。
「も少し。」男は再点火した。小魚でダシを取ったスープに、雑多な野菜が放り込まれて食卓に運ばれる。米をつぐ。インスタントの味噌汁を椀にあけて湯をそそぐ。アジの開きが並べられた。
「大根溶けてない?」
「形が崩れた。」男は黙々と箸を進める。
「この人参硬いよ。」
「順番を間違えたんだ。」他の物は悪くないと思ったが、それは言わない。
「ご飯、おかゆにしたの?」
「そんなところだ。」
「あっ。味噌汁はおいしい。」生焼けのアジは再び火にかけられた。

食後しばらくして、男は思い出したように言った。
「母さんと話すか?」
「うん・・。」素直に頷いたとき、電話が鳴り響いた。少女からであった。
「そうか。母さんには、おやすみ、とだけ伝えておいてくれ。」少し話してまた少年に替わった。
(同じ時間に同じ事を考えた、か・・。)
明日からは新たな生活が始まるであろう。
家々に点された光は消灯されいく。
まだ浅い春の夜は深深と冷え込もうとしていた。


Entry16
宇宙人とシェイクスピア
ゆえ

「俺、宇宙人なんだ」

 親友、大木 大吾郎がポツリと言った、ある日の放課後。夕日に顔を照らしなが 
らの夢見るような横顔をして、にやけた笑い顔をしている。
 
 俺はチラリとそいつを見てから、今人気急上昇の雑誌、ジンプに目を戻す。大吾

郎は試すように俺を見ていた。

「あっそ。」

「あ、冷たいお返事。イヤだわ、王様ったらァン♪」

 このとき俺と大吾郎、それに演劇部の男子と有志の男子たちは、俺たちの高校生

活最後の文化祭で、シェイクスピア作「真夏の夜の夢」という劇をすることになっ

ていた。

マジメなガッコだと勘違いしてはいけない、全て男子でやるのだ。気持ち悪いこと

この上ない。

 そのなかで、麗しのヒポリタという名の女王役と王様の役があった。それを、大

吾郎と俺でやるのだ。
 
「ヤメロ、気持ち悪い。吐き気がするぜ。お前、身長180だろうが。」

 クネクネ、モジモジと体を動かすヤツに、俺はピシャリと言った。

「いいじゃんか。本番は、ウフッ、抱きつくシーンまであるのよ(ハート)
 ってそれは置いといて、俺、宇宙人なんだって。」

「寝言は寝て言え。とうとう日にちまで分からなくなったのか?エイプリル・フー ルじゃない上、エイプリル・フールでもそんな嘘つかねぇよ。」

「本当だから困ってるんだよ。」

「・・・・・何を根拠に・・・?」

 恐る恐る、といった具合に聞いてみる。マサカ・・・という気持ちで。

「俺・・・宇宙船見たんだ・・・母さんがそれと話してた。」

 ふと、優しそうな大五郎のおばさんが、カップラーメンの某CMの宇宙人になる

ところを想像して、吹き出してしまった。

「トールぅ。お前ってひどいヤツ・・・。」
 
「ワリィワリィ。まぁ、そんな深刻になるなョ。ダイジョウブだって。」

「うん・・・・。」

 でかい図体してるくせに怖がりな大吾郎の背中を叩いて、俺は教室を後にした。

                  *
 
 それからもうすでに30年がたつ。劇が上手くいったかどうかは記憶になく、た

だあのときの大吾郎のみ鮮烈な記憶として残っている。

 大五郎は、卒業と同時に俺の前から姿を消した。何処に行ったかは定かではな

く、同窓会にも顔を出さない。家族でアメリカに行ったのだ、という噂や、身長も

大きくがっしりしていたから、防衛隊に入っていて、今、イラクで頑張っているの

だ、とか・・・噂がちらほら流れているだけ。

 もしかしたら本当に宇宙人で、宇宙船にのって星に帰ってしまったのかもしれな

い。

 俺はというと、2児の父親となっていて、酒好きな普通のサラリーマン業をして

いる。変哲もない人生をゆっくり歩んでいる最中だ。

 だが何故だろう?今にもドアが開いて、あのままの姿のあいつが、ひょっこり帰

ってきて、こういう気がするのは。

「トールぅ。ゲーセンいこうぜェ。」

 酒をまた一口、口に運んで、耳の中に残るその声に俺はふふっと微笑んだ。


Entry17
ひづめのあと
XIU

「ねえ」と振り返って、僕に言った。
「ねえ、あなたさっきから私のこと尾けてるでしょう」

返答に窮した、図星なのだ。
僕はさっきまで見通しの良い交差点のカフェでクロスワードをといていた。
そのクロスワードは実に難解で、僕の埋めたマスと灰皿の中の吸殻の数は比例していた。
それがどれくらい難解であるか、例を挙げてみよう。

―Q12 戦後派の代表で、じんたら文学を確立したのは誰か?
 
それらの問題たちは、どうやら回答されることを拒否しているらしく、さりとて僕自身懸賞にかけられている“けろちゃんストラップ”をほしいわけでもなかった。
そんな調子だから、僕の考えた答えはマスに対してどうしても一字たりない、といった具合で、僕は仕方なくサエキケンゾーオムとかいて一字はみだしてみた。

最後の煙草に火をつけると、いすに持たれかかるようにして交差点に目をやった。
スチール製のいすは“ギイ”と調子の悪い声をあげてみせた。
代り映えのない景色、僕がここに座ったときのまま石膏で固められてしまったのかもしれない。
わずかに残ったコーヒーを胃の中に流し込んでしまうと“けろちゃんストラップ”の行方を思った。

「おや」と思う。
それは鯵の小骨のように僕のこころに引っかかった。さっきまで感じなかった違和感はかすかに、どこまでも僕の気に障った。

僕はテーブルに身をもどして頬杖をつくと、片方の手に持ったままのモンブランでトレイの隅をこつこつこつと叩いた。
何がこの違和感をぼくにもたらしたのだろう?

もちろん、モンブランの万年筆はトレイを叩く道具としては相応しいものではなかった、モノにはそれぞれ相応しい場所や、相応しい使われ方というものがあるのだ。相応しい持ち主というのも付け加えていい、いうまでもなく僕はそれにあたらない。
だが、その違和感は不幸なモンブランから感じられる者ではないらしかった。

もう一度交差点に目をやってみる、ああ、と思う。これが僕の感じた違和感だったのだ。なにかがいる。

その「なにか」は動物で、有蹄類のようだった。
ちょうど信号を待っているところで、走り去ったシボレーの行方を目で追っているようだった、動物がシボレーに対してどのような興味があるものだろうか。
鹿?いや、鹿にしてはスマート過ぎる。
たしか国営放送でインパラというのがサバナを走っているのを目にしたことがある。でもなぜインパラが交差点にいるのだろうか?
僕は店をでてあとを追うことにしたのだった。

「なぜ私のあとをつけるのかしら?」
「いや、すいません、悪気はないんです」
「そう?ならいいんだけど」

「それとね、私、トムソンガゼルですの、勘違いなさらないでね」
僕は手にしたままのモンブランで手のひらにトムソンと書いた。


Entry18
青い影
sion

 そういえばきのう、ぼくは彼女と連れ立ってというか半ば彼女に引きずられるようして面接場所に指定された街外れのとあるビルへと歩いていきました。道すがらぼくはまったく緊張していなかったといえば嘘になるかもしれませんが、面接にこれから向かおうとする人物とはとても思えないほど不謹慎な妄想に囚われていて、バイト先のえっちゃんの乳揉みてぇとか、いずみちゃんいいケツしてるなぁと
か…。まあ、それは置いといてぼくらは最寄の私鉄の駅で降りたまではよかったのですけれど、歩いても歩いてもなかなか目的のビルへと辿り着かないのでした。これはもうまったくのlabyrinthに迷い込んでしまったようで、背が低くてヘナで金髪に染めててデートのときは必ず朝シャンするから遅刻して演劇やってて御多分に洩れず寺山かぶれで歌舞伎町でやっちゃんと喧嘩して前歯を1本折られたかわりに相手のを3本へし折り、晴海埠頭から観る花火がいっとう好きで都庁の食堂が案外おいしいって知ってて、おっちょこちょいだからチャリによく轢かれてカウアイ島生れでアストロに乗っててお父さんが官能小説家で自由が丘での待ち合わせが苦手でプライドがほどほど高くって壊れた日立のペルソナをいつまでも大切そうに持ってて桜吹雪のtattooを一緒に入れようというのが口癖で初対面の女の子にもブーツ穿いてるから足が臭いって平気で叱れて、石鹸のいいにおいがして腰のキレがよくってマジにシャイで大食漢でラブホのボイラー室で働いてたことがあって政治は好きだけど政治家が嫌いでネイル・アーティストの話を聞かせてくれとよくせがんで、不器用に深紅のアルマーニ特注ブリーフ穿いてて二人っきりになると暴れん坊将軍で鳶職だから高いところもぜんぜんへっちゃらでゴロ巻くときは流暢な博多弁が出る人っぽい男に道を訊ねてやっとビルを探し当てた頃にはすでに冬の日がよわよわしく西の山山の向こうへと消え入ろうとしていました。
 そんなこんなでぼくらは、もう疲れちゃったし面接どころじゃないほど腹がすいたので急遽、月島に100円もんじゃを食べに3億円した自家用ジェットで向かいましたが、機内でヘッドフォンから聴こえてきたプロコル・ハルムの『青い影』に涙がとまりませんでした。


Entry19
勇気の種
keiji

街のはずれに小さな売店が出来た
「勇気の種」有ります、不思議な看板が一枚出ていた。
その町に住む気の小さい男が一人やって来た
「あのー、勇気の種一つ下さい」
すると店員が云った「申し訳有りませんあなたにはまだお売り出来ません
お友達を一人作ってから又、お出でください」
「おはようの挨拶や、良いお天気ですねぇの一言からで良いんです」
気の小さい男は「勇気の種」を売ってもらえず帰って行った。
そして気の小さい男は店員に云われたようになんとか、
挨拶などを交わすうちに一人、二人と
少しずついろんな話をし合える友人が出来た。
ある日、気の小さい男は、仕事で大きな失敗をしてひどく落ち込み
すがる思いで再び売店を訪れた「あのー、勇気の種下さい」
すると店員がこう云った「申し訳有りません、種には種類がございまして
是非お友達にご相談なさってからお出で下さい」
気の小さい男は「勇気の種」を売ってもらえず帰って行った。
仕方なく気の小さい男は友人に仕事の失敗の話をしてみた
すると友人は「失敗は誰にでも有るさ、誠心誠意謝って次に取り返せよ」
気の小さい男は少し気が楽になりよしこの次は頑張るぞという気持ちになっていた
そして今度は、気の小さい男が失恋をしてしまい何も手につかず
今度こそ助けてくれという思いで又、売店を訪ねた。
「あのー、大きな失恋をして生きてくのもいやになりそうです、
なんとか勇気の種を・・・」
すると店員が「申し訳有りません
失恋に効く勇気の種はここには置いて無いんです、
お友達ならご存知のはずですからどうぞご相談なさって下さい」
気の小さい男は「勇気の種」を売ってもらえず帰って行った。
そして失恋の苦しさを友達に打ち明けると、友人はニヤリと笑い
「この世の中に失恋した事無い者などいやしないさ、そして次の恋をした時
もっと素敵な恋が合った事に気がつくのさ」
気の小さな男はその言葉に、そうかもっと素敵な恋を見付ければいいのかと
自分の中で元気が出てくるのが解った。
そして月日が経ち、気の小さい男が、久振りに売店の前を通りかかると
「勇気の種」の看板が無くなっていた。
「あのー、勇気の種はもう無いんですか?」
すると店員が「はい、もう必要なくなったものですから」と笑顔で答えた
男が言った「せめて一つだけでも分けてもらえないですか」
すると店員が微笑みながら「何をおっしゃいますか、あなたはもう素晴らしい
勇気の種をご自分で見つけられたじゃないですか」
そう言われて男は、この店にくる度に友達が増え、悩みが一つずつ消えて行き
自分の中にいつの間にか自信と勇気が付いている事に気がついた
そうだったのかこの店は「勇気の種」を売るのでは無く、友達という本当の
勇気の種を自分で見つけさせてくれるために有ったんだ。
そう思った男は「ありがとうございました」と、頭を下げた、
すると店員が云った「おやっまだ解ってなかったですね、
お友達では無くあなたが、勇気の種ですよ、
お友達に元気を分けて貰いながらあなた自身が元気でたくましくなる度に、
お友達に勇気を与えているのですから、
もう気の小さい男じゃ有りませんよ・・・・
いつまでも大切に、仲良くして下さいね」
本当の本当の意味が解った男は「はいっ、ありがとうございました〜」と
身が折れる程深々と頭を下げた、そして少しして頭を上げると
そこには、売店も店員の姿もすでに無かった。


Entry20
ナイフ
李 鴛妃

ああ、先生。 お久しぶりです、私を覚えてらっしゃいますか。
高校の時、一年だけ先生の生徒だった・・・・ええ、そうです。私です。
本当に、奇遇ですね。私は今から大学へ向かう途中だったのです。
どうですか、今からお茶でも・・・時間?心配は要りません。それ程厳しい所ではないので。今は祖父と祖母の家で、普通の生活を送っております。普通と言っては失礼ですね・・・。ごめんなさい。
・・・・もし、良ければですが、少し話を聞いてくださいますか?是非先生に聞いて欲しいのです。実はずっと前からそう願っておりました。
私が中学生だった頃、今は亡き父母はとても厳しい方々でした。勉強、成績は勿論のこと、男性との交際の禁止。男性については最も厳しく、接触などもっての他でした。といっても、私の生活は父母のお陰で裕福なもので、文句など言える筈もありませんでした。
しかし私は、中学三年生の春に、とうとう恋をしてしまった・・・・相手は若い教師でした。秋になると私は父母に黙って、彼と交際を始めたのです。・・・彼は優しい方でした。いつも私を心から愛して下さっていた・・・。
父母が留守の晩、私は彼を自宅へ招きました。一緒に食事を摂り、時を存分に楽しみました。そして彼は私に優しく口付けを・・・・。
その時です。彼は苦しげな悲鳴をあげ、大量の鮮血を流し床に倒れてしまったのです。何故なのでしょう・・・彼の体は見る見る蒼白くなってゆきます。彼の胸にはナイフが深々と刺さっておりました。彼は、何者かに因って殺されたのです。
ねぇ先生。どうして彼は亡くなったのだと思いますか。判りますか、先生。
・・・・いいえ、その時、父母は家には居ませんでしたから、彼を殺すことは出来ません。
彼を殺したのは、私自身だったのですよ、先生。
父母の教育の所為で、男性自体を拒否する事が習慣となり、無意識に、携帯していたナイフを彼に突き立ててしまったのです・・・。
・・・・どうしてそんな話を聞かせるのか・・・?
ああ、どうか気を悪くなさらないで。
先生が、恐ろしい程、彼に似ていらっしゃるのです・・・・・。
・・・ごめんなさい。先生。久しぶりに逢ったというのに、このような話を聞かせてしまって。でも、私は彼を、心から愛していたのです。それだけは信じて下さい。
もし・・・・先生。
もし、せめて少しだけでもこのような私に同情して下さるのなら・・・今、この時だけ・・・私のお側に・・・・・・・


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