佐藤yuupopic

結晶

二年前に海で死んだ 
あなたが。

生き返って会いに来たのだと、
湯川くんに聞いた。

真っ黒い防砂林を
真冬の風がどうどうと渡り
定まらぬ心中をますますざわつかす

わたしではなく湯川くんに、
会いに来たのだ。

真っ先にわたしを訪ねてくれなかったことを
恨む気持ち
飲み込んで
湯川くんに詰め寄る

湯川くんは
あなたが何処にいるのか曖昧にしか応えてくれない
聞く度に詳細が微妙に異なり云いよどむ

「会いにゆかない方がいい
 もしも
 今でも愛しているならば
 
 変わってしまった
 既に
 以前おまえが
 愛していたあいつとは
 全く異なるあいつだ

 俺とあいつは本当の友だちだから
 俺達の間は何ら変わることはない
 だがおまえは
 きっと
 あいつを以前と同じようには
 愛せずに
 おまえ達は
 必ず
 互いに傷つけ合う
 
 自分がこのくにの何処かで暮らしていることだけ
 どうか
 伝えてくれと
 会いにゆけなくて
 ごめん、
 愛している、と。」
 
どれほど懇願しようとも湯川くんは頑なで
決してあなたの居場所を教えてくれず
あの手この手で答に誘導しようとも
口を滑らせることはない

されど、あきらめられるはず、など、ない。

有給消化の為にふらりと出た旅先で
船上から波にさらわれ真っ黒い夜の海に飲み込まれ
最期の姿を見届けることすら叶わなかった
あなた
(その日はかなり波が高かったという
 彼のご両親は膨大な捜索費用を支払ったけれど
 その身体が見つかることはなかった)
が、
戻って来た
 
きっと
ものがたりみたいに
あなたは今までの記憶を全部なくしてしまって
何処かで
日々を過ごしていて
いつか
何かの拍子に全部取り戻して
わたしの部屋のチャイムを鳴らすのだ
あんなに好きだった声や
指や
目や



鎖骨
の線
背中と頬
に散っている薄い茶色の雀斑の星
全部が
次第に薄れて
日増しに
思い出そうとつとめる毎に
結ぶ像がズレを生じて
記憶から立ち去りそう
怖い
けど
踏みとどまらなくては
失ってはならない
いつか
必ず
その日が
来るのだと
呪文みたく
云いきかせて
今日まで、

その日が、
来たのだ。
あなたが、
このにほんの何処かで生きて暮らしている。
会いたい。

お百度踏むように
朝晩、
わたしは
湯川くんの出社と帰宅のタイミングに合わせ、
彼の住まうアパートの玄関に立った。
付近の住民から苦情が家主に入り、
湯川くんはついに二月と半程で折れ
閉ざした口を開き
ぽつりぽつりと語りはじめた。
嘘のような、本当の、

…………話。

事故現場から数十キロ離れた離島で
浜辺に打ち寄せられたあなたの亡骸を
発見した倉田氏は隠居した元医師で
戦時中は軍の研究機関に所属していた人物だという

倉田氏はかつて従軍時に得意とした分野の腕を振るい
遺体の中で腐敗したり著しく損傷の激しい部位は
様々な装置や製品の部品や
人以外の生物の鮮度の高い死骸を移植して
あなたを別の生き物へと変化させた

…………嘘のような、本当の、
話。

「死んでいなかった」
「生きていた」
ではなく
「生き返って」
という点に正直ひっかかりを覚えていた
のが思い違いではないと知る
でも
だから?
何が全てどんなに変わり果てていても
それがどうした?
ただ、ほんの一目
遠くから姿を眺めることが叶うのなら、
わたし、
後にも先にも
他に欲しいものなんて
いっこも、
ないよ。
会いたい。

身体中の血が沸騰して
指震える
目もよく見えない
コートのボタンうまくかけられない
がたがたがたがたがた、
会いたい。
ただそれだけで。
会いたい。
家を飛び出した。

「…………
 …………
 …………
 来てしまったんだね
 湯川が会いにいってはいけないと
 云っていただろう」

…………
…………
…………
ごめんなさい。
けど
でも。
会いに、来たよ。

…………
…………
…………

薄い膜の覆った両目
金属の部品とすげ替えられて血の通わない数本の指
縫合されてペパミントキャンディー色と肌色がまだらになった頬
潮がこびりつきごわごわの髪の毛
細かった顎は酷く歪んで
身体の線も右に傾ぎ
処々いびつにでこぼこで
シャツの上からも移植箇所が判明する

声、しゃがれている気がする
飲み過ぎた翌日はいつもそんなふうだったように思う
けど一番変わってないのが

わたしの名前を
いっぱい
呼んでくれていた

そう、
この、
声だ。

「拒絶反応を起こした部位は腐り落ち
 その都度新しい欠片を接ぎ接ぎし
 ようやく今の身体に落ち着いた
 喉は比較的損傷が少なかった箇所だから
 前の僕のままだよ
 
 僕は戸籍上はもういない人間で
 本当の名前も失った
 今では
 助けて頂いた方の口利きで
 畑仕事を手伝うことを条件において下さる家の
 子ども達に
 キミドリさんと呼ばれて不気味がられているよ
 顔のこのツギハギの部分が
 あの子達にはキミドリに見えるようなんだ
 
 どういう仕組みか理論か
 皆目見当もつかないけれど
 たしかに僕は生きてこうしてここにいる
 けれど
 もうお前を
 しあわせにしてあげられることは出来ない
 本当に
 ごめんね」

あなたのお母様は
あなたがきっと生きて戻ってくると信じて
あなたの死亡届を出してはおらないの

一度死んだあなたが
何でそんな状態で生きて動いているのか
さっぱり見当もつかないのと同じくらいか
それ以上に
何の根拠もないけど
わたしたち
前と同じくらい
うううン
きっと
もっとずっと
上手くゆくから
わたしが
きっと
何とかするから
あなたは何の心配もいらないよ
 
ねえ、
いっしょに

「…………
 …………
 …………」
 
おうちに帰ろう。

 
あなたの両目を覆う薄黄緑色の膜が
スローモーションのように
ゆっくり持ち上がって、
現れた、
薄茶の瞳から

こぼれ落ち
空気に触れた
端から
蒸気
きらきら
結晶
(わたしの内に
 訪れた
 高く
 激しいけれど
 そこはかとなく静かな
 凪いだ海のような
 あなたへの
 思い
 を
 あえて
 形にするならば
 きっと
 同じふうに
 きらきら
 像を結ぶだろう)

なった

涙の欠片こびりついた
あなたのツギハギの頬に
くちびる
触れたら
ちょっぴり
しょっぱくて
あんまりに
愛おしくて

涙、が
出た。

○作者附記:大覚アキラ氏作「ホムンクルス」(第37回詩人バトル・チャンピオン獲得作)に寄せて。タイトルは氏の第35回詩人バトル参加作より引用。


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