第16回テーマ:「びしょぬれ」
へたくそ。 涼しげに笑いさざめく、七色の水風船。水槽にのめった圭太が振りむき、すまなそうに眉毛が落ちた。釣り輪をとられたうすい紙が指先でちぎれている。これで四本目か。私は知らないふりで、ななめ向いの店を眺める。止めて聞く奴なら私に苦労はない。 圭太はひょろ長い背中をふたたび水槽にかぶせる。隣の男の子が、かわいいゆかたの袖をからげる。迷惑そうに。 信号みたいな戦隊もののお面の隣で、白い狐の面がかさかさとあざ笑う。細い笛の音が、べたつく夜気をかきまぜていた。 冷や麦には七味でしょ。 圭太は懇願する。太い眉毛が、大きな目玉にくっつくくらいに下がる。 冷や麦に、七味。 君はいったい、この暑さをどうしたいのか。 毎度のことでいさかう気力もない。明日は仕事だし、七味とうがらしは私たちの生活に必要だ。冷や麦に限った話ではない。私は火を止めて、財布を手に玄関を出る。すると扉のすき間を妖怪じみて長い胴がつるりとぬけて、俺も行く、という。暑くるしい。 びしょぬれの手がさしだす赤と青、二つの水風船。 五百円、十分。 へたくそ。 淡い縞が外灯に透けている。もう、いいわね。私は先に歩き始める。 彩、彩。 しぶしぶ振り返ると、圭太の視線は型ぬき屋に注がれている。俺、うまいんだよ。口の中でつぶやく圭太を私はひややかに一瞥して、また歩く。ひょろり、とんとん、ひょろり、ひょろり、とん。お囃子にのって圭太のまんまるな目だまが夜店の並びをふわふわと踊る。彩、彩。わたあめ、焼きイカ、とうもろこし。吸いよせられては、くるりともどって私を見つめる、子犬の瞳。彩、彩。心底、うざい。彩、彩。しつこい。今度は何よ。 「閉店だ」 叫ぶなり白いTシャツがひゅっと駆けぬける。百メートル前方、いつものスーパーはもう半分シャッターが下りていた。ゆれる背中が、店の灯りににじむ。 こういうところが嫌なのだ。さんざん人を待たせておいて。私の生活は、いつも圭太にぜんぶ持っていかれる。 許さん。私は路面をけり、走る。圭太はサンダル、私はひも靴。すぐに並んだ。圭太が片眉で笑って、スピードを上げる。手の中で赤と青がぱしゃぱしゃとはずむ。負けるもんか。体全体でプレッシャーをかけ、私は圭太の前に出ようとあがく。 もつれたまま駐車場になだれ込み、一直線に灯りをめざす。店先でナスのかごを片づけているパートのおばちゃんが、私たちを見てびびっていた。