エントリ1
青朱白玄。 香坂 理衣
篝火草の花が去り、天竺牡丹が顔を覗かせたかと思うと、それはすぐに麝香草へと姿を変え、気が付けば紅葉も銀杏も枯れきっていた。するとやはり、訪れるのは冬である。
しかしながら、ここのところ庭の様子がおかしい。そろそろ年が明けるというのにも関わらず、夏の間に落ちたはずのサルスベリやスイカズラの花が再び鮮やかに開いている。篝火草などは近頃めっきり園芸用の夏や冬に咲くものが多くなったのでまだ理解出来るが、サルスベリなどはどうなのか。
「これじゃあ穏やかに新年を迎えられそうにないわねえ。」
窓の外を眺めながら妹が言った。確かにそうだ。美しいか美しくないかの話をしているわけではない。冬場に夏の花が、しかも手入れなどなかなかしていない庭に咲いていては、心穏やかにはいられないだろう。久しく実家へ顔を見せた妹などにとっては特にそうだ。
「まあ新年の用意には何の支障も来たさないけれども。」
「そうは言ったって。」
やんわりと私が否定すると、妹は釈然としないといった様子でこちらを見ている。甥や姪はこの寒い中、サルスベリの木の根元に行って快活に遊んでいる。よくやるものだ、と思いながら微笑ましい光景に頬を緩めた。異常には気付いていないらしい。小さな子供には、本来サルスベリが夏に咲くものだということは分からないだろうが。
「まあこれはこれでいいよ。それはそうと、結局雅明君はどうしたんだ。」
「今年は来ないって言ったじゃないの。」
「いや、分かるよ。それは分かるけど。」
義弟の正月は何かと忙しいらしい。詳しい説明は一切されていないが、そういうことにしておこうと思う。
そのまま暫く外を見ていると、さらさらと雪が降ってきた。子供達は充分に厚着をしていたので、やはり中に入る気にはならないらしい。むしろ雪が降り出したことで、いっそう気分が踊っているようだ。
「しかし、青春、朱夏、白秋、玄冬とはよく言ったものだけど、別にそうある必要はないよなあ。」
「ただの異名じゃないの。」
「いやそうだけどね、色というか風情というか、こうして見れば冬のサルスベリも悪くない、と、そう言いたかっただけのことなんだけれども。」
青き春の息吹に心震え、朱き夏の陽に目を奪われ、白き秋の空に指先を冷まし、そして玄き冬の闇に、飲まれてやる必要もないと。
「…始まり、か。この機会に、全部水に流してみてもいいんじゃないかな。」
目に見えるものがどうあろうとも、どう感じようとも、受け入れてやればどうか、と問うと、妹はばつの悪そうな顔をしている。さてはやはり喧嘩か何かか、と思い、ふと微笑んだ。妻を持たぬので夫婦の仲はよく知らないが、こうして身近に見るとどうも羞恥心が芽生える。
外ではスイカズラの花が淡紅色の貌を仄かに黄ばませているように見えた。
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