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第36回1000字小説バトル Entry26

決行

 時計の針は、ちょうど午前1時を回ったところだ。終電も終わり、いつもは賑わっているこの通りも、人が少なくなってきた。ここ何週間も下調べをした結果、彼はこの時間を選んだ。
 そう、全ては計算通りなのだ。
 彼は、頭の中でシミュレーションを繰り返した。
(建物に入り、目立たないように所定の場所へと移動する。焦らずに目当ての“物”を手に入れる。そして、男の目の前で“コレ”を見せつけてやれば、それで終わりだ)
 難しいことじゃない。落ち着いてやれば、失敗するわけがない。先ほどから何度も自分に言い聞かしてみるが、心臓の鼓動は加速していく一方だ。手には汗が滲んできている。
 もし万が一に失敗してしまった時には、こう言ってやればいい。
「これは頼まれただけなんだ。許してくれ!」
 相手も雇われの身。余計な問題は起こしたくないはず。
 よし、行こう!
 彼は18回目のシミュレーションを終えた後、決心をして建物へと入っていった。建物の中には、入り口付近に男が立っているだけで他に誰もいない。
 チャンスは今しかない。彼は焦る気持ちを抑え、目的の“物”を探した。体に別の生命体が誕生したかのように、鼓動は音を立てて波打つ。
 落ち着け、落ち着くんだ! これを乗り越えれば幸せな時間が待っているんだ。
 ようやく、目当ての“物”を見つけて男の前に急ぐ。目を合わせないように近づいていき、男の目の前に立った。思い切って顔を上げた。男は彼の事をじっと見ている。噴き出してくる汗を拭いつつ、彼は懐に手を入れた。
(“コレ”さえ見せれば、こいつも顔色を変えるだろう。)
 懐から取り出し、男の前に“コレ”を叩きつけてやった。男は用心深く彼の顔を見て呟いた。
「これをお前に渡すわけにはいかないな」
 彼は言葉を失った。パニックで頭の中が真っ白になった。体中から汗が噴き出してくるのがわかる。男は含み笑いを浮かべ、勝ち誇った顔で彼を見ている。
「“コレ”は誰か別の奴の物だろ?」
 全てがばれてしまっている。何故ばれてしまったのだろうか。考えていた言葉も出てこない。男は全てをお見通しなのだろう。もう何を言っても後の祭りだ。何もいえないでいる彼を見て、男は全てを諭したかのように言った。
「お父さんのカードを持ってきたってすぐに分かるんだぞ。こういう物は18歳になったら、また借りに来なさい」
 彼は、何も言えずに肩を落として、建物から立ち去った。

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