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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage3
第50回バトル 作品

参加作品一覧

(2013年 9月)
文字数
1
iiyama
1000
2
狂気
1631
3
小笠原寿夫
1000
4
サヌキマオ
1000
5
アレシア・モード
1000
6
待子あかね
1000
7
ごんぱち
1000
8
空人
1000
9
石川順一
639
10
深神椥
725

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スラムサンデ―
iiyama

 瞼を開いている状態と瞼を瞑っている状態,どちらが人間としての基準状態なのだろうか?私たちは,瞼を開き眼球を外気に触れさせて波長という光の情報を手に入れる.見て観て視る事が出来るのは瞼を開いているその時だ.しかし,その光の情報を遮断したことでこそ,見得て観得て視得る事が多いのもまた経験的に得られている事実だろう.感覚を研ぎ澄ます際に目を瞑ることは,私たちの普段の視覚情報への依存と,その情報の雑味の多さを物語っている.それでも人は視覚の情報に頼り,見た目という評価や分別から世界の規律を作り出していく.それ以外にある見えないものの価値や本質から文字通り目を背けて,視覚が死角を生み出していく.悲しいと私は想う.悲しんでいるようには他の誰からも見えないようにそう想う…


 その街には肌の黒い人と黄色い人と鼻が高くて大きくそして肌は白い人が住んでいるという.勿論,黒い人にも黄色い人にも鼻の高くて大きい人がいるそうだが,白い人はうんと鼻が高く大きいそうだ.ワタシは黄色も白も見たことが無いが,黒はいつも見えているので「黒い人」というのには親近感が湧いている.しかし,ワタシにいつも話しかけてくる人々曰く,ワタシは白い人なのだそうだ.けれども鼻は大きくもなく高くもないと言われてしまった.だからワタシはこのお城にいるのだそうだけれど,一体何が「だから」なのかはワタシには全く分からないでいる.ある日のそれは「夜」というお城の外が黒いらしい時間だった.ワタシの部屋に知らない方が来たのだ.その方はノックをされず,寝ていると思っているワタシに気を使ったのか,音を立てないようにワタシの部屋に入ってきて下さった.

「どちら様でしょうか?」

そうワタシが言うと,その方は

「…私は給仕の者にございます」

と返答した.新しい給仕の方なのかも知れない.ワタシははじめましてと挨拶を交わし,いつも給仕の方にして頂くように彼にも話相手を頼むことにした.とても素敵な夜という時間だ.ワタシはきまって言う質問を彼に投げかけた.

「街というものはどういうものなのでしょうか?」

この街というものは,御城に見下される為にあるもので,

「見下され見放され見透かされた者達が集められた場所なのです…長くはない場所.そう見据えています」

と彼は言う.彼の声に抑揚は無い…

「貴方はとても悲しいのですね?」

返答は無い.彼はもう部屋から出て行ったようだった.
スラムサンデ― iiyama

猛獣
狂気

 猛獣が唸り声を上げ始めた。でも大丈夫、だって鎖でつないでいるもの。だからホラ、怖がらないで、逃げないで。
 僕が鎖を手にしている限り大丈夫。
・・・・・・ただ歯止めが利かなくなったら、つないだ鎖も切れてしまうかも。
 でも大丈夫、君がそこにいる限り、きっと猛獣も暴れはしないさ。


 きっとね。


 融けてしまいそうな夏の日差し。太陽が意地悪く笑う中、僕は熱されたフライパンの上をウィンナーのように転がされる。
 夏なんか嫌いだ、大嫌い。
 太陽をじっと睨み付けても無駄だから、手にしているカバンが汗でずり落ちそうになるのをなんとか支えながら下を見て歩いた。
 駅から徒歩五分だなんてどこの不動産屋が吹聴したのだろう。お陰で僕たちはナメクジ宜しくアスファルトの上を這っている。これから行く家なんて五分どころか五キロの間違いなのではないかと思ってしまうほど長い道のりだ。
 当然口から零れるのは不平、愚痴や不満だ。
「父さん・・・・なにが徒歩五分?自転車で五分の間違いなんじゃあないの?」
「まあまあそういわないで。父さん最近運動不足だったんだ、ちょうどいいじゃないか。ダイエットしたいと思っていたんだ」
 父さんはなんて建設的なのか。とても真似できそうにはない。お陰で僕が父さんに似たところが外見だけだということが再確認できた。
「あのねぇ、僕が運動苦手なの知ってるよね?こんなとこ歩いてたら駅の時刻に間に合わなくて毎日が遅刻だよ。今は夏休みだからいいけど残暑厳しい中歩いてくなんてごめんだね」
 性格が悪いだなんてよく言われることだから周りに人がいようと気にならない。本当は別に駅からどんなに離れていようがかまわないのだ。だけど僕は隣で困惑する父親に向かって続けた。
「大体さぁ新しい『御母さん』とはいつ知り合ったの?母さんと別れてからそんな経ってないよね!?あ・・・・・・もしかして、ふり「こんにちは」
 知らない声が乱入した。そう思えばどこかで見たことのあるおばさんがうれしそうな笑顔で僕らの前に立っていた。気づけば父さんの再婚相手の家の前に立っていた。
 いつの間におばさんは出てきたんだろう。でもあんな険悪な雰囲気の中(僕だけ)あまり進んで話しかけたいとも思わないし家の前であんな風に堂々と自分を話題に出されていたらなかなか話しかけがたいだろう。
 心象を悪くしただろうな。でもそんなことを気にもしなかった。
「よくきたわね。今日から私があなたの御母さんよ。あなたと会える日を首を長くして待ってたの。ね、ゆっくり仲良くなっていきましょ。あら?あの子どこにいるのかしら?ちょっと、何してるのー!早く出てきなさーい!」
 写真で見た顔と変わりなくなんだか活発な雰囲気のある人だ。
 その声に呼ばれて渋々というように家から出てきた少女は僕たちを、いや僕を見るなり固まってしまった。
 きっと緊張しているのだろう。
 確かに笑顔はそこになかったが、初めて写真を見せられた時と同じく魅力的だった。
 僕より一歳年上で、義理のお姉さんになる人だ。清楚な花が香るようにみずみずしく、愛らしい。小さくて細くて折れてしまいそうな彼女は僕の庇護欲を大いに誘った。
 その頭の天辺からつま先含めその腰に達するつややかな黒髪までもがいとおしい。
 この人と今日から同じ一つ屋根の下で暮らせるなんて!ここまで来た甲斐があるというものだ。僕は彼女のほうまで一歩近づいた。同時に彼女が後ろに下がろうとするのを僕は腕をつかんで阻んだ。
 細い腰に腕を回して強く引き寄せた。至近距離で見た義姉さんの顔はとても可愛らしくて、可哀想だった。


 鎖につないだ猛獣はとても獰猛で、危険だ。
 あ、だめだよそこにいないと。この鎖は脆いから。もうこの猛獣は危険だから。逃げたらこの鎖を引きちぎってもう僕の手には負えはしない。
 きみが逃げようとしてもどこまでも追っていく、自分だけのものにしようとして、食べちゃうよ?
 逃げるなら死ぬ気で逃げてね、義姉さん。

青春
小笠原寿夫

私は、直径80cm弱のボールを、バウンドさせて、センターに渡す。ジャンプシュートが、リングに当たり、こぼれ落ちる。ゴール下では、リバウンドポジションのせめぎ合いが起こり、相手チームが、オフェンスになる。ディフェンスに回る為、マイコートにダッシュで戻る。台形のポイントラインを取り囲む様に、だった一つのリングを守る。
私は、相手のポイントガードにぴったり張り付き、パスを出させない様に、ドリブルで切り込まれない様に、腰を落とし、両手を上げる。相手の目を見て、どこにパスを狙っているのか、を探る。
と、一瞬の内に、目の前にあったボールが、視界から消える。

「しまった。やられた。」

ノールックパスである。ポイントガードは、目の前のディフェンスと共に、コートにいる全ての選手の動きを見ている。
左手にいる、フォワードが、私の背後をドリブルで切り込んでいく。

「止めろ!」

私が、叫ぶと同時に、味方のセンターが、飛び上がる。と、一瞬、フェイクを入れ、着地したセンターの上を、ジャンプシュートで、ボールをリングに入れる。

「カウント!2ポイント!」

静かに、リング下のネットが揺れている。

残り2分。148ー146。

相手の2ポイントリードである。

「よーし、一本ずつ決めよう。」

私は、パスを受け取り、ゆっくりとドリブルをする。相手コートに入り、ディフェンスと対峙する。
ぴったりついたディフェンスを睨みつけながら、バスケットシューズの音がする、コートの上で、全体を見渡した。

(がら空きの奴がいる。)

私に、ひとつ名案が浮かんだ。
センターとフォワードが、ポイントラインの合間で、せめぎ合う。
一呼吸置いて、私は、後ろにパスを出した。

シューティングガードである。
スリーポイントラインの外にいる。
「決めてくれ!」
ワンドリブル入れて、シューティングガードが、何千回と繰り返された動作をする。

全身のバネから、放たれたボールは、大きく、弧を描き、リングに向かって行く。

(入れ!)

チームの全員が、一枚岩になった瞬間だった。

シュッという音がした。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。

「カウント!3ポイント!」

グッと、手を握ったシューティングガードが、腕を上げた。

「戻れ!速攻だ!」

残り30秒。相手チームが、ドリブルとパス回しで、マイコートに入ってくる。

「マンツーマンディフェンス!」

監督の声が飛ぶ。

その時、長いブザーの音が鳴った。

夏の終わりのことだった。
青春 小笠原寿夫

オニト
サヌキマオ

 杉にさえぎられた暗い道を歩いていると鬼に遭った。どうも土と根から殺風景な岩山だなぁ、と思っていたらこの有様である。山壁に横穴がくりぬいてあって、肌色深紅の鬼が胡坐をかいて座っている。見上げた先に金目のがまに角を生やしたような顔がじっとこっちを見ていて、針金のような太い毛が全身からまばらに生えている。ちょうど独り酒盛の途中らしく、似つかわしくないような雅な盃に、瓶子が壁に立てかけてある。
「なんだ」鬼は酒臭い息を吐いた。酒臭さが湯気になって見える。「人間か」
「鬼なのか」話には聞いていたが、もちろん見るのははじめてである。「お前様の棲処とはしらなかったのだ。どうか勘弁してもらいたい」
「そらぁ識らぬであろう」鬼は実に気怠げである。「識っていたらこんなところには来るまい。がゆえに」鬼はようよう盃を脇に置いた。まだ中身が入っていると見えてずいぶん慎重な手つきである。「人が来た以上は鬼は鬼として相手せにゃならんわけよ。そらぁ、鬼の法、鬼法てなもんよ」
 オニトあったらすぐ帰れ、というのは漢文の書き下し文の定石であったか、鬼の腰巻ゃいい毛皮、こうして関係のないことをぐるぐる考えるのが走馬灯なのかなんなのか、ぼく桃太郎のなんなのさ。
 鬼の横穴の奥は暗くてよくわからないほど深い。鬼がひとりであれば助かるかもしれない。鬼が大勢ならばもう成らぬ。
 ぐるぐるぐるぐる脳髄が蓄音機の針飛びになっておると、鬼は「じゃあなんか藝をせい、面白ければ助ける、つまらなければ生かしておく意味がない。食ってやる」といってまた胡坐に片肘ついた。
 じゃあなんか藝。とりあえずナマ的なアレで生死の境を漕ぎ出でてみれば八十島の、出来ることといえば笛三味太鼓笙琵琶ヌンチャク。あ、考えてみればいろいろ出来る。が、状況が状況だけに、しくじってしまっては元も子もない。考える事十二秒、唄をうたうこととした。

はじめての
燃えるコンダラ
味噌の味
はなくそ越えて
犬に訊く

お湯捨てて
過去のをんなが
しぶりばら
若干臭くて
臍舐めた

 鬼は眉根を寄せて考え込んでいる。
「こういううまいとか下手とか、なんとも云い難いものは、その、困る」
 ややあって、乱杭歯の間からゆるゆる漏れ出でた評価である。
 今回はよし。行ってよし。速攻スタコラサッサも振り返ると、鬼はごろりと横になってこちらに尻を向けており。
 この一件以降、私は心を入替えてソマリアで電気屋になったとか。
オニト サヌキマオ

予約席の想い出
アレシア・モード

 そのテーブルは、いつも空いていた。
 通りに面した明るい席、白いクロスの上には予約席と書かれたカードが立ててあり、そして、いつ店を訪れてもそのままだった。

 私――アレシアは、ロゼのスパークリングの泡を透かし、その特上の席を眺める。マリがパエリアの皿を運んできた。
「お待たせ……」
 サフランライスの上に散るアサリ、海老の赤、オリーブの黒。マリは昔から料理好きだった。が、久し振りに再会した彼女が自分の店まで出してたのには驚いた。
「あの席、いつも空いてるわね。勿体ない」
「予約だから……」
「誰が、来るの?」
 彼女の動きが止まった。
「大切なお客さんよ……」
 それ以上尋ねない方が良い気がした。私はそう、とだけ答えグラスを置いた。
 彼女の笑顔が一瞬曇ったように感じたのが、心に引っかかったのだ。

 ある日、私の乗ったバスが店の前を通った時だった。あの席に人の姿が見えた。
(えっ……)
 それは黒ずくめの男達だった。テーブルには何も載っていない。
 嫌な感じがした。
 そして帰りのバスでも、同じ連中が相変わらず席を占めているのを見た時、私はある確信を抱いていた。


 翌日、店を訪れた。
「私、見たよ。昨日」
 マリは眉を顰める。「何を……」
「私、ここにいた奴らに言ってやりたい事がある」
 マリの顔色が変わった。
「駄目、あなた、あの人達の怖さを知らないのよ!」
「ふうん、そう、やっぱりそうなのね」
 私は微笑んだ。
「で? 奴らは何を……」
 その時、入口のドアが開く音がした。マリが息を止め、私はゆっくり振り返る。そこにいたのは黒ずくめの、
(何だと?)
 黒の全身タイツ、覆面、腰に短剣を提げた男達。その後に現れたのは化けたミッキーみたいな怪物だった。
(わーお♪)
「逃げて、アレシア」
『ギチュー! ここは我々ワルデース帝国の予約席だ。日本破壊計画の毒電波装置に最適な場所として準備していたのだギチュー! さあどけクソババア』
「い、今の言葉、死で償いな! ワンダー変身!」
 光と超電子の激走の炎神で轟轟だ!
『ギチュー、貴様は何者……』
「知らん! 爆裂プラズマクラスター砲、発射!」



「アレシア、一体あなたは……」
「ふふ、私、この町にも居られなくなったわね。でも平和は取り戻した。もう大丈夫よマリ。お店、頑張ってね」
「店、全部壊れたけど……」
「心配ない、あなたならやり直せる」
「あのさ……」
「さよなら、マリ!」
 あ、バイク無かったっけ。
予約席の想い出 アレシア・モード

台風の目
待子あかね

 今日は久しぶりの待ち合わせ。毎月第二土曜日にデートをしているの、この日が来るのを一日一日と、指折り数えて楽しみに待っていました。
 それなのに、台風。この秋一番の大きな台風がやってきています。待ち合わせは駅の改札を出て、少し歩いたところの噴水の前。地下だから濡れるわけではないけれど、地下鉄の駅に行くまでが一苦労。
 台風の日に新しい靴で出掛けました。ひとめぼれしたのだから仕方ありません。すてきな靴だから、ちょっとお洒落な靴だから、雨の日にはふさわしくないサンダルなんですけれども、彼に見せたいなと思ったのだから仕方ありません。
 新しい靴は、とても歩きにくく、頑張って姿勢よくして歩いてみても、なんだか不自然な恰好。今にも転んでしまいそうです。


 一時間経っても、いつもの噴水の場所には彼は現れません。毎月逢っているし、待ち合わせ場所も待ち合わせ時間も、昨日にちゃんと確認のメールも行き交ったのです。それなのに、彼は現れません。

 連絡もなしに現れないなんて、そんなことをする人ではないよ。何かあったにちがいないわ。何かあったから、連絡できないにちがいないわ。そんなことばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡りました。きらいになったなら、ちゃんと伝えてくれるはず。逢いたくないなら、逢いたくない、と云ってくれるはず。

「大事なことは云わなきゃわからないよ」



 一時間と二十分。大きな黒電話の音をアイフォンが鳴らす。

 大事な仕事の電話。何とか飛んで行かなくても電話で一段落つけることができました。
 彼じゃなかったわ。


 一時間と四十分。大きなカノンのメロディをアイフォンが鳴らしました。


 台風の目の中にいるときは、晴天。暴風雨なんて知らない。大事なことは忘れてしまうさ。忘れてしまわないようにつかまえていてくれないと困るさ。ぼくが困っているということに気づかないきみはぼくと逢えないよ。



 この秋一番の大きな台風の日に、この地下街は人人人で溢れています。みなさん、傘を折り畳み傘を握りしめて、いつも以上に急いで急いで、急いで歩いています。

 過ぎいく夏に、一雨ごとの涼しさに、秋の声に、今までは何か夢でもみていたんじゃないか、何か狐につままれたみたいに。



「大事なことは云わなきゃわからないよ」
「答えたくないということでも、答えないままで返答しないままでいるなんていうのは卑怯だよ」



 そう云っていたのは、彼でした。
台風の目 待子あかね

一休さんと将軍様
ごんぱち

「これ一休、お前は引退したらどうするつもりだ?」
「引退って何をでございます、将軍様?」
「今の仕事をだ。頓智坊主を引退した後は、どこでどうやって暮らす?」
「はあ、別に頓智坊主は仕事ではありませんが……まあ、僧侶として働けなくなった後の事、という意味でしたら、町でマンションの一つも買って年金暮らしでしょう。たまに子供に読み書きでも教えて、幾許かの銭を貰い一本多く酒を飲むなんてのも良いかも知れません」
「ははは、心に余裕がないな、一休。引退した後もゴミゴミした町で金に追われて暮らすとは。余ならば、全てを跡継ぎに任せ、名を隠し小さな田舎に移りのんびりと暮らすだろう」
「田舎でどのような暮らしを?」
「うむ、晴耕雨読の悠々自適な生活だ。晴れた日はアウトドアで畑仕事や釣りをし、雨の日は家でネトゲ三昧だな」
「ですが将軍様、田舎というと、人は少なく親戚ばかりのコミュニティでインフラも整備されておらず商店もジャスコ程度、イベントごとも少なく、大層過ごし難いものと聞き及んでおりますが」
「ははは、お前は心に余裕のない発想しかできないな」
「左様でございましょうか」
「人が少ないのはその分自然が多いという事だ。村人が親戚ばかりなら、誰か一人と仲良くなれば全員と親戚になったも同じだろう。人は水と空気と僅かな火さえあれば良いインフラは充分。店がなくとも、新鮮な野菜や魚がすぐ近くで取れ、村人同士の温かな交流があるだろう。人工的なイベントに何の魅力がある。春夏秋冬、雨の日風の日、水平線から日が昇り山に落ちていく、その風景だけで飽きないものだ」
「なるほどさすがは将軍様、我ら下々の者には遙か及ばぬ大きなお心です」
「はっはっは、そうだろう、そうだろう」
「一つお尋ねしますが」
「なんでも聞くが良い」
「ネトゲは、何を始められるおつもりですか?」
「考えているところだ」
「手ごろなところでは、FF11辺りですか?」
「FF14がリニューアルした今、そんな古びた過疎ゲームに今さら新参が行って何になる? 数えるほどしかプレイヤーは残っておらず、既に皆顔見知りでレベルもキャップに達している、サーバも縮小されているだろうからレスポンスも怪しい、製作チームの予算も削減されイベントも過去の焼き直しになっているに違いない。ああ、馬鹿馬鹿しい、そんなものをやる訳がなかろう、常識的に考えてあり得ない、まったくお前の考えの浅さには呆れたものだ!」
一休さんと将軍様 ごんぱち

晩夏の風
空人

「隆之! 隆之!」
 小声に揺り動かされて、僕は目を開けた。
 90度に傾いた世界。
 すだれの向こうには、昼下がりの夏の庭。蝉の声も遠くから聞こえてくる。右耳の下にはやわらかく弾力のある感触。視界の端に耳かきが見えた。「ああ、そうか」。
「寝てるのに急に涙流して。ごめんなさいごめんなさいって謝るから……」
 佳代が震えた声で言う。目元を触ってみる。まただ。
「実家に戻るとかならず同じ夢を見るんだ。あ、重かったね」
 僕は体を捩った。
「ううん、平気。それ、どんな?」
「……」
 僕はためらった。佳代の髪が左頬に少し触れた。
「小学校のとき、クラスにいじめられてた男の子がいて。僕は直接いじめてたわけじゃないんだけど、黙って見ていたんだ。でも、それっていじめてるのと同じだよね。だから謝りたいって、子どもの僕が夢で言うんだ」
 佳代はそう、と小さくつぶやいて
「謝りにいけないの?」
 と諭すように言った。
「きのう通ってきた古墳の裏側、大きな沼があるんだけど、死体であがったんだ。きょうみたいな暑い日に。うつぶせになってダイバーに抱えられて。それが何度も何度も夢の中でつづくんだ」
 僕の涙は顔を横切り、佳代の膝を濡らした。
 佳代も湿った声で「そうだったの」とだけ言って、二人とも黙ってしまった。

 夏の思い出は、他の季節よりも色濃く。しかし、それは季節のせいではなく、出来事の重大さのゆえのこと。
「不思議だよ。ほとんど口をきいたことのないヤツだったのに、死んだら急に近く感じるようになるなんて」
「わたしに何かできることある?」
 佳代は僕の髪をなでながら言った。
「ありがとう。でも、これは仕方のないことだから」

 夢に出てくるくらいの話なのに、あのことを思い出すのは帰省しているときだけ。また都会に戻ってしまえば、すぐに忘れてしまって思い出すこともない。そして、この夢だってあと何年かすれば見なくなるだろう。そうなれば、もう完全に忘れてしまうかもしれない。人の記憶からなくなってしまえば、存在していなかったことと同じになるのだろうか。僕にとって、こんな重大な事件であっても、だ。じゃあ、あいつは何だったんだろう。いや、あいつだけじゃない。この僕だって、いずれそうなるんだ。

「生きるってなんだろうね」
 ふとつぶやくように佳代は言う。僕は仰向けになって佳代の顔を下から見上げる。
「なに?」
 微笑んだ表情に、少し涼しい晩夏の風が吹いた。
晩夏の風 空人

日記文学
石川順一

二の腕に陰毛付けば父の声蒸し風呂と化す風呂に今居る
夏草がたくましければトイレから石ころ混じる土地を見て居る
弱風ですだれがドアが届く時かそけき音の深淵を知る
養老の滝に集まる人たちを句作しながら心眼で見る
玄関で足が泳げば転倒し赤紫の膝を持ちにき
アゲハ来て卵を産みに来た様な完全制止を拒む飛び方
夏草が石ころ混じる土地に生え人に勇気を与えんとする(2011年8月31日記述)

 私は以上7首でノーベル短歌賞を受賞した。
 新作を求められ
ブロックが壊れて足が悴みぬ朝が無為なり昼も無為なり
と詠んだが手応えがない。
 2013年8月30日23時前後に化粧品が割れて破片が散らばった。怪しい緑色で箪笥の上に乗っていた。入れ物の多角形の立体がまた余計に緑を怪しくしていた。念入りに掃除機がかけられ、ガラスの破片一粒だに残さぬ姿勢であったようだ。
 大幅に遅れた朝食兼昼食、ブランチと言うのであろうか。韓国海苔でご飯を。それから食パンにマーガリンを塗りアイスコーヒーと共に。
  2013年8月31日11時50分頃。私のUSPAの手提げバッグが足で動かされて少し心がへこむ。クーラーの部屋の中で、喫茶店とスーパーに行った後、プリンターのぐずりぶりにねっころがっていた時であった。
 それからミートスパゲッティーを食べる。今までのトマトスパゲッティーと何が違うのか。
 12時30分頃一昨日無くなって居た、歯のかぶせものが出て来た。プリンターの事で苦慮していると、プリンターのトレーから紙が排出されるみたいに出て来た。
日記文学 石川順一

grateful days
深神椥

 雨の音がする。
 そういえば夜遅くから降り出すと天気予報で言っていた。
 どうやら、そんなに強い降りではなさそうだ。
 静かな部屋の中、雨の音と時計の針の音だけが聞こえる。

 待っていた。
 ただ、ひたすら、待っていた。
 ただひたすら、待ち続けていた。

 来てくれる。
 絶対に来てくれる。
 約束した。
 約束してくれた。
 信じている。
 来てくれると。

 カラーボックスの上に置かれた時計に目を向けた。
 午後十一時五十七分。

 絶対、絶対に来てくれる。
 言ってくれた。約束してくれた。
 必ず行くから、と。

 その時、ドアの向こうで音がした。
 ハッとして、ドアの方を見た。

 そこに、あなたが立っていた。
 走って来たのか、息を切らしている。
 髪と服が少し濡れていた。

 来てくれた。
 やっぱり来てくれた。

 感激で胸がいっぱいになり、込み上げてくるものがあったが、こらえた。
 まだ早い、と。

 あなたがこちらへかけ寄って来た。
 そして、上着のポケットから小さな箱を取り出すと、そっと差し出し、言った。
 「誕生日おめでとう。遅くなって、ごめん」

 自分でも予期しない内に、涙があふれた。
 「ありがとう」
 涙を拭い、言った。

 その時、丁度、時計の針が午前零時をさした。
 あなたはそっと、抱き寄せてくれた。
 「あっごめん。オレ濡れてるのに」
 あなたはそう言って、腕を離そうとした。
 「いや、このまま。このままで」
 濡れたっていい。気にしない。
 このままでいたい。

 ありがとう。
 本当にありがとう。


 幸せ者だ。
 幸せすぎて、明日が怖い。

 でも、今はこの時を大切にしよう。
 幸せすぎる時間を、めいっぱい肌で感じればいい。

 きっと、明日からまた、素晴らしい日々が待っていると思うから。