好きな人ができた。
だから、バレンタインにチョコを渡そう思った。
自他共に認める内気で陰気な私がどうやって彼と出会うことができたかというと、
近くの道の曲がり角。そこで出合い頭、ぶつかった。それがきっかけ。
朝だったので、彼は学校に遅れてしまうと「ごめん、大丈夫?」と倒れた私を優しく抱き起すと、
もう一度「本当に、すいませんでした」と頭を下げて、走って行ってしまった。
ありきたりな、どこかの少女マンガのような出会いだけれど、
私にはそれで十分だった。
翌朝、偶然にもまた同じ場所で彼と出会った。
今度はぶつかることはなかったけれど。
「あ」私はびっくりして、立ち止った。
彼も、昨日の今日のことなので私のことを覚えてくれていたようで、
軽く微笑んで会釈をして、また走っていってしまった。
その日を境に、私と彼の距離はぐっと縮まっていた。
というか、最初から距離はかったのだ。これは物理的な話だけれど。
奇遇なことに、私と、彼の通学路は見事に被っていたのだ。
初めてぶつかった交差点からバス、そして電車まで。
「おはよう」
ある日私は勇気を出して声をかけることに成功した。
お互いに存在は認知していたので、彼は振り返ると驚いた表情で私を見、
そして「お、おはようございます」と声を裏返らせてぎこちない返事をした。
なんだか初々しくて、かわいい。
そのことが恥ずかしかったのか、次からはただ会釈をするだけだった。
それもまた、愛おしくてしょうがなかった。
あ、ごめん。さっき私はちょっと嘘をついた。
正直なことをいうと、彼に合わせようとして私がちょっと遠回りしたりしてた。
でも、それは恋する女のご愛嬌といったところで勘弁してほしい。
ほら、『恋は盲目』って言うじゃない?
彼はとっても照れ屋で、私と目が合うといつもすぐに目を逸らした。
彼と別れ、彼から目を逸らした目に映るのはバレンタイン一色のショーウィンドウ。
まさか、こんな日が来るなんて思わなかった。
今までチョコを渡そうと思ったことなんてない。そんな私をこんな風に変えてしまう。
それがきっと、「恋」というものなのだろう。
私は彼に渡すためのチョコを買った。
出来合いのものではない。やっぱり本命は手作りじゃなきゃ。
彼が食べて幸せになるようなチョコを作らなくては。
そう思いながら隠し味を、一滴。
ラッピングまで終えて、安堵のため息をついた。
ついに明日。勝負の日に備えて、おやすみなさい。
今日はいよいよバレンタイン。
私は下校時間を狙って、校門で待ち伏せをした。
きっと彼はびっくりするだろう。
そして、想定外のサプライズに歓喜するだろう。
そんな彼の姿を想像して、私は頬を緩めた。
彼の声がした。
私は、胸をときめかせながら彼の前に飛び出した。
彼と目が合う。
彼の表情が一気に変わった。
――歓喜ではなく、恐怖の表情に。