「イルカはいるかい?」
急に投げかけられた突拍子もない問いに、ミズコは「はぁ?」と素っ頓狂な声を挙げた。
ちゃぽん。
近くの水面で、小魚の跳ねる音が響いた。
「何を言ってるの?オジサン。それはイルカがこの池に居るか、ということを聞いてるの?それとも、イルカが欲しいかどうかってことを聞いてるの?どちちらにしても、質問のなりたたない質問だわ。第一に、ここはどこにも繋がりのない淡水の池でイルカが居るわけがないし、もしも居たら欲しいとは思うけど、飼うことは現実的じゃないわ。お金ももってないし――」
じゃぽん。
近くの水面に、大きな頭が顔を出した。
キュイイイイイ。
「うそ……」
「言うより、見る方がはやかったね」
ミズコは驚いて言葉を無くした。
オッサンが、ニヤリと笑った。
キュイイイイイ。
イルカが、ミズコを目指すように岸に寄ってきた。
キュイイイイイ。
ミズコが恐る恐る手を伸ばす。
つるつるとした心地よい手触り。不思議な温もり。
黒い瞳が、きらきらとした眼差しでこちらを見ている。
「ねぇ…オジサン。一緒に泳いでもいいかな?」
「ああ、いいとも。ただし、このことは誰にも言ってはいけないよ。」
「わかった」
ミズコは服を脱ぎ捨て、池に飛び込んだ。
イルカは寄り添うように、隣を泳いでくれた。
イルカと泳ぐことがこんなに楽しいなんて。
ミズコは時間を忘れてイルカと泳ぎ続けた。
その日から、ミズコは毎日イルカの元を訪れるようになった。
誰と何をするよりも、至福の時だった。
もともと友達づきあいが苦手だったミズコに、秘密を守ることは容易いことだった。
日に日に、水の中にいる時間が長くなり、帰る時間が遅くなっていった。
親に怒られもしたが、毎日笑顔で返ってくる姿に、やっと友達の輪に入ることができたのだろうと、
あまり強く言われることはなかった。
そうして一年が過ぎたある日。
ミズコの前で、イルカが死んだ。
あまりの悲しさに、ミズコは泣き叫んだ。
「もう一度、いっしょに泳ぎたいかい?」
オジサンの問いに、ミズコは深く頷いた。
キュイイイイ。
不思議な事に、死んだはずのイルカが池の真ん中でミズコを呼んでいた。
ミズコは迷いなくそこに向かって泳ぎだした。
キュイイイイ。キュイイイイ。キュイイイイ。キュイイイイ。
すると、驚いたことに。最初の声に応えるように、
どこからともなく、一頭、また一頭とイルカが現れた。
やがてイルカの大群に囲まれたミズコは――
* * * * *
ある日の夕方。
少女が池のほとりを歩いていると、
キュイイイイ。
(ねぇ、一緒に遊ぼうよ!)
いきなり顔を出してきた正体に、少女は声を上げて驚いた。
しかしその人懐こい様子に、少女は恐る恐る手を触れた。撫でてみた。
少女の顔は、すぐ笑顔に変わった。
オジサンが少女に問いかける。
「イルカはいるかい?」