反戦屋根
鉄男は厚木航空基地のそばで小さな鉄工所を経営している、ベトナム戦争の激化で最近はNAVYの空母艦載機に加えて横田基地からAIR FORCEのベトナムカラーに迷彩されたF4Cファントム戦闘機が飛んで来るのも増えたが、息子の次郎は無邪気に喜ぶのだった。
「ドーン」不意に爆音が耳を劈いた、F4がアフターバーナーを炊いて離陸したのだ。
鉄工所の安物の薄い窓ガラスが割れんばかりに振動する、「またか、戦争反対だべ」
鉄工所の赤い平屋根には戦争反対の意味を込めて、飛行機から見えるように照準点の十字を「Against war I"m here」の文字と共に描いているのだが、空から見えているのだろうか?実はそんな鉄男の思惑とは正反対に鉄工所の屋根は飛行中に演習目標の一つとして使われているのだった。
たまに空母艦載偵察機のRF8が低空偵察の目標として高速航過して写真撮影したりして基地内では「Red roof Iron Works」としてパイロット達には有名なポイントになっていた。
それから数十年が経ち21世紀の今は、次郎が後を継いで鉄工所を切り盛りしていた。
「親父が屋根にメッセージを描いてから半世紀近くになるが、何も変わらないじゃん…」
あの頃に比べればF4ファントムがFA18ホーネットに変わった事と、ベトナム戦争当時に比べれば飛行機の数も随分減ってはいるが本質的には不変だった。
ただ過去には有り得なかったものが飛んでくることがあるのだ、どうやらグアムから遠隔操縦で飛んで来るらしい真っ白い無人機だ。
当然ながらパイロットは乗っていないので頭の上を飛んでいても、「心ここに在らず」といった具合に、なんとも無愛想というか無責任にスーッと通過して行くのだ。
父と同じく「飛行機はうちの屋根見てんのかねえ?」うっとおしげに見上げていると、今日はいつもと違い、なんと無人機からオレンジ色の筒が落ちてきた。
それは見る見る内に大きくなり鉄工所の屋根に書いてある照準点の十字の中央に突き刺さって紫煙をもうもうと吹き上げだした。
消防車が何台も来てボヤ騒ぎになり、マスコミにも取り上げられニュース沙汰になった。
あとから分かったことだが、遠隔操縦していたグアムの新任オペレーターがモニターに映った「次郎の鉄工所の屋根の十字」を「硫黄島にある似た建物の屋根にある十字」と錯覚して演習用の発煙弾を誤って投下したのが真相だった。
やはりその場に人間が介在する有人機に対し、遠隔地から限られた視界のモニター画面で操縦される無人機の限界を露呈する結果を晒し、期せずして反戦メッセージが世間に伝わったのだった。
実に半世紀近く経って、鉄工所の屋根に描いた父、鉄男の思いは結実したのであった。
それからは、あの白い無人機が鉄工所の上を飛ぶことはなくなった。