げたにばける
今月のゲスト:新美南吉
村がありました。村のそとを、おがわがながれていました。川のきしには、はんの木がしげっていました。
はんの木のしたで、おかあさんのたぬきが、こどものたぬきに、ばけることをおしえていました。
「おてらのこぞうさんにばけるときは、ころもをつけて出るのだよ。おさむらいにばけるときは、まげをつけて、ひげをはやして、かたなをおこしにさしてね」
「それでは、おてらのこぞうさんにばけてみよっと」
こどものたぬきは、こぞうさんにばけてみました。けれどもたいへんなことに、こぞうさんが、ぴんとひげをはやしていました。
「だめだよ。おひげなんぞつけたりして。それは、おさむらいにばけるときだよ」
おかあさんのたぬきは、がっかりしていいました。
そんなぐあいで、こどものたぬきは、なかなかうまくばけることはできませんでした。それでも、どうしたことか、げたにばけることだけは、たいへんうまいものでありました。
そこでこどものたぬきは、げたにばけました。そして、はんの木のしたに、ころがっていました。
するとむこうから、ひとりのさむらいがやってきました。さむらいは、げたのおをきって、こまっているところでしたので、
「や、これはうまいわい、ここにげたがおちている」
といって、こどもだぬきのばけたげたを、はきました。
木のかげから、このようすをうかがっていた、おかあさんだぬきは、たいへんなことになったと、目をまんまるくしておどろきました。
さむらいは、すたこらあるいていきました。
こどもだぬきは、いまにもつぶれそうで、おもわず、
「ぐっ ぐっ」
とこえを出しました。さむらいはびっくりして、足もとを見ると、げたのうしろに、ふでのほのようなしっぽが、ちょろりと出ていました。
けれどさむらいはかまわず、どんどんあるいていきました。
「ぐっぐっぐっ、かあちゃん」
こどもだぬきは、たまらず、とうとう大きなこえを出して、なきだしました。
おかあさんたぬきはしんぱいして、木のかげをかくれて、さむらいのあとをついていくのです。
そのうちに、さむらいは村に入っていきました。
村には、げたやがありました。
さむらいは、げたをかって、こどもたぬきのばけたげたを、おもてに出してやり、おあしを一つやって、
「や、ごくろうだったのう」
といいました。
こどもだぬきは、おあしをもらったので、さっきのくるしさもわすれて、よろこびいさんでかえっていきました。