ぼくの力とストレスと
エルツェナ
やっとのことで用事が終わって。
「…ああ、よくあの場を我慢し通せたなあ…」
思い返すだけでも腸が煮えくり返る程の出来事を乗り越え、人が倒れそうなほどに睨んでしまいそうなほどの怒りを抱えた状況で、本当によく我慢出来た…。
「早くこの怒りを発散して、お菓子でも貰お…」
外せない用事だからこそ我慢出来たんだ、そう思いつつ家まで戻ってくると、ボクシングジムに道場破りがいた。
窓越しに所属プロのトレーナーをしている父親と目が合い、プロに挑まれる前に食い止めてくれ、と目で訴えられる。
丁度怒りの発散場があることにニイッと笑うと、父が怯えた様な顔をしたようだった。
「ただいまー」
わざと間延びした挨拶をしながら入り、
「お客さんにしては、凄く荒れてるね」
そのまま一瞥し、道場破りの実力を測る。
ジム内はまさに屍累々といった状態で、立っていたのは父親と、道場破りに睨み合っている所属プロだけ。 だけど、近々試合を控えているためプロは手を出すわけにも行かず、しかし相手にならなければ看板を持って行かれるところだっただけに、父の真剣な目も頷けた。
「今日は機嫌が悪いから、聞こえる内に言うよ」
さっさとグローブを着けて紐を素早く結んで貰い、リング下からロープ最上段を手も使わずに飛び越えて道場破りの前に現れて戦闘態勢を取る。
「死んだら、ごめんね」
道場破りがあたしを一瞥だけしてプロに視線をやった瞬間その胸骨ど真ん中に全力を叩き込むと、ロープ同士の間を抜けて窓ガラスを背中から突き破り、面した交差点から15m位離れた所から転がり始め、やがて道路の真ん中に大の字になる。
「うわ、こんな所まで飛んで来た!」
「まーた、せなの嬢ちゃん新記録か…」
そんな感じで隣近所がざわめき出し、手早く救急車が呼ばれ、事情聴取に来るだろう警察より先に石で路面に線を引いている…それは、大体月に一度の風景だった。
「…ねえお父さん、丁度良いスクラップ、ない?」
一撃で終わってしまって全然フラストレーション発散も出来ていない事を悲しむ背中を見せながら問うと、
「ありがとう、せな、助かったよ。 そう言えば支柱が1本、中までさびたから廃棄するつもりなんだ、良かったら手伝ってくれないか」
宛てがあったのか、良い返事が返ってきた。
「また小さくしていい?」
こう問うたあとに帰ってきた、頼むよの声に、やっと遠慮なく全力で殴れる、と心から上機嫌になれた。