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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage3
第97回バトル 作品

参加作品一覧

(2017年 8月)
文字数
1
深神椥
1000
2
ごんぱち
1000
3
サヌキマオ
1000
4
Bigcat
577
5
横光利一
1125

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光と陰
深神椥

 今週末、友人のヒロカズが温泉でも行こうと誘ってきたので、久々に羽を伸ばすことにした。
土曜の朝、ヒロカズが車で家まで迎えに来てくれた。
僕が車の後部座席に乗り込むと、助手席のヒロカズが「おはようナオヤ」と顔を覗かせた。
「おはよう。あれ?」
僕は運転席を見た。
「おはよう。久しぶり、ナオヤ」
「ユウイチ?」
「六年ぶり、かな」
僕達三人は高校まで一緒だったが、ユウイチだけ別の大学に進学した。
「よくわかったな、オレのこと」
「わかるよ。目元にホクロあるし」
「アハハ、そっか」
「二人とも話は後でいーから」
「あぁ、じゃ行くか」
目的地は以前三人で訪れたことのある温泉宿で、車では三時間程かかる。
―どれくらい走ったか、ふと見た窓の外。
 森の中、隠れるようにして建っている白いお城のような建物。
 ノイシュバンシュタイン城のミニチュアのような。
「ヒロカズ、あんな建物あったっけ」
「どれ?」
「あれ、森ん中」
僕は指を差したが、見えなくなってしまった。
「あったんじゃない?前来たの何年も前だし」
あったかな、あんな目立つ建物。あったなら憶えてそうだけど。
 それから昼過ぎには宿に到着した。
僕達はゆっくり温泉に浸かり、食事も満喫した。
「やっぱいーな、温泉て」
僕は布団の上で伸びをして言った。
「よかったな」
窓の傍に立ち、湖を眺めながらユウイチが言った。
「誘ってくれてありがと」
ユウイチがフッと笑ったのが聞こえた。
「……ユウイチって彼女いんの?」
「何だよ急に」
「いや、昔からあんまそういう話聞かないからさ」
「……いないよ」
「へぇーいないんだ」
「……お前は?」
ユウイチがこちらに体を向け、そう言ったその時、部屋の入口でバタバタと音がし、ヒロカズが入って来た。
「ただいまー。飲み物とおやつ買って来た。パーッとやろ!」
そう言ったヒロカズは浴衣がはだけていた。
僕とユウイチは顔を見合わせ、クスクス笑った。
「何笑ってんの?さぁパーッと!」
僕達は学生時代に戻ったようにはしゃいだ。

 翌日、僕は昨日見た「お城」をもう一度確認しようと思ったが、昨日見たと思われる場所のどこにも見当たらない。おかしい、昨日の今日でなくなるはずはー。
 その時、「ナオヤ」と呼ぶ声がして顔を上げると、ユウイチがミラー越しに「また来ような」と言った。
ヒロカズもこちらを向いて笑っていた。
僕は「あぁ」と答えた。

 その時は、またあの「お城」も現れてくれるかな。
 僕は、そう強く願った。


光と陰 深神椥

たぬきのたからばこ
ごんぱち

 殺人現場には、ジャスミンの香りが漂っていた。
 現場となったとある資産家の洋館の客室内は、窓が開け放たれ全体がびっしょりと濡れている。
 調度品は洋箪笥、布製のソファー、サイドテーブルの上にステンドグラス電気ランプ、そしてベッドの上には。
 男の死体が仰向けに横たわっている。
 死体の手には、キャップを取ったマッキーが握られ、花柄のシーツに文字が書き殴られていた。

「よお、下田さん」
 規制線の黄色いテープをくぐり、中年過ぎの男と少年が、やって来る。
「四谷探偵、お待ちしていました」
 年配の鑑識官は丁寧にお辞儀をする。
「早速見せて貰うぞ」
 私立探偵の四谷京作と助手の蒲田少年は虫眼鏡を取り出し、殺人現場となった客室の観察していく。
 たっぷり二時間程調べた後。
 四谷の鋭い眼差しは、シーツの上にマッキーで書かれた文字をついに捉えた。

「むむむ、この暗号はなんだろうな、蒲田少年? 『たころしたたたのはたたたろうたたた たぬき』」
「先生! ひょっとしてこの『たぬき』がポイントなのでは!?」
「そうか! だとすると……『ころしたのはたろう』!?」

「やい太郎、館の主の転左礼太仁(ころされ たひと)を殺したのは貴様だ!」
「な、ななな、何を根拠に?」
「ダイイングメッセージが何よりの証拠!」
「ば、馬鹿な、ミスリーディングを狙って、オヤジの遺した『たろう』のまわりに関係ない文字を書いた上に、間違ったヒントまで添えて、『ころしのはろう』、『殺しの波浪』つまり、波で死んだのだと見せかけようとしたのに!」
「え……蒲田助手、そういう風になったっけ?」
「あっ、確かに!」
「アッチャー、イッケネェ!」
「じゃあさ、じゃあさ、先生。『いっぱい』の『い』を『お』に替えたら?」
「おっぱい! わはは、おっぱい!」
「畜生、かくなる上は崖まで逃げて!」
「蒲田少年!」
「OK、先生!」
「……きゅう」

「――嫌な事件だったな、蒲田少年」
「はい先生。相続者不在で遺産が全部国庫に行って、誰からもお金取れませんでしたからね」
「畜生、旅行の途中で偶然に居合わせた事件なんかに首ぃ突っ込むんじゃなかった! あああ、仕事ぉおお!」
「まあまあ、少し落ち着いて。現場で拾ったジャスミンティーでも飲んで下さい。ほら、アーモンドの実のような甘酸っぱい匂い」
「ふうん……って、これ青酸カリ入りだ!」
「ええっ! ど、どうします?」
「捨てろ捨てろ、もう判決出てるから!」
たぬきのたからばこ ごんぱち

豆腐
サヌキマオ

 眠れないので夜中の二時過ぎ、網戸だけ閉めて二階から窓の外を見ている。二階からの眺め、といっても路地の小さな家である。
 家の前は銭湯で、左手にはずっと正方形のタイル張りの壁が続いている。壁の裏には岩風呂があるのを知っているが、同時に男湯であるので何の感慨もわかない。たまに頭の悪い学生らしき、はしゃいでいる声のする時がある。右手には銭湯の客用の駐車場があって、深夜は地面からポールが引き出されて車が入れないようになっている。駐車場の端は四つ角になっていて、柵を超えた向こうにはあんず公園と呼ばれる草地がある。あんず公園という名前から察する通り、丘の上にはあんずの木が植わっていて、昼には木の下でコンビニ飯を食う人がいたり、近所の小学生がリコーダーの練習をしたりしている。たまに深夜でもベンチにひっそりと人が座っていることがあって、何か物悲しい、のっぴきならない事情があるものと考えられる。
 今日は公園のあんずの木の下あたりに豆腐がたたずんでいる。豆腐は遠目にも真四角と云っていい塩梅で、息を詰めて見ているとやおらこちらに歩き始めた。
 街灯の下を豆腐が歩いている。街灯といっても昨今はLEDであることが多く、昔の水銀灯に比べると随分と寒々しい(特に冬は)眩しさだと思うのだが、白灯の下で豆腐はさらに輝いて見える。近づいてくるとよくわかる。脇から六本の黒い足をにょっきり生やし、ひたひたとうちの方にやってくる。とっさのことなので頭が働かないが、この距離であのサイズに見えるのだから、実際は二メートルくらいあるのではないだろうか。
 誰か人が通りかからないだろうか。こういう時に人が通りかかるとどうするのだろう。びっくりして回れ右で逃げ出すだろうか。それとも私のようにじっと観察してしまうだろうか。よく考えてみればわかることだが、今の私は豆腐から何の危害も加えられない、という前提のもとでこうして観察をしていられるのである。これが玄関の木戸一枚隔てての遭遇だったら、やはり逃げて警察を呼ぶかもしれない――車がここに通りかかったら、自転車がここに通りかかったらどうなるだろうか。猫は。カラスだったら。

 そんなことを考えているうちに、とうとう豆腐は家の玄関の前で足を止めてしまった。
 しばらくぷるぷると考え込んでいるようだったが、意を決したように足を突っ張って伸び上がり、インターホンを押して全力で逃げていった。
豆腐 サヌキマオ

木箱
Bigcat

 神戸のOL,A子さんは28歳。すらりとした体躯の美人だが、内気で無口なため、彼氏はまだいない。趣味はハイキングで、四月末のある日曜日の午後、郊外の小さな駅で初めて下車した。ここは神戸近郷にしてはのどかな駅で、改札口は無人。
「きっぷと乗り越しされた運賃はこの箱の中にお入れください」と書いた、さい銭箱によく似た木箱があるきりである。
 80円乗り越ししていたA子さんは、財布を出してみたが、たまたま小銭がない。
 あたりはひっそりしていて人目もなく、学生時代は友人の真似をして、どきどきしながらキセルをしたこともあるA子さんではあった。ところが、どうしたわけか「きっぷ……」の木箱がどうにもだませず、A子さんはわざわざ踏切をこえた菓子屋まで小銭を作りに走ると、くだんのさい銭箱に間違いなく80円、
「としゃん!」と投下した。その日はなんとなくすっきりした気分で残りの時間を過ごすことができた。
 翌週の金曜日は飲み会だった。会社の同僚とワインを傾けているうちに、A子さんもリラックスして、ほっぺたを桜色に染めながら、隣に座った同期入社の男性とおしゃべりした。その時少し調子に乗って、無人駅の木箱の話をしたら、それまで楽しそうに相槌を打っていた男性が何かをじっと考え込むような表情をみせて、
「そりゃあ、ええことしたなァ」と言った。
 その男性は今のA子さんの旦那だ。

盲腸
今月のゲスト:横光利一

 Fは口から血を吐いた。Mは盲腸炎で腹を切った。Hは鼻毛を抜いた痕から丹毒に浸入された。此の三つの報告を、彼は同時に耳に入れると、痔が突発して血を流した。彼は三つの不幸の輪の中で血を流しながら頭を上げると、さてどっちへ行こうかとうろうろした。
「やられた。しかし、」とFから第二の報告が舞い込んだ。
「顔が二倍になった」とHから。
「もう駄目だ」とMから来た。
――俺は下から――と彼は云った。
 彼はもうどっちへも行くまいと決心した。死ぬ者を見るより見ない方が記憶に良い。彼は三点の黒い不幸の真中まんなかを、円タクに乗って、ひとり明るい中心を狙うようにぐるぐると廻り出した。血は振り廻されるように流れて来た。
――俺は下から、
――俺は下から、
 下から不幸が流れ出す故に、頭の上の明るい幸福を追っ馳けるのだ――だが、廻れば廻るほど、彼に付着して来たものは借金だった。――幸福とは何物だ?――推進機から血を流して借金を追い廻す――その結果が一層不幸であると分っていても、明るいからを追っかけ廻したそのことだけでも幸福だ。――それが喜ばしい生活なら、下から不幸が流れ出してしまうまで、幸福な頭の方へ馳け廻ろう。――死ねば不幸はなくなるだろう。――死なねば、幸はなくなるまい。――四人の中で死んだ者が幸福だ。――誰がその富籤とみくじを引き当てるか。――彼は競争する選手のように、円タクに乗って飛んでいた。
 と、Mが死んだ。
 彼は廻り続けた円タクの最後の線をひっ張ってMの病室へ飛び込んだ。が、Mの病室は空虚からだった。医者が出て来て彼に云った。
「今日、退院なさいました」
「どこへ行ったのです?」
「さア、それは分りません」
――それゃ、そうだ。
――だが身体の中で何の必要もない盲腸でられると云うことは?
――身体の中に、誰でも一つ、幸福を抱いていると云うことになって来る。
 彼は円タクに乗って、盲腸のような身体をホテルに着けた。ホテルのボーイは彼に云った。
「もう部屋は一つもございません」
 その次のホテルも彼に云った。
「もう部屋は一つもございません」
――死を幸福だと思うものに、ホテルは部屋を借す必要は少しもない。
 彼はまたぶらりと円タクの中へ飛び込んだ。
「どこへ参りましょう」と運転手は彼に訊いた。
「どこへでもやってくれ」
 円タクは走り出した。彼は運転手の後から声をかけた。
「明るい街を通ってくれ、明るい街を。暗い街を通ったら金は出さぬぞ」
――盲腸が円タクの中で叫んでいる。
 彼はにやりと笑い出した。
――此の盲腸は、今度は誰を殺すのだろう。
――だが、身体の中に、誰でも一つの盲腸を持っていると云うことは?
 彼は街路を、血管の中の虫のように馳け廻った。だが、此の盲腸はどこへ行くと云うのだろう。