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第30回1000字小説バトル Entry23

愛と正義

 冬の朝、自宅から駅に向かう路上で、私は愛と正義に出会った。四十代も半ばを過ぎての再会は、懐かしさよりも恥ずかしさが際立った。
 青春の日々、時に愛は炎の如くこの身を焦がし、私はそれを持て余し、狂ったように転げ回った。この愛に全てを賭けると思い詰め、眠れぬ夜は数知れず、正に命を燃やしたものだった。
 そして正義は、そんな私に力を与え、私は正義に振り回された。反体制の名のもとに学友と校舎に立て籠もり、社会の規範と戦った。
 出勤途中の身体に力が漲り、私は震えた。そうだ、私には、愛と正義がついているのだ。出社はいつもより十分ほど遅れた。
「課長、また珍しいものを持ってこられましたねえ。これって義理と人情ですか」職場に着くと、課員の田中君が私の連れを眺めて言った。
「義理と人情じゃないわよ。課長の世代は愛と正義。そうでしょう」課員の佐藤女史が訂正してくれた。そういえば、彼女も先月から情熱と自由を肩に乗せて出社している。
 課内朝礼の後、私は背後に控えた愛と正義の気配を感じつつ、日常業務を遂行した。周囲から浴びせられる好奇の視線に、照れくさい思いと多少の誇らしさを味わっていた。
「加東山君いったい何のつもりかね」噂を聞きつけて私を自室に呼び出した部長の第一声は、呆れ果てた響きを含んでいた。「今さら、使い古した愛だの正義だのを持ち出して、世直しでも始めようというのかね」
 私は今朝の愛と正義との再会のいきさつを話し、他意がないことを説明した。
「話はわかった。しかし、そういうものをこれ見よがしに臨席させるのはどうしたものか。わかっているとは思うが、会社もたいへんな時期なんだ。合理化に向けてリストラを遂行しなければならん。君にその意志が無いとしても周囲が変に気を回して、社内の結束に水を差したりしたら困るんだよ。なにより、社員ひとりひとりの志気を鈍らせることになりかねない。わかるね」つまり、みっともないから仕舞っとけと言われた。それは部長の忠義と従属の表れだろうか。それともただの事無かれ主義のなせる業か。
 自席に戻り、私は困った。どうやって愛と正義を仕舞えば良いのかわからなかった。元々仕舞い込んであったものを取り出したわけではない。なぜ表れたのかも、何にどうやって使うのかも、もうとうに忘れてしまった。
 そんな私に愛想を尽かしたのか、昼休みのチャイムの前には愛と正義は姿を消した。昼食は蕎麦を食した。

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