第30回1000字小説バトル Entry24
年が開けて一週間もしないうちに故郷に帰ってきた。この正月は帰ってくる予定はなかったが妻と子供をおいて帰ってきた。一人暮らしをしていた母親の葬式のためだ。それほど親しくない本家の他にはもうこの小さな町には親族はいない。帰ってくるのもこれで最後だろう。本家の人間が少しだけ来てすぐ帰っていった静かな葬式。最後まで世話を焼いてくれたのは今もこのバス停まで見送りに来てくれている三つ年下の従妹の静恵ちゃんだけだった。有り難いことだったが一日数本しかない遅れがちなバスを待つ吹きっさらしのバス停で二人立っているのはなんとなく気まずく、早くバスが来ないかと祈ってしまう。
昔の思い出話も尽きてきた。それでもこの寒い道端で落ち葉の音だけを聞いているのは辛い。抜け出せなくて会話の糸を辿る。
「旦那さん元気かい?」
「うん、まあ」
「子供は?」
「まだ。もうないと思うけど。そっちは?奥さんと男の子いたよね?」
糸を手繰れば行きたくないところにも行き着いてしまう。伴侶の親の葬式にも来ないのは、もちろん田舎の寂しい葬式だからというだけの理由ではない。
「まあね。元気だと思うよ」
小さな言葉の端々は、言いたくないことから糸を遠ざけていく。
「あのさあ、どうして町を出ていったの?」
そうあれは十八のとき。どこかへ行かなければ居場所がないようで町を飛び出た。
「知ってるよね。好きだったんだよ」
知っていた。僕も好きだった。だからといって父のいない忌み嫌われた分家の僕にどうすれば良かったというのだろう。
「そうだね」
それしか言えない。他の言葉を言えば町を出てからの全てが間違いだったと認めるようで。
「せめてどこに住んでるのか教えて欲しかったな」
それを教えていれば何か変わっていただろうか?分からない。言葉が出てくる前にエンジン音がしてバスが近付いてきた。
「行くよ」
僕は停まったバスのタラップに足を掛け、そして振り返った。そして静恵ちゃんに残り一週間になった駅名だけしか書かれていない定期券を手渡した。静恵ちゃんは何も言わず風に吹かれる長い髪を押さえながらそれを受け取った。いまでも住所や電話番号は教えるわけにはいかない。それでも僕はそこで生きている。そして静恵ちゃんはここで。
バスの後ろの窓の向こうにもう訪れることのないこの場所で、この場所を出ることがないであろう静恵ちゃんが小さく手を振っているのをいつまでも見ていた。