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第31回1000字小説バトル Entry1
12月24日。恋人と宅配ピザとケーキを食べながらアロマキャンドルに火をつける。その瞬間、訳も分からず僕の胸は締め付けられた。そう、それはまさに甘く切ないという形容がぴったりの息苦しさで、僕の頭を混乱させる。
その息苦しさの中で僕は、溺れる者が掴むわらのようなかすかな光をたよりに、記憶の暗闇の中を這い進む。薔薇、そうだこれは薔薇の香りだ。混乱の中、もっと早く気付くべきことにやっと思い当たる。そしてそこから一気にかすかな光はまぶしく拡がり、小さな部屋を照らし出す。骨董品のようなユニットバスとせまいロフトがついていて、ひからびた薔薇の花束が飾られている。
もう6年になるだろうか。僕は世界への憧れや不安を確かめるように、その部屋に通った。まだ若くて田舎者の僕は、そこへ辿り着く度に打拉がれていたけれども、僕は通うのをやめなかった。そこには僕が幼い頃から追い求めていた僕になるための鍵が隠されているような気がした。
でもそんな理想の僕は幻想でしかなかった。自分が何者かになれるということが幻想でしかなかった。それに気付かない僕は、自分自身だけでなく、彼女のことも傷付け続けていた。だからと言って、僕が甘やかされて生きてきて、流されるように生きてきて、現実に目を向けることが恐い、どうやって自分の足で歩いて行ったらいいか分からないと告白したところで、僕らは、いや僕は救われただろうか。
最後に彼女はこう言った。
「あなたのことを本気で愛してくれる人はこの先誰もいないわ」
そして彼女は大人の男と去っていった。
それは僕にとって呪の言葉でもあったし、予言でもあった。僕はもがき苦しみながら、醜い自分をさらけ出して、孤独の中で涙を流した。
今でも時々、理想の僕の幻想が僕の前に現れる。その幻想に惑わされたり、目を眩ませられたりして、僕は過ちを犯す。でも僕は、気付いている。この世界の美しさに。自分の小ささ、醜さに。
そして僕は恋人とともにキャンドルの火に蓋をする。
僕はもうあの頃の彼女よりも年上になったけれども、あの頃の彼女よりも大人になっただろうか。あの頃の彼女に釣り合う男になっただろうか。
火が消えた後も漂う薔薇の香りが、あいも変わらず僕の胸を締め付ける。
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