第31回1000字小説バトル Entry19
ゆらゆら。ゆらゆらゆら。
ああ綺麗だねえ。潮にのっていっせいに珊瑚の卵がながれていくよ。
こまかい粒子がふわっと散らばって。水面からほのかに差し込む月の光をきらきら反射して。
まるでむかあし見た天の川のようだねえ。
今夜で何回目かねえ。ここでこうやって珊瑚の卵を見るのは。
あたいが海に落ちたのはいつだったかなぜだったか、もうそんなこと忘れちまったよ。
崖っぷち歩いてて足滑らせたのか、自分から飛び込んだのか、
はたまたあの男に放り込まれたのか。
今となっちゃ、そんなのどうでもいいことじゃないか。
ここは深すぎず浅すぎず、海鳴りも荒れすさぶ時化もとどかないのさ。
ほどよい暖かさとほの暗さ、はてしなくいつまでも続く安息。
おっかさんのお腹の中ってのが、ちょうどこんな感じだったのかねえ。
さあ魚たち、もっとお食べ。腹一杯あたいをお食べ。
海の底でゆるゆると朽ち果てるあたいには、他にできることがないんだから。
この髪も目も皮膚も肉も内臓も、どこでもいいよ、腹がくちくなるまでお食べ。
これでも浜では小町娘で通ってたんだ、まだまだいけるだろう?
あたいのおかげで、あんた達、最近とみにぷくぷくと肥え太ってきたじゃないか。
あんた達をつかまえて日々の糧にしている浜の漁師たちも、さぞ大喜びだろうねえ。
あたいの命は、細胞の1つ1つとなって、あんた達の腹の中で生き返るんだよ。
そして、ほら、浜で漁をしてるあの男の、あの網の中に入るのさ。
あの男が持ち帰った魚を、あたいを、女房が料理する。
あの男が女房と仲睦まじくつつく魚が、まさかあたいの命でできているなんて、
あの男は露ほども思わないだろうねえ。
ははは、考えただけでぞくぞくしてくるってもんさ。
あれほど願っても焦がれても届かなかった夢が、あの男とひとつになるってえ夢が、
こんなにあっさり叶うなんてねえ。
そのうちあんた達が隅々までしゃぶってくれたら、あたいは真っ白の骨になれるんだねえ。
さあて、身軽になったらどこに行こうか。
うん、やっぱりあの男につきまとうだろうねえ。あれほど惚れた男だからねえ。
女房にじゃまされずに始終くっついていられるなんて、なんてえ幸せなんだい。
ああ、その日が待ち遠しいよ。早く来ないかねえ。
ゆらゆら。ゆらゆらゆら。
珊瑚がゆれる。あたいがゆれる。命がゆれる・・・