←前 次→

第32回1000字小説バトル Entry1

夕凪

 赤い光の帯が伸びてきて、辺りを彩っている。変形した草木の断片が夏の澱んだ夕凪と共に舞っていく刹那、刹那、視界は粒子の世界を垣間見させ、夕焼けに炙られた赤はその日の終りを告げながら、暗闇を拒んでいる。
 鴉が獲物を求めてざわついた。電柱の間を、飛び交っている。腐敗した臭気は彼等の血肉になり、その前所有者である人間は沈み往く太陽の下、追い立てられるように家路にあった。鴉は褐色の点を散りばめては、その速度を速めるのに忙しく、一仕事終えぬ内に、また、目星の場所へ戻っていた。
 公園は次第に黒く、夕餉を告げる声に、子供達は腹を空かせ、遊具の一つ一つに名残が揺れた。
 やがて皆に訪れる歓楽など、ここにはもう、ありはしない。虚ろな影と臭う風とペンキの剥げたベンチに座る僕しかいないのだ。植え付けられた木々は血の気を失ったように押し黙り、靡いている。
 太陽が、その緻密さと偉大さを凝縮する瞬間に、人々は寝る為の準備を始める。誰もが当然のように見過ごしていく日々の欠片は、人々の欠伸と同列に扱われ、僕もまた、その欠伸に締め括られるのだろう。
 鳥達が群がってきてついばんだ。黒いビニール袋は裂け、中から欲望の使用済みが流れ出た。命の喚起と調和はくしくも、乱れて、再び、しのびよってきた。誰もが目も向けない道路の片隅に露見した残飯の汁は、ぬめぬめとアスファルトにしたたって、そこは色変わりしていく。
 永遠に続く食物連鎖の道程、鳥達にとっては僕も、その食われている残飯と何ら違わないのだ、とビニール袋にまとわりついた。食べる為だ。
 雲が夜の空をゆく。何も語らず過ぎてゆく。出たばかりの月は楕円から満月への途上にあり、途切れ途切れの奇麗な光を放つ。鳥達の貪る声も無くした公園に月の光はしじまを運んだ。
 やがて僕も家に帰るだろう。そして、眠り起きて、繰り返す。苦渋と孤独に満ち、くたびれ汚れ、目に見えない何かに投げ出され捨てられた、ふりかえろうとも思わない記憶と追いかけてくる矛盾の毎日を。不可視の夢というものに、もはや永遠に見放された僕の存在は、タイムカードの出勤時間によこたえる。・・・それでは、束の間のしじまに涙でも流そうか。・・・

←前 次→

QBOOKS