第33回1000字小説バトル Entry20
私は当時、「春を売る女」と呼ばれた娼婦と同じ東洋人の男として注目を浴びていた。当然、私は東洋人の高級娼婦の存在を知っていたが、それ以上に得したことなどなかった。
だから、私は彼女に会うまでは興味など沸かなかったのかもしれない。
私と彼女が会ったのは、彼女が丁度失恋した時期で東洋から輸入された桜が散る季節だった。私は、その当時は貧乏な作家だったので食う物にも困ってバイトをしていた。
出会いのきっかけは、ほんの偶然。ただ彼女が私と同じ黒髪だったから、と言う事だけ。
「何、あなた東洋人なわけ?」
と彼女がそう言うと、私はゆっくり頷いた。
「なんだ、仲間なんていたんだ」
彼女からは甘い香水の匂いが漂っていて、私は顔をしかめた。彼女が失恋した理由など、噂に疎い私でも嫌々聞かされる。街の噂好きなおばさん達の話で手に取るように分かっていた。
何十回目の彼女の恋愛はまた『東洋人』だからと言う事で切り捨てられたらしい。
「あなたのその黒い髪の毛なんて大嫌い」
突然そんな事を言われても、私にはどうしようもないことである。
「それでも、生きなきゃいけないのよね」
私は彼女の言葉にほとんど応えようとはしなかった。慰めなんて彼女には必要のないことだと分かっていたし、私自身どのように慰めれば良いか分からなかった。
「――――ねえ」
彼女は私の腕を掴んだ。泣き明かした虚ろな瞳は私を見上げた。私はその色っぽさにどきまぎしながら目を合わせた。
「ここから、私を連れ去って…」
鼻を刺す甘い香水の匂いと耳を舐めるような甘い言葉は当時の男達には魅力的だった。しかし、まさかそれを私が受けるとは思いもしなかった。
私は、拒否をすることは出来なかった。だから私は、彼女を連れ去った。
当然、連れて逃げたと言っても世を賑わす怪盗でもあるまいし、違う国に高飛びしたと言う訳ではない。
私に出来るのは、ただ何もせずに彼女のそばにいて手を握ってあげることだった。彼女はそれに不満を抱かなかったが疑問に思ったのだろう私にこう訊ねた。
「どうして、私を抱かないの?」
「体目当ての男だと思われたくはないから」
そして、私達はひたすら黙って空を見上げた。彼女の熱は私に伝わって、私の熱は彼女に伝わった。
当時、私は十九歳、彼女は二十歳。…幼い二人だった。だから働かなければ生きてゆけなかった。
彼女は今日も春を売っています。…私は空を見上げました。