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第34回1000字小説バトル Entry41

鉛筆

「少尉、あのう、ちょっと困った事が・・・」
 曹長の陰鬱な表情を見るまでもなく、非常にまずい状況が起こっている事を俺は察した。
「どうした、前線か?」
 曹長の返答は意外にも逆方向だった。
「いや、そのう、後方なんですが・・・」
 なんとも煮え切らない曹長の口ぶりに、平素の毅然たる下士官である彼の人となりを知る俺としても不安は隠せない。できればこのまま話を打ち切りたかったが、指揮官としてそんな無責任は許されないわけで、心とは裏腹に曹長を促せねばならなかった。
「どうした、報告は明瞭にせよ」
 曹長はやや口ごもり、やがておずおずと切り出した。
「その・・・いるんです」
「何が?」
「・・・が、いるんです」
「だから、何が?」
「救世主、なんです」
「メディーック!!」
 俺は大声で衛生技術兵を呼んでいた。
 曹長は気が触れてしまったのだろう。新兵には良くある事だが彼のようなベテランには珍しい。信頼できる副官をこういう形で失うのは痛手だ。
「あ、少尉違うんです!」
 何が違うものか。今まで彼の口から軽口ひとつ出た事はない。仮に冗談だとしても救世主だとは。ブラックにしても趣味が悪い。
「とにかく、いいからきて下さい!」
 部下であるはずの曹長に肩をつかまれた。凄まじい力だ。
 抵抗もできず俺はずるずると陣地の奥へと引きずられていった。
  
 そこで見たのは信じられぬ光景だった。
 兵が円陣で囲むその中に、男が一人たっていた。
 軽やかな白い布を身にまとい、長身痩躯。清潔な鬚が顔を覆い、長髪の上に荊の冠を頂いている。まさに、あの人だ。
「少尉、喜んでください。戦争は終わりです!」 
「少尉、救世主です、メシアです、来てくだすった!」
 俺に気がついた兵が興奮気味に叫ぶ。どの顔も期待に輝いて、まるで子供のようだった。
 瞬時に察した。こいつは敵の工作員だ。
 俺は拳銃を引き抜くと、男めがけてぶっ放した。
 弾は額に命中した。もんどりうって倒れる男。そのまま、動かなくなった。
「見ろ、死ぬじゃないか」
 空気が止まった。
 兵たちがささめきはじめた。
「殺した」
「ころした」
「コロシタ」
 馬鹿をいうな、俺は義務を果たしただけだ。
 地面に横たわっていたはずの男の姿が、ふっとかき消えた。
 なんてことだ。俺はとんでもない間違いをしでかしたのか。
 嘆息して宙を見上げると、その視線の先、何かが遥か上空を通過していった。
 それはとても小さな鉛筆にも見えた。

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