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第35回1000字小説バトル Entry48
それは咎めるかのように首をぐるりと動かし、そのぶつぶつと割れた瞳で私を見た。
思っていたよりも早いその動きに、私は戸惑った。私の戸惑いを察してか、私に目を合わせたままそれは、その濃紺と白のストライプから成る身体をさあっ、とざわめかせた。
「兄様、可愛いでしょう」
虫篭を抱え、圭子は言う。
「そうだね」
私はその虫から目を離しながら、答える。
「今日が十四月」
圭子は頭を巡らせて窓の外へ目をやり、そして私を見上げた。私に預けるように寄せられた圭子の体は、病に火照り、輪郭があやふやに感じられた。
「明日からこの子は繭を作るわ。黒い繭。珍しいでしょう。私の髪よりずっと濃く黒い繭よ」
圭子はその淡い黒髪をかき上げ、言った。
「何日ほどでこの虫は蝶に成るんだい?」
「蝶?」
圭子は笑った。
「嫌だわ兄様。この子は蝶になんか成らないのよ」
「じゃあ繭の中でこいつはどうなるんだ?」
「死ぬわ」
愛おしげな目をその虫に注ぎ、圭子は言った。
「蛹にもならず蝶にもならず、繭の中でこの子は死ぬわ」
「そうか」
私は何を言って良いのか解らず、ただそれだけを答えて圭子の手を握った。
どこまで握っても手応えの無い手だった。不確かな熱。白く透いた爪。
(私はどうすれば良いのだろう)
いつもの、出口の無い、もはや疑問とも呼べぬような、その思いが心を巡る。疼く胸を抑えるように、私は圭子の手を握り直した。
「圭子?」
いつの間にか圭子は、眠りに落ちていた。
私その身体を抱き上げ、静かに床に寝かせた。
窓の外に十四日目の月が、その半端な形を輝かせていた。月の光に、横たわる圭子の唇が青く、眩しい。
私は堪えきれず、その唇に、深く口づけする。
翌日、家に帰ると、母は憔悴しきった声で私を迎えた。
「圭子がどこにもいないの」
私は母を玄関に残し、圭子の部屋へ向かった。
主の消えた部屋は、静かに夜に横たわっていた。
(どうして)
その時、窓辺に置いてあった虫篭が、かさりと音を立てた。
夜になおその黒を輝かせる繭が、そこにあった。
私の見守られながら、その繭は静かに夜に開いた。
するりと、白く透明な蝶が繭から抜け出した。
私はそれを捕まえようと手を伸ばした。羽音が夜に響いた。何処か笑い声に似ていた。
何度かの失敗の後、伸ばした手に蝶が収まった。
(捕まえた)
そう思って私は手を開いた。
精液みたいな白い粘液に潰れた、色素の薄い蝶が、そこに居た。
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