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第36回1000字小説バトル Entry10

迎え火

 黄昏時の路地を辿っていくと、母子が小さな火を道の端に燈したところだった。 辺りの空気が、赤からだんだんと暗みを帯びて藍色に染まっていく中で、その朱灯は何故か懐かしい気持ちを呼び起こした。
「今日クラスの子がね、おうちではスイカにお塩かけて食べるって言ってた。」
「そうね、そうやって食べる人もいるわね。」
「おいしくなるの?」
「甘くなる、って言うけど。」
 つい立ち止まって、二人がしゃがみこんだまま会話するのをぼんやりと眺めた。
 炎が爬虫類の舌のように揺らめいて、まるで何かを誘っているようだ。
 下から照らされて浮かび上がる親子の面影は、年の差こそあるものの、思わず胸を突かれるほど似通っている。
「あとでそうやって食べてもいい?」
「御供えしてから。」
「いつもみたいにサイコロみたいに切らないでね。まるごと大きいのが食べたいの!」
「おもらししても知りませんよ。」
「しないよそんなこと。 ・・・・・・スイカ好きだったの?」
 まだ顔にあどけなさが残る女の子の問いには、主語が抜けていた。 けれど母親には、誰のことだか聞くまでもなかったらしい。 小首を傾げつつ即答した。
「変な人なのよ。西瓜はなまぬるいのが好きなんですって。夏らしいからって。」
「冷えてる方がおいしいと思うけど。」
「冷たくてもやっぱり西瓜は夏だと思うけど。」
 異口同音に言ってから、お互い呆れたような顔を見合わせる。 一瞬後に、同時にくつくつと笑い出した。
「でもね、熱いものも苦手な人だったわ。」
「猫舌だったの?」
「そ。だからお茶飲むときはいつも二つお茶碗を用意しといて、かわりばんこに入れ替えるの。」
 こうやってね、と右から左へと液体を注ぐ手付きだけしてみせた。 手の動きにつれて、煙が薄闇に白くたなびいた。
 夜が近付くにつれて、ヒグラシの鳴き声がどこからとなく聞こえてくる。
「そしたらちょっと冷めるのが早いのよ。」
「・・・・・・そういえばスイカもう冷えたんじゃないかなぁ。」
「まだじゃないかしら。」
 母子が内に入ってしまってからも、少しの間そのまま外で佇んでいた。
 家に入るのが寂しく、また怖かった。
 きっと仏壇には、小さく切って皿に行儀良く並べられた生温い西瓜が供えてあるのだろう。 それを見ることは、己の死亡という事実をあまりにもはっきりと目の前に突きつけるようで、いつもながら耐えられない気がしたのだ。
 蚊取り線香の独特の匂いが鼻についた。

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