第36回1000字小説バトル Entry14
残業を終えて、深夜、人気のない我が家に帰る。コンビニで買ってきた弁当をテーブルに置き、テレビのスイッチを入れる。
一人きりの淋しい食事である。娘の真理が交通事故で死んだのは、五年前の事だ。享年九歳。妻が亡くなった後、男手一つで育てた愛娘だった。
食器棚には、今でも真理の茶碗や湯呑みが並んでいる。何度も処分しようと思ったが、今日までそれが出来ずにいる。真理が死んだという現実を、認めたくない自分がいた。そういう自分を軽蔑しながらも、娘の余韻を生かしておきたいと思う自分がいた。
テレビのニュースでは、アメリカの空爆によって被害を受けたアフガンの村の惨状を報じていた。破壊された家々、瓦礫の山を前に呆然と立ち尽くす人々。私は、弁当を食べながらそれを見ていた。
一人の少女が医療テントに運び込まれる。空爆で重傷を負ったらしい。NGOの医師たちが、彼女の命を救おうと懸命の努力を続ける。私は箸を動かす手を止めて、テレビの画面をじっと見つめた。
助かってくれ。心の中でそう祈った。神など信じていなかったが、祈らずにはいられなかった。
――助かってくれ。
祈りは届かなかった。数分後、少女は呆気なく死んだ。私の心に寒々としたものが広がっていった。
二人の男が、少女の亡骸を毛布に包み、足早にどこかへ運んでいく。アフガンはイスラム教の国だから、決して火葬を行わない。それは、神が地獄に堕ちた者に与える厳罰だからだ。おそらく大きな穴を掘って、他の死者と一緒に埋葬するのだろう。少女を運ぶ男たちの顔には、何の表情もなかった。二十年におよぶ戦争は、彼らから涙さえも奪ったのか。
毛布の間から、少女の顔が見える。やわらかい睫毛、静かに閉じられた瞼、小さく開いた唇。血と泥で汚れていたが、その横顏はギリシャの彫像のように気高く、美しかった。
少女の顔が、真理の顔と重なった。私はたまらない気持になった。不意に、五年前の記憶が甦った。
「大きくなった顔が見たかった」
葬儀の後、私は真理の遺影の前で呟いた。
真理は私と買物に行くのが好きだった。大人になった真理と腕を組み、恋人の様に二人で街を歩いてみたかった。
「きっと美人になったろうに」
「今でも充分、綺麗だよ」
友人がそう言ってくれた。
――テレビの向うでは、もう一人の真理が荷物のように運ばれていく。次第に小さくなるその姿が、私の眼を刺す痛みのように感じられた。