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第36回1000字小説バトル Entry33

驚異的な舌

「うわ、まずっ!」
 四谷京作は思わず顔をしかめた。
「見た目はともかくひどい味ね」
 近藤千早も眉間に思いきりシワを寄せる。
「おっかしいなぁ」
 四谷はバッグの中から、地元情報誌『アイカワ・ウォーカー』を取り出す。
「店の名前に間違いねえもんなぁ」
「安くておいしい、筈よね? 記事見せて」
「ほら、こんとこ」
 四谷は近藤に情報誌を手渡す。
「どれどれ? 『下鷹野で行くならここ、レストラント中本。根強いファンを持つ藤沼シェフは、驚異的な舌を持ち、そのフランス料理の腕前は他に類を見ず、必ずやあなたを満足させるでしょう――』ふーん、お勧めの星も四つ付いてるわね」
「だろ」
 釈然としない顔のままで、四谷はもう一度前菜のアスパラガスを食べる。
 べちゃ。
 茹ですぎたアスパラガスは、形を留めている事が奇跡とも言える代物で、舌の上どころかフォークからもずるりと落ちてしまい、スプーンを使う他はない。そのくせ口に入れると、力強く自己主張をしてくる無数の筋。彩りに添えられたソースは、正しく彩りだけで、塩は多すぎ、酒はアルコールが飛んでおらず、ハーブに至っては台所用クレンザーで鍋を洗っている時の様な香りがする。
「まずい……」
 四谷たちが三口目を躊躇っているうちに、ウエイターがやって来た。
「メインディッシュで――」
「ウエイターさん、シェフ呼んでくれよ、シェフ」
 不機嫌な顔で、四谷が言う。
「はい」
 皿を置いた後、ウエイターは立ち去った。
「ったく、なんだろうなこの不味さは」
「そうよね、このメインもひどい味。味見してるのかしら」
「多分、雑誌に取り上げられたから天狗になってんだろ。ガツンと一言言ってやるさ」
「あっ、来たわよ」
 四谷たちのテーブルに、シェフがやって来て、一礼して――。
「シェフの藤沼でございます、れろ」
 一礼して、緑色をしたとてもとてもとても長い舌を出した。
「何だ、その態度は!」
 四谷が怒鳴る。
「客が怒ってるってのに、ふざけ半分で対応するなんて……」
「いや、これは『驚異的な舌』というのを――」
「やかましい! 今話題にしているのはあんた態度だ!」
「そうよ、こんな料理でお金取る気?」
「ええと『驚異的な味覚』って意味ではなくて、舌の形とか色が驚異的っていう意味に取る面白さが――」
「この期に及んでまだ言い訳とは、貴様それでも料理人か!」
「こっちはお金払ってんのよ!」
「なんというか言葉遊びとして、その…あの……」

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