第37回1000字小説バトル Entry14
「江ノ島に行こう」と言い出したのは、私の方だった。
アイツとの最後のデート。江ノ島へ行くのは、これが三度目だ。最初に行ったのは中学生の頃の雨の遠足。
「江ノ島の神様は弁天様という女性なんですよ。この神様はとてもヤキモチ焼きで、カップルで行くと必ず別れてしまうという言い伝えがあるので皆さん、気を付けて下さいね」
聖子ちゃんカットの若いバスガイドがしてくれた話しを、皆、笑いながら聞いていた。まさか、それが本当の事だとは知る由もなかったから。
二度目の江ノ島はつきあい始めて一ヶ月くらいの事。アイツとの初めてのキスもここだった。そうだ、もしかしたらその時の様子を、弁天様に見られていたのかもしれない……突然の雨に、ひとつの傘に隠れるようにして交わしたあのキスを。
「別にいいけど……なんだって、こんな雨の日に江ノ島なんだよ?」
アイツが不機嫌そうに言う。
「ちょっとね。もしかして私達が別れる事になった原因がそこにあるかもしれないな、って思って」
助手席で曖昧に微笑みながら私が言う。知ってるんだ。車のキーについていたセンスの悪いクマのキーホルダー。新しい彼女からのプレゼントなんでしょ?
「……ま、いっか。これが最後だもんな」
江ノ島が雨で煙ってる。国道134号線から橋を渡り、車を停める。駐車場はガラガラで、いつもは観光客でひしめき合うおみやげ屋の並んだ狭い参道も、今日は閑散としていた。
「かったりーから、これ乗ろうぜ」
『江ノ島エスカー』のチケットを買って、ふたり乗り込む。人ひとりが立つのがやっとくらいの幅の狭いエスカレーターは、無言の私達を弁天様の所まで運ぶ。
銭洗い弁天の周辺は人影も無く、丸々と太ったノラ猫達が我が物顔で闊歩していた。何もかもがびしょ濡れで、傘に当る雨の音だけがふたりを包む。
「ねぇ、覚えてる?ここで初めてのキス」
「ああ……そんな事もあったっけな」
そんな不愉快そうな顔をしないで。一緒にいるのが辛くなる。
展望台は工事中で立ち入り禁止だったので、そのまま道なりに島の裏側に降りた。そこは外海に面していて、白い波の花が岩に打ち付けられている。
「私、このまま海に飛び込んじゃおっかなー」
「……あんまりバカな事言ってっと、俺帰るぞ」
「やだー冗談だよ。それに私、泳ぎには自信あるんだー」
私は笑って泳ぐマネをした。雨が私の頬を叩く。もっと濡らして。泣いている事がアイツにバレないくらいに。