第37回1000字小説バトル Entry20
はらはらと、ただ舞う桜の花の中…
「母さん。じゃあ僕、行きます」
真っ黒なガクランを、どこか窮屈そうに身に付けて、少年は縁側の母に振り返った。
家の慣習で、背中まで伸ばしていた黒髪も先日、15歳の誕生日とともに襟元で切り落とし、軽く中で分けた歳相応の形で微風になびいている。顔にかける古びた銀縁の眼鏡は少しフレームが歪んでいたが、レンズのない伊達なためか少年にそれを気にした様子はなかった。
「気をつけてね」
薄紅色の着物をまとい、縁側に座した母が微笑む。
その頬は病で少しこけ、顔色もわずかに白かったが、腰まである艶やかな黒髪と清々とした雰囲気にそのたおやかさはいささかも損なわれていない。
「はい。母さんも、お元気で」
綺麗な人だと、少年は思う。
早くに父を無くし、祖父母の元で暮らすようになってから十年。病に伏し続けた母を置いていくことを後ろめたくも思う。
「そんな顔しないで」
心配性で寂しがりな母。
その顔は微笑みを浮かべてはいたけれど、これから遠く離れて寄宿する少年を見る瞳は不安に曇っていた。
「向こうに着いたら手紙を書きます」
メールを出すのが一番手っ取り早いけれど、機械オンチな母にはそれが一番だろうと。
「しっかりね」
「うん」
短いが、力強い声音と共に首肯する。
「じゃあ、いってきます!」
「いって、らっしゃい…」
母の声にあと押され、歩き出した先で一度、二度、振り返っては母に手を振って、少年は走り出した。
これから先に待つ出会いと、出来事への期待に胸を膨らませて。
はらはらと、ただ舞う花の、吹雪(かぜ)の中を…。