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第37回1000字小説バトル Entry21

目覚め

 タータンの焼ける匂いは、僕の中の過去の苦痛や挫折やささやかな歓喜を呼び起こし、否応無しに僕の心泊数を上げる。僕はこの緊張から早く逃れたいと思うけれども、安易にそこから脱走してしまうと、その記憶がまたこの匂いから想起される挫折感、無力感を増幅してしまうことを知っているから、僕はまた400mを追い立てられるように走り切る。
 でも今回は少し事情が違っている。これから僕が走るレースは高校最後の東北インターハイの準決勝で、これで決勝に残れなければ、いくら無様な走りをしようとも、二度とこの400mトラックに戻ってくることもないだろうし、よって、このタータンの焼ける匂いに挫折感や無力感を呼び起こされることもないのだ。
 そもそも僕がこの場に立っていることさえ場違いだと思う。陸上競技だけでなく、何においても全国的に活躍する人間が稀な東北地方において、さらに閉鎖的で臆病な気質の者が大部分を占める山間の小さな町に生まれた僕はコンプレックスの塊だった。
 よく日本人の農耕民族的な気質が、自国の知識人や芸術家に批判されたりするけれども、僕の育った町の人々は、それに輪をかけて農耕民族的だと思う。そんな文章を本で読む度に、僕は自分のことを批判されているようで、絶望的な気分になる。
 もともと色黒で、毛深くて、彫りが深い僕はよく東北人に見えないと言われるが、残念ながらその昔、北海道から東北地方にかけて暮らしていたアイヌの人々は、そのような特徴を備えていた。
 スターティングブロックをセットし終わった僕は、炎天下を避けるように、自分の荷物の置いてある日陰に入り、スタートまでの緊張と、葛藤を紛らわすように読みかけの本を開いた。
 それは、著者が日本の歴史に関して様々なテーマで、その分野の研究者と対談する形式の本で、僕はその時こんな一文を見つけた。
“アイヌ人は、狩猟生活を営んでいた縄文人の正当な後継者である”
 この一文は喧噪の中、一人座り込み、本を眺める僕の意識を一瞬で変えた。
 それまで気になっていた周りの選手達の会話がふいに遠のき、風のざわめきのようになり、体中の筋肉が急に脈打ち出したような感じがして、一刻も早く
全身の筋肉達を大きく、速く伸縮させたかった。
 スターターの合図があり、僕はスタートラインに向かう。1レーンから8レーンまで、他の選手達を見渡し僕はこう思う。
“こいつらを狩るのは雑作もないことだ”

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