第37回1000字小説バトル Entry35
私はアシスタントをしている。
心とろかすような菓子や料理を、次々とそうぞうしてゆく先生のもとで。
たとえば彼女の焼くパイ。
オーブンから取り出すと、こがね色の果実をのせてパイはたっぷりと皿にあふれる。
甘露な蜜は私達を訳なく誘うのだ。
ここではないどこか。
先生の、夢の中へ。
まるで眠り姫。
王子の現れるその瞬間まで、先生は夢の世界にいきている。
「優子ちゃんはディズニーの白雪姫みたい」
そう言って、私のまっ黒な髪やほくろだらけの白い肌に見入る、先生こそがおとぎの姫。
偶然に、王子を見つけた。
非常食の整理を頼まれたときだ。
キチンの棚の、缶詰やペットボトルとともに、彼は居た。
王子というよりプー。
それこそディズニーの、黄色いくま。
がたいのよさと、優しい奥目がよく似ていた。
写真のくまは、プリンを食べながらこっちをむいている。
満面に、幸福を描いて。
以来私は、プリン熱にうかされている。
ある日、デパートの地下で、くまに出会った。
「うふプリン」―うふ、とはフランス語で卵。
卵の殻にプリンが入っていて見た目も卵そのものだ―
を手に入れる為に「キャトル」の列に並んでいた。
隣に居たのがくまだった。
運悪く、くまのすぐ前の男性が買い占めてしまい
かろうじて2つは残ったものの、当然、順番が先のくまがそれを手に入れた。
うふプリン、なくなっちゃった。
私は一気に落胆する。
も、つかのまで、殆ど躍起になっている私は
出入口へと向かうくまを呼び止めていた。
「どうしてもそれ食べたいんです。1コだけ別のと交換しませんか」
驚いて振り返るくまは、写真のようなプーではなく、肩幅が広く、随分と背の高い男の人だった。
「そうだねぇ」大事そうに抱えた箱を差し出して、その人はゆっくり言った。
「いいよ、君にあげる。」
「え、1コ、でいいんです。1コ、だけ」
私は相当上を向き、つっかえつっかえ訴える。
「ひとつだと、不安定なんだ。それに、別々なのは妻も悲しむ」
写真と同じ優しい瞳で、彼は静かにそう応えると、じゃあこれ、と笑って背を向けた。
2週間もの長い夢から先生を覚まさせる、彼女の唯一の現実。
私はお礼の歌さえ、唄うことができなかった。
あの人の、スーツケースをひきずっていく音を追い出そうと
すかさず片瀬に電話をかける。
「一緒にプリン食べよう、今からそっち持ってく」
「珍しいね、俺にもだなんて。いつも自分だけ喰うのに」
これからはずっと、2人で、ね。
1人は不安定なんだもの。