第37回1000字小説バトル Entry34
いつものバイト帰り。
改札を抜け駅ビルを出ると、歩道橋の先にぽっかりと浮かぶ三日月が金色に耀き、小さな星屑を下から優しく受けていた。
――あっ、この月、何て言ってたかな?
光吉は疲れ切った首筋を擦りながら立ち止まった。その横を足早に通り過ぎる人波。
弧を下に描く月を見たのは初めてではなかった。ただ、人が生きて行く為に神様から授かった、忘却と言う名の癒しの中に置き去りにされた一つだった。
月の器に沢山の星が集まり、オレンジパフェの様だと感じると、ふっと昨日の様に甘い香りが蘇った。
「光吉、早く小夜子の所に行ってきな。合格祝いに腕時計を買ってくれたってよ」
光吉は喜び、伯母の所へ自転車で走った。優しい小夜子の笑顔が光吉を待っていて、小さな声で「良かったね」と言ってくれた。白い建物、白い廊下、白い扉、白いベッド。
光吉と五つ違いの小夜子の身体が小さく見えた。
あんなに元気だったのにと思いながら「早く小夜子姉ちゃんとまた映画に行きたいな」と言って笑顔を作った。
帰り道、薄暗くなった夜空に三日月が輝いていた。光吉は珍しい形の月だなと思ったが、あまり気にも止めず来た道を汗を拭いながらペダルを踏んだ。
小夜子が亡くなったのはそれから三ヶ月後だった。
光吉が知らせを受けたのは、近くの花火大会から戻って来た時だった。殺風景な部屋に留守電の赤いランプが点滅していて、実家に連絡をすると父が出た。
「戻れるなら戻ってこい」光吉は翌日の便で九州に戻った。
変わり果てた伯母の姿を目にした時、涙が溢れて止まらなかった。母は小夜子の横に座ったまま、ただ呆然と宙を見つめていた。母が末っ子の小夜子をとても可愛がっていた事はみんなが知っている。その母の悲しみは、自分の悲しみを遥かに超えていると光吉は感じた。
母に声をかけると、すっかり風を失った風鈴の様に、小さな言葉で呟いた。
「いくら受け月にお祈りをしても、神様は可愛い娘ほど、そばに置いておきたがるんだね……」
――受け月。願いを叶えてくれると言う月
――あの日からもうすぐ一年
次の電車が到着して、光吉の横をまた人々が通りすぎる。その姿はゆらゆらと揺れ、川面を流れる灯籠の様にどこか寂しげに見えた。
光吉はもう一度夜空を見上げ、しっかりと願った。
「あのーっ。母さんの願いが、いっぱいたまりますよーに!」
夜空では銀色の星が耀き、金色の受け月が静かに願いを聞いていた。