第38回1000字小説バトル Entry24
空気の層に水が混じる夏の終わり、繰り返し見るのは奇妙に歪んだ夢だ。
何しろ恋人が僕を殺す。
僕は彼女と山に登る。僕らの足下には、まだ小学生の歳の離れた彼女の弟がちょろ
ちょろして、「家族みたいだ」と興奮して居る。彼等の両親は弟が生まれて直ぐ死ん
でしまったから、両親の居る家庭の記憶が無いのだ。僕らは苦笑しつつ古びた吊り橋
を渡る。
その時橋が毀れる。
ロープが切れたのだ。僕は走って何とか安定した所へ行くが、振り返ると姉弟は深
い谷底へと落下しかけていた。手を伸ばせばどちらかには届く、けれどどちらかを見
捨てる事になる。そして僕は彼女を助けた。
彼女は泣いて僕を責める。
何故弟を助けてくれなかったの。だって君の方が助け易い位置に居たんだ。答える
と彼女は首を振る。嘘。あなたは体勢を崩してまで、あの子の助けを求める腕を素通
りして私の手を掴んだ。体重も軽い弟の方が助け易かった筈なのに。
彼女は苦痛に歪んだ顔のまま僕の首筋に指を伸ばす。首をしめる気らしい。僕はあ
あ仕方ないかなと随分簡単に諦めて、そんな彼女を静かに見ている。
そこで目が覚める。
温度の低い闇を見乍ら僕は首筋に彼女の指を探す。無い事を確認すると身を起こ
し、傍を見る。そこには静かな体温があり、すうすうと寝息をたてている。
僕は暫く彼を見た後、布団を掛け直してやる。その後僕や彼女よりずっと小さな背
中を撫でる。
考えてみれば理不尽な夢だ。過ぎる程に理性的な彼女があの状況下僕を殺す筈が無
い。自分が夜毎こんな夢を見ていると知ったら、お姉ちゃんはそんな人じゃないとこ
の子は怒るだろうか。
夢と殆ど同じ事が一月前に起こった。
現実の僕は彼女ではなく弟の手をとった。
落下する彼等を見た僕は一瞬の内に頭の中で計算した。弟と彼女では彼女の方が僕
から遠い。しかも足下は泥と苔で滑り易く、バランスを崩せば僕迄落下するだろう。
従って体重も軽く引き寄せ易い弟を選択し、腕をとったのだ。
誰も間違えて居ないと皆言った。眠れないと言って僕の部屋に来る彼女の弟も、
日々眠りを取り戻しつつある。
だから僕は何も言わない。只過ぎる時間と子供の傍で静かに一つの夢を見る。
間違える僕の夢を見る。
夜半、眠る子供の体を境目に、現実は夢と非対称を為して居る。
僕は眠る。あの夢を見る為に。どんな計算も出来ずに恋人を助けた僕と、僕を責め
る彼女に会いに行く。
彼女に会いに行く。