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第39回1000字小説バトル Entry10

日曜の午後

 美容室にセックスは付物だ。喫茶店にコーヒーが欠かせないように。
 月に一度、店休日前の日曜の午後。パイン材をふんだんに使った明るい店内を貸切にし、リクライニングさせたシャンプー台の上で私は美容師とセックスする。シャンプーの最中、耐え難くなった美容師が乗ってきて、髪が水に浸かったままの私が為す術なく一方的な愛撫を受け続けなければならないときもあるが、美容師を座らせて、ぴったり肌に纏わりついたブラックジーンズだけ脱がせて咥えるときもある。
 腑に落ちない。
 私が受けたいサービスは髪を整えることで、セックスじゃない。シャンプー台は他人に身を預けて髪を洗ってもらうためのもので、前をはだけて喘ぐ場所じゃない。
 抗議してみた。
 美容師はどう受け止めたのか一瞬動きを止めると、目を開けて見下ろしたが、再び痙攣と放出にむかって動き始めた。
 私はまっとうな客のまっとうな抗議を無視されて憤慨したが、クライマックスの予感から逃れられなかった。
 髪は乱された後に、きちんと整えられた。
 支払いを済ませる。
 ヘアケア代なのだが、財布から紙幣を出す瞬間、男のからだを買ったようでいつも嫌な気持ちになる。
 買ったのは私、あるいは奴か。
「また来月」
 床に散らばった髪を掃く美容師の声が、私の後姿に追いついた。平坦な声音。重い足取りで車に乗り込む。日は落ちていた。
 ハンドルを切るたびに、脇腹が痛んだ。
 愛してはいない。
 愛されてもいない。
 その事実に意味はなかった。毎月繰り返されるいつもの行事。
 奴でなければならない理由はないし、私自身も執着されてはいない。
 ケヤキ並木の途中、信号に停められた。
 ライトの中を自転車の男が横切った。既にほろ酔いなのか、ペダルを漕ぐ足元が不安定で方向が定まらない。裏腹に、さっぱりとして整った冷たい横顔。
 美容師に似ているかもしれないと思ったが推測だった。
 店を出た後、私は奴の顔を思い出せない。見上げたり見下ろしたり、いろんな角度から見ている筈なのに、記憶は定かではない。
 髪の色は灰色がかっていたか赤みを帯びていたか、肩に届いていたか襟足が見えていたか、瞳は強かったか定まらなかったか、顎は丸かったか尖っていたか。
 脳裏には奴の視覚的な情報は断片すら残っていなかった。
 信号が進めと促した。ギアを入れた左腕が痛んだ。
 奴の痕跡はからだに残っている。
 たぶん、来月も美容室に向かうだろう。

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