第39回1000字小説バトル Entry9
君は眠い。ただ、眠い。
室内にはベッドが並ぶ。清潔なシーツの白いベッド。病室のようだ。どこの病院だったろう。君は寝巻きに着替え、その一つに横たわるや眠りにおちてゆく。
「人間は睡眠中でも」
博士は録音機のスイッチを入れると、静かに語り出す。
「肉体全てが休むわけではない。脳を含め、多くの器官が生命活動を続けている」
君は眠い。傍らには子供が眠りかけている。それは何年前の記憶だろう。君は寝床で絵本を読み聞かせているのだが、どうも君が先に寝てしまいそうだ。君は枕元の灯りを落とし、幼い手を軽く握る。子供が微かに笑うのを見る。
「……だが深い睡眠に入っている者は目覚めにくい。身体活動がより深いレベルで休眠状態にあるのだ」
君は眠い。彼より先に眠っちゃ悪い気もするけど、その温もりに吸い込まれていくようだ。君の髪を撫でる優しい手。彼の胸の鼓動に耳を傾けながら、君は目を閉じ、密やかな春の夜の流れを感じる。
「通常、人間は覚醒と睡眠いずれかにある。しかし睡眠状態から、さらに眠る事も可能ではないか。私はそう考えた」
君は眠い。海で泳ぎ、遊んだ疲れだ。夕食の後、民宿の部屋に敷かれた布団へ倒れるように寝転ぶ。遠ざかる意識の隅で、誰かがタオルケットを掛けてくれるのを感じる。
「被験者……は特殊な装置により、睡眠に入るとともに、さらに眠くなる夢を見るよう脳波を誘導される。その夢の中で被験者は再び睡眠に入り、また眠くなる夢を見る」
君は眠い。こたつ布団に包まって、窓の外に降る雪を想う。あしたはきっとつもってるね。シロもきっとよろこぶね。もう冬休み。あしたはもっとあそぼ、シロ。
「こうして被験者は仮死状態近くまでも眠りにおちていく。そしてその後も」
君は眠い。わけもなく眠く苛立たしい。声を上げようとする君の幼い唇に、温かく、柔らかな膨らみがそっとあてがわれる。君はその先に吸いつき、顔を埋める。そのまま眠っていく。誰かの優しい声がする。
「眠りの階層を……無限に下り、下り続ける」
君は眠い。たぶん眠いのだろう。もうそれさえも曖昧だろう。微睡みの中を行き来する小さな君の意識は、緩やかに、幾重にも折り畳まれ、なお小さく、小さくなっていく。やがて君は光の粒ほど希薄となって、その存在を遠い空へと漂わせる事だろう。
(私も寝るよ)
博士は録音機のスイッチを切り、装置を準備し、妻の傍らに横たわる。
(おやすみ。今まで有難う)