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第39回1000字小説バトル Entry12

愛すべきもの

 麻衣子の朝は忙しい。新聞配達を終えゴミを出し、幼稚園児の息子剛の弁当を作る。脚本家志望の旦那螢ちゃんの寝ている横で、息子に食事をさせると慌しく、出かける準備をし、チャリンコに剛を乗せ、幼稚園へとぶっとばす。車道に出ると同じ幼稚園の金山さんちのベンツをがーっと抜かす。
「まいちゃん、すげえ!」と剛が歓声をあげる。「よし、もう一台、山本さんちのアホガキんちの車も抜かすぞー!」と麻衣子は細い腰をぐっと上げてペダルをこぐ。
「あら、いいわね、若くて。そんな短いスカート、私の年じゃとても……」とベンツから降りた金山さんが言う。麻衣子は曖昧に愛想笑いを浮かべるが、今の一言がぐっと胃に来た。やっぱりこれ反感買ったなあ、と冷や汗が浮かぶ。
「螢ちゃん、金山のババアに嫌味言われたよ。『私の年じゃ』って、年のせいにするけど、体系と年をごっちゃにしないでほしいよね」
 机に向かっていた螢は「まあまあ、麻衣子の財産は若さと美貌と俺だろ」と笑った。
「まあね、人は金では買えねえよ」と麻衣子が鼻をこすると、「かっこいいな、お前」と螢は言い、再び机に向かった。
 その週末は幼稚園の運動会だった。麻衣子は迷ったがミニスカートをはいて、およそ父兄には見えない風貌の螢をひっぱって出かけた。
「あら、細くていいわねえ」
 後ろから声をかけてきたのは山本さんと金山さんだった。日焼けした丸い顔はスッピンで、だぼだぼのズボンをはいている。そのはるか上空で太陽が輝いていた。その光に麻衣子は目を細め、ふーっと息を吐いた。
「あのさあ、女捨てたんなら、やっかみはやめてほしいんだよね。オバサン」
 二人はぽっかりと口を開けていた。螢がくっくと笑った。いつまでも少年のつもりで、生活力のない夫。麻衣子は急に怒りが込み上げ、螢を据わった目で睨みつけた。
「金稼がなきゃ生活はできないんだよ。いつまで私のバイトでやってくの? 生活力つけてから夢は追いかけてよ」
 ああ、駄目だ。私は疲れ切ってるんだと麻衣子は思った。私は何のために頑張って生きてるんだろう。
「まいちゃーん!」
 明るい声が響く。麻衣子の視線の先で、一番にテープを切った剛が満面の笑みで手を振っていた。

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