第39回1000字小説バトル Entry33
霧雨が降っている。
こんな雨の降る、闇の薄まったような夜は、回り道をして帰る。
理由は特にない。
多分、強く降るときはたいてい、走ったり、
タクシーをひろったり、止むまでどこかで時間を潰したりして
雨の中を「歩く」ということが殆どないから、こうしてただ歩きたいのだ、と思う。
それだけのことだ。
やさしい、雨が降っている。
彼は、きっと歩いて帰ってくる。
傘はいつも差していなかった。
「何故だろう、落ち着かない」
前に、息をきらしずぶ濡れで現れた時、傘を差さぬ理由を尋ねたら、そう彼は応えたのだった。
買い物をする間、傘を差すよう言って外で待たせたことがある。
大きな木を背に佇む、飛ぶことを禁じられたピーターパンが、そこにいた。
彼の頭上には、広い空が、明るい夜が相応しい。
だから今日、ゆうゆう一人、彼は歩いて帰ってくる。
でも。
今夜は迎えにゆかなければ。
そしてわたしは自分の傘だけを持ち、部屋を出る。
強い風が吹きぬける。
何度目かの角を曲がった時だ。
一瞬目を閉じる。
聞き慣れた声が、唄う声が、聞こえた。
「優子、」
僕はいささか面食らう。
まるで、風にでも乗ってきたみたいに、彼女は突然僕の前に現れた。
「きっとこの唄、知らないんでしょうけど。」
優子は、チムチムチェリー…と唄いながら、適当なステップを踏んでいる。
花模様の傘をくるくる廻す。
「きっとわたしが何やってるのかも、意味不明なんでしょうけど。」
「あぁ、全然だ。…あ、じゃのめでお迎え、か」
唄が違う、ピッチピッチチャップチャップ、だろ。
茶化して僕はスキップをする。
すると、ふいに優子は俯き、小さな声で呟いた。
「ハローウィーンの夜だから、」
やっぱり知らなかったのね。
わたしはあなたと飛ぶための、風にのってきたメリー・ポピンズ。
「とにかく。お菓子、ちょうだい。でないと…」
でないとわたし、一人でどこか飛んでいくんだから。
優子が頬を膨らます。
こっちはさんざん料理をつくってきた後だっていうのに、お菓子をくれ、だなんて。
それにいったい何に変装したというのだろう。
まったく。
廻すのを止めさせると僕は、一緒の傘に入った。
「わかった。帰ったらカボチャづくしだ」
「ウェンディになるには、少し寒かったの」
じゃあ、まずはスープからつくろう。
いたずらなんてさせやしない。
ジャック=オ=ランタン抱えて、一晩中そばで待ってろよ。
僕は、優子の隣で今もじゅうぶん、あたたかい。