第39回1000字小説バトル Entry34
いつもなら捨ててしまう市の公報だが、その日「講座」欄に気になる一文を発見した。
『ケンカ道場』
喧嘩の仕方教えます。但し口喧嘩に限ります。兄弟、夫婦、友人、相手別対応も可。受講料無料。
最後の部分が特に良い。
まさか冗談って事もないだろう。一応公共主催の講座らしいし。
実の所、結婚してからダンナと口論になって勝てた試しがない。一度言い負かしてみたいと思っていた。
早速、講座の説明を聞きにいった。
案内されたのは机と椅子が二つの簡素な個室だった。若い女性と相対して座る。
何やら隣の部屋から聞こえる大声が気になった。
「あの、口喧嘩を教えてくださるそうですが」
半信半疑で切り出す。
「市民の要望で二年前より開催中です」
あっさりと肯定。
「具体的にどのような事を?」
「説明より聞いて頂こうと思い、この部屋を用意しました。現在、隣の部屋では「夫婦喧嘩の場合」講座を開催しております。会話をお聞きください」
笑顔で紙コップを渡される。
なんて都合の良い講座を拝聴できるのだろう。
典型的な立聞きの格好で私達は壁に張り付いた。
『大抵の場合、原因というのは些細なものです。妻が日常の不満をぶつけてきた時はまず、相手の言分を全て聞く。そしてこう言うんです「お前の言う事はもっともだ。俺が悪かったよ」そして肩を落として効果的な演技を付け加えられれば完璧です。ここでのポイント、分かる方は?』
『演技力?』
『それも大事です。が、この場で重要なのは「以後の話をしない事」です。迂闊で安易な約束事は後で自分の首をしめることになるからです』
感歎の声が響く。
どうでもいいがこの講師の声、聞いたことある……。
『約束を強要されたら?』
『俯きながら大きく溜息をつく、弱々しい態度に女性は言過ぎたのか、と身を引きます』
『それでも詰寄られたら?』
『お前にそんな事を言わす自分が情けない、というように更に下手にでます。涙ぐむと効果的です』
またも感歎の声。
この対応の仕方もどこかで……。
そう言えば二年前に部署替えになったとかダンナが言ってたような気がする。ついでに公務員だし。
「いかがです?」
壁から離れて女性が聞く。
「また、来ます」
その夜、公報片手にダンナの帰宅を待った。
定時に戻った彼の傍に笑顔で立つ。
「あのね、市の無料講座に申込もうと思うの」
「へえ、どれ」
「『ケンカ道場』っての」
絶句する彼。
今夜は勝てそうな気がする。