第40回1000字小説バトル全作品
#作者題名文字数
1emu彼女がいるから993
2道人海の唄784
3おおもり洋子1000
4卯木はるおばかさん1000
5坂口与四郎質感体温1000
6青野 岬すてきな奥さん1000
7マーク・パンツー監獄の慣習1063
8マーマレード=ジャムベンチ848
9やす泰閨房一話1000
10林徳鎬言葉は頭の中を流れ、文字は貼りついている1000
11Ameライ麦畑へ続く窓1000
12深sachiどうでもいいこと1000
13川島ケイ秋の日の猫1000
14岸村しほ貴子994
15カムリアGiselle1171
16カピバラた ん つ ぼ1000
17羽那沖権八レンタリース1000
18るるるぶ☆どっぐちゃん奈々魚掘1000
19アナトー・シキソ話ながらも仕事の手は休めない。1000
20太郎丸パチンカー魂1000
21伊勢 湊三叉路の狸1000
22曠野反次郎はこ804
23蛮人S化け猫の居る暮らし1000
24てこ狂気及び世界崩壊又は精神崩壊1000
25橘内 潤『はじまりの合図』1000

バトル結果

Entry1

彼女がいるから

emu
文字数993


彼には彼女がいる。
そんなことは4年前から知っていた。
でも、4年前は特にそういう気持ちは抱いていなかった。

「まだ付き合ってるんですか?」
4ヶ月前に聞いた時だって、とくに意識していた訳ではない。
食事時の単なる場繋ぎの為の良くある会話だ。
「結婚は考えてないんですか?もう一緒に住んでいるんでしょ?」
私がよくする質問。
同棲している人に同棲した事のない私がよくする愚問。
「きっかけがあればね」
よくある答え。
本当に4ヶ月前のこの時は、私も彼もただの仕事仲間。

2ヶ月前酔った私がすごい淋しさに襲われて電話した。
「私ってあなたの浮気相手ってことなのかなあ?」
バカげた質問。初めてセックスしてから1ヶ月もたってないのに。
案の定答えは「そんなのまだわからないよ」
「彼女の事好き?」
「……うん」
男ってずるいよなあ…この日の彼との電話の感想だ。それだけ。
この時はまだ彼女の存在をさほど気にしていなかったから。
知ってて私から誘ったんだもの。
だから、彼女と私どっちを選ぶの?なんて聞く気もなかった。
だって、普通の男ならよっぽど嫌なタイプじゃ無い限り
女から誘われて断る理由ってそうないでしょ?
こういうポジションはいつもの事だから慣れている。

今、私と、ここにいる彼が楽しければいい。
そういうモットーで生きていた。
私といる時は私を見ていてくれるから、それだけで楽しかった。
二人でいる時間を作ってくれるだけで幸せだった。
本当に、楽しい夏だった。

現実を目の当たりにしたのは先月。
彼は彼女と共に私の目の前に現れた。
仕事仲間の飲み会なのに、なんで関係ない彼女を連れてくるの?
きっと口に出さなくても私の目はそう訴えている。
彼とも彼女とも目を合わす事など一度も無く
一体私の目は誰に訴えかけてたというのだろう

ふいに今までの彼の言葉が次々に蘇る
彼女との物語が私の中で溢れ出す。
誰か、止めて。誰か、気付いて。
皆が笑顔で目の前のカップルを見ている事が
私の内臓をフル活動させている事を。

時間は怖い。時を重ねるごとに気持ちは変化し続けるから。
女は欲張りだから、
いつまでも2ヶ月前のお気楽なセックス好きな女だと思わないで。
早く私のせつなさに気付いて。

10月。私の誕生日が近付いている。
秋は誰もが人恋しくなる時期。
側に居て欲しい。私は寂しがりだから。
強がりだから。小心者だから。
だから彼とはこの2週間、会えていない。

だって、彼には彼女がいるから。

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Entry2

海の唄

道人
http://www.h3.dion.ne.jp/~mitihito/
文字数784


 幼い頃から父親の後をついて港に行っていた息子が父の後を継ぐと言うのは自然な事であった。
腕扱の父は息子の自慢であったし父もまた慕う息子に自分の技術を伝えたかった。
母親は息子に対し進学し、出来れば大学まで行って欲しいと思っていた。この漁師町に嫁いで来た頃と比べて閑散としている港を見ればそう願うのもまた自然であった。
中学を卒業したその春、息子は初めての漁に出た。母は前の日からそわそわし弁当もいつもより心を込めてつくった。
翌日の早朝、軽油の匂いと息子の晴れ渡った笑顔を残し船は沖へと波を走らせた。母は港から船を見送り胸で手を握りしめた。
 春の気まぐれな天候に船は翻弄された。
突然の高波に船はなす術もなく海に飲み込まれた。仲間の舟が気づいた時にはもう海は何事も無かったように波をうねらせるだけだった。
母親はその知らせを聞いたときただキョトンとし、見上げる春の空は何事もなく澄んでいた。
遺体の無い葬式を母は人事のように見ていた。手を握られ慰めの言葉を言われても母は言葉を発する事はなく、宙を見詰め涙を流す様子も伺えない。葬式に参列した人々はショックで言葉を無くしたのだと噂した。
「いつか帰って来る。いつか帰って来る…。」
母は嵐の、一人の夜も布団の中で念じていた。眼は爛々とし、髪は油気を無くし、食事も取らず、息子と夫の名前しか口にする事はなかった。
 ある夜。母は寝巻きのまま荒んだ家を飛び出した。近所の玄関を叩き回り「帰って来た。帰って来た!」と叫んで裸足のまま浜へと走って行った。黒く寄せる波に母は息子を呼び続けた。町人々は哀れみ誰一人嘲ることなくただ遠くから見守るしかなかった。
それから毎晩、母は夜中の浜で浜風の中に身をさらし続けた。
やがて蜻蛉の舞う頃にはその叫び声も海に溶け、母親もどこかしらに消えていなくなった。
 そして、初雪の頃、浜に三人の水死体が打ちあげられた。

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Entry3

洋子

おおもり
http://www1.speednet.ne.jp/~shiho/ 大森の小説
文字数1000


マーちゃんと洋子は、盆と正月、年に2回しかしないの。

洋子はのっけから、マーちゃんの話をした。

今年の正月、洋子は、ようく洗って、お布団に入って今か今かって、待っていたのに、なぁ〜んにも無かったのよぉ〜。

「あら、まだ旧正月があるじゃない。」

皆が、どっと笑った。



マーちゃんも洋子も使い込んでないんで、ピンク色なの。

ハイハイ又そのての話?

仕事してよ。



マーちゃんが職場に大好きな女の子がいて、その人とスキーに一泊で行くの。

洋子は、すっごく素敵なお弁当をこさえて、送り出したの。

「いってらしゃーい」って。

それでね、帰ってきたらお弁当が手付かずで、後部座席にあったんで、大喧嘩しちゃった。

えっ?

もう一度、話してみ。

あんたバカか。

毒が入ってるて思ったんでしょ。



ねぇ、聞いてよ、聞いて。

洋子ねぇ、着替えをしているところを、歯科医に盗み撮りされていたの。

ロッカールームに、ビデオカメラが隠して置いてあったの。

もう怖くて怖くて、不愉快で不愉快で。

あったまきて、歯科医が帰った後、待合室の電話で友達に愚痴ちゃった。

夜の9時まで電話しちゃった。

これはうちにくる前のバイトの話。



由紀ちゃんの高校に、ナプキン届けにいくの。

急になっちゃったって、電話がきたの。

マーちゃんと車で駆けつけたの。

うちの娘、普通のナプキンはダメなのよぉ。



洋子を取りっこして、マーちゃんと、マーちゃんの友達が決闘したの。

洋子それに感激して、まーちゃんと結婚したの。

夫に殴られて、青あざだらけの私を、仕事仲間は、心配そうに囲む。

大丈夫?

休んでなよ。

洋子は、それくらいたいしたことないと言う。

私の方がもっとひどかったと言う。

結婚式に持っていくご祝儀いくらにするのって、聞いただけで、マーちゃんは、怒って家を出ていってしまったの。

真夜中に帰ってきて、寝ていた私の顔に拳骨を、こうやって、打ち下ろしたの。

だから片目が、今も見づらいの。

拳骨を振り下ろす仕草を、やってみせる。

休み時間に、こたつに入っていた。

茶菓子をまえに四人が、シーンと洋子さんを見る。

こんなに四角い顔をしていたんだ。

顔色は、青ざめていた。

抹茶ういろうみたいな顔だと思った。

にくったらしい顔だった。

頭が痛いと良く休んだ洋子を、私は首にした。

半年後、私は仕事仲間とあんなに好きだった仕事を捨てた。

夫の元から出奔したからだ。

風頼りで私がいなくなるとほぼ同時期に、洋子が、脳内出血で死んだことを知る。

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Entry4

おばかさん

卯木はる
文字数1000


 脱げ、と言うから従った。
 羞恥心なんてない。自信でもない。不必要な恥じらいでぐずぐずするのは嫌いなのだ。
 衣服を適当に畳んで、脱衣籠に放る。ブラジャーもだと指示されて、パンティだけとなった。
 正面の姿見に向かって直立せよ。ほら、と背後から腰骨に手が当てられた。
「右に下がっていますね」
 腰骨の上部に沿って指が移動する。手つきは慣れたもの。背中側から前にゆっくりと。男の吐いた生暖かい息が尾骨あたりにかかった。
 何か、引っかかる。
 鍼灸師の評判は頗るよかった。感じよい。優しい。腕がよい。
 ちょっと神経質そうだが、細身のいい男。小さめの眼鏡が知的。漢方にも精通しているから症状を多角的に治療してくれる。医者に行ったけれども治癒せず、整体に行ったけれど痛すぎてだめ、別の鍼灸師は施術中に、宇宙エネルギーがどうだかって言い出して肌に合わない。だけど、この先生はとてもいい。無駄口たたかなくて信頼できる。施術室は狭いけど清潔。体質に合った薬草茶をブレンドし格安で分けてくれる。
 ちょうど、絡んだ痰を吐き捨てるように男に捨てられたところで、心とからだは凝り固まっていた。鍼でも、と軽い気持ちだった。
 横に向け、こちらを向け、一周して立ち上がった鍼灸師とご対面。
「肩は左の方に傾いていますね」
 両手で私の肩を掴んで力を込める。熱っぽい掌が脇の下から乳房を掠め、鼻息を荒くしながらくびれを下りた。触られながらピンときた。
 発情しているオスの臭いだ。
 兵隊さんのように背筋を正し私は抗わなかったが、虚しいまま鍼灸師を見下ろした。
 これが仮面の裏側なのだ。

 朝から電話に首っ引きで、新聞を読む暇がなかった。
 正午を過ぎ午後のワイドショーが始まって、送話口を塞いだまま受話器をぶらぶらさせていたら、あの鍼灸師の話題が始まった。
 施術中、女子大学生に乱暴をはたらいた疑い。余罪がある模様。髪を短く刈り込んだ女性リポーターが大仰に破廉恥さを騒ぎ立てた。
「男って馬鹿ですよねえ」
 歯に衣着せぬ物言いで評判の人気作家が切って捨てた。
 思わず見入ってコールを長くしてしまい、電話口に奴が出た。
 やめ、まで聞こえたけれども切った。やめてくれ、と言ったのだろうが簡単にはやめられない。私は痰じゃないのよ。吐いて捨てればおしまいなんて、都合のいいこと許さないから。
 もう数百回目のリダイヤルボタンを押した。
 女も馬鹿なの。呟いてみた。

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Entry5

質感体温

坂口与四郎
http://www7.ocn.ne.jp/~stand/index.html sitename:4pieces
文字数1000


 彼女の肌は、白磁のようにひんやりと冷たかった。

と、始めると、なにやら文学的な匂いがしてこれから起こることも高尚そうな気がする。同時にこれが文学的だったら俺はとっくに文学者として生計を立てているはずだという気もする。でも「滑らか」をいわない所は良い。そこまで俺はダサくない。

こういう風に、色白の美人な彼女が非常に自慢の種だった。いろぉんなところで。
しかし俺はどうやら彼女に飽きていた。彼女の肌は、確かに陶器のように冷たく、すべすべして、もちろんひびなんかあるはずも無い。だが、飽きてしまったものは仕方が無い。否、他に好きな女が出来て、彼女に飽きている自分に気がついたのだ。俺はもっと体温の高い女のほうがいい。

俺から好きになった女なのだ。別れ話は非常に気を使ってしまう。今日が最初で最後のチャンス。俺は適当なホテルを選び、手短に済ませた。
「今日、変」
「そう。」
そっけなく答える。
「前から考えてたんだけどさ、俺達って合わなくない?」
「なんかさ、お前すげ―人気あるし。」
「お前を維持するのに疲れた気もするし。」
俺は話を続けた。
「お前のこと、好きだけどなんか違うようなきがしてた。今でもよくわからないけど、このままじゃいられないと思う。それに他に好きな子出来た。別れたい。」
彼女が手を上げた。俺の左頬はわりと大きな音をたてた。
「なんで今日そんなこと言うの。」
今日じゃないと言えないと思った。
「今日、私の誕生日じゃない。」
プレゼント2つあげたじゃん。
「なんで、ここまで連れてきたの?」
……ごめん。思い出がほしかった。嘘。最後にやりたかっただけかも。
「さよなら。もう絶対に会わないから!」
急ぐ彼女をボンヤリとベッドで見ていた俺は、玄関に向かった時に最後の言葉を伝えた。
「ごめん。全部俺が悪いんだ。早希が好きだったけど。」
背中越しに俺の言葉を聞いて黙って行った。

左頬が熱い。初めての彼女の熱だ。でも、俺はこんなものじゃ全然足りない。あんなひどい振り方をしたのに、彼女は5分しか責めない。家に帰ってから泣いたりわめいたりするのだろうけど、俺の前じゃ絶対に見せない。だから、俺は飽きた。いつまでも冷たい白磁に俺は魅力を見出せなかったのさ。

携帯電話を開いた。
「あ、俺。今別れた。それで、これから会わない?」

え、新しい彼女の肌を文学的に表現しろって?
そんな、もったいなくて誰にも教えらんね―よ。

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Entry6

すてきな奥さん

青野 岬
文字数1000


「このあいだ主人とふたりでイタリアに行って来たの。とても楽しかったわ」
 シュウトウさんはそう言って、白い木蓮の花が風に揺れるようにふんわりと笑った。
 私は月に一度、ドライフラワーのアレンジメント教室に通っている。最大の楽しみはシュウトウさんに会える事だ。シュウトウさんは私と同い年の奥さんで(シュウトウさんには、この『奥さん』という呼称がよく似合う)子供はいない。不妊治療に通ったりもしているらしいけど、子供が出来たらシュウトウさん独特のそこはかとない色気が薄らいでしまうのではないかと、勝手に危惧している。

「大野さんはサッカーのワールドカップ御覧になりました?私、ゆうべは興奮して大きな声を出して応援してしまって、今日は喉が痛いの」
(興奮して……大きな声を出して……痛いの)
 私はシュウトウさんの言葉尻だけを捕らえて密かにときめいていた。これじゃまるで、性欲をコントロールしきれない男子中学生のようだ。
「あの、私サッカーにはあまり興味が無くて」
 シュウトウさんの静脈が透けて見えそうな白い肌が眩しい。私はアレンジに集中しているフリをして、黙々とバラの花の茎をカットした。このベビーピンクのバラの花を、シュウトウさんの柔らかな髪にそっと刺してあげたい。  
 今日のアレンジはバラの花とリューカデンドロン、そしてレモンリーフを使った花束だった。レモンリーフは本物のレモンの樹の葉なのではなく、葉の形がレモンの実に似ている所からその名がつけられた。
 花材をバランス良くまとめて麻の紐できつく縛る。私は全身の力を込めてベースになるレモンリーフがずれないように、きつくきつく茎を縛り上げた。結び目を作りほっと一息ついて顔を上げると、シュウトウさんが必死の表情で私と同じ作業を行っていた。
(シュウトウさん、頑張って……!)
 私の指先にも思わず力がこもる。歯を食いしばり、髪を乱しながら花と闘うシュウトウさんの姿は、鳥肌が立つ程に美しい。私はあの麻の紐で、シュウトウさんに両手首を縛られている所を想像した。冷たく微笑むシュウトウさん。
 私の頭の中がそんなミダラな妄想で一杯になっている事など全く知らないシュウトウさんは、再び花のような笑みを浮かべて私に言った。
「大野さんは早いですね。私ったら、本当に不器用で駄目だわ」
 私は曖昧に微笑みながら、その言葉を頭の中で何度も反芻した。

 好きよ、すてきなシュウトウさん。

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Entry7

監獄の慣習

マーク・パンツー
文字数1063


今日は新人の刑務官「オーリン・マーク」が独房を巡回する日である。

カリカリカリ・・・

「この世で、鉄格子とコンクリートに囲まれる経験ができるのは、「囚人」くらいだろうよ。お前らは人間のくずだからな、当然の仕打ちだぜ!」
見回りに慣れた刑務官はそう言うと、ニヤつきながら唾を吐き捨てて巡回を終える。それが監獄巡回の習慣なのだ、マークはそう聞いていた。だがマークは内心、くずは言い過ぎだ、と反感を抱いていた。

そして、マーク巡回のとき。
一人の囚人がマークに言った。
「すみません!隣の壁から妙な音がするので眠れないのです。」
「・・・?」
監獄法規則では囚人との会話は禁止されている、マークは悩んだ。
「何を言ってやがる、このくずが!と思うでしょう。ああ、でも聞いてください。私は明日の午前7:00に死刑が執行され、この世から消えるのです。だからこそ、安眠したいのです。お願いです、隣の囚人に注意してください。」 マークは涙ながらに訴える囚人をじっと見つめ、隣の独房に向かった。
「・・・おい、隣の男がそう言っているんだ。壁から離れなさい。」

カリカリカリ・・・

「おい!壁から離れろ、最後の情けだから、安眠させてやれ。」
マークは壁に爪を立てる男に向かって叫んだ。

・・・・・・・・・

音が止んだ。
マークは安心して、歩き出そうとした。すると今度は「壁の男」が重い口調で語りだした。
「ちょっと待ってください、3年前のことです。私の一人娘「ターリナ」が恥辱を受けて殺されたのです。その死体は空き缶のように道路の脇へ無残な姿で転がっていました。娘はそのとき16歳です。どんなに無念だっただろうと今でも思います。ただ幸いなことに犯人はすぐに見つかりました。名前は「トニー・ダラス」、過去にレイプ事件を何度も犯している卑劣な野郎です。私は奴が許せませんでした。娘への思いはダラスへの怒りと復讐心へと変わり、いつかこの手で殺してやろうと思い、今日まで生きてきたんです。」
 マークは思い出したように、胸ポケットから囚人リストを取り出した。
「・・・怒りと復讐心は今でも心に抱いています。隣の野郎の求めている安眠ですがね。私はこの3年間一度として安眠できた夜はありません。ただそれも今日で終わりですがね。ひっひひっひひひいい。」

『氏名「トニー・ダラス」・本籍「イタリア」・罪責「常習詐欺」』
『氏名「カール・J」 ・本籍「アメリカ」・罪責「常習詐欺」』

「くず達には付き合ってられねーぜええええ!!全く。」
マークはそう叫びつばを吐き捨てた。

監獄の慣習は、再び巡回し出したのだ。

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Entry8

回帰

マーマレード=ジャム
文字数848
title:ベンチ


 ベンチに座り、犬が追いつき、駆け寄り、犬とじゃれる。
何をしていても、人は来ないが、犬がいているのでまだ良いものの、ここ3日間人に会った覚えがない。スパルタ教育の真っ只中、昭和50年私は生まれたが、双子の弟は困ったことに、スパルタ教育に則り、体育大学の講師になっていた。
 私は周りの反対を押し切り、泥棒仲間と途方に暮れて、最終的にとった、金柵を200本溶かしたり、燃やしたりするために、何とか多幸の高校の理科室にもぐったものの、出来上がった、パンクファッション用の、アクセサリーの数々、、ブレスレットにクビ飾り、指輪の数々。多幸だった。
 「でも売れるのかなぁ」と心のつぶやきの双子の姉の私が、そうこうしている内に某ディノスのカタログショッピングのセールスをしている蛤さんが、やって来た。苗字も変っているが、出来た由来がおもしろい。 
ある地球勃発の日、蛤だけが助かった。ここのDNA細胞を元に生まれた、第1子、蛤ちゃんだったのだ。名前は、ちゃん。助かった由来がおもしろい。お雛祭りの時に地球勃発があったからだ。蛤は器でうしお汁の刑となっていた。想像通り、ワープしていたのである。 
 それより、蛤ちゃんが来た用事は、何と、某ディノスのカタログを、生徒達にアピールして、よければ載せている商品を購入して頂戴ませとの話しだった。
私は逆に、金柵より作ったブレスレット達を買って下さいませ、と依頼。
 そうそう、私は惜しくもかろうじ、中学校、理科の先生だったのだ。やりとりは妙に苦手で、結果、ディノスにのせないもの、母校の学園祭で、売ることにした。
 さすが、母校の学園祭、某ディノスのカタログショッピングはもとより、金柵よりのアクセサリーはアクセサリーボックスも含めて、素材の探求よりわが身でも彫金したいと、声が生徒より上がり、材料を調達して...
 文字通り、その場所は、彫金工場となリ、学校全体の囲いの金柵をとったので、大きなフィールドとなった学校は建物のみとなった。
 私は金策工場が出来、大満足でした。あー、悲しいが、たった自己満足の羊年2003年。フィナーレアァレ♪
 と、人は来ない、ここは、心の中。ガクッ。ウンガクック...

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Entry9

閨房一話

やす泰
文字数1000


 誰にだってベッドから出たくない日はあるだろう。
 なぜかわからないが嫌な予感がする。世界中を敵にして何をやってもうまくいかない。絶対に痛い目にあいそうな気がする。何もしたくない。そんな日が一年に一度はあるだろう。
 オレにはある。
 今日がその日だった。

「あなたぁ、起きなさーい」
 一階から妻の声がする。
「あなたぁ、遅くなりますよ」
 オレは布団を頭から被る。返事なんかするものか。しかし、オレがあんまり長いことシカトしたので、妻がドカドカと階段を上がってやってきた。
「ツヨポン、起きなさい。お仕事ですよ」
 妻はオレのことをツヨポンと呼ぶ。
「やだ。起きない」
「そんなこといってないで起きなさい」
「やーだ。絶対に起きない」
「ツヨポン、バカなこといってないで起きなさい。遅刻しますよ」
 布団の下から覗いてみると、妻は顎に手を当てて何か考えている様子だった。
「ツヨポン、いい子だから起きなさい。晩ご飯にエビフライ作ってあげますから」
「ハンバーグもなけりゃいやだ」
「じゃ、ハンバーグとエビフライ」
「それに、ポテトサラダとコーン」
「あと、チキンライスでしょう」
「ぜんぶ五人前づつ」
「好きなだけ食べなさい」
 オレは思わず起きようと思ったがやっぱりやめた。
「だめだ。起きない」
 オレはまた布団の中、奥深くもぐり込んだ。
「ツヨポン、何なのよ、今日は」
「起きるのが怖い」
 妻はまた考え込んでいる。
「何が怖いの。ママにいってごらんなさい」
 今度はオレが考え込んだ。
「えーと、みんながぼくのこといじめるの」
「まぁ、いじめるの。みんなってだーれ」
「えーと、えーと、例えば、Pちゃん」
「そう、Pちゃんがいじめるの。どうやって」
「ぼくのこと殴るの」
「まぁ、どうやって殴るの」
「こうやって、こうやって、こうやって殴るの」
 オレは思わず布団を跳ね除けて殴るマネを見せた。
「そう、だったらツヨポンも、こうやって、こうやって殴っちゃえばいいじゃない」
「でも、殴られると痛いからいやだ」
 オレはまた布団にもぐろうとした。
「あなた、いいかげんにしなさい。いつまでこんなことをやらせる気ですか」
「はーい」
 妻の声色が変わったので、オレは素直に起きて仕事場に向かった。

 そして、ゴングが鳴り、グラブを合わせて間合いを取り、軽くジャブの応酬。
 嫌な予感がした。起きなければよかった。
 そう思ったとたん、ピーターの放った回し蹴りがオレの後頭部に炸裂した。

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Entry10

言葉は頭の中を流れ、文字は貼りついている

林徳鎬
文字数1000


ガラス越しに見ても、通りはいかにも寒々しい。
ベッドタウンだからみんな街には眠るために帰ってくる。そして今は眠る時間だ。

雑誌の記事に目を通すが頭に入ってこない。
飲料のならぶ棚の前で、さっきから男女が激しく言い合っている。
男がひどい剣幕で言葉が聞き取れない。女はそれに言葉を返す。

この街はベッドタウンで、コンビニだってもう閉まる時間だ。静かにしなければいけない。

「あんたが最初に言い出したんでしょ。それにあんたがやったの。だからって私に責任がまったくないわけじゃない。そういうふうには言ってないでしょう」
「じゃあ、おまえにどんな責任があるんだ?まったくないわけじゃないなんて冗談じゃねえ。なあ、オレが最初に言い出して、オレが全部やったんだったらおまえにどんな責任があるんだよ!!」

終始こんな感じで話は進まない。
だからってわけじゃないが記事が頭に入らない。
だいたい、うるさすぎやしないか。

「どうしてほしいのか全然わかんないよ。怒鳴んないで落ち着いて。ねえ」
言葉の間から、女が男の体に触れようとしているのがわかる。
そして音がする前に、殴られる、と直感し、その通りになった。
「落ち着くのはおまえだろ!」
それは違う。男はひどく取り乱し、女は冷静だった。
殴られたことも意に介さないふうな声で女が言った。
「わかった」
これ以上聞いてられない。店員は何か言うべきじゃないのか。
この辺に交番はあっただろうか。
そういえばこっちに越してきてまだ見ていない気がする。

「じゃあ二人でやったことにすればいいじゃん」
女のほうが言った。これは多分新しい展開だ。

「おまえバカか?」
「じゃあどうして欲しいの?」
男は少し考える。
「わかった。おまえこれ使え」
男の声は少し震えていて、それは多分、男が笑うのを少し堪えたからだと思う。
気味が悪い。

この場から立ち去り辛く感じたが、それは僕がそう思うだけで、彼らは気にしないだろう。
気付きもしないかもしれない。
でも、動けなかった。床に広がった記事に目をやるがあいかわらず頭に入ってこない。
文字が血に染まっている。

「ねえ、もう出ようよ」
「だれもこねえよ。早くやりな」
「捕まんないなら同じでしょ」
「じゃあやれよ」
「まだ生きてるよ。多分」
「だから早くやれよ」
男の声が冷静になっていく。店の中が静かになる。

そう。静かにしなければいけない。ここはベッドタウンで、今は眠る時間だ。

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Entry11

ライ麦畑へ続く窓

Ame
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3976/index.html sitename:Metaphoric Pain
文字数1000


 「君の教科書だホールデン」
 運命と神の存在を、覚えたての酒と午前三時の友人達でもって笑い飛ばせる時期が誰の生涯にも一度はあるものだ。僕の場合それは十五歳に始まるあの日々であり、見た事もない程薄い色素と滅法回る頭脳を持った少年と共に訪れた。
「君の教科書だホールデン」
 新しい学校生活が始まって一月、声変わりしたての不安定な声音で彼は初めて僕に声を掛け、そしてその声は十数年たった今でも僕を時折呼び止める。
 あの日の僕は面くらい「ありがとう」とだけ口の中で呟くのが精々だった。それが「ライ麦畑でつかまえて」の主人公の名前だ、という事くらいは知っていたけれど、大して話した事もない彼が何故僕の事をそんな風に呼んだのかは、その後幾ら考えても判らなかった。
 けれど彼のその声音を思い出す事が、僕の生涯でただ一度正面から神を呪う権利を得たあの日々を思う事なのだ。強く吹く風の内に誰かが散らした針のように、その記憶は僕の時間の中を時折素早く横切っては僕を静かに傷つける。
 だけど僕はその声を失うくらいなら死を選ぶだろう。

 僕は強いとは言えない少年だった。僕は端的に言って恵まれない家庭で育った事から、その精神と肉体に受けた傷跡を隠す事に殆どの気力を振り絞り、同年代の少年のように勇敢であるには余りに疲弊し切って居た。多分僕は憧れてばかり居た。そしてその憧れる対象を同時に何よりも憎む事も出来た。この二つの感情の間で僕は押し潰されかけ、黙って必死に背筋を伸ばして居たのだ。
 そんな僕にあの日彼は呼び掛けた。
 そして笑って、教室を抜け出す為の窓を開いたのだ。「ようこそホールデン」、彼はずっとこの名前で僕を呼び続けた。
「ようこそホールデン、僕らの一時限りのライ麦畑へ。僕らはすぐにここを失って違う場所で生きて行く。だからそんな時に思い出す為だけの、予め失われる為の現在へ。
 いつか悲劇と向き合っても、このライ麦畑を思い出し、人生は美しいと言って退ける為の場所へ」
 彼は弱くなく、従って優しくもなかった。だから彼のライ麦畑はサリンジャーのそれでは確かにない。けれど彼の予言は当たった。高校大学を卒業し、社会に出、もう立てないと思う程の絶望と向き合う時、僕は彼とのライ麦畑を思い出す。
「ホールデン」
 町中で時折僕は少年の彼を見る。そして笑ってすれ違う。
「さよならホールデン」
 口の中で、彼へと静かにつぶやきを返しながら。

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Entry12

どうでもいいこと

深sachi
http://www9.ocn.ne.jp/~sachi-h/index.htm 幸-さち-
文字数1000


 実体のなくなった僕を、飼い猫のミリィがじっと見つめていた。
 僕は、死んだらもう何も考えなくていいんだと思っていた。死んでしまえば、もう何も感じない、考えられない。そう思っていた。
「にゃあ」
 それなのに、今、僕はミリィに見つめられて困っている。やはり、いじめを苦にして学校の屋上から飛び降り自殺なんて、あまりに平凡でくだらなすぎて、神様も認めてくれなかったのだろうか。
 ミリィの目を見つめ返してみた。ちょっと困ったような顔に見えるのは顔立ちのせいで、やっぱり僕だけが困ってしまう。僕が幽霊だって、ミリィは分かっているのだろう。
 仕方なく、自分の棺に、ミリィと一緒に腰を下ろした。それを見つけた妹が「ミリィ、そこは座っちゃダメ」とミリィを叱る。僕のことには気付かない。それでちょっと安心する。
「どうして俺ばっかり見るんだよ」
「にゃあ」
 棺から下ろされたミリィは、僕の目の前に座ってこっちを見ている。そういえば普段から、ミリィは、僕に懐いていたような気がする。今までに何匹も猫を飼ってきたけれど、こいつは生まれた時から飼っていたせいか、特に甘えてくることが多かった。それも、よく遊び相手をしてやった僕に限って。
「そっか、お前……」
 足元に擦り寄ってきたので喉を撫でてやると、ミリィはとても気持ち良さそうに目を細めて喉を鳴らした。
 徐々に親戚の人たちが揃い始めて、慌しくなってきていた。
 今夜は通夜だ。数時間後には、僕の同級生たちも集まってくると思う。きっと、僕の死を悲しんでくれる同級生なんていない。担任の小林に言われて、渋々制服着て来るんだ。そして、僕のことを死んで当然だと嘲笑うかもしれない。近所の人たちだって、ここに集まっている親戚の人たちだって……。
 嫌だ、と思った。
 僕は、走り出した。それをミリィが追いかけてきた。出来るだけ遠くへ逃げようと思った。けれど、普通に地面を蹴っているつもりなのにちっとも速く走れないのは、実体がないからだろうか。僕は懸命に走って、ミリィもぴったりと後をくっついてきた。
 大きな道沿いに4時間ほど走り、ようやく僕は走るのをやめて、道に座り込んだ。僕もミリィも疲れ果てていたけれど、そこは多分、家から20キロも離れていない場所だろう。
 日がすっかり沈んでしまった。ミリィは僕の横へ腰を下ろし、車に轢かれながら、そんなことどうでもいい、という風に一言「にゃあ」と鳴いた。

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Entry13

秋の日の猫

川島ケイ
website:http://www4.plala.or.jp/riverland/ リバーランド
文字数1000


 いつも行く公園のいつも座るベンチに、猫が寝ていた。二人掛けの真ん中に寝ているものだから、失礼なヤツだな、と僕は思って、どけよ、と言った。猫はパッと目を開き、僕を見て、ちょっと移動して体を伏せて、また寝た。僕はその隣に腰を下ろした。
 十一月の半ばにしては暖かく、とても気持ちがよかった。時おり冷たい風が吹くけど、日差しを浴びた体には応えない。
 紅く染まった葉が目の前を舞って、ひざの上に落ちた。手にとって顔に近づけてみると予想していたよりも乾いた匂いがして、猫の頭の上にそれをそっと乗せた。猫は気付かずに寝ている。
 うらやましいくらいに気持ちよさそうな猫の寝顔を見ていたら、頭に乗っている葉が、くるり、と裏返ったように見えた。表を上にして置いたはずなのに、裏側が上になっている。おかしいな、と思ってそのまま見ていたけど何の変化もなく、また表を上にして置いてみたら、やがて、紅い葉はくるりと裏返った。はっきりと見えた。猫は素知らぬ顔で寝ている。
 葉を取って子細に見てみたけど特に変わったところはない。手に乗せてみてもときどき風に揺れるくらいで、飛んでいきそうな気配はあっても裏返りそうな気配はない。放り投げると頼りなく落ちて、他の葉に混じった。足を動かすと、葉が擦れる乾いた音がした。体が温まってきたから薄手のコートを脱いでひざにかけた。
 手のひらを、猫の頭に乗せてみた。猫が起きてしまわないか様子をうかがっていると、手のひらにふわりとした感覚があって、手はくるりと裏返った。上を向いた手のひらはずいぶんと間抜けに見えた。自分に起きたことをうまく飲み込めていないようだった。再び手のひらを乗せて、今度はちょっと力を入れてみた。裏返りはしなかったけど、ぐらぐらして落ち着かなかった。力を抜くと、すぐに手は裏返った。僕は何度も手のひらを乗せ、そのたびに手はくるりと裏返った。猫は気持ちよさそうに目を閉じたままだ。
 飽きたので猫の耳を引っ張ったり体をつついたりしていたら、猫はふいに起き上がり、手足を前後に伸ばして大きくあくびをした。それから僕のほうをちらりと見上げ、すぐに視線を前に戻して軽やかにベンチを飛び降り、振り返りもせず走り去っていった。
 猫のいたところに手のひらを乗せてみた。暖かかったけどただそれだけで、何の変化もない。つまらなくなって自分でくるりと裏返した。手のひらを撫でる風が心地よかった。

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Entry14

貴子

岸村しほ
文字数994


庭に、椿の花が落ちている。
新生児の頭ほどの大輪で、固まりだした血のような色だ。

貴子は、ふすまを開けて真っ白な夜具に埋もれている夫を見る。
家政婦は、ついさっき帰った。
歳暮でもらったサラダ油を持たしてやった。
「奥様には、いつも過分なお気遣いをいただきまして・・・」
と目元を赤くして、礼を言う。
離婚して、子どもを育てていると言う。
分不相応な給料を渡している。
家政婦は、なかなか気働きのいい女だった。

夫は、老人特有の色の薄い黒目をせわしなく動かす。
貴子は、夫が海外で買ってきた文机のようなものの二番目の引き出しを開ける。
一面に山吹色の針が並んで貴子を迎える。
純金で出来ている装身具を見るように、貴子はそれらをうっとり見る。
金色のレフ板を当てたように、貴子の顔が照り輝く。

「あなた、家政婦が、言っていましたよ。右側ばかり向くから、床ずれができてしまたって。
私もこんなことしたくありませんのよ。でも仕方ないでしょ。床ずれしないようにして居るんですから。ホホホ」
貴子は、男の掛け布団をふわりとめくり、男の身体を横向きに寝かす。
慣れた手つきで、金色の針を思う存分突き出している剣山を夫の身体に沿わして置く。
「・・・・」
もの言わぬ夫が、もがき、剣山が花や木を突き刺していないが、機能しだしていることが分かる。

貴子は、夫の枕元に固めに焚いた玄米を茶碗によそう。
大きめにざく切りにしたきんぴらゴボウがおかずだ。
たくわんもかなりの厚さに切り分けられている。

「あら、あの子気がきく子だこと。おいしそうなごはんだこと。ああゆう不細工があなたの好みでしたわよね。確かあの文机も、何番めかの醜い女と、タイに言ったときに買って来たのでしたよね。
あの時は、ちょうどあなたのお母様が、最後のあがきのように私をいじめ抜いているときでしたわ」

貴子は夫の枕元から少し離れたところに、お盆を置く。

「少しでも、早く元気になってもらいたいから、こうするんですよ。先生も少しでも動かせるところは動かして、機能回復しようって、おしゃっていたでしょ。
あの先生、私にちょっかい出すのよ。奥さん、ご相談にのりますよ。大変でしょう。今度静かなレストランでお食事をご一緒させてくださいって。ホホホ」

男の痩せた手が、茶碗に届きそうになると、貴子はお盆を少しだけ遠ざけた。

貴子は、夫の葬式で列席者に深々と頭を下げる。
一幅の美人画のようなたたずまいであった。

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Entry15

Giselle

カムリア
文字数1171


「・・・では最後に、ジゼル役と、アルブレヒト役を発表します・・・」教室が、先生の一言で、静まり返った・・・バレエを踊る女の子なら誰もがプリマに憧れる・・・そう、私だって、例外じゃない。息を飲み、先生の方を見つめた・・・
「ジセル役、『石黒 真澄』さん。アルブレヒト役『渡辺 睦月』君。以上です、その他の、配役等はプリントどうりです。では、皆さん、発表会まで、あと2ヶ月です。頑張って下さい、それと、真澄さん、睦月君は、後で私の部屋まで来て下さい。じゃあ、今日はここまでとします。」
『ありがとうございました!』皆は一礼を済ますと、次々と更衣室に入っていった。
「ねぇ、睦月、先生の用って何かな?」
「さあ?なんだろうね?行けば解るんじゃないの?」睦月はそういうと、ダンスシューズの紐を、解き始めた。
トントン「失礼します!」
「どうぞ、今日はね、二人に渡したい物があったのよ」先生はそういうと、一冊の古びた本を、持ってきた。
「真澄さん、貴方はどこまで、ジゼルを知っている?」
「えっと、農村で育ったジゼルとアルブレヒトが恋におちるけれど、彼は、貴族で、お姫様の婚約者がいて、その真実を知ったジゼルは、ショック死してしまう、ここまでが、第一幕ですよね?」
「そうね、そこまでは、今の真澄さんなら、充分、踊れると思うの、でも、第二幕は、台本を二人で読んで考えてみて」先生はそういうと、台本を手渡した。私と睦月は帰りに、第二幕について、話していた。
「第二幕って、死んでしまってウィリーになりながらも、アルブレヒトを庇うんだよね?」
「あぁ、真夜中に、ウィリーとなった、乙女たちが踊る、森の墓場に、ジゼルの墓参りに着た、アルブレヒトは、そこで、ウィリーとなった彼女に会う、そこを、妖精の女王ミルタに見つかり心臓が破裂するまで、踊ることを命じられる、それを庇うんだろ」
「何だ、知ってたの?」私が、驚いて言うと、
「常識!!でも、ジゼルは、呪い殺したいとは思わなかったのかな?だって、アルブレヒトの嘘が原因で死んだんだろ?」
「そうだけど、それでも、生きていてほしいと思うほど、愛していたんじゃないの?睦月がジゼルの立場なら、生きて幸せになることを、望まない?アルブレヒトだって、ジゼルを愛してたからこそ、お墓に花を手向けに言ったんだろうし・・・」私が、そういうと、睦月は、しばらく黙って、
「俺の母親さ、親父を庇って、死んだんだ、それなのに、最近、再婚するとか言いやがって、頭にきたから、家を出たんだけど、母さんもさ、親父の幸せを望むのかな・・・」と言った。
「私や、ジゼルと睦月のお母さんが同じかは、分からないけど、私も、ジゼルも愛しい人が生きて幸せになることを願うんだと思うよ」私は、そういうと、 夕日を見ながら、目を細めた、後ろで、声を殺して、泣く彼を、見てしまわぬように

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Entry16

た ん つ ぼ

カピバラ
文字数1000


 私が高校生だった頃、通学でいつも使う駅のホームに、たんつぼがあった。
 気持ちが悪いので、そこを通るときにはたんつぼを避けるようにして歩くのだけれど、なんだか気になって、いつも目の端で「ああ、今日もあるな」なんて確かめたりしていた。こんなつぼが必要になるほど世の中には痰を吐く人がいるのだろうか、と、ずっと不思議だった。

 大学に進学すると、疑問はすぐに解けた。キャンパスのいたるところで、男たちはみんな、当たり前のように痰を吐きまくっていた。小学生のときからずっと女子校で過ごした私は、初めて接する同世代の男たちが、気色悪くも恐ろしくも思えた。
 同じ学科の田端くんと付き合い始めたもの、怖くて断りきれなかったせいだ。彼はどこにでも痰を吐くような人で、私はそれが嫌でたまらなくて、でも「痰を吐かないで」とお願いすることができなかった。
 一度、彼に聞いてみたことがある。
「男の人ってどうしてあんなに痰を吐くの?」
 田端くんは私の世間知らずぶりがお気に入りで、その時も、突飛な質問をされたのを面白がっていた。
「そりゃ、男には口に出したくても出せないことがあるからさ。体に溜めとくと良くないから、痰にして吐き出してるんだ」
「女にも言えないことはあるけど、痰を吐いたりしないわ」
「女は生理があるだろう。子供だって生める。男と違って、女は体からモノを外に出すチャンスがたくさんあるから、痰を吐かなくていいんだよ」
 彼の品ない冗談に、私は大いに納得してしまった。生理のときに気分がすぐれないのは、体の中の不満が限界に達しているせいかもしれない。そのために出血するのだとしたら、男の不平不満が痰になってもおかしくない。

 就職してから、今年で五年目になる。職場の同僚は男ばかりだが、学生の頃のような嫌悪感はもう消えた。田端くんとは、大学を出てからしばらくして別れた。男と普通に接するようになった私は、彼のお気に召さなかったらしい。
 最近は、あまりたんつぼを見かけない。行き場の無い男たちの不平は、駅のホームや街の歩道に吐き捨てられている。私は毎日、それをよけながら歩く。私の鬱憤は、紙にくるんで人目につかないように処分する。歩き方も汚物の捨て方も、すっかり上手くなった。
 ときどき、たんつぼのことを懐かしく思い出すことがある。どこかで見つけたら、今度は避けたりしないで「やあ、お疲れさん!」なんて、声をかけてあげたい。

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Entry17

レンタリース

羽那沖権八
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/4587/ 小説屋やまもと
文字数1000


「やはり、心疲労ですね」
 医師は事務的な口調で、心臓のホログラフを見せる。
「ここと、この辺が壊死し始めています」
 元々色の悪い心臓だが、ペンの先で指された部分は特に赤黒く変色していた。
「今日、穴が空いてもおかしくありませんね」
「穴が空くと、どうなりますか?」
「血液が外に溢れ出して、心機能が停止する恐れがありますね」
「はあ、停止ですか」
 飯島弘志は溜息をつき、自分の胸に手を当てる。
「ううん、やっぱり古いのはダメですね」
「まあそうですね」
 傍らの端末で、医師は心臓データを表示する。
「履歴を見ても、この心臓は二百年間で四名が使っていますから、もう限界でしょうな」
「せっかく高い金出して買ったのに」
 飯島は眉間に僅かに皺を寄せる。
「当たり外れが多い商品ですからね。特に中古となると」
「うーん、新しいの、ありますか?」
「難しいですなぁ」
 医師は端末で在庫をチェックする。
「うん、みんな使用中ですね」
「返って来る見込みは?」
 端末の画面を見ながら、飯島が尋ねる。
「二百七十歳の方が一人いますが、脳損傷率は七十パーセント、まだまだですなぁ」
「はあ、まだまだですか」
「腎臓なら、新生児が生まれる度に増えるんですが――といっても、それも少ないですけれど」
「心臓ですからねぇ」
 ホログラフを恨めしげに見つめながら、飯島はぼやく。
「ええ。えーと、割高ですけど一応人工のをお貸ししときましょうか」
「はい、お願いします」
「タイプは――」
「一番安い奴でいいです。長くなるんですよね?」
「まあ、そうですね。運が良くても、後十年ぐらいは待つ必要がありますよ」
 医師は端末に人工心臓データを表示させる。
「いっそ買ったら如何ですか? 長い目で見ると、その方がリーズナブルですよ?」
「ううん、そうしたいのはやまやまですが、私も退職していて、収入はゼロですからねぇ」
 飯島は難しい顔をする。
「せめて、心臓が見つかるまでフリーズ、とか……」
「冷凍睡眠は法律違反ですよ。世界中の人間が眠ってしまったら、誰が臓器をくれるんですか」
「……ですよね」
 飯島は溜息を一つついた。
「じゃ、ともかく人工心臓レンタルで頼みます」
「はい」
「……しかし、このままだと、もしレンタル代が払えなくなったら」
「勿論、心臓は返却して貰います」
「はあ、そうですか。となると、死んじゃいますねぇ」
「ええ、死んじゃいますよ」
「死んじゃうんですねぇ」
「死んじゃうんですよ」

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Entry18

奈々魚掘

るるるぶ☆どっぐちゃん
文字数1000


「あははは」
 画面が男のアップに変わり、その白い光が、電気を落とした部屋にぱっと散ると、奈々は笑った。
 何が面白いのか、僕には解らない。
 奈々はこの頃良く笑う。僕が面白いものでも笑うし、僕がくだらないと思ったものでも笑うし、おはよう、そう言われても、おはよう、良い天気ね、と笑う。
「うふふふ」
 奈々は胸に抱えていた袋から、ポテトチップスをその細い指でつまみ、口へと運んだ。
 部屋には映画の音と、奈々の笑い声と、ポテトチップスを噛み砕く音が混ざり合っていた。僕はもう映画のストーリーを追うのは諦めている。奈々と画面を交互に眺めていた。奈々は画面に夢中だ。そして笑う。ポテトチップスを咀嚼する。
 奈々と初めて会った頃、奈々は映画をこんな風に観なかった。教科書でも見るように真剣で、観た後は何かメモを取ったりしていた。何かを食べながら観るなんてしなかった。笑うことなんて滅多に無かった。
「幸せ、って何だろうね。あたし解らないや」
 あの頃、奈々はそんな事ばかり言っていた。
 今の奈々はそんな事は言わない。そしてポテトチップスを食べ、笑う。
 ドラッグだろうか。だがそれらしい様子は見られない。
「ねえ」
 奈々が突然話しかけてきた。
「何?」
「ドラッグでも始めたかな、とか思ってるでしょ」
 部屋が暗くなった。映画が夜のシーンに入ったのだ。美しい空だった。作り物特有の美しさだった。
「うふふふ」
 奈々は笑った。そして笑いながらポテトチップスを、大きな音で咀嚼する。
「そんな音で食べてて、映画、解るのかい?」
「解るわ。笑いながら、ポテトチップス食べながら観ると昔の見方では解らなかった事が凄く解るわ」
 はっきりした声だった。中毒患者には出せない声だった。僕は安心した。そして同時に、不安になった。
「良く聞こえるの。こうやって声だとか音楽だとか余計な音を聞こえないようにして観ると、良く聞こえるの」
「何がだい」
「皆が死にたい死にたい、って言ってるのが良く聞こえるの。皆あたしと同じなのね。だから嬉しくて」
 部屋が明るくなった。何のシーンかは良く解らなかった。奈々は笑った。
「映画はこう観るのが正しいのね。あたしずっと知らなかったわ」
 そう言って奈々は、ポテトチップスの粉にまみれた指を舐めた。

 奈々はその後作詞家になり、人気を得た。
 幸せ。彼女の作品にはその単語が、アンディ・ウォーホルの絵みたいに沢山張り付けられている。

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Entry19

話ながらも仕事の手は休めない。

アナトー・シキソ
文字数1000


気がつくと、鉄板の上で寝ていた。
まわりはウネウネと絡み合った金属のパイプだらけだ。
デカイ船の機関室のようだ。

違うかもしれない。

立ち上がって、体の埃を払う。
頭がズキズキする。
額の髪の生え際を触ったら血が付いた。
俺の血だろう。

ありがち。

俺は、その、船の機関室らしきところを歩き回る。
通路の薄い鉄板がカンカンと鳴る。

人間がいた。
灰色の帽子を目深にかぶっている。
服も同じ灰色のツナギだ。
そいつはパイプから突き出たメーターを読んでいた。
数字を調べ、手に持ったボードに書き込んでいる。
バルブを回して、蒸気を抜いたりもしている。
冷気かもしれない。
いや、冷気は抜く必要はないだろう。

俺はそいつに挨拶する。
そいつはメーターの数字を書き込みながら、頷く。
帽子のせいで顔はほとんど見えない。
「血が出てますね」
俺はもう一度、額の血を触る。まだ少し濡れていた。
「大したことないよ」
帽子のそいつは、別のメーターを調べている。
「僕のおじさんもそんなこと言ってて死んじゃいましたよ」
話ながらも仕事の手は休めない。
「それに、裸足じゃないですか」
そいつはヤレヤレというふうに頭を振った。
ペンを胸のポケットに差し、ボードを脇に挟む。
それから、自分の靴を脱ぎ、手に持って差し出した。
「これ履いて下さい」
凄まじい臭気が俺の鼻を襲った。
いや、ホントにスゴかった。
「いや、いい」
俺は思わず、後ずさる。
「遠慮しないで」
遠慮じゃねーよ!
「そうですか……」
そいつは靴を履きなおした。
俺は裸足のままだ。

これでいい。

そいつは、仕事を再開した。
「あなた、なんで、こんなところにいるですか?」
親切を仇で返されて少し不機嫌らしい。
でも、帽子のせいで顔は見えない。
俺だってこんな蒸し暑いところにいたくはない。
「もう少し行くと梯子があります。それ、登ってください」
「出られるの?」
そいつはメーターを調べながら首を振る。
「上にバス停があります」
「カネ、持ってないんだけど?」
そいつは相変わらず仕事の手を止めない。
小さなハンマーで、パイプをコンコン叩いている。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫って、どういう意味?」
パイプを叩く手が一瞬止まり、フフっと笑う。
「心配いりませんよ」
「心配って何?」
「いや、だから大丈夫ですって……」

俺はそこをあとにした。

梯子はあった。
だが、その少し先に【出口】と書かれたドアもある。
どうなんだろう?
て言うか、どういうつもり?

あー、たばこ吸いてーなあ。

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Entry20

パチンカー魂

太郎丸
http://www.toshima.ne.jp/~takuto_k/index.html 太郎丸の落書き
文字数1000


 ふうらりとその日暮らしの俺は、日銭をパチンコで稼いでいる。
俗にいうパチプロだ。特定の店では打てないから、流れ流れて全国を渡り歩いている。あぁ、もちろん俺は独身だ。こんな稼業で女房
は貰えない。

「兄さん。そこは止めた方がいいよ」
 場末の店で釘を眺めていた俺の後ろから、常連らしい男が声をかけてきた。
「いや、少しやってみますよ」
 釘の様子は良い、この台は狙い目だ。俺はその男の言葉を無視して台に付いた。
 玉の弾きも悪くない。ちゃんと天に向かって玉は弾かれ、スルスルっとスタートチャッカーに向かって転がった。
 ほらっ、入った。と思った瞬間、玉が消えた。俺は目を疑った。確かに入ったと思ったのだが、玉はチャッカーに入らずに文字通り
消えた。消失した。盤の上から無くなった。
 さっきの男はニヤニヤしていた。
「今、入りましたよね」
「いや、入る前に消えたよ」
「…」
 男は相変わらずニヤついている。
「その台はダメ。誰がやっても玉が消えちまうのさ」
 俺はよほど変な顔をしてたんだろう。男は俺の肩を叩いて、ヤニ臭い口を近づけてきた。
「あんたプロだろ? 聞いた事ネエかい、ブラックホール伝説ってやつをよ」

 それじゃ、これがあの台なのか? 誰にも攻略出来ない台があるという、伝説の台。いくら玉を補給しても全て飲み込んでしまうというパチンカー泣かせの死に台。
 しかしそんな台を平気で置いておくとは…。俺はこの台に挑戦を決めた。

 光の加減で玉が見えなくなる訳ではない。物理的に消えてしまう。普通はそんなコースには行かないと思う玉もチャッカー付近に吸い寄せられる。
 しかし打ち続けるうちにある事に気付いた。ブラックホール現象も3分に10秒ほど止まるのだ。だから俺はその短い間隙をぬって
玉を弾いた。
 釘は良い形だから、すぐチャッカーに入る。ゴト師が仕込んだわけではないだろうが、すぐ確変だった。しかも普段はチャッカー付近に吸い寄せられるから、開いたら端に打って、10発の入賞の所へ15発位は入るというおまけまで付いた。
 6万使ってプラス23万。今日はこの辺でいいだろう。

 それから俺はこの台を2週間出し続け、とうとう店から来ないでくれと言われちまった。
 俺はあの台を閉めることで手を打った。

 しかし何故こんな台があるのかって? そいつは俺にはわからない。そんな事より、面白ければいいじゃねぇか。

 さぁ今度はどんな台が待っているだろう。

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Entry21

三叉路の狸

伊勢 湊
文字数1000


 箱根の山道を運転するのがこんなに大変だとは知らなかった。道は曲がりくねっているし坂はきつい。昼過ぎには家を出たのに陽はもう暮れ始めていた。助手席の彼女は疲れきってぐったりしているし、時代遅れのミニクーパーはマニュアル車で、僕も運転するのにうんざりしていた。しかも、地図がいまいち信用できない。
 しばらくすると三叉路に出た。その正面、箱根へようこそという看板の側に、狸が一匹立っていた。置き物かと思ったら、こっちに手を振っている。道もよく分らなかったので、路肩にくる間を停めて降りてみる事にした。
「こんばんわ、ようこそ箱根へ」
「こんばんわ、修善寺までいきたいのですが道を教えていただけます?」
「かしこまりました」
 狸は丁寧な物言いでまず右の道を指すと説明を始めた。
「こちらは箱根の峠の山頂へ向かっております。陽が暮れてきているのが残念なところですが、この季節は紅葉がとても綺麗でお二人のような若いカップルの方々にも人気のドライブコースでございます。また、頂上付近には栗林もありまして家族連れにも人気があります」
 都心よりずっと冷たい風が首筋を撫でる。彼女が寒そうに僕の腕にしがみついてくる。狸はそんな彼女ににこっと笑いかけてから、今度は左の道の方を見た。
「こちらに向かいますと、ぐるっと峠道を廻りまして箱根湯本へと向かいます。御存知のように歴史の古い温泉街でして、単純泉、ナトリウム塩化物泉、アルカリ性泉などと様々な泉質が揃っております。効能も神経痛、筋肉痛、関節痛に始まり、胃腸病、切り傷、抜け毛に至まであり、まさに癒しの温泉卿と言えるでしょう」
 なるほどたいした知識だ。しかし修善寺を目指している僕たちにはいまはどうでもいい事だ。
「すいません、それで修善寺に行くにはどっちに行けばいいでしょうか?」
「それはもう、お客さまの好みとしか申し上げられません。どちらの道にも良いところがあるもので」
 なるほどね。まさに正論。しかし、この物知り狸に何を言っても無駄にしか思えなかった。
「OK。おまえの言う通りだ」
 僕は彼女の方に向き直って言った。長い髪が風に揺れて本当に寒そうだ。
「でしょう。高速で沼津まで抜けたほうが早いって」
「地図ではこっちの方が早そうに見えたんだけどなぁ」

 僕たちは車に乗り込み来た道を引き返した。僕は修善寺の秘湯とお願いしていた山菜の料理を思い浮かべながらもう一度ハンドルを握った。

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Entry22

はこ

曠野反次郎
http://homepage2.nifty.com/sakataro/dimetea.html :題未定
文字数804


 部屋は白い壁に囲まれていて、だいたい四方に扉がある。調度品は部屋によって色々あって、ベッドのある部屋もあれば、キッチンが備え付けられている部屋もあって、上や下に続く階段がある部屋もあった。
 僕らはそんな所でずっと暮らしていた。いつからかは解らないし、一体僕らが何人いるかも解らない。
 気付いた時にはここにいて、当たり前のようにここで暮らしてきた。
 食べ物はキッチンのある部屋にいけばあったし、時折、遊戯室に行き当たることもあったから退屈はしなかった。僕らは自分の部屋というものは持たず、絶えず移動した。何故なら部屋は通路も兼ねていたし、一つの部屋には一つの役割しかなかったから、必要に応じて移動する必要があったのだ。
 他人を必要とすることは殆どなかったから、僕らは一人一人別々に行動することが多かった。挨拶ぐらいは交わしたけれど、一度挨拶した人にもう一度会うことは稀だった。
 
 部屋はまるで無数にあるように思え、誰もその数を数えなかった。ただ時折、開かない扉があることがあった。その扉の奥には死体があると、誰かが言った。確かめる術は何も無かった。
 そんな僕らも外があることは知っていた。この上下左右にどこまでも続く部屋の連続が世界の全てではない。それは知っていた。だけど外の世界がどうなっているかは誰も知らなかった。

 一番上の部屋には天井がないという噂が流れた。一体誰が言い出したことは解らない。ただ僕らはそれを口々に伝え、上を目指し始めた。自然と僕らは群れを作ることになって、いくつか争いが起こった。僕らの間で争いごとが起こるなんて始めたのことだった。僕らはそんな事態に戸惑いながらもただ、上を目指した。
 
 空というものがあると誰かが言い出した。僕らは空のイメージを自然と描くことができた。僕らは一番上に辿り付くと、次々にその空に向かって飛び立って行くのだ。

 僕らの背中についた小さな翼はそのためにある。

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Entry23

化け猫の居る暮らし

蛮人S
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3057/ 娯楽要塞研究所
文字数1000


 ある夜、鍋島君江が何やら気がかりな夢から目を覚ますと、夫が台所で一匹の化け猫になっているのを発見した。
 化け猫は健康エコナの容器を猫手で掴み、中身を舐め取ろうとしていた。君江は猫の額――猫の割に広い額へと、ぱしぃと一撃与えた。化け猫はにゃおと叫んで容器を落とし、君江は慌ててそれを受ける。猫は知るまいがエコナはサラダ油としては高価なものなのだ。
 全く誰の為に、と君江は言いたかったが猫は人語を解さぬ。猫を教育するには何かやる度に額を叩くか、撫でてやるしかない事を彼女は知っていた。それらを長年続けた結果、猫は額の地肌を大きく露出させつつ、脱いだ靴下を自分で洗濯カゴに入れたり、読んだ新聞をちゃんと畳む程度には仕込まれていたのだ。(なのに夜中に油を舐めるなんて)君江は失望した。
 君江が近寄ると馬鹿猫はだっと居間に駆け込み、マガジンラックを引っ掛けて倒した。中から飛び出た新聞紙を見るや、馬鹿は思い出したように跳びかかり、部屋中に撒き散らした。洗濯カゴにあった靴下もなぜか散らかしてある。(ああ、これは)叛乱のつもりなのだ、と君江は理解した。君江は笑いながら、キレた。馬鹿馬鹿馬鹿と馬鹿の額を連打した。馬鹿は居間から飛び出し玄関まで撤退するとキッと振り返ったが、君江は全てを無視して寝室に戻った。眠かったのだ。
 君江が無言で布団に入り、再び眠りに就こうとすると、どこからかふんふんとベソをかく声がする。四つ足が、君江の足元から布団を踏んで近寄るのが分かった。
 四つ足は君江の顔にふんふんと息をかけ、次に耳元へ冷たい鼻先を押しつけてきた。やめろぉと呻きながら、君江は頭まで掛布団を上げたが猫はそこから入り込んでくる。さらに胸元へと入り込んでくる。(何て馬鹿なのだろう)(猫だから仕方ないのだろうか)(ああ、そうかもしれない)君江はとりとめのない思考を布団の中でこねながら、もう身動きする気にもなれなかった。

 翌朝、猫はメザシで朝食をとると勤め人として普段通りに家を出る。ネクタイを締め、背広を羽織ってしまえば結構な化けっぷりだと君江は思う。細かく見れば猫としての胴長とガニ股は隠せないのだが、足早に道を行く背広たちは、みな概ね、似たようなものに見えた。
 君江は部屋の窓を開け、青空を見上げ、ふう、と息をつく。少し冷たい風が頬を撫でて行き、なぜか隣の奥さんと目が合ったので、お互いに微笑みながら会釈した。

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Entry24

狂気及び世界崩壊又は精神崩壊

てこ
website:http://www1.ocn.ne.jp/~moonover/ MooN OVeR
文字数1000


ざざずざざざざざざあああざあああああああかかかかかかかHBのかかががが鉛筆あああああああああああ黒板消しとあ巨大なああああああ三角定規赤子赤子赤子赤子赤子赤子赤子赤子赤子赤子赤子赤子青い青い青い青い赤ごおおおおごごごごごごごごくごごごごごくきうぐぐぐ今日は2キロも落ちてげげるるるるるるるるお前なんてえてええてててて死んでしまえば良い「と義父は言った」死んで死んで死んで死死死死死死死死死死死死屍屍屍屍屍屍死屍死屍死屍死屍死屍死屍死屍シシシシシシシシシシシシシシシシシシシ私を散々に無残に死産にサザンにおおおおおおお犯してきたきた奇鬼鬼鬼鬼鬼きたくせにあいつはあいつはあいつは顔面に付いた肛門から何か醜悪なものと臭いとその他のものを吐き出しながらそのついでに言ったのだ死死死死んでしまえばいいくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくとおじゅういちじゅうにじゅうさんじゅうしの夏に母が死にその夜から嬲られ嬲られ嬲られ嬲られ嬲嬲嬲嬲嬲嬲嬲嬲嬲。 。 。 。   。      。

               嬲られました。犯されました。侵されました。オカサレマシタ。オカサレマシタ。オカサレマシタ。オカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサレマシタオカサ

    レマシタ

        助けてと言ったのに              言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに言ったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃねェ足りないの?足りないの?足りないのね。そうね足りないんだわ足りない足りない足りない助けて助けて助けて助けて助けて助けてくれないので助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けあの肛門から息をする豚をて助けて助けて殺します殺します助けて助もう殺しましたけて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて意外と綺麗なオブジェになったので助けて助けて助けて助けて助けて助嬉しいですけて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてこれで私も助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて救われるかなぁ

                             ●

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Entry25

『はじまりの合図』

橘内 潤
title:『はじまりの合図』
文字数1000


 仕事帰りの駅のホームで、私は何年かぶりに“私”と再会した。
 先に気がついた“あの時、ちゃんと言えた私”が、私に声を掛けたのだった。
「よお、久しぶり」
「あ、ああ」
 突然の再会に途惑う私に、“私”は懐かしそうな目をしてつづける。
「あれから、五年か」
「ああ……もうそんなに経つのか」
 私たちはお互いに口を閉じた。それから、近くの居酒屋へと連れ立っていった。

 私は火照った頬を夜風にさらす。
「今日は久々に楽しかったよ」
「ああ、俺も楽しかった」
 “私”も赤くなった頬をぱしぱしと叩きながら答える。
 私たちは再び、岐路に立っていた。
 いまの私には明日やるべき仕事も、守るべき立場もある。遅くまで飲み明かせる身分ではない。
「なあ」
 ふいに、“私”が聞いてくる。
「なあ……いま、幸せか?」
「え?」
「いまの生活に満足してるか? 毎日が最高だって、胸張って言えるか?」
 “私”の声と視線の真摯さが、私の喉を引き攣らせる。目を逸らさずに済んだのは奇跡に近い。
 だが“私”は、無言の私にふっと笑みをこぼす。
「いや、わるい。愚問だったな」
 どういう意味かを聞き返すよりもはやく、“私”は笑って言った。
「帰る家があって、待っている家族がいる――幸せに決まってるよな」
 私はやはり答えられなかった。
 口を開いてしまえば、言葉ではないものが溢れてしまいそうで、黙って肯いた。

 “私”が私の肩をぽんと叩く。
「じゃあ、俺、もう行くな」
「ああ」
「じゃあ……またな」
 片手を上げて歩き出す“私”。
 私も歩きだそうと――
「?」
 足が動かない。足だけでなく両目も、遠ざかる“私”の背中から離れようとしない。
 歩こうと思うのだが、どうしても身体が言うことを聞いてくれない。
 なぜ――と思った瞬間、私はどうすればいいかを理解した。いや、思いだした。
「おおい!」
 張り上げた私の声に、遠くなった背中が立ちどまり、振り返る。
 私は両手を口元に添えて、“私”にちゃんと聞こえるよう、腹の底から声を振り絞った。
「今日はありがとう。それから――」

「それから――さよならぁっ」

 ここからでも、“私”が驚いた顔をしたのが分かった――すぐに驚きが笑顔にかわったことも。
 “私”が手でメガホンを作るのが見える。
「なんだぁっ、ちゃんと言えたじゃんかぁっ」
 そう叫ぶと、“私”はくるりと背を向け、今度こそ見えなくなっていった。

 私も、“私”とは反対の道を歩きはじめた。

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