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エントリ1
フリーライオン
太公望
ライオン「なぁ。」
黒ヒョウ「・・んあ?なんだよ。」
ライオン「俺ら、生きてないな。」
黒ヒョウ「ああ?何言い出すんだよ。思いっきり生きてるじゃねぇか。」
ライオン「いや、そういう意味じゃなくてさ。」
黒ヒョウ「じゃあどういう意味だよ。」
ライオン「いや、俺も上手く言葉には出来ないが・・。」
黒ヒョウ「?」
ライオン「とにかく、今生きてないって感じたんだ。」
黒ヒョウ「なんだそりゃ?」
ライオン「・・なぁ。」
黒ヒョウ「?」
ライオン「生きてるって、どういう意味だ?」
黒ヒョウ「ああ?なんだよ。今日はオカシイぜ。」
ライオン「いいから・・。答えてくれよ。」
黒ヒョウ「さあね。俺には分からねぇよ。」
ライオン「・・おまえさ。」
黒ヒョウ「んあ?」
ライオン「この狭い檻で生涯生きてく事に・・。何か感じないか?」
黒ヒョウ「?」
ライオン「俺は・・。なんか嫌だ。」
黒ヒョウ「おいおい。今更何言ってんだよ。」
ライオン「そりゃあ毎日飯を運んできてくれるし、好きな事だけを出来るのは良いと思う。」
黒ヒョウ「なら良いじゃねぇか。」
ライオン「いや、でもさ。」
黒ヒョウ「?」
ライオン「でも・・。少し、苦労もしてみたい。」
黒ヒョウ「はぁ?おまえ何言ってんだ?」
ライオン「なぁ。」
黒ヒョウ「なんだよ。」
ライオン「このままで、良いのかな?好きな事だけしてて、毎日をただ過ごして・・。」
黒ヒョウ「おいおい。やめてくれ。俺までオカシクなっちまう。」
ライオン「俺、オカシイ事言ってるか?」
黒ヒョウ「ああ。言ってるね。」
ライオン「そうか?」
黒ヒョウ「そうさ。俺らは黙って飯食って、黙って寝てりゃ良いんだよ。」
ライオン「それで良いのか?」
黒ヒョウ「なんだよ?何が言いたい?」
ライオン「いや、なんか・・。このままじゃダメなような気がしたんだ。」
黒ヒョウ「何がだよ?」
ライオン「だから、生きてないって事だよ。」
黒ヒョウ「生きてるじゃねぇか。」
ライオン「違う。自分の意思じゃない。」
黒ヒョウ「は・・。俺には分からんね。俺はこれで十分だ。」
ライオン「結局、生かされてるだけだ。」
黒ヒョウ「良いじゃねぇか。俺らはここで生まれて、ここで育った。問題ねぇだろ?」
ライオン「いや、俺は・・。自分の意思で生きてみたい。」
黒ヒョウ「ああどうぞ。勝手にやってくれ。今度エサ持って人間が来たら、脅かして外にでも出るんだな。」
ライオン「外に?」
黒ヒョウ「だってそうでもしなきゃ、おまえは生きてねぇんだろ?」
ライオン「・・ああ。確かにそうだな。やってみるよ。」
黒ヒョウ「おいおい。本気か?俺は今のままでも、十分生きてると思うぜ?」
ライオン「いや、俺は・・。自分の意思で、生きてみるよ。」
・・・ニュースです。今日の正午頃、○○動物園のライオンが飼育員一人に軽症を負わせて、檻から出て園内を走り回るという事件が起きました。この事件を受けて警察と機動隊が出動。園内に到着後、まもなくライオンは射殺されました。幸いにも来園していた多くの人達に怪我人は出ず・・・
エントリ2
桃太郎
小笠原 寿夫
太郎「痛い痛い痛い!やめて!痛い!」 犬「いいから入れって!」 太郎「だってこんなとこ入れないっすよ!」 犬「バカ野郎!お前が入んなきゃ始まんねえだろ!」 太郎「始まるも始まらないもこんな狭いとこは入れるわけないっすよ!」 犬「つべこべ言ってねえで早く入れよ!この桃の中に!」 太郎「入れないっす!だってこれ、ただの桃じゃないっすか!」 犬「バカ!台本をよく見ろ!『大きな桃』って書いてあるだろ!」 太郎「えっ!?『大きな桃』って、これどう見ても普通の桃じゃないっすか!」 犬「バカ野郎!どこが普通の桃なんだ!殺すぞ!いいか?よく聞け。これはなぁ、 関西スーパーで買って来た『白桃Lサイズ』だ。」 太郎「普通の桃じゃないっすか!」 犬「いいから、入るんだよ!」 太郎「痛い痛い!折れる!ほんまに痛い!」 犬「バカ!折れても入れ!」 太郎「バカバカ言わんといてくださいよ!めっちゃ痛い!めっちゃ痛い!」
※作者付記:分かりにくいといけないので、一応、付記しておきますが、太郎という普通の子を「普通の桃」に押し込むことで桃太郎にしようという、桃太郎舞台裏でのお話です。
エントリ3
素晴らしい日々
有機機械
波の音、雲の切れ間から差し込む光、砂浜から羽ばたく海鳥。この景色の他に何が必要だというのだろう。僕は今満ち足りている。会社をクビになったけれども僕は今他に何もいらない。シートを倒した車の中で僕はしばらく海を眺め、そして家路につく。肩なんか滅多に凝らない僕の右肩がその日に限ってひどく凝っていたがそんなことは気にならない。 次の日もまた僕はその海岸に車を走らせ、波打ち際を正面に捉え車を停める。途中、コンビニで買って来たサンドウィッチを食べながら小説を読み、サンドウィッチを食べ終わると物語がキリのいいところで本を閉じて海を眺める。今日は青空が広がっているが海は凪いでいて波の音は聞こえない。その静寂の中、僕は眠りにつく。 夢の中では空は重苦しい灰色の雲に覆われていて、海岸には荒々しい波が絶えまなく押し寄せる。そしてその波に押し出されるように黒い禍々しい人影が次々と砂浜を這い上がって僕の車の方に押し寄せる。無数の人影が僕の車の全面を覆い目の前が真っ暗になったところで僕は悲鳴をあげて目を覚ました。 目の前には眠りにつく前と同じように真っ青な空と海が広がり僕はほっとする。その開放感溢れる景色を前にして先程の嫌な夢はすぐに忘れ、僕は伸びをひとつしてエンジンをかけた。なんで今まであんな会社にしがみついていたのだろう。食って美しい景色を眺めて本を読む生活にお金はそんなに必要ではない。帰り道に軽い接触事故を起こしたけれどもたいしたことはない。ある程度の蓄えはある。人を轢いていたら大変だったが不幸中の幸いだ。 次の日も僕はバンパーのへこんだ車で海に出かける。よく考えたら車なんて走ればいいんだからこれで問題ない。僕を海まで運んでくれればいいのだ。その日は熱っぽく、身体の節々が痛んでいたが海を眺めて昼寝すればよくなるだろう。途中、海岸線に出る直前の雑木林を抜ける道で髪が長くて白い服の女の人が手を挙げて立っていたが僕は素通りした。申し訳ないけれども熱がどんどん上がっているようで早く海岸に車を停めて休みたかった。 空は曇っていて、海は荒れていたがそれも自然のひとつの顔だ。その力強い波の音を聞きながら目を閉じる。ああ、なんて素晴らしい日々だろう。
エントリ4
ディサピアー
スナ2号
もう、何もかも嫌になった。生きていたっていいことなんてないに違いなくて、いっそこの世から消えてやろうと思った。そう決心した途端、私は見たことのない部屋にいた。 広くて、見上げると、天井までの距離がよく分からない、白い部屋。 不意に、後ろから声をかけられた。 「やあ」 振り返ると、やけに白い奴が立っていた。 「君、消えてしまいたいらしいね」 白い影みたいな奴は、近付いてきて、私の肩に手を置いた。 「ほら、見てごらん」 指差す方を見ると、いつの間にか部屋の真中から、赤い風船が生えていた。 「あれは、君の魂だよ。赤くて綺麗だね」 そう言うと、白い奴は、小さな糸切り鋏を取り出し、私に差し出した。 「この鋏で、君をこの世に繋ぐ糸を切れば、すぐに消えることができるよ」 私は尋ねた。 「あんた誰?」 「僕?僕は、君の手助けをするために来た者だ」 「糸を切ると本当に私は消えてしまうの?」 「そうだね。この世との繋がりを絶つということだからね」 「消えてしまった私はどこへ行くの?」 白いのは肩をすくめて、 「さあね。興味があるなら糸を切ってみなよ」 糸を切れば、この世からさよならできる。 しかし、なぜだか、私は動くことができずに、風船を凝視して固まっていた。 影みたいなのは、白けたように、その場に座り込んで呟いた。 「何を迷うことなんてあるのかねえ」 私はじっとしていた。 けれど、握った鋏が汗ばんできて、やがてそれが引いた頃、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。これ以上この世に振り回されるのは格好悪い。 私は、かがみこんで、糸に鋏をあてた。白いのもそれに気付き、「お」と顔を上げた。 こんなもの、一回ちょきん、でおしまいだ。 少しためらったが、私は鋏を動かした。 ちょきん。 風船が、ゆらりと揺れた。 その瞬間、白い影みたいな奴の顔が、にやりと歪んだ。心底嬉しそうな、ぞっとする笑いだった。 それを見た私は、今までの生涯で一番機敏な動きをした。浮かんでいこうとする風船を飛び上がって掴み、自分の手首に巻きつけ、痛い位きつく結んだ。 白い顔が、再び歪んだ。今度は悔しそうに。
「臆病者!」
気付くと私は、自分の部屋にいた。 臆病でも格好悪くても構わない。つまらない世の中なんて、私が偉くなって変えてしまえばいい。 そう思って、勉強しよう、と本を開いたが、すぐに飽きて、また何もかも嫌になった。 でも、今度は消えてしまおうとは思わなかった。
エントリ5
覇者・ブライアンに捧ぐ 〜回想〜
べんぞう
2001年、鈴鹿サーキット雨の最終コーナー。俺のバイクのすぐ後ろにいたのは去年のチャンピオン、ベテランのギル・ブライアン。
今年も彼に与えられたのは名実共にトップチームのシート。俺は彼に憧れてバイクに乗り始め、高校を辞めてレース活動をしてきた。レーサーなんてサーキット以外では全く華やかじゃない。とにかく金が掛かるのだ。工事現場、キャバレー、新聞配達。レースで飯を食っているヤツなんかほんの一握り。それでも俺はブライアンになりたかった。昼間でもほの暗いガード下の四畳半の部屋には大きなブライアンのポスターが貼ってあった。どんなにボロ雑巾のように疲れて帰ってきた時でも、高々と前輪を上げてガッツポーズをとりながらゴールラインを駆け抜けているブライアンのそのポスターを見ると、明日も頑張れる気がした。
レースは速いヤツが王者だ。俺のバイクはいつでもボロかったが、どんなヤツにも負けなかった。直線ではパワーのある他のヤツには勝てなかったが、コーナーはテクニック勝負、並み居る強豪に食い込み、今では日本人のランキング25位になっている。
そこに彼が現れた。ブライアンが転戦する世界選手権のウォーミングアップの為にこのレースに出る、というのだった。俺は相変わらずのボロバイクだが、もはやそんな事はどうでもよかった。彼とレースが出来るのだ。
緊張の決勝。スタートしてすぐに異変が起きた。そう、雨が降ってきたのだ。瞬く間に豪雨となり誰もがレースは中断になると思った。が、オーガナイザーは赤旗を振らない。中断しないという判断だ。雨は他のバイクとのパワーの差を消してくれる。それどころか、その溢れるほどのパワーが却って滑りやすい路面では足かせになるのだ。それはブライアンのバイクとて同じこと、乗りなれたボロバイクと、知らず知らずのうちに鍛えられていたコーナーでのテクニックは、ブライアンがパワーでタイヤを滑らせてしまった隙を突いて前へ出ることが出来た。奇跡が起きたのである。
だが、最終コーナーからゴールラインまでの僅かな距離は、パワーに勝るブライアンのマシンが俺のボロバイクに追いつくには充分な距離だった。今日だけはライバルとなったブライアンにほんの一瞬遅れてゴールラインに飛び込む俺は、高々と前輪を上げてガッツポーズをした。
そう、あのポスターのように。
2003年9月、某サーキット最終コーナー。 ギル・ブライアンよ 安らかに。
※作者付記:(ギル・ブライアンは架空の人物です。)
エントリ6
りんごのうた
るるるぶ☆どっぐちゃん
スクリーンには様々なものが映し出されていた。緑が強調された夢のように優しい色彩で。ぬいぐるみ。小さな手鏡。ピアノ。それらに降り注ぐ沢山の小さなガラス玉。全てあたしが無くしたものばかりだった。会場は満員で、皆しくしく泣いていた。 あたしはポテトチップを食べ尽くしてしまった。手には小さな林檎が一つだけ残っていた。あたしは林檎に歯を立てる。スクリーンにはあたしが、寒いと泣く母の為に赤い着物を買いに行く場面が映し出されていた。母は白い裸体を惜しげもなく晒している。あたしは食べ終えた林檎を、窓に向けて放った。ガラスが粉々に割れる。その先に青空が見える。 電車に乗り、無人駅で降りた。 無人駅にはフリーマーケットが開かれていた。灰色にくすんだ無人駅に、原色の服が沢山並べられている。 「この感じはまるで昔の彩色写真のようね」 ベンチには軍服を着た女兵士が座っていた。 「そうね」 あたしは隣りに腰を降ろす。 駅の構内は原色の服や派手な色彩の土産人形などで賑わっている。フリーマーケットで、ここはどんどん賑やかになっていくようだ。スピーカーからは昔のロックが微かに流れている。 「日記見せてよ」 催促され、あたしは女兵士に日記帳を手渡す。 「日記見てね」 女兵士はあたしに日記帳を手渡す。 まさに交換日記だった。あたし達はここでたまに日記を見せ合う。 「何も書いてないね」 「少しさぼっちゃって」 あたしは彼女の日記に目を落とす。白紙だった。 「何も書いてないのね」 「うん」 沈黙が流れる。あたしは今日見た映画の話をしようと考える。 「結局、理論的に完全に美しい絵、っていうのは、どういったものなのだろうね」 多分こういうことを言う時点であまり才能が無いのだろうな、と思う。美しい絵を見ても、あたしは気づかないのかもしれない。 女兵士はあたしを微笑みながら見ていた。 「ねえ」 あたしは彼女の背に手を伸ばし、銃を掴んだ。 「決闘をしましょう」 「良いわよ」 あたし達はベンチに座ったまま向かい合う。あたしは引き金を弾く。ぱん、という音と共に弾丸はまっすぐに飛び、彼女の背後に置かれていたボトルシップを破壊した。 ばちゃん。 女兵士はあたしに向かってケーキを投げた。 そうか。今日はクリスマスか。あたしは呟く。 「メリークリスマス」 「メリークリスマス」 女兵士は優しく微笑みながら、あたしの顔に突いたクリームを静かに舐め取り始める。
エントリ8
一人の娘の父として
夢追い人
ユキが男を連れて学校から帰ってきた。 「ただいま。あとで部屋にジュース持ってきて」 見知らぬ背の高い男に、情けない父親だな、と見下されないように返事はせず、僕はゆっくりとソファから腰を上げた。 初めての彼氏だろうか。まだ小学校に入ったばかりだと思っていたのに、いつのまにか中学生。最近になって、ユキが甘え上手なのか、あるいは僕が甘えられ上手なのか、まるで気前のいい家政婦のように僕がユキの世話をしている。むしろ、僕が世話をさせてもらっているのかもしれない。例えば、宿題、部屋の掃除、財布の中身の大掃除。そしてジュース運び。 「部屋にジュース持っていくの嫌だな。あの男と何か会話でもした方がよいだろうか。そういえば同僚の奴は娘の彼氏と友達のように会話してるって言ってたな。それとも厳格な父親のふりして、胸張って無言でジュースを置いてくればよいだろうか。あっ、厳格な父親はジュース持っていったりしないよな」 お食事会から帰宅しない妻があたかもここにいるかのように、一人で呟いてみた。幾分落ち着くかと思ったが、むしろ焦ってきた。手にはじんわりと滲んでいる。 「早くジュース持ってきて!」 「ハーイ」 やばい、と思ったときには遅かった。いつもの習慣というものは全く恐ろしいものだ。 「彼氏に聞こえただろうか」 聞こえたっていいじゃない、誰もあんたのことなんて気にしてないわよ、と妻ならきっと言うに違いない。 僕は二階への階段が十三段あることを知っている。僕は死刑囚じゃないが、階段を前にしたとき、二つのコップを持つ手に力が入った。それというのも、十三歳のユキの人生がそのまま階段になって目の前にそびえて見えたからだ。 元気な産声をあげて産まれたユキ。小さな足で立ち上がり、外を駆け回るようになった。幼稚園で多くの友達を作った。父の日には似顔絵をくれた。いつかお父さんのお嫁さんになりたいとも言ってくれた。小学生になった時には、お父さんのお嫁さんになりたいなんて言ったことは一度もないと言った。間違っても言わないとさらに念を押した。小学校の卒業式に行く前に、記念写真を撮ろうとして、妻と並んだユキが同じ身長だったのに驚いた。そして今日の驚き。 最後の一段。まだ小さい女の子だと思っていたら、もう女になってた。 「ドアの前にジュース置いとくから」 「ありがとう」 よそ行きの言葉。それでも僕が涙を流すには十分すぎる言葉だった。
エントリ9
撲滅
ごんぱち
何もつけていない食パンをかじりながら、四谷京作は新聞を開く。 「ふぁ?」 折り込み広告の一枚に目が留まる。 『防衛省からのお知らせ』 四谷はパンを呑み込んでから、細かい文字を読み、それから時計に目を向ける。 「あんまり時間ないなぁ」 テーブルの隅に置いてある携帯電話を取り、番号を選ぶ。 「おう、早坂。知ってる? 俺んとこ、例ので。そうそうそれ。悪いな、来週の約束無理だわ。うん、じゃあ」 電話を切り、また別の場所へ。 「近藤さん? 課長に休むって伝えといて。え? サボりじゃないって……うん、下鷹野だから。そうそう。じゃ、よろしく」 四谷は戸棚を開け、ウイスキーを取ったところで、電話が鳴る。 「ああ、母さん?」 時計に視線を向けながら話をする。 「ああそう。うん、まあそういう事だから」 ウイスキーを飲みながら話す。 「無理だよ。完全に封鎖されるんだから。まあテロ撲滅のためだし、仕方ないって」 四谷がウイスキーをグラスにもう少し注ごうとした時。
『自衛隊の攻撃によって、下鷹野に潜伏していたテロリストのアジトは、壊滅した模様です』 笑顔でアナウンサーはニュースを伝える。 『今回の攻撃について首相は、人的被害は最小限に留めた、作戦は成功である、と語っています』 画面には、小さなキノコ雲と、燃える街が映っている。 『周辺の皆さんは、今日一日は外出を控え、やむを得ず外出する場合は、帰ったらシャワーを浴びましょう』 アナウンサーは、隣の解説員の方を向く。 『これで、テロリストの拠点がまた一つ、減った事になりますね』 『はい。首相の毅然とした方針は、テロリストの力を大きく削いでいます。このまま続ければ、二十年ほどで、この日本からテロリストと名の付くものはいなくなる事でしょう』 『ですが、住人が巻き添えになり、土地や空気も汚染されるという批判が出ていますが?』 『テロリストを放置していた場合の損害の七〇パーセントに過ぎません。長い目で見れば、軽微なものでしょう』 解説の軍事評論家は、髪の毛を振り乱す。 『何より、テロは絶対悪です。撲滅の為なら、我々は自らの犠牲も厭うべきではないのです』
「成功したな」 窓のない部屋で、上座に座っていた男がテレビを消す。 「はい」 「しかし、心理的効果は薄いのでは?」 「時間の問題だ」 男は皆を見回す。 「ただ、待てば良い」 ニヤリと笑った。 「我らのアジトがあるとの偽情報を、政府に流しながら」
エントリ10
蔦絡むアパートの猫
犬宮シキ
何時からここに居るのか解らない。少なくとも俺はあの錆びた欄干に蔦が絡んでいない頃を知っている。今は枯れた細い蔓が老人の血管のようにはりついている。また春を過ぎ夏になれば豪奢な翡翠の葉で埋まるのだろう。俺はそれを見て昔の女の事を何時も思い出す。オキニスの細い爪と、翡翠の目を持った綺麗な白猫だった。 とにかく俺はそんな昔からここにいて、人の人生を横切ってきた。古いアパートの、屋根に無理矢理くっつけたような、共同の狭い物干しの俺の居場所。薄いトタンを透けて見える色褪せた太陽は俺のもの。俺の黒繻子の背に向き続けてもう長い。 103号室から漂うコーヒーの匂いがこのアパートの朝の印。同棲と言うには多少不釣り合いな、若い、まだセーラー服さえ脱げない女と、冴えない男が住んでいる。たまに女は居なくて男だけになる。けれど毎朝コーヒーはいれる。そしてアルミの皿に餌を空け窓を開ける。俺のためだ。だから俺はこの二人が嫌いじゃない。 105号室では何時も老婆の咳き込む声が聞こえる。孫や子らしい人間や、ディケアと呼ばれるバスが一週間に数回、きまって昼前に来てあれこれ世話を焼く。もう大分キちまっているからうちで引き取るなり老人ホームに入れたいのだが、意地を張って困ると昔103の男に呟いていた。ほらまた来た。薬局の袋をぶらぶらさせている。 201号室の扉は大分日も傾いた頃にばたんと開く、痩せて細い男がだらだらと出てくる。黒い大きな楽器のケースを背負って浮かない顔だ。彼はバンドをしている。そして今のままじゃ年齢的に辛いことも知っている。好きなことをしているから、と電話で誰かと話しているのを聞いたことがある。売れなくてもしょうがないよね、でもギリギリで大丈夫だから。そう言っているのに、やはり表情は暗いのだ。 204号室は何時もカーテンが引かれている。そして夜になると子供の叫ぶ声が聞こえる。泣く声や不穏な物音も響く。俺は何が起こっているのか知らない。ただ、朝焼けの頃、たまに窓が開く。一度、中の子供と目があったことがある。その時はたしか蔦は美しくアパートをくるんでいた。 子供は微笑んでいた、その右目の上は赤紫に腫れていた。そして誰にも言っちゃ駄目だよ、猫さん。と俺に言った。承諾のために俺はにゃあと鳴いた。子供は自らカーテンを引いた。 コーヒーの匂いがした。直にここは取り壊される。何も思わないが女の目のような蔦は惜しい。
エントリ11
ほんとすみません
ハンマーパーティー
空から汚物が降ってきた。道はぬかるんで一歩進むのにも時間がかかった。背負ったものがさらに歩みをおさえた。ときどき空や道がなくなり暗闇の奥深く箱の中に閉じこもった。一生、この箱から出なければ傷つかないし少しは楽になれるだろうと思った。けど、これまで何度かそうしたが楽になれたことはなかった。箱から出ると空と道が現れた。少し歩くとまた汚物が降ってきた。冬の雨のように体を突き刺した。 這ってでも進まなければならない。四つん這いになり進んだ。人から指を刺されて笑われた。私は卑屈に笑って頭を下げた。這いつづけると齧りかけの饅頭が落ちていたのでむしゃぶりついた。すると空からカラスが急降下でせまってきて頭を引っ掻いたあと羽ばたいて私の上にとどまった。 「このクズ野郎!」 私は口に含んでいた饅頭を吐き出して「どうもすみませんでした」と謝罪した。カラスは舌打ちすると横目で私を見ながら饅頭を数度つつきながら「お前なんか生きててもなんの役にも立たねえよ、ボケ」と言いながら晴れた空のほうへ飛んでいった。 汚物の雨は強さを増し、背中はいっそう重くなっていった。「すみません、ほんとうにすみません」。上っ面の言葉でなく心からそう叫んだ。「ほんとうに申し訳ありません」。 遠くから「裸になれよ、このゲス野郎」という声が聞こえた。私は「あ、すみません、分かりました」と言って急いで着ているものを脱いで裸で四つん這いのまま進みだした。 「どこに行くんだこのゲス野郎?」 進まなくてはならないのです。 「どこに?」 どこかは分かりませんが、とにかく前に進まないことには私という人間は終わってしまうのです。顔にかかったヘドロを手で払いのけながらそう答えた。 「死ね!」 はい、確かにそうかもしれませんが、そういう終わり方では納得できないのです。 納得できたらそうしたいと思います。 泣いてもいいですか。ああもうダメです。 「気持ち悪いよ、お前。オエッ! 死ね!」 振り返るな。立ち止まるな。 これ以上、止まっていては遅れますので失礼します。私はそう言って這い進んだ。汚物は降り続いた。またあらためて謝罪いたします。とにかく少しでも前に進みたいのです。進んでよろしいでしょうか。 「勝手にしろ!」 どうもすみません。ほんとにすみませんでした。 私は、こんな言葉を使うのが許されるなら、「死力を尽くして」、とにかく、とにかく前へ這い進んだ。
エントリ12
『オリオンの黎明』
橘内 潤
茫漠と広がる暗黒の大宇宙。そのなかで光る、一粒の宝石――青い奇跡。地球。 いま、人類が宇宙の遥か彼方まで繁栄しているのも、地球がわたしたちを生み育んでくれたからです。 わたしたちは忘れてはいけません。地球が、かけがえのない星であることを。
宇宙の中央に地球が描かれたパンフレット。その地球の真中に黒点が生まれ、広がっていく。 「ちっ、なにが青い星だ。いまだに地球があるから宇宙経済が低迷するんだ」 リックは煙草を押し付けたパンフレットを足許に投げ捨て、まとめて踏みつける。 西暦から宇宙歴に代わってすでに四百年がたったいま、地球はもはや青い星ではない。資源はとうに枯渇し、オゾン層の消滅で生命の九割は死滅している。地球歴初期――フロンティア・エイジと呼ばれた時代から一貫して、地球は星間企業の資本を牛耳ることで金融の中心として君臨してきた。 リックが到着を待っている星間旅客機の経営母体も、地球企業「ミカド」の六十パーセント出資会社である。だからこそ、空港内アナウンスや観光パンフレットに地球賛美のCMが紛れているというわけだ。 「そろそろ着く頃か……」 そう思ってフライト・インフォメーション(電光掲示板)を見あげると、ちょうどオン・タイム(到着予定)がアライブド(到着)に変わったところだった。 「――行くか」 リックが独りごちたところに、煙草とパンフレットの回収に清掃ロボットがやってくる。立ちあがるついでに蹴りつけが、車輪付きの半球体は意に介さない。 「けっ、地球産め。この仕事が終わったら、今度はおまえがゴミ箱行きだ」 そう吐き捨てて、リックは到着ゲートへと歩きだす。べつにロボット相手に悪態を吐く愚を悟ったからではなく、もう暇つぶしの時間は終わったからだ。 歩きながら携帯をコールする。 「全員、配置に着いているな」 オンライン越しの返答に、リックは獰猛な笑みを湛える。 「よし……この仕事が上手くいけば、人間もロボットもメイド・イン・アースはゴミ箱行きだ。派手に狼煙をあげるぞ」 ――通話相手の興奮が電波を通して伝わってくる。特に最後の言葉など、まさにそうだった。 「……ああ、宇宙の未来をオリオンに」 相手とまったく同様の言葉を口にして、リックは携帯を切る。その両眼は、抑えきれぬ高揚に燃え立っていた。
地球歴四三一年四月一二日。 この日より八年間、地球暦とオリオン歴が並存することになる。
エントリ13
栞
越冬こあら
また振られた。 三ヶ月付き合ったサブロウが冷たい言葉を残して消えた後、窓際のテーブルでひとり、かぼすハイを飲む。反省会は、ついてない、縁が無い、幸薄い……と自虐的な方向に進み、おかわりを頼む頃には、マサトを思い出していた。 「やっぱりマサトとじゃなきゃうまくいかない」 三年前、マサトは私の目の前で轢かれた。即死だった。かぼすと焼酎が涙腺から溢れる。窓越しにあの夜と同じ月がぼんやり覗いた。
「こんばんは、ユウコさん」目の前の声に驚いて凝視すると、正面にピラピラした物体が腰掛けていた。 「私は、栞です」ピラピラが声を発した。 「マサト君にもう一度会いたいですか」 生中二杯、レモンハイ一杯、かぼすハイ三杯しか飲んでないのに、酔って幻覚を見るなんて、私も落ちたものだと思ったら、また泣けた。 「幻覚ではありません、私は実体です」栞が答えた。 「栞のくせに、私の思考が読めるんだ」ありがちな栞の超能力を思うと、鼻水がこぼれてきた。 「栞、栞と軽く考えてはいけません、ユウコさん。私はそんじょそこらの栞とは違います。私はあなたの人生の栞なのです。つまり……」 このピラピラは、私の人生というストーリーにはさまれた栞で、通常の栞と同様にそこから読み直す、つまり、そこから人生をやり直す事が出来るという。なんて都合のよい幻覚なのだろう。この栞を使えば、私はマサトの事故の少し前に戻って、交通安全のお守りを買って、あの忌まわしい事故を未然に防ぎ、その後は二人で幸せに暮らしていく事が出来るというわけだ。栞という新しい小道具を使ってはいるものの、類型化したSF小説にありがちな展開だと思ったが、私のマサトが帰ってくるなら、それはそれで良いような気がした。 ここで栞は、私の瞳を正面から見つめ、お約束の科白を吐いた。 「さあ、ユウコさん決断の時です。あなたの人生、栞に戻ってやり直しますか」 私はトロンとした頭を前に倒した。
「……うちのエスがお散歩に行ったとき、おしっこをかける代わりに使えるしおり」生徒たちの笑い声。 三年二組の黒板には「こんなしおりがあったらいいな」と大きくかかれていた。 「はーい」 「はい、斉藤ユウコさん」 「今日にしおりをはさんでおいて、大きくなってから、また今日のしおりに戻ってくるタイムマシンしおりがあったらいいと思います」私は、先生の顔を見つめて大きな声で発言した。
栞は一枚、ここに挟んだだけだった。
エントリ14
丘は花盛り
土筆
山間の駅で電車を降り、寂しい農道を歩いていると、遠くから放飼いの馬が近づいてきた。威嚇のつもりなのか、イヒヒンなどとやりながら、明らかに私を意識してやってくる。困ったぞ。原野で、人家は見えない。そこに馬と人間が一対一となると、不気味さにかられる。馬が嘶くところは、笑っているようにも見えるが、いつ怒りに急変しないとも限らない。 馬は油断できない動物だ。私は少年時代乗馬クラブにいて、肩口を馬に咬まれたことがある。 私は草原の一本道を駅から遠ざかる方向へと歩いている。目的は植物採集。タンポポの珍しい品種が群生しているというのでやってきた。 馬は雑草をこいで近づいてくる。一体あの馬は、私を何者と見たのだろう。もし敵と思ったのなら、もっと鼻息荒く、嘶くはずだ。寂しいのだろうか。寂しさを紛わすためとしても、御免こうむる。あの馬体を寄せてこられたのでは、ひとたまりもない。しかも餌が豊富なので、サラブレットのスマートさなんて皆無だ。ごつくてまるで鋼鉄の機関車のようだ。 路面を打つ蹄の音がする。本気で私を目標にして駆けてくるらしい。困った。逃げるしかないが、足ではとてもかなわない。 難を避けるために樹に登ることを思いついた。幸い登り易そうな胡桃の樹が道端に立っている。とっさにその樹に駆け寄り、登り始める。 危機一髪。馬は樹の下に来て、首を伸ばした。歯を剥き、鼻を歪める。咬みつこうとしてか。親愛の情を示そうとしてか。しかし馬の気持ちは分らない。 馬はそれではおさまらないらしく、後足で立上がり、幹に前足をかけた。私は慌てて上へと攀じ登る。馬は幹に前足をかけたまま樹を揺らす。
馬は長期戦に構えるつもりか、樹の周りの草を食んだりして立ち去る気配を見せなかった。私は痺れを切らせて、それではと樹から馬の背に飛び移って、逆襲に出た。放し飼いの馬にとって、背に人を乗せるほどの屈辱はないはずだ。吾ながら大胆な手に出たものだ。 馬はたちまち荒馬になって、前足を上げ、後足を上げ、私を振り落そうと揺さぶりをかける。馬はついに道を駆け出した。私は馬の鬣にしがみついて、わなないていた。 馬の狂騒振りが最高潮に達して、私は宙に投げ出され、落下すると同時に気絶した。馬はそのまま駆けて行った。
意識が戻ったとき、草いきれの中に花の香りがあった。顔を上げると、目当ての新種のタンポポが咲き誇っている。何と馬からの贈物!
エントリ15
両腕を左右に伸ばし腰を捻ろ。
アナトー・シキソ
スーツと書類鞄。 ガラス張りのエレベータで19階まで上る。 連れがいる。 天井で禿頭をこすりそうな大男だ。 知り合いじゃない。たまたま乗り合わせた。 禿の大男は、葬式帰りのような黒ずくめで黒眼鏡までしている。 両手には盆栽の鉢を一つずつぶら下げている。 松と、もう一つは、なんか、知らない木だ。 エレベータは17階で止まった。 禿が降りた。
人の頭がいくつも見える下界の交差点。 猛スピードで突っ込んできた黒塗りの車一台。 カーブを曲がりきれずに、信号機に激突し、横向きに3回転した。 あれに乗ってて助かれば奇跡だ。 エレベータが動き出す。
19階のエレベータ前には、いつも中華の屋台が出ている。 僕は4つ注文した。 2つで充分ですよ。 屋台のオヤジ。 僕は4つ買って龍の柄の袋を提げる。
屋台から出る湯気のせいで、19階の廊下はいつも湿っている。 中華の入った袋を提げて、滑らないように用心しながら歩く。 突き当たりまで歩いたら、コンクリートの壁をずらす。 もたせ掛けてあるだけの壁だ。 奥に階段がある。それを2階分上る。 上がるとケータイが鳴る。 出て、4つの数字を聞く。 9807とか、2738とか。 今回は、1916だった。 それを覚えておく。メモは厳禁だ。 更に階段を上ると、すぐ上の踊り場に、男が一人立っている。 やせて、オドオドした男だ。僕はこの男を鍵男と呼んでいる。 カギオトコじゃなくて、カギオだ。 鍵男はいつも両手の指を複雑に絡み合わせている。 「指が、離れなななな」 鍵男はそう言って、なんとかしてくれ、と僕に訴えかける。 この鍵男に、さっき覚えた4つの数字を告げる。 数字が正しければ、鍵男はナンカ叫んで、絡み合わせていた両手の指をほどく。 すると、上の階にある「ドア」が開く。 この「ドア」が唯一の「出入り口」だ。他にはない。 鍵男が両手を離したら、買ってきた中華をすばやく両方の手に一つずつ手渡す。 中華を買うのはこのためだ。 鍵男は、両方の手の中華を食べ終わるまで、手を組み合わせることはない。 その間に上の階に上って、開いている「ドア」から「中」に入る。 「ドア」を通りぬける前に、鍵男が中華を食べ終えしまうことがたまにある。 その時は、残っている2つでやり直す。
僕は鍵男を残して階段を上る。 「ドア」は開いていた。 「中」に入る。 入るとそこはやっぱり踊り場で、鍵男が突っ立って、さっきの中華をまだ食べていた。 順調だ。 僕は鍵男を残して階段を下りる。 順調だ。順調。
エントリ16
伸ちゃんのヰタセクスアリス−5−(姫はじめ)
太郎丸
「へぇーっ。男の一人暮しのわりに、綺麗にしてるじゃない」 正月も2日になって、親元を離れ、始めての正月だというのに田舎にも帰らなかった僕の所に、夕方になってさっちゃんがやって来た。 さっちゃんとは言っても、僕より7つ上の叔母だ。あまり年が離れていなかったから、小さい頃から未だにさっちゃんと呼んでいる。 ワンルームの僕の部屋に入り込んで来た彼女が広げた荷物は、手作りの沢山の量のおせちだった。 「伸ちゃん。田舎帰らないの?」 「うん。金も無いし、バイトもあるからね」 「彼女でもいるんじゃないかと期待して来たのに、いないの?」 「そりゃ、一人や二人は…」 僕の顔を見ていたさっちゃんは、そんな嘘は直ぐバレるぞというように「ふーん」と笑った。 おせちをつついている僕を尻目に、さっちゃんが探索を始めた部屋の女っ気なしの寂しい状況は隠し様がないから、僕も諦めている。 「さっちゃんも帰らなかったの?」 「そう。帰ると見合いだなんだって、ウルサイからね…。ところで今日泊まってってもいいでしょ」 「いいけど、寝るとこないよ」 一緒にベッドで寝れば言いという彼女に押しきられ、彼女は風呂に湯を張り始めた。 「ここ、脱衣場は無いのね」といいながら、開けっぴろげに脱ぎ出す彼女にドキっとした。僕の事は甥として見ているんだ、男として見ていたら、こんな事は出来ない。親戚だ。叔母さんだ。そう言い聞かせながらも、丸い乳房と白いお尻が妙に僕を興奮させた。
湯上りのバスタオルを巻いた彼女の桜色に火照った肌に釘付けになりながら、「入っちゃいなよ」という彼女に促されて前を隠しながら脱ぐ僕は恥かしさの固まりだった。
風呂から上がると、彼女はもうベッドに入っていて、寝息を立てていた。少し安心したのと拍子抜けしたのとで、僕は彼女に触れないようにベッドに入った。 いくら年上とはいえ、女性が隣りで寝ている。僕は男だ。こう見えても経験もある。だが叔母だ。 僕はじっと息を殺した。 寝返りをうった彼女の腕が、僕の身体に腕を絡ませてきた。柔らかい胸の膨らみが僕の腕にあたった。
動けなかった。
大きくなっていく分身が、心臓の音と一緒に血の流れを感じさせた。隣りを見ると彼女が見つめていた。 僕は彼女に口付けし、ひとつになった。
何日か後、田舎の母から電話があって聞いたが、さっちゃんはどうやら奥さんのいる男と付合っていたが、捨てられたという事だった。
エントリ17
おばあちゃんの手、あったかい
日向さち
赤い手袋をはめて、外へ出る。車の通った跡と足跡が、庭にかぶさった雪へついていた。お父さんとお母さんはお仕事に、お兄ちゃんたちは小学校に行った。その跡だ。 お兄ちゃんたちが歩いていったところを、あたしはおばあちゃんと一緒に歩く。二人の足跡が、四人の足跡になって、だんだんとのびていった。 家の前の道を歩いているとちゅうで、手袋のまま、手のひらを合わせて、こする。こうするとあったかくなるって、おばあちゃんが教えてくれた。さっきまでコタツに入って、手と手袋を温めていたのに、あたしの手は、どうしてすぐに冷たくなるんだろう。 手が冷たいのか、って、おばあちゃんが、あたしの手を自分の手ではさんでくれた。おばあちゃんの手袋は灰色で、ちっとも女っぽくない。でも、年よりっぽいのかもしれない。 「おばあちゃんの手、あったかいねぇ」 「お前の手は冷たいねぇ」 「だって、さむいもん」 「おばあちゃんの手は、寒くても温かいよ。――そっち、よこしてみな」 かたっぽの手があったまって、今度はもうかたっぽの手をはさんでくれた。あたしの手はあったまるのに、おばあちゃんの手は、冷たくならない。 「なんで、なんで?」 「なんでかねぇ。年寄りだからかね」 「ふうん、年寄りってすごいねぇ」 車がほとんど通らない道まで行くと、お兄ちゃんたちの足跡は、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしていた。雪を投げたり、木についた雪を落としたりして歩いていったのが分かる。 日陰のところが氷になっていて、そこの雪がめくれていた。 「あれまぁ、お兄ちゃん、ここで転んだんだね。けがしてなきゃ、いいけどねぇ」 おばあちゃんは、あたしに土手のところを歩かせた。土手は凍ってなくて、草がふんわりとしていた。今日は霜柱も立たなかったみたいだ。 道の周りにある田んぼも、今日は真っ白だ。 坂を登ると、周りは家ばかりになる。そこから、おばあちゃんは家へ帰っていく。ちょうど違う道から歩いてきた子たちと一緒になって、みんなでおばあちゃんとバイバイをした。 みんなと雪で遊びながら歩いていくから、保育園に着くころには、手袋がびっしょりとぬれている。先生にわたすと、ヒーターの上につるしてくれた。 あたしもヒーターのそばへ行く。みんなが集まっていて、あまりあったかくならないけれど、こうしなくちゃ風邪をひいちゃいそうだ。 おばあちゃんだったら、こんなの平気なのかな、と思った。
エントリ18
正月が来た
蛮人S
ノックの音がした。 俺は辺りを見回して、ドアの近くに居るのは自分だけなのを再確認し、ため息つきながら立ち上がった。このオフィスには八人から仕事していて、忙しいのは皆同じなのに、単に席がドアの隣というだけで俺は受付係兼任だ。 「はいはい、どちらさんで」 ドアを開けると男がいた。それ以上は一言では説明し難いが、全体としては「鍾馗」と「カブキロックス」を足した雰囲気だ。どちらも知らない人は各自調べよ。いずれにせよ職場にはあまり似合わぬ怪人だ。 怪人は名乗った。 「正月である」 「はい」 俺はそのままドアを閉めたが、正月はオートロックをねじ切ってドアを押し開けた。 「正月である。知っておろう」 「すみません」 俺は席に取って返すと、社長に内線をかけた。すぐ向かいの机でコールが鳴って、社長は俺の顔を見ながら「なんだ」と言った。 「うちに正月が来ました。怪力です」 「認めん」 俺はドアに戻った。 「社長は出張中でお会いになれません」 「認めん」 「あ、ちょっと」正月は俺の制止を無視してずんずん奥に入っていく。正月は社長の前に立つと三度目の名乗りを上げた。 「正月である」 「んなもん我が社には無用だ。畜生わはは」 「笑止」 正月は腰に下げた徳利――と言っても一升瓶より数倍は大きいそれを、社長の口にねじ込んだ。 「飲め。正月である」 「やめろ馬鹿」社長の口から溢れた酒が机の書類を濡らす。パソコンもついでに濡れてしまい、ぶぼっと白い煙をあげた。正月は呆然とする俺たちに叫んだ。 「正月である。無礼講だ。それ、一気、一気」 「イッキ、イッキ」俺達は仕方なく手を叩いて盛り上げる。 「一気飲みは体質によっては」正月は酒が早く落ちるよう、徳利を揺すりながら言った。「命をも落とす危険行為だが、社長という人種は大抵問題ない。さあ新年会だ。料理は用意した。正月である」 正月は俺達の机をひとつひとつ持ち上げ、傾けて揺すった。机の中の物も上の物も全部床にぶちまけられ、正月はそれを部屋の隅へと足で払うと、机を合わせて大テーブルをこしらえた。 俺達は、仕事になんねえよ、とか言いつつ全員が立ち上がり、やむなくコップを用意したりし始める。 「みんな逆らうな。正月が来たんだ」社長が赤ら顔で言った。
かいつまんで言えば、そういう事情です。納期遅れは承知でしたが仕方無いでしょ。だって正月が来たんですから。否応なしでしょ。 怒る方が、変ですよ。 きっと。
エントリ19
月と竜胆
伊勢 湊
寝正月のつもりだったがこの年の瀬にどうしてもと頼まれた洗濯のせいで思いがけずロマンティックな一夜を過ごすことになった。美しい女性と二人。山奥のコテージ。薄雪化粧のベランダ。空気が美味いし月がきれいだ。 「寒くない?」 「大丈夫です。私にはあのお方がついていますから何も辛いことはありません」 「そうだね。でももし寒ければ君の言うそのお方の手を煩わすまでもない。中に入れば暖房が効いているし、君が空を眺めていたいならコートを持ってくるけど」 「いえ、大丈夫です。寒くはありません。それに私が感じる感覚は私のものではありません。私はこの世界で私以外の辛い人のために悲しみます」 「立派だと思うよ。でも君の世界中の悲しみを集める君たちの悲しみを背負うあのお方の負担を君は少しでも少なくしてあげるべきだ」 そう言って僕はコートを彼女の肩にかけた。さらさらの長い髪の毛をコートの外に出してやる。いまどきの女子高生でこれほどの美しい黒髪は珍しいだろう。染めてもいなければピアスや化粧っ気すらない。警視庁のお偉いさんの娘だけある。よほど厳しく家でも指導されてきたのだろう。その弊害だとは思うが、神が自分の前に現れて神託を与えたと語り始めたのが冬休みに入ってすぐだったという。ちなみに脳みその洗濯の期限は冬休みが終わるまで。それこそシャツを洗うように簡単に期限を決められた。 「もうすぐ年が明けるね」 「ええ。予言された時代がきます」 「予言された時代?」 聞き返す。いつもならば幻想の素は二日から三日で分かるのだが、今回はどうも上手くいかない。 「そうです。緩やかな変化。逆にいえば変わらない状況」 「随分悲観的だね」 「そうではありません。ただそれが真理です。時とは階段を上るようなもの。踏み出す先は予言されています。ただ百年毎、あるいは千年毎に踊り場で足を止めて足跡を見つめるだけです。そこにある波形を」 「変わらないなら君たちは何を祈るの?」 「何も祈りません。ただ私たちは苦しむ人たちのために悲しむのです」 本当は何が壊れてて何が正常なのかなど分かりはしない。それでも年が明ければ洗わなければならない。あまり時間があるわけではないのだ。 僕は彼女の髪に竜胆をあしらったかんざしを付けてあげた。 「なんですか?」 「いまの君へのプレゼントさ。本当に、よく似合うよ」 彼女は全てを忘れるかもしれない。それでも未来は暗くはないように思えた。
エントリ20
梗概ライター
カピバラ
アタシは梗概ライター。依頼を受けた文章の梗概を作るのがアタシの仕事。今は別にフルタイムの仕事もしてるけど、いつか梗概ライター一本で暮らすのがアタシの夢なの。 梗概書きなんて仕事になるのかって不思議に思ってるでしょ。意外にこれが需要あるのよねえ。
最初は、論文の梗概がほとんどだったわ。アタシ、こう見えても理学部の大学院生やってたの。その頃に、友達やら先輩やらの論文の草稿を下読みさせられることが多くてさ。で、成り行きで梗概書くのまで頼まれるようになって。アタシも断れないから、自分の論文そっちのけで書いてたのよ。 そしたらさ。アタシが梗概書いた論文、多少ハイレベルな学術誌に投稿しても、必ず審査に通って掲載されるのよね。それで噂に火がついちゃって。アタシの専門分野じゃない論文まで頼まれるようになって。で、専門外だと負担も時間も余分にかかるし、無償じゃ割に合わないからってお金取るようになったのね。
文芸誌に投稿する小説の梗概書いたきっかけは、何だったかなあ。先輩の友達から頼まれたんだったかなあ。もう忘れちゃったけど、とにかくアタシの梗概を添付して投稿したその作品が、二次選考まで残っちゃったわけよ。そしたらどういうルートか知らないけど、小説化志望の人たちにアタシの話が広がっちゃってねえ。必勝の梗概を書く幸運の女神、みたいな? とにかく、投稿小説の梗概の依頼がバンバン来るようになったんだわ。
手ごたえを感じたのは、アタシが梗概を書いた作品が入選したときね。正確には、アタシが書いた梗概が、短編小説としてそのまま応募されていて、入選してたとき。丁度同じタイミングで、アタシが手がけた別の投稿小説が最終選考に残ったのよね、結局大賞にはならなかったけど。でも、アタシはそのとき「いける!」って思ったわ。それで、大学院は中退して、梗概専門のライターになろうって決めたのね。
計画は着々と進行中よ。アタシの梗概で最終選考まで行ってる小説が今三本あって、どれかは大賞を取るんじゃないかしら。アタシの梗概をそのまま短編小説の賞に投稿し続けていた人は、今度プロデビューが決まったわ。これからも依頼があるかどうか見ものね。依頼があればOK、なくたって今までの証拠は全部抑えてあるもの。アタシの要求を断ったりできないはずよ。
ああ、本当に楽しみだわ。 みんな早く、プロデビューしてベストセラー作家に、なってね。
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