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1000字小説バトル

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1000字小説バトル
第67回バトル 作品

参加作品一覧

(2005年 2月)
文字数
1
のぼりん
1000
2
小笠原寿夫
1000
3
ゆふな さき
1000
4
たかぼ
1000
5
榎生 東
1000
6
石井伸太郎(翔)
1000
7
左右田紗葵
1000
8
鬱宮時間
1001
9
立花聡
1000
10
君島恒星
1000
11
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
12
ごんぱち
1000
13
橘内 潤
996
14
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
15
太郎丸
1000
16
隠葉くぬぎ
1000
17
越冬こあら
1000
18
アナトー・シキソ
1000
19
早透 光
1000
20
日向さち
1000
21
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
22
るるるぶ☆どっぐちゃん
1000
23
伊勢 湊
1000

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Entry1
刺客
のぼりん

 あるディナーパーティの席上、ひとりの男が突然ステージに登場した。
 プログラムにはない出来事だったので、司会者は怪訝顔だった。男は、その司会者を手招きしてマイクを受け取ると、会場を舐めるように見回しながら、ゆっくりと話し始めた。
「皆さん、お楽しみの最中に申し訳ない。どうぞ、食事は続けながらで結構です、私の話に耳を貸してもらいたい」
 当初、パーティ会場の中で男を注目する客はほとんどいなかった。ところが、その話がとても奇妙なものだとわかると、人々は少しずつステージに顔を向け始めた。
「私は、ある秘密組織のエージェントです。実は、我々の組織を逃亡した裏切り者が、この会場に潜伏している事がわかりました」
 会場が一瞬どよめいた。
 が、皆これをまだ、ただの冗談だと思っている。ところが、それはとんでもない間違いだった。
「裏切り者は、どうやら我々組織の恐ろしさに気づいていないようです。彼の体の奥には発信機が埋め込まれ、組織によって、常にその居場所を把握されているのです。どこへ逃げようが組織が容赦するはずがありません」
 その時、男の話を遮るように、引っ込め、という怒声が上がった。
 が、ステージの男が鋭い目でそちらを睨むと、その声の主はたちまち縮み上がった。男はいつの間にか、マシンガンを手にしている。
「しかし、裏切り者は巧妙に顔や姿を変えているので、この会場の中からそれを特定することはとても難しい。そこで、組織は最後の手段を取ることにしました」
 すでに会場は、針の落ちる音が聞こえるほど静まっている。沈黙がしばらく続いた後、男はまったく感情のない声で云った。
「残念ですが、皆さん全員に、ここで死んでいただきます」
 何という事!
 会場に悲鳴が溢れ、人々が堰を切ったように出口に殺到した。しかし、どこも厳重に鍵が掛けられている。場内は大パニックになった。
 と、その狂乱の中から、ひとりの紳士がステージの前に進み出た。
「私も秘密組織の密令を受けている者だが、そんな作戦は聞いていない。君の認識ナンバーは何番だ?」
 が、ステージの男は、その紳士を見極めるとにやりと笑った。
「おお、君が組織の刺客だったのか。それなら、今まさに作戦は変更された。死ぬのは君だけだ!」
 次の瞬間、マシンガンが一点に集中して火を噴いた。

 こうして、目前の危機を脱した男は、会場の外へ逃げ延び、再び都会の雑踏の中に消えていったのである。
刺客 のぼりん

Entry2
受話器
小笠原寿夫

「なんで?」
「え?」
「なんで?」
「もしもし」の一言もなく、のっけから理由を聞いてくる、受話器の向こうの声はまさしくあいつの声だ。あいつは明らかに理由を聞いている。あいつが理由を聞いている以上、何か納得のいく答えを出さなければならない。僕は言葉を選ぶために、少し沈黙した。
「な・ん・で?」
これが困惑した僕が、唯一出せた言葉だった。
「なんでなん?」
やはり、あいつは理由を知りたがっている。どうしようか僕も戸惑ったが、とりあえず「あと3日だけ待ってくれ」とだけ答え、受話器を切った。
 3日後、あいつから電話があることが分かっていた僕は、こちらからあいつに一報した。
「なんで?」
やはり「もしもし」はなしである。そして、やはり理由を聞いているあいつの声は、3日前と同様、純粋だった。あまりの純粋さに僕は少し吹き出してしまった。
「なんで?」
また聞いてきた。純粋さに対抗するには、やはり純粋さしかない。僕は、純粋な声で、
「お前が喜ぶと思って」
と、適当に答えた。あいつはケラケラ笑って言った。
「そうかぁ~。俺が喜ぶと思ったのかぁ~」
「うん、そうや。お前が喜ぶと思ったからや」
「でも、なんで?」
「お前の喜ぶ顔が好きなんや」
「なんでそこなん?」
「そこ?」
「うん。そこじゃなくてもええやん」
「でも、ここがええねん。」
「そうかぁ~。そこがええのかぁ~」
「俺は、ここなん?」
「うん、お前はそこや。それで、俺がここや。分かるやろ」
「逆ちゃうん?」
「あぁあぁ、お前からしたらそうやな。逆かも知れん」
「なんで、逆にしたらそこがここになるん?」
「俺の立場に立って考えてみ?いやいや、俺がお前の立場になって考えるわ。」
「うん。」
「お前からしてみたらお前は俺やん。」
「うん。」
「で、お前からしてみたら俺はお前やん。」
「なんで・・・」
と言いかけたあいつの声を聞く間もなく、僕は受話器を切った。
 5分もしない内に、折り返しあいつから電話が掛かってきた。僕は先手を打って、「もしもし」を言うことに決めていた。
「もしもし」
それを聞いたあいつは、向こうの方で受話器を切った。
(ガチャ・ツーツーツーツー・・・・・)
あいつから初めて電話を切られた僕は、妙な虚無感を覚えた。そうか。今まで、こっちから電話を切っていた俺は、あいつにこんな虚無感を与えていたのか。そんな気持ちになった。あいつに心から謝りたくなった僕は、あいつに電話をする為に受話器をとった。
受話器 小笠原寿夫

Entry3
ストーカーのメール~サロメ回想紀~
ゆふな さき

『三上。今日電車であなたに似た人を見た。長いぼさぼさの黒髪をした後姿。近づいて顔を見ようとするけど、すぐ気づいちゃうんだ。腕が違う。私ってすごいよ、腕の筋まで覚えてたりするんだ。』
 メールに書いていると、ふとある言葉が口から転がる。
「君のためなら何時でも。」

 15の頃、私は人に心配されたかった。だからある日、無言電話をかけてしまった。30分間くらい、三上の家にかけて切ってを繰り返した。
「もしもし?」
「もしもし。」
「どなたですか?」
「…誰だかわからない?」
「…わかります。どうしたんですか?」
「別に。なんか辛くて。」
「…」
「無言電話してごめんね、何を話したらいいのかわからなくて。電話嫌いならどうしようとか思って、だからすぐ切っちゃって。」
私は可笑しな口調で一通りあやまって、そして中身の伴わない相談をした。本当は学校で起きた騒動について話したかったのだけれど言葉に出来なかったのだ。
 三上は私の下手な話をきちんと聞いた。内容の伴わない相談なのに、妄想女の狂言を聴く三上のうなずきは喜んでいるようだった。

ふと沈黙が生まれる。
「さっき、何を話していたっけ?」
私が言うと、
「今、外なの?」
と、三上が聞く。
「うん。」
「危ないよ、帰りなさい?」
「まだ切りたくないよ。なんか寂しいんだ。こうしてると落ちつく。あ、でも迷惑かな?」
「話したいことはないの?」
「うん、でも切りたくないや。こういうのって駄目かな。三上、もう寝る?」
「そろそろ寝る時間だけど。」
「三上って寝る時間早いって言ってたもんね。もう切ったほうがいい?」
「ううん。」
(まさか)
とでも言っているような声にならない音がしたように思えた。少しの間のあった後、
「君のためなら何時でも。」
と小さな掠れる声がした。

(あのときに、もっと自分の気持ちに気づけばよかったんだ。)
私はその頃、容姿の優れない三上をこれほどまでに好きになるとは思ってなかったのだ。
(気づけば良かったな。)
あの晩何故、私は三上に電話をかけたのか。やさしくしてくれると言う打算だけではない。すでに彼に魅せられていたのだ。

 メールを読める形にしてから送る。彼のPCに届くと言うこの告白には、きっと返信がないことだろう。彼の電話番号が誘惑的に光るけれど、もちろんそれは充電器にセットする。
 告白のメールがいっぱい詰まったメールボックスがどこかにある。消されてるかな。でもそれっておもしろいね。
ストーカーのメール~サロメ回想紀~ ゆふな さき

Entry4
当院における貴腐死病の一例
たかぼ

<緒言>
 稀な疾患である貴腐死病の一例を経験したので報告する。

<症例>
 28才男性。公務員。飲酒、喫煙歴なし。未婚。既往歴、家族歴に特記すべき事なし。現病歴:昨年5月、突然の倦怠感にて近医(H内科)受診し、上気道に炎症がなかったにもかかわらず風邪(急性上気道炎)の診断で投薬される。しかし症状が悪化したため「五月病ではないか」と言われ当院受診となった。
 体重減少、脱水、飴のような血液濃縮(キリストの涙サイン陽性)、芳醇な口臭により貴腐死病の疑いで隔離病棟へ入院となる。届け出を介して厚労省に調査団が組織され直ちに当院に派遣された。診断の結果は亜急性本態性進行性ある意味悪性脱水症(貴腐死病)であった。貴腐死病の治療権は診断病院にあるので当院で治療することが認められた。
 当然のごとく一切の投薬は厳しく禁じられているため、少量の飲水と体位変換以外の治療をしないまま発病から13病日で患者はミイラ化して死亡した。この時を待ちわびていた専門家チームによって直ちに体内の全血液が回収され、遠心分離され、血漿はプログラム・フリーザーを用いた超緩慢凍結法でマイナス196℃に凍結され、厳重なセキュリティー下の液体窒素タンクに保存された。飴色の芳醇な血漿はわずか10mL(貴薬にして小児5人分、成人3人分に相当する量)であった。

<考察>
 貴腐死病は言うまでもなく貴腐ワインを作る貴腐菌が人体に感染することによって引き起こされる疾患ではない。しかしミイラ化した遺体が貴腐ぶどうにそっくりの干しぶどう状であることからその名が付いた。原因は不明であるが、人畜無害で清廉潔白な成人に発症しやすいとされている。その点では当症例も例外ではない。患者は飲酒もせず、喫煙もせず、博打もせず、喧嘩もせず、童貞であった。これらは貴腐死病の危険因子であると考えられる。病態は高度の脱水によってミイラ化して死亡する致死性の疾患であるが、その血液からはあらゆる疾患に対する特効薬となるノーブル・ワクチン(貴薬)が精製されるため「神の恵み」と言われている。患者は現代の生け贄とされ、遺族に対しては国家から相応の慰謝料が、病院にも相当な助成金が支払われる。血漿は凍結保存され、保存場所は国家機密となる。感染性は無い。故意に貴腐死病を作ろうとするあらゆる試みは失敗している。現在までのところこの疾患の唯一の問題点は、患者の人権がないことである。
当院における貴腐死病の一例 たかぼ

Entry5
正月
榎生 東

 雪の元旦も暮れてパソコンの明るさが辛くなった。
「そろそろやるとするか」
 今日は気持ちに余裕がある。
 寿司屋に頼んだ刺身を冷蔵庫から取り出す。小さな鍋をガスにかけ日本酒を燗に浸ける。
「きをつけてよ」奥の部屋で女房が台所を心配する。
「はいよ」と、軽く受け流す。
 私は熱燗が好きだ。否、冷や酒も好きだ。どうって事はない、要は日本酒が好きなんだ。
「飲み過ぎないようにね」聞き慣れた小言だ。
「はいよ、わかってますよ」
 彼女は襖を開けて私を目で追っていた。
 住み慣れた家だが昨日までは空き家のようだった。

「おとうさん」
「なんだ」
「ちょと来て」
「用件を言いなさい」
 面倒がるので諦めたのか物音がしない。妙に気になって台所を覗いて驚いた。
「どうした!」
 女房が床に突っ伏している。肘と手首を曲げて全身を痙攣させていた。口も利けない。容態の重大さを直感した。反射的に救急車を呼んだ。
「おい、しっかりしろ、救急車を呼んだぞ」と知らせ、ガウンを脱いでかける。
 表通りにサイレンが聞こえた。
「おい、救急車が来たぞ」
 救急車は静かに玄関前に来た。緊張感がはしる。
 玄関からどやどや上がり込む救急隊員。
 痙攣する彼女を見て素早く舌圧子を口に押し込み、「楽にして下さい」と、担架に側臥位に寝かせた。オロオロする私を尻目に、瞬く間に連れ出し担架ごと救急車に乗せる。
 私の目には迅速な救急隊員の行動は新鮮だった。
「テタニー発作です、入院して下さい。命に別状有りません」医師がきっぱり言った。
 私の生活は、午後三時の面会までに家事を消化する作業でしかなくなった。他にやる事も浮かばず時間もない。掃除、選択、包丁の使い方、どれも見なれた事で彼女と同じにやるつもりが出来ない。全く別の流儀になって旨くいかないのだ。しかし、どれも一日も欠かせない。
 手を抜いたら、そのまま塵に埋もれて堕落する気がした。

「外泊許可がでましたよ」看護師の言葉がこれほど有難く思ったことはない。

 風呂の掃除にも力が入る。
 彼女が寝ているだけで家の中はぬくもり、私自身が快活になっている。
 彼女には変な癖があった。私の呑んだり食べたりするのをそばでいつも見ている。いつもは鬱陶しくも思うが今は見られていることで落ち着く。
 彼女が外泊を申し出ていたことを私は知らなかった。
 私に正月をさせてやろうと思ったのだろうか、恥ずかしながら五十二才の胸が熱くなるのを感じた。 
正月 榎生 東

Entry6
干乾びた雫
石井伸太郎(翔)

「・・・・・・寝みぃ。」
 一日の始まりはいつも突然である。
「・・・・・・今日は学校はなしっと。」
 いつもなら楽しい一日も、今日はなんだか憂鬱だ。
「・・・・・・あそこに行ってみるか。」
 あそことは他でもないこの町で一番高い丘の上の公園のことだ。

「・・・・・・やっぱ、今日は人がいるか。」
 いつもは物静かな公園も、休みの日となれば近所の子供たちでにぎわう。
「・・・・・・こんなときは・・・・・・」

「やっぱりここには誰もいない。」
 街中にある小さな茂みにきた。公園よりも少し遠いが、ここならば人気は公園よりもずっと少ない。
昔、この場所で猟奇殺人があったそうだが、今となってはそんな面影はぜんぜん感じられない。
「・・・・・・今日はもう少し奥まで行ってみるか。」
 いつもなら入り口のところにあるベンチで本を読むのだが、あいにく、近所の本屋に売られている本はすべて読み終わっていた。新しい本がくるまでにはあと2、3日はかかるという話だった。
 だから、今日は少し足をのばして茂みの奥まで行ってみようと思う。
「・・・・・・うわっと! 何でこんなところに川が流れているんだよ。」
 木と木の間で死角になっていた場所に小さな川があった。その場所だけは木々の間から青空が見えた。上に注意がそれたとたん、危うくそこに右足を入れてしまうところだった。

     ・・・・・・右足・・・・・・
 今まで忘れていたことを思い出してしまった。
 遠い昔の、悲しい、そして深い後悔の思い出。
 今はどうでもいいことなのに・・・・・・。

 川を越えると、その先には先ほどと同じ茂みが広がっていた。
「・・・・・・いったい、どこまであるんだ。この道は。」
 一向に茂みを抜ける気配がなく、体力的にも、精神的にも疲れてきた。
「・・・・・・あれ・・・・・・?」
 ふと足を止めた。奥に、一瞬だったが人影が見えた。それと同時か、それよりも早く俺の足はその人を追いかけていた。

 ・・・・・・追いかけてはみたものの、あの後すぐに彼女を見失ってしまった。
「・・・・・・?女なのか?」
自分でも無意識でさっきの人影を女だと思っていた。そのことが自分でもわからなかった。

 突然、広い場所に出た。
「・・・・・・ここは・・・・・・」
なぜか俺はその場所を知っていた。

   ドン!

 いきなり何かとぶつかった。振り向いたその先にいたのは・・・・・・
「・・・・・・智!」
 元カノだった。
干乾びた雫 石井伸太郎(翔)

Entry7
赤魚のドレス
左右田紗葵

 意味がわからないことをしたくなるのだ。

 独学(というよりは本能)で煮魚を作っている。テレビ番組か何かの遠い遠い記憶を必死にたどりながら、使用すべき調味料をさがす。ちょっとした冒険のようだ。冷蔵庫や流しのしたの戸棚を見たりして、どうにか茶色っぽい調味料たちをそろえた。たしか、以前見た煮魚は茶色っぽかったはずだから。みりん、醤油、創味のつゆとかいうだし醤油を適宜フライパンに流し入れる。火をつけて煮始める。

 不幸な行為の生け贄に選ばれし魚。危険安全を判断する頭は切り落とされた。呼吸するエラもない。内臓もえぐられた。彼は今、食べられるためだけの姿。『煮ざかなに最適』というラベルのついたラップを剥がし、トレイから赤魚の切り身をとり出す。死体特有の硬さの、ぐにゃりとしたつめたい生魚。私は死体を食べて生きるのだ。鮮やかな赤の本能に向かう純粋な命をつぶして、本音建前使い分ける灰色の私が生きるのだ。煮詰まった茶色い液体に赤魚を浸す。とりあえず、匂いは美味しそうだ。


 白っぽく明るいコンビニの前で、これから本屋へ行くという豊とわかれ、帰ってくる途中で友人1号に声をかけられた。友人1号は私と豊が歩いてくるのを発見し、コンビニの中で雑誌を読むふりをしながらずっと見ていたという。私は友人として話をする。

「マキ」
「なに」
「マキ、さっき豊と別れて、いきなり怖い顔になったよ。」
「だからなにさ」
「あんまり幸せじゃないのかな、ってさ」

 確かに、豊に背中を向けたあと、顔からすっと笑みがひいていくのを感じた。つねったところから痛みがひくような感じ。感覚としてはゆっくりと、時間としては瞬間だった。顔中の筋肉が休み始めるのかもしれない。いつも豊には笑顔を見せなければいけないと思っているから。
 豊にしてあげられるのはそれぐらいのことだけだ。豊の本当にしたいことはよく知っている。手をつないで歩く。二人でお食事。誕生日に贈られたプレゼントで嬉し涙。私には絶対にできっこない。
 演じながら付き合う恋も、良いじゃないか。いや、善いわけがない。
 
 しばらくして友人とも別れたが、直後の私は怖い顔だったろう。


 赤魚に異変が。煮汁の油がバチバチとはねる。これ以上は危険。もう諦めて皿にとり、まだ生だと嫌なので電子レンジに任せる。煮魚というよりは揚げた魚みたいになった。うまくいかないなあ。レンジの中でぐるぐる回る魚にため息をつく。
赤魚のドレス 左右田紗葵

Entry8
雨だれ
鬱宮時間

 お前の子宮の中で一生眠っていたい、と言ったら、堕胎するわ、と言われた。
 顔色一つ変えずに目を合わせたまま言った彼女の顔を見ていると、殺されたいと思った。そうか、その手があったな、と俺は苦笑する。堕胎しても良いけど、俺が眠っているとき、わからないうちしてな、と言い返す。だってあんた、子宮の中にいる間は眠っているんでしょう、当たり前じゃない、とまた同じ表情で言われた。そうか、確かにそうだ。お前、意外と頭いいんだな、と言えば、ふん、と勝ち誇った顔をした。それよりも就職活動はうまくいっているの? と答えられない質問をする。ああ、駄目だ。俺、みんなと同じ格好して同じ髪形でマニュアル通りの会話するの苦手なんだよ。フリーター問題? そんなの時代が作った流行だよ。俺は流行に敏感なんだ、昔からね。彼女より、俺のくたびれたトレーナーのほうが笑っていたような気がした。
 それより、ピアノはいいな。ベートーベンの三大ピアノソナタは最高だよ、あれを聴いている時はまるで他の世界に行っているようだよ。俺は本当にそう思っている。今度弾いてあげるわよ、生で聞くと全くの別物よ。ショパンもいいわ。ショパンのバラードは最高よ、私、涙が出てくるのも。ああ、『雨だれ』は最高だな、あんなものがこの世にあるなんてすばらしすぎる。
 俺と結婚しろよ、そして保険に入るんだ。俺はそのうち死ぬからさ、保険金で食っていけばいいよ。彼女はまた笑った。じゃあ私も死なないといけないじゃない、いやよ。あ、でも歳をとると美しさを維持するのも大変ね、二十五歳くらいで死ねば、美しい私がみんなの中にずっと残るからいいわね。歳をとってしわだらけになった姿は見られたくないわ。俺は笑い、馬鹿だな、と言い返す。見た目だけにとらわれていたら生きていけないぞ。そんなくだらないことの為に死ぬなんて言うなよ。彼女はまた笑う。あんただって、お金なんかの為に死ぬなんて馬鹿げてるわ。俺は必死で言い返す。いや、俺は駄目なんだよ。駄目な人間なんだ。金を稼ぐのは資本主義の基本だろう。そんな資本主義の中で金を稼げないのなら、せめて死ぬときくらい金に換えないとな。
 そう言う人間ほど長生きをするものよ、惜しみながら死に行く人がかわいそうだわ。
 俺もそう思うな。もうさ、俺を殺してよ。そして死んだ俺の体を食べちゃってよ。そうすれば、お前の体の中で一生過ごせるからさ。
 排泄するわ。
雨だれ 鬱宮時間

Entry9
サトコ
立花聡

 外村雄治は町外れの工場の一人息子である。雄治の父、哲夫は毎晩工場でせわしく働き、朝方帰ってくると、肉体労働者らしい笑みを浮かべる。哲夫は常々、「工場は俺の代で終わらせる」と言っている。
 工場の脇に盲目の女が住んでいる。名前はサトコという。四十過ぎの錆びた女である。サトコは時折、雄治の部屋をのぞいては、「ええねん、目なんか見えんで、ええねん」と呟くと、雄治に裸体を見せたがる。雄治は裸よりも、サトコの白い瞳の方が気になっている。擦り寄ってくるサトコの眼を静かに見つめるのである。
 雄治は高校卒業後、小さな硝子工房に勤めた。工房の中はいつも暑い。白い手拭を頭に巻くことも手馴れてきたと、雄治は思う。工房には坂田信子と言う事務の女が働いていた。信子は雄治の顔を見ると「やっぱり若い子はいいねえ」と言う。雄治は信子の皺の入った顔でサトコを思い出す。サトコは去年から行方が分からない。
 サトコは正月の晩、ふらっと帰ってきた。雄治と哲夫がコタツで居眠りをしていると、サトコがそこにいた。三人はそれからスルメを肴に酒を飲んだ。サトコは酔うと裸になりたがった。袂が緩み、年のわりに整った乳房が見えたころ、サトコは泣き出した。穏やかな年明けであった。
 サトコは再び近くのアパートに住みだした。同じように雄治の部屋にも顔を出した。もうサトコが脱ぐことはなかった。ただ、「眼なんか見えても、なんもええことなんかあらへん、あんたも盲になったらええねん」と呟くようになった。雄治は少し寂しくなった。
 サトコは翌年、また姿を消した。今度は帰ってくることはなかった。雄治は女と一緒に寝ると、時折サトコのことを思い出した。あの白い瞳が怪しく光っていた。サトコはいつも乱れた髪をしていたが、美しい顔立ちをしていた。
 哲夫は死に際に妻の名前を呼んだ。彼女はとうに死んでいる。雄治は哲夫も死ぬのだと思った。それが分かると雄治は工房に戻っていった。まだやりかけの仕事が残っていた。「最後の最後にあなたの名前を呼んでいらっしゃいました」後に雄治は医者にそう言われた。工場は引き取り手なくあっけなく取り壊された。
 雄治は硝子作家として有名になった。雄治は晩年、「飯田聡子」という名の硝子細工を発表した。その小さな一輪挿しは半面が真っ白で、もう半面が全くの無色であった。そしてその作品は全く評価を得ないまま、雄治の工房の片隅に今も眠っている。
サトコ 立花聡

Entry10
今だけを…
君島恒星

 何で、その場から逃げたのか? 
 一晩考えて、自首しようと決めた。
 警察に向かう、信号待ちの車の中から外を見ていた。
 似合わない鞄を持った女が走っていた。僕の車を見ると、ドアを開けて助手席に身を滑り込ませた。鞄が少しひっかかる。
「車を出して! お願い!」
 ヤクザ風の男が後を追いかけてくる。信号は青。僕はアクセルを踏んでいた。
「とにかく走って!」
 首都高に入り、真っ直ぐに中央高速に入った。
 女は息を切らしていたが、落ち着くと
「ありがとう」
 と言った。
 彼女の横顔に、甘酸っぱい感覚を覚えた。
「紀ちゃん?」
 彼女は僕の顔をしみじみと見ると、その大きな瞳をさらに大きく見開いて言った。
「良くんなの?」
 小学校の同級生の紀子だった。僕の初恋の子でもある。
「誰に追われてるんだ?」
 紀子は鞄の中身を確認していた。
「もう東京にはもどれないわ。ねえ、良くん、時間ある?」
 時間? 
 昨夜、新宿の飲み屋で喧嘩に巻き込まれ、男が3階の踊り場から落ちた。ニュースでは男は死亡したそうだ。僕は逃げた。
「人が死んだの? でも、それって事故よね。自首は、わたしを安全な所まで連れてってからにしてくれない? 良くんは初恋の人なのよ」
 さすがに僕もだよとは言えなかった。
 紀子は鞄の中身を見せてくれた。札束が詰まっていた。
「3千万くらいはあるわね。この鞄、どうしたか知りたい?」
 悪戯っぽい目が僕を見つめた。
 紀子は、アルバイトでホステスをしていた。常連のヤクザっぽい不動産屋の男は、大きな裏取引の前に必ず紀子を抱いていた。彼がシャワーを浴びている時に取引用の金の入った鞄をいただいた。
「日常と自分が嫌になっていたのよ。でもこれで、自分を取り戻せたかも…」
「奴は追いかけてくるぞ」
「ものは相談なんだけど…」
「嫌な予感がする」
「いっしょに逃げようよ。お金はあるわ」
「でも、未来はない。未来のために自首しようと思ってたのに…」
「気持ちは傾いてきたってこと?」
「んなわけないだろう」
「まずは九州へ行きましょう」
「何故九州?」
「寒いから、暖かい所がいいでしょう」
「それより、国外逃亡といかないか? バリあたりだと一生遊んで暮らせる」
「遊ぶ所あるの? 海だけじゃない」
「もっと前に会いたかったな」
「未来のために?」
「そう、普通に…」
「でも、今だけを大切にする生活もいいかもしれないわ」
「今だけをか…」
 僕は、アクセルを少し踏み込んだ。
 
今だけを… 君島恒星

Entry11

(本作品は掲載を終了しました)

Entry12
チョコレート怖い
ごんぱち

「あー、今年も例の日がやって来るのかぁ」
 部活の後、四谷京作は着替えながら溜息をつく。
「バレンタインデーな」
 蒲田雅弘はグローブとシューズをロッカーに放り込む。
「モテねーのは分かってるんだ。でも、何もそれを思い知らせる事ねーじゃねえかっ!」
「そういう意図のイベントじゃないと思うんだが」
「くそー、セント・ニコラスめ!」
「……それはクリスマスだ。バレンタインの聖人はバレンタインのまんまでいーんだよ」
「星人と言えば、シルビィ・バルタン」
「案外余裕だな」
「余裕じゃねえ! ああああああっ!」
 四谷は部室の隅のロッカーの間にもぐり込む。
「まあまあ、そんなに落ち込むなって。世の中にはマニアもいるんだから」
「マニアとの遭遇確率なんて小さ過ぎて意味ねえ! 俺は極普通の女の子から、極普通のチョコレートを、極普通の形で貰いたいんだよ!」
「ですが、たった一つ違ったのは、そのチョコレートは義理だったのです、てか」
「義理でも貰えりゃえーわい!」
「……義理もナシか。まあ確かにお前、義理でやってもマジ取られそうで、敬遠されるタイプだよな」
「やかましい! ふんっどうでもいい、さっさと終われ終われ! 二月は節分だけで充分だ!」
 憮然として四谷は制服に袖を通す。
「……四谷」
 蒲田はぽんと四谷の肩を叩く。
「つまりチョコレート欲しくて仕方がないんだな?」
「そ、そんなことねえ! もう諦めた、いらんいらんイランイラク戦争だ!」
「……オヤジギャグを言う程の錯乱するとは不憫な。大体、イランイラク戦争って、昭和の戦争だぞ」
「錯乱なんてこれっぽっちもしているものかー!」
「素直になれよ。欲しいんだろ?」
「う、ううっ、欲しいに決まってるだろぉ! うわーん!」
 四谷は泣き崩れる。
「怒ったり泣いたり忙しいヤツだな」
 蒲田は微笑む。
「四谷、良い考えがあるぞ」
「なんだよ」
「『饅頭怖い』って落語知ってるか?」

 部室のテーブルの上に、チョコレートが山積みになっている。
「『饅頭怖い』――本当は好きな饅頭を『怖い』と嘘をついておいて、それなら怖がらせてやれとばかりに持って来られた饅頭をまんまとせしめる戦法、か」
 四谷はチョコレートを手に取る。
「だろ。まるでギャグ漫画のモテ男みたいなチョコの数じゃないか」
 蒲田がパッケージの一つを開ける。
「だがな」
「なにさ?」
「あの話、饅頭を用意したの、男友達じゃねえか!」
「いーじゃん、チョコ貰えたんだし」
チョコレート怖い ごんぱち

Entry13
『泣いた青鬼』
橘内 潤

「やっと見つけた」
 その声に青鬼は震えた。驚きからきた震えだ。
「ずっと探た。ずっとずっと、探してた」
 青鬼に呼びかけるその声も震えている。泣き出すまいと唇を噛みしめているからだ。
「きみは、あんないなくなり方をして、ぼくがどうおもうか考えなかったのか?」
「……」
 沈黙。
 赤鬼も黙る。必死で、こみあがってくる何かを抑える。かたく握った手が震えている。
「……ぼくは、きみのお陰で友達ができたよ。最初は子供ばかりだったけど、大人のひとたちもだんだんと、ぼくのことを認めてくれるようになった。ぼくもみんなの役に立ちたくって、畑の世話も灌漑の手伝いもした――みんな、ぼくに笑顔を向けてくれたし、ぼくも嬉しくって毎日笑っていた」
 声が震える。
「でも、笑っているのがどんどん辛くなっていくんだ。『きみがいなくなったのに、ぼくはどうして笑っているんだ?』って、ぼくがぼくを嫌いになっていくんだ。苦しくてたまらないんだ!」
 搾りだした怒声は、もう嗚咽になっていた。青鬼を見つけたら、まず最初にぶん殴ってやろう――赤鬼はそう考えていたのに、いまこうして泣くことしかできない自分のずるさを、たまらなく嫌悪した。
 赤鬼の泣き声が、青鬼の耳朶を打つ。
「おれは――」
 青鬼は下を見たまま、話しだす。
「おれはただ、おまえが『友達がほしい』と言うから手伝ってやっただけだ。全部、おまえが決めたことだろ? おれのせいにして泣けば、許してもらえるとでもおもっていたのか?」
 ――許す? おれが赤鬼のなにを許すというんだ? おれは、赤鬼に許しを求められるようなことをされたのか?
 青鬼は自分の言葉に当惑していた。赤鬼に計画を持ちかけたとき、村を出ようと決めたのは彼自身だったはずだ。
「……もう帰れよ。おれたちはもう、一緒にはいられないんだ」
 青鬼はそう言ってから、その言葉の重さに恐れおののいて強く目を閉じる。
「許してもらえるなんておもってない」
 赤鬼が青鬼をじっと見つめる。必死に逸らすまいとする視線は、睨んでいると形容すべきか。
「ぼくは、許してもらいたんじゃない。泣き言を言いたくて探してたんじゃない。ただ――きみにもう一度、会いたかったんだ」
 ごめんと言い残して、赤鬼は帰っていった。
 最後まで顔を上げることができなかった青鬼は、泣いた。
 あのとき、自分じゃない友達に囲まれて笑っている赤鬼から逃げだした自分に、泣いていた。
『泣いた青鬼』 橘内 潤

Entry14

(本作品は掲載を終了しました)

Entry15
休日出禁
太郎丸

 日曜深夜。エレベータが停められた古いオフィスビルの7階は、階段を使うしかない。
「秘密を知ったからには、死んで貰う」
 相田の指が拳銃の引金にかかった時、音がした。

 そこにはカップ麺の容器を落とし、割り箸を咥えた女がいた。
「上村。お前何してる」
「手が滑って落としちゃった」
「ラーメンの事じゃない。何故ここにいる? それよりお前…、話を聞いたのか?」
「うーん。そもそも私がここにいるのは簡単に言えば、先週付き合い始めた彼と別れた後で会った…」
 相田は上村のお喋りの長さを思い出し遮った。
「ま、待て。聞きたいのは我々の話を聞いたかどうかだ」
 話の腰を折られて残念がった上村だが「相田さんが犯人」という言葉が聞こえると、相田は聞き流した。
「お前、二人とも殺す気か?」拳銃を向けられている岡本も無視だ。
「上村、その棚からガムテを出して、岡本の手足を縛れ」
「巻くんじゃなくて、縛るの?」
「えぇーい。お前の屁理屈は沢山だ。いいから早く…、拘束しろ」
 岡本の手足が動かせなくなった時、役員室から笑い声が聞こえてきた。
「こんな時間に誰だ」
 相田の拳銃に促され、上村が役員室を開けると、ピチピチ跳ねる裸体が眩しい。
「あっ、菊ちゃんに恵ちゃん。やっぱり二人って…」
「あーん、上村さーん。内緒にしてー」
「何でお前らがいるんだ。そいつらも早く縛り上げろ…。イヤ拘束しろ」
「私お肌が弱いんですう。優しくお願いしますう」
 ちょっぴり衣服を着けた女達も含め、3人が窓際に並んだ。
 相田が上村を拘束しようとした時、扉が開いた。
「おっ、みんなで何やってんすか?」
 小堺、清水、須藤、瀬野、宗田。立川、津村、手塚、当麻。南原、新妻。…こいつらサッカーチームか?
 営業の酔っ払い集団だった。
 屁理屈女の上村や岡本の目は、どうするの? と言っている。
「上村。全員縛…、巻き上げろ」
 上村は4本目のガムテを器用に使いながら「犯人は相田さんだったのよ」を連発している。
 最後に上村の口にテープを貼ると、やっと静かになった。


「現場の、んー子でーす」
 突然明かりが点いた。
(放送禁止用語だとか、名前が飛びすぎだろうとは思ったが、相田は気にしない)
「拳銃と人が縛られている様子から…、貴方が犯人だったりして」
 向けられたマイクと反対に相田の拳銃がレポータの胸を潰すと、笑っていた女の顔が強張った。
「これ全国ネットの生放送なんですが、続けて良いですか?」
休日出禁 太郎丸

Entry16
ある喫茶店での話
隠葉くぬぎ

 喫茶店に入ると、ミイはまだ来ていなかったので、僕は入り口からよく見えるボックス席に座って、コーヒーをたのんだ。いつもは紅茶派なのだが、長時間待ちそうな時はコーヒーにすると決めている。
 ミイが来るまでの間、文庫本でも読もうかと思ったら、
「うちに変な女が来たの、話したっけ」
 後ろから聞こえてきた話し声が興奮した感じに大きくて、思わずこっそりと様子を窺うと、男が二人、向かい合って座っていた。
「なんかさあ、自分は違う世界から来たんだって言い張るんだよ。剣と魔法の世界の。で、そう。証拠見せてみろって。そしたらなんか呪文らしきものを唱えてくれたわけよ、え? ああ、もちろん火の玉なんか出てきやしなかったよ。そしたらさ、この世界では使えないのね、って。平然と言うんだわ。で、お次は剣よ、剣。勝負しましたよ。……それが型はなっちゃいないけどなかなか強いんだよ。なんていうか一本も取れないだろうけど、実際ここ来たらやばいな、みたいな……は? 勝ったよ、剣道三段の俺をなめてもらっちゃ困るね。」
 後ろの席はそこでげらげらと笑った。ウエイトレスが間を見越したように湯気立つコーヒーを運んでくる。僕は彼女に小さく頭を下げて、たっぷりのミルクと砂糖を入れる。
「あと自分は猫になれるんだとか言い出すんだよ。まあ嘘なんだろうけど。でも、そいつが確実にいない時にやったこととか後で言われんの。洗濯した後の服踏まないでとか。なんで知ってんだよって言うと、猫になって見てたから、みたいな。確かにその時猫いたなあとか……え、いや、ちょっと変なこと言うけどかわいいからさ、」
 扉が開いてミイが顔を出した。軽く手をあげた僕に気付くと、小走りで駆け寄ってくる。予想外に早い。支度がうまくいったのだろうか。
「おなか空いた。出ようよ」
 ミイは遅れてきたことを悪びれる風もなく茶色の髪を揺らす。後ろの席は、いいじゃんか別に、清く正しい同棲だってと、笑いで終了していた。
 ここにも軽食はあるよ、と僕はメニュを差しだしたが、ミイはもう出口に向かっており取り合わない。僕は慌ててコーヒーを流し込むと伝票をつかんでミイの後を追う。少しむせた。コーヒーの選択は失敗だ。
 会計をしながら、さっきから聞き慣れた鈴の音がすると思っていたら、首輪のそれをミイが鞄につけていたからだった。ミイは僕の視線に気付いて小さく笑うと、鈴をはじいてちりんと鳴らしてみせた。
ある喫茶店での話 隠葉くぬぎ

Entry17
青春
越冬こあら

 斉藤麻希子がお喋りで気の強いだけの同級生に成り下がり、甘酸っぱい香りが消えた後、僕は自室で何をしたら良いかわからずにいた。じっとしていた。ずうっとじっとしていたら、球根になっていた。
 縁日に並んでいそうな、安っぽいくて青い、半透明プラスティック容器のくびれの上にちょんと置かれたまま、水栽培の僕は更にじっとしていた。ずうっと、涼しくて暗い場所にいたので、条件が揃い、白い根が出た。ニョキニョキと何本も足があるのも気持ち悪いが、出来たての足を容器越しに晒すのも、あまり気持ちの良いものではなかった。

 換気と清掃、水替えの為、母ちゃんは、三日に一度は部屋に入って来た。カーラー頭に割ぽう着の母ちゃんは、一通りの作業が終わると僕の前に座って、話し込む。
 話はいつも同じ様なもんだ。僕のちょっとした失敗を軸に、昔からの失敗を掘り起こしてきて、一つ一つ丁寧に目の前に積み上げるように愚痴っていく。割ぽう着の端で手を拭ったり、髪をたくし上げたりしながら、母ちゃんの話は続く。それは、自身の苦労話から、自慢話に発展し、お昼のテレビで覚えた人生訓で締め括られる。僕の耳にはタコが出来た。
 白い根が生い茂ると、葉を出してみたくて仕方無くなり、少しだけ葉を出してみた。出したら、それはとても気持ち良いことだったので、後はスルスルと葉を出した。そうなるともう、花を咲かせたい衝動が中心から突き上げてきた。
 何故そんな風に、素直に成れたのかわからないが、ペットのタコも海に逃がしてやることにした。

「お邪魔します」
 鴨居に頭をぶつけないように、丁寧な挨拶をしながら、母ちゃんの後から入って来た山本先生は、窮屈そうな背広姿だった。
「同級生に振られたくらいで……」
 正座の膝に乗せた握り拳の上に熱い涙を落としつつ、熱血教師は熱く語った。口紅を濃い目に引いた母ちゃんが隣で神妙に頷く。僕も感動し「このままじゃいけない」と思い、勉学の大切さを大いに悟り、清く正しい進路を突き進もうと強く決意した。しかし、球根なので、思考は光合成と開花で、取り合えず一杯一杯だった。
「皆で戦いましょう」
 球根相手の演説が終わった。
 やがて僕は、少し強烈と思えるくらいの甘い香りを部屋中に振り撒く、青い花を付けた。

 花を付けたヒヤシンスを眺め、僕は鞄のチャックを閉めた。朝食の大切さを語る母ちゃんの声をBGMに、茶だけを啜りドアを蹴る。陽射しが眩しい。
青春 越冬こあら

Entry18
オンボロロボット
アナトー・シキソ

オンボロロボット。原子力で動く古い仕組み。
草の生えない土地で、たったひとり、草の種を蒔いて働く。
土地に草が生えたら、ヒトが来て、その土地に町を作る。
オンボロロボット。そのために生まれた。

だけどオンボロロボット。原子力の古い仕組みでヒトと一緒にはいられない。
人が来るその前に次の土地へ運ばれる。
自動運転無人トラック。
土地に草が生えても生えなくても、時期が来ればやって来る。
この土地に、草は生えなかった。

オンボロロボット。荷台に乗せられ次の土地へ向かう。
揺れる荷台に仰向けになって、満天の星を眺める。
星座を二つ知っている。
北斗七星と南十字星。柄杓と十字架。
最後に種が草になった土地では南十字星が見えた。
今、揺れる夜空に見えるのは北斗七星。
昔、マザーが教えてくれた。

276バイト。マザーのメモリー。
ヒトは焼き尽くされる森の木のように炎をあげて燃えた。
ヒトの森の全てが炎に包まれてから百度目の夜、北の空で柄杓が傾いた。
柄杓の水は、百度目の朝が来るまでヒトの森の炎に降り注がれた。
そして、炎は去った。
その夜、光る十字架が南の空に蘇った。
だがヒトは、誰もその行方を知らない。

オンボロロボット。胸の蓋を開けて手帳を取り出し、今日まで数百年の成果を振り返る。
柄杓の見える土地で4カ所、十字架の見える土地で1カ所。
今までに5カ所で種が草になった。
最後に種が草になってからずいぶん経つ。
たくさんの種が、土の中で腐り、干からびた。
オンボロロボット。右手を抜き取り、残りの種を数える。
右手の種入れ。透明のケースにわずか二粒。
抜いた右手ごとケースを振ってみた。
二粒の種。二粒分の音。

オンボロロボット。次の土地に降り立ち、そこで虫を見つけた。
虫を見たのは、これが初めて。
虫は土の上を這い回り、這い回る。
オンボロロボット。大石に腰掛け虫を見続けた。
虫は這い回るのをやめ、顔を上げた。
虫の、赤い光る目が言う。

ヒトの滅びるのをオレは見た。
土地に草が生えてもヒトは来ない。
ヒトは滅びたからだ。
この土地はかつてお前が草を生やした土地だ。
だが、お前の草はお前がこの土地を去って間もなく枯れた。
オレのこの目を見ろ。
オレの目は赤い。
この赤はそのシルシなのだ。

オンボロロボット。今、原子炉の火が、消えた。

人の形をしたものが大石に腰を下ろしている。
右手から蔦のような植物が延び、全身を覆っている。
その葉の上を這い回る一匹の小さな虫。
青い目が美しい。
オンボロロボット アナトー・シキソ

Entry19
硝子細工の魔法
早透 光

 グレーに澱んだ空を見上げる。この町特有の冬の空。
 十五年振りのこの町。僕は今の現実から逃げ出したのだ。
 想い出の詰まったはずのこの町も変っていた。通った中学校は取り壊される事になり、既に新校舎が対面の丘を削り威圧的に建っていた。
 僕は古い校舎に黄昏るように行ってみた。

 板張りの廊下を通り当時の教室に入る。
 教壇の黒板に『さようなら』と誰かが落書きをしていた。
「彰君?」
 不意の声に振り向くと静かに佇む女性がいた。
「あれ、もしかして加奈?」
「そう。彰君変わらないね。ここも今月いっぱいだって」
 彼女は昔と変らぬ笑顔で入ってくる。僕はスーッと隙間風みたいなものを感じる。
「ここの寒さも懐かしいな、なんか鼻水が出てきた」
「外は雪だもの、これ使って」
 彼女は淡い桜色のハンカチを差出す。フッと加奈の匂いがした。

「ねえ、この磨り硝子よく爪でギーってやったよね」
「や、やめろよ。その仕草だけでゾクゾクする」
「あはは、昔と一緒だ。眉間に皺がよってる」
「ばか、誰だってこの音は嫌いだよ。平気なお前が異常なんだ」
「そんな事云うと本当にやっちゃうよ」
「あああ、ゴメンゴメン」

 懐かしい時間がこの空間ごと僕らを包んでいた。

「もう帰らなきゃ」
「えっ、もう帰るのか」
「こんな私でも待ってる人がいるの」
「そ、そうか。ま、頑張れよ」
「うん、彰君もね」
 彼女はそう言葉を残して出ていった。
「あっ、ハンカチ……」

 僕は彼女の実家に行ってみた。
「今晩は、加奈さんいますか?」
「あら、彰君久しぶりね。でも加奈はもう居ないのよ」
「あ、結婚したんですよね」
「えっ? 彰君知らなかったの。実は昨年の夏に加奈はね……」

『私の願いを叶えてくれる?』
『何でも、何でも叶えてあげる』
『じゃあ、私が悲しんだら飛んできてくれる?』
『ああ、絶対に飛んでくる』
『私が病気をしたら?』
『もちろん!』
『私がもしも死んだら?』
『そ、そんな事有り得ない! もしあったら僕が魔法で……』
『魔法?』
『ああ、僕が魔法で加奈を蘇らせる』
『どうやって?』
『ほら、瞳を閉じて。こうやって……』

 胸の奥の硝子細工のような想い出が壊れていく。ガチャガチャと砕け散り、それを踏み締める自分の足からは赤い血が流れ出す。想い出に縋り付いた自分の弱さが赤い血と一緒に全て流れ出す。

 粉雪の舞うホームで僕は上り列車を待っている。
 淡い桜色のハンカチを握締め、彼女になんとなく感謝をしながら。
硝子細工の魔法 早透 光

Entry20
消される
日向さち

 だれか、おばあちゃん呼んできて。台所から母の声がする。夕飯の支度ができたのだ。私たち兄妹は、お互いの顔を見合わせた。
 玄関のところからまっすぐ行って、突き当たりを曲がった一番奥が祖母の部屋だ。兄が呼びに行きたがらないのは、家の端から端まで行かなくてはならないし、テレビが気になっていたからだと思う。しかし、私には別の事情もあった。
 たいがいは呼ぶ係が私で、兄は、突き当たりの手前に明かりがあるので、そのスイッチを押す係をしていた。行くだけなら大したことはない。兄がスイッチを押して、二人で廊下を行き、私が祖母の部屋の障子を開けて、ごはんだよ、と告げる。
 しかし、それと同時に、兄は走って行ってしまう。私も後を追いかける。祖母がどうとかじゃなくて、廊下の明かりを消されないうちにと思って、追いかけるのだ。しかし、間に合うことはなかった。消されないように連れていくのだけれど、結局、いつも私が角に差しかかると消されてしまう。
 家の前に外灯ができるよりも二、三年前のことで、カーテンを閉めきられた廊下を通るには、明かりがなければ足元さえ見えなかった。玄関などの明かりを反射して、障子の白がぼうと浮かび上がっているのも現実離れして見えた。「まんが日本昔ばなし」だの「ゲゲゲの鬼太郎」だので、いろいろと知識を持っていたから、妖怪や心霊現象などを次々と思い出してしまう。
 ふりかえれば石にされてしまうかもしれない。何者かの腕がのびてきて、どこか知らない世界へつれていかれてしまうかもしれない。
 玄関まで一目散に走る。ぎゃあぎゃあと騒ぎ、わざと足音を大きくして。聞こえるということが、玄関の明かりに近づいている証拠のように思っていた。自分がいる、と確認しながら、明かりの中へ飛びこむ。
 そこに父も居合わせたことがあって、「お父さんも昔は暗いところが怖くてな。やっぱ大騒ぎした憶えがあるよ」と話してくれた。なぜ、父は平気になったのだろう。私には分からなかった。でも、二年ほど後には私も平気になっていったのだ。蓄えられた知識が消えたわけではなかったし、心霊現象を否定的に考えるようになったわけでもないのに。
 後ろをふり返ると、真っ暗な廊下があった。しかし、妖怪や幽霊の姿なんか見えるはずもなかったし、知らない世界へつながっている様子もない。それでも暗い中では、ふり返ったり、立ち止まったりすることをタブーとしていた。
消される 日向さち

Entry21

(本作品は掲載を終了しました)

Entry22
テープレコーダー
るるるぶ☆どっぐちゃん

 塔の最上階で空を眺めていると、美しい声が聞こえた。
 耳を澄ませる。
 美しい泣き声だった。
 空よりもずっと青く淡い色、それを思わせるとても美しい泣き声。
 空を眺めるのをやめ、テープレコーダーを持って、あたしは塔を下り始めた。
 人々が忙しそうに行き交う駅前の雑踏にたどり着く。ガラスが割れていて日の光にきらきらと輝いていて、その上を人々は歩き、ガラスはさらに粉々に壊れ、信号が変わり、一斉に走り出す車、しかしそれでもあたしには何も聞こえない。ずっとずっと、あの美しい声しか聞こえない。歩き回る。歩き回る。太陽の下、あたしは歩き回る。
「どこへいくんだい?」
「聞こえないの? この泣き声」
「ああ、聞こえているよ。今日はいい天気だね」
「さよなら」
 歩き続ける。
 歩を進めるごとに泣き声はどんどんと大きくなっていく。歩を早める。線路脇の狭い路地、電車がのろのろとあたしを追い抜いていく。のろのろと視界から消えていく。見えなくなる。泣き声はどんどん強くなっていく。青空の青はどんどんと強くなる。公園には噴水があり、そばにしゃがみこむ。日傘を持った老婆はあたしにハンカチを差し出した。泣いているのはあたしだろうか。あたしだったのか。違う。あたしは泣いていない。汗一つ描いていない。ハンカチを受け取る。老婆はふらふらと歩き続ける。ベンチに座っていた紳士に、彼女はハンカチを差し出した。
 美術館を通り抜け、海岸を歩く。泣き声はとても大きくなってきていた。
 海の近くにある病院へ入る。
「調子はどう?」
 母の病室に入り、声をかける。リンゴを剥いてやり、手をさすってやる。
「調子はどう?」
 母は何かを答えた。あたしには泣き声しか聞こえなかった。
 病室から出て、再び海岸を歩く。
 ふと振り返る。
 母の病院は目に入らなかった。
 目の前には怪物が居た。
 ぐちゃぐちゃでめちゃめちゃな色彩の、どうしようもない形状の怪物が、そこに居た。
 怪物は泣いていた。
 あたしはテープレコーダーのスイッチを入れ、怪物に向かって歩き出した。
 良かった、本当に良かった。こんなに近くでこんなに美しい声を聞けて、本当に良かった。
 怪物はあたしの肩に両手をかけた。頭がゆっくりと開き、まばらにならんだ長く鋭い牙が見えた。少し怖かった。が、声をあげることだけは出来なかった。こんなに美しい泣き声をとっているのだから、それは出来ない。震えながらもこらえた。
 怪物は泣いていた。慰めて欲しいのかもしれない。怪物の頭がゆっくりとあたしの喉へとかかる。寂しそうに震えながら。
 あたしは声を立てない。慰めもしない。
テープレコーダー るるるぶ☆どっぐちゃん

Entry23
筋金入りの嘘つきと月の女神
伊勢 湊

「食事をしながら話すような話じゃないよ」
「あら、どうして? あなたの知ってるすごい嘘つきの人の話、興味あるわ」
「すごい嘘つきじゃないよ。筋金入りの嘘つき。だから彼は他人を騙してはいないんだ」
「どういうこと?」
「彼は本物の筋金入りの嘘つきだったから、まず自分の心を完全に騙してしまうんだ。どんなに疲れていたって彼は大丈夫だという。どんなに急いでいたって彼は頼み事をされたら断らない。彼は山間の村で木こりをしてた。彼の周りにはそんなお人好しの彼につけいって無理をさせたり騙したりしようとする人はいなかった、最初は」
「最初は?」
「そう。やがてその山で採れる木が大変いい木だと知った都会の人たちが木を切る出そうとやってきた。でもその山は足場が悪くて大きな機械も持ち込めないし、生半可な職人では手が出ない」
「そこで彼に木を切らせるのね?」
「そう。木が足りなくて困っているんだ。街では家がなくて寒い人たちがたくさんいる。君の力が必要なんだ、って都会の人たちは頼むんだ。確かに木が足りなかった。市長の豪邸を作るための木がね。でも彼にはそれは分からない。彼は困っている人がいると信じて木を切りつづける。朝早くから夜遅くまで、都会の人たちがもっともっとと言うままに、彼は寝る暇さえ惜しんで切りつづける」
「そんなことしたら死んでしまうわ」
「そう。でも先に危なくなったのは彼の故郷の森のほう。彼の森はどんどん切り落とされ山は禿げていくんだ」
「森はなくなっちゃったの?」
「いや、彼は木を切り倒した奥に出てきた泉で月の女神に会うんだ。夜遅くまで木を切ってた彼は泉に遊びに来た女神と会ったんだ」
「その女神が木を切らないでって言うのね?」
「いや、そうは言わない。女神はね、男にそれでいいのかと聞いたんだ」
「聞いた?」
「そう。女神は正直に答えてみてと言う。でも男には何が自分の本当の気持ちなのか分からない。なにせ筋金入りの嘘つきだからね」
「で、彼はどうしたの?」
「どうすればいいと思う?」
「そういうことね。馬鹿なんだから。月の女神は男の本当の気持ちなんて分かってなくて言ってるのよ」
「分かってない?」
「たぶんね、月の女神も少し嘘つきなのよ。はっきり言えないの。だから彼は女神の望むことを察してすればいいと思うわ」
「自分の気持ちじゃなくて?」
「ふふっ、いいのよ。どうせ一人では自分の気持ちなんて見えない人なのよ、あなたは。そして私も」