Entry1
空色
香月朔夜
街路地の一角。
ビルとビルの間から天を仰げば、流れゆく青空があった。
しかし、それは本来の空より一段低い。
当たり前だ。
もう何年も前に、本物の青空は失われた。
今あるのは、灰色に濁った空を隠すために創り出された人工の青空。
ホログラフィック技術の応用らしい。
―――くだらない。
街路地の向かい側では、そんな誤魔化しでしかない空を指差し、今まさに子供に語り聞かせる母親がいる。
「ほら見て由宇ちゃん。空はあんなに青くて綺麗な色をしているのよ。」
まだ4・5歳であろう子供は目を輝かせて、その偽物の空を眺めていた。
希望に満ちた目。
一点の疑いもないその表情に、わずかだが母親の顔が曇る。
私はそれを見て思わず苦笑した。自嘲に近いかもしれない。
知っているから。この先を。
―――〈既視感(デジャ・ビュ)〉―――
そう。やがて大人へと成長する過程で、子供は気づくのだ。
〝本当にそうだろうか?〟
疑問を抱けば後は早い。
恐れながらも、知的好奇心の塊である人間は、簡単に真実に辿り着いてしまう。
そして悟る。
〝ああ。この空は紛い物なのだ〟
そうなれば遠くない未来、その双眸は光を映さなくなり、枯れて、消えるのだろう。
後は、虚ろさを宿した淀んだ眼で、彼らもまた大人たちに混じってゆくのだ。
一言でいうなら、それは『絶望』
しかし闇に閉ざされた底無しの穴に堕ちてさえ、人々は渇望するようだ。
ただ青い空を。
それは愚かさなのか強さなのかは知らないが、とにかく人がひたすら空を青く染めようと努力し続けていることは事実だ。
結果、局地的ではあるものの、確かに青空は再現された。科学技術によって。
―――だが、これが何になる?
その真意はわからない。
子供に少しの間だけでも夢を与えたいのか。
それとも、作り物の空で世界を埋め尽くし、事実にすり替えるつもりなのか。
―――くだらない。
あの歪んだ空を知るものが一人でもいる限り、必ずその青いメッキは剥がれ落ち、人々に絶望の雨を降らせるだろう。
そんなことはわかりきっている。
これは単なる問題の先送りに過ぎず、残酷さを孕んだ優しさに他ならなかった。
本当に必要なのは、そんな物じゃない。
「そう。‥‥‥本当に必要なのは、あの腐りきった空をどうやって元に戻すか‥‥。」
ぽつりと口を出た言葉に気負はない。
そして、その内容は、学者たちが聞けば口をそろえて「絶望的見解だ」というもの。
けれど、希望を未来へ残せる唯一の道でもあったのも確かだった。